【悪役令嬢物】彼は狂犬かな? いいえ、忠犬です。
悪役令嬢物に挑戦。(名ばかりの悪役令嬢物です)
注意)
この作品は、悪役令嬢物のお約束を知っている前提です。
恋愛要素はありません。
これは悪役令嬢物ではなく、婚約破棄物と指摘を受けました。
その通りだと思います。
私は王。
そこそこ大きい国の王。
国で一番偉い。
うん、偉いんだ。
間違っていない。
さて、私には息子と娘が何人かいるのだが、その長男が問題を起こした。
王侯貴族の子らが通う学園で、公爵令嬢との婚約を破棄する宣言をしてしまったのだ。
こっそりとではない。
なんでも学園生徒全員が集まる場で、これでもかと知らしめた。
大問題だ。
長男と公爵令嬢との婚約は、王家と貴族のパワーバランスを考えたうえでの決定。
それを破棄し、あまつさえ男爵令嬢と結婚すると言ってしまった。
私の目が濁っていたのか、長男がここまで愚か者だとは思わなかった。
……
まあ、ここまでは大問題だが、このあとのことを考えれば些細なことだ。
そう、些細なことだ。
実は長男の婚約破棄宣言の場に、オルロック伯爵の息子がいたんだ。
「殿下?
この騒ぎはなんです?
王の許可を取ってのことですか?」
オルロック伯爵の息子は、長男にそう聞いたそうだ。
確認だろうな。
それに対し、長男はこう答えた。
「父は関係ない!
これは私の婚約に関しての話だ!」
これを受け、オルロック伯爵の息子は長男を殴打。
……いや、表現が正確ではないな。
顔面に頭突きをして、長男をノックアウトした。
そして呆然とする周囲を無視し、衛兵に長男を反逆罪で逮捕するように言った。
長男の取り巻き、男爵令嬢も含めて。
その言葉に反応した長男の取り巻きは剣を抜き、オルロック伯爵の息子に斬りかかった。
「反逆者はお前だ!」
取り巻きは五人いたんだけど、全員が似たような言動をしたそうだ。
長男は馬鹿ばっかりを周囲に置いていたのかな?
この件、反逆者は確実に長男のほうだ。
なにせ長男の婚約は私が手配したこと。
それを勝手に覆す宣言をしたのだ。
反乱者と断じられて、その場で殺されても誰も文句は言えん。
……
その程度で殺されるのは、さすがに厳しくないかだと?
そんなことはない。
例えば今現在の貴族の領地の境。
それは王である私が決めたことだ。
それを長男が王になったわけでもないのに、勝手に変更して許されるだろうか?
許されるわけがない。
それと同じ。
オルロック伯爵の息子は私の決めたことを大事にしただけだ。
だから罰せられることはない。
まあ、罰する気は欠片もないがな。
取り巻き五人は、オルロック伯爵の息子に一方的に打ちのめされ、捕まった。
ちなみに、オルロック伯爵の息子は素手で対応したそうだ。
武器を持っていなかったからな。
なので誰も文句が言えない。
いや、なんとか文句を言おうとするなら、学園に言えるかな。
なんで大勢が集まる場で、武器の携帯を許しているんだ?
武器なんぞ訓練のときぐらいしか持たせないだろう?
生徒会役員だったから特別?
取り巻きって生徒会役員だったの?
全員?
あ、長男が生徒会長なんだ。
……
生徒会役員の選出はどういう基準でやっているんだ?
成績を考慮して学園長が決めたと?
なるほど。
長男を含め全員の成績は優秀だったわけだ。
それがなぜ、あんな愚かな行動をするんだ?
学園長、教えてくれんか?
ああ、辞表など求めておらんぞ。
嘘ではない。
長男の廃嫡が今回の件で確定しただろ?
そうなると次男に期待が集まるじゃないか。
その次男は来年、学園に入学予定だ。
学園に問題があるなら、解決しておきたい。
うん、学園では王命に関してどう教えているかを確認したい。
徹底的に。
ふう。
学園長を責めてすこし気分がすっきり。
しかし、まいった。
今回の件、私にとってはそれほど痛くはないが、次世代に大打撃だ。
なにせ長男の取り巻きには、宰相の息子、将軍の息子、魔法大臣の息子、財務大臣の息子、神聖教会の祭司の息子と次世代の幹部候補。
それが全員、投獄中だからな。
それぞれの親が慌てて文句を言いにきたが、捕まるまでの経緯を説明したら全員が辞表を出した。
顔、真っ赤だったな。
うん、わかる。
私も同じ気持ちだから。
辞表を受け取ったけど、判断は後回し。
十日ほどの謹慎を伝えた。
それで済まないのが公爵。
婚約破棄を言い渡された公爵令嬢は保護されて自室待機中だが、親の公爵は私に掴みかかってきた。
公爵、私の兄なんだよなぁ。
腹違いだけど。
母親の血筋のお陰で私は王になって、兄は公爵になったのだが……
兄を持ち上げようとする勢力を抑えるため、婚約を薦めた経緯がある。
それがご破算になってしまった。
公爵令嬢を次男の婚約者にスライド……無理だな。
次男には北方の守備の要である侯爵家との婚約がある。
それを破棄させたりしたら、北が危なくなる。
困った。
兄のことも後回し。
うん、長男のことはごめん。
あとで殴られる。
公式の場ではいろいろと問題があるからね。
はぁ。
さて、今回の一件。
私はオルロック伯爵の息子に礼を言わねばならない。
だから、私はオルロック伯爵の息子を呼びだした。
すぐに登城すると返事がきた。
これから謁見だ。
……
うん、礼装の若い男がいる。
長男と同じ年齢ぐらいかな。
恭しく挨拶してくれるのだが……ちょっといいだろうか?
その右手で引き摺られている者は、ひょっとして我が国の軍務大臣かな?
気を失っているようだが。
あ、登城中に長男の件で絡まれたのでぶん殴ったと。
「はっ。
王に呼ばれておりますれば、あとにしてほしいと懇願したのですが聞き入れられず。
あまつさえ、王の話よりも私の話のほうが大事だと言い放ったものですから……目を覚ましたら、改めて確認しますのでお気になさらずに」
お、おう。
軍務大臣の息子は長男の教育係をやっていたな。
その教育係は、今回の件で捕まっている。
オルロック伯爵の息子が捕まえた。
長男の減刑を望むなら死んで詫びろと言ったらしいけど、まだ死んでない。
長男、人望ないなぁ。
そして軍務大臣、目を覚ましたな。
オルロック伯爵の息子に、私の話よりも大事な話があるそうだな。
かまわんから、この場でやれ。
私が許す。
後日。
正式に長男の廃嫡。
長男の取り巻きと教育係の実刑。
軍務大臣の辞職が発表された。
取り巻きの親たちは、そのままだ。
さすがに全員を辞職させると国政に支障がでる。
続いて、オルロック伯爵の息子と、公爵令嬢の婚約が発表。
兄が私を睨んでいる。
いやいや、これが一番落ち着くだろ?
兄の娘も、オルロック伯爵の息子ならかまわないと言ってるし。
なんで娘はあんな男に惚れたと?
聞いてないのか?
ほら、うちの長男が愚かなことをした原因。
兄の娘と男爵令嬢のあいだにある揉めごとの決着。
あれ、オルロック伯爵の息子が長男を捕まえた流れでやったろ。
「男爵令嬢は、公爵令嬢にいじめられたと証言。
公爵令嬢は、そんなことをしていないと証言。
殿下は一方的に男爵令嬢の言葉を聞き入れましたが、私は両方の言い分を聞き入れません。
なぜなら、女性の喧嘩には関わりたくないからです。
ですので、女性の喧嘩は女性同士で決着をつけてください」
オルロック伯爵の息子はそう言って、兄の娘と男爵令嬢の両手にハンカチで作ったナックルガードをつけさせたんだ。
すごいよな。
でもって、兄の娘は男爵令嬢をボコボコにしたんだろ?
いい感じにボディやアゴを打ったと喜々として報告してこなかったか?
私は十回ぐらい聞いたぞ。
でもって、すっきりする決闘の場を与えてくれたオルロック伯爵の息子になら嫁いでもいいって話になったろ?
聞いてないの?
あー、兄に話すと反対されると思ったのかな。
たぶん、そうだろう。
ボコボコにされた男爵令嬢はかわいそうだが、その決闘のおかげで男爵令嬢は処罰からは免れた。
本来なら、取り巻きと同じように実刑だ。
オルロック伯爵の息子は、そこまで考えていたのかもしれない。
ん?
兄よ、まだ納得できないのか?
あ、ひょっとして三日前の件がひっかかっているのか?
あれは襲ってきた暗殺者を全部返り討ちにして、雇用主の軍務大臣の屋敷に押し入っただけだろ?
悪いのは軍務大臣。
オルロック伯爵の息子は悪くないぞ。
なんであんなに強いのかって?
それも聞いてないのか?
彼、子供のころから戦場に出てるみたいだよ。
うん、一桁のときから。
敵将の首、狩ってたらしい。
私もびっくりした。
え?
そんな狂犬に娘をやれん?
狂犬とは失礼だな。
あれは忠犬だぞ。
うん、ちょっと私への忠誠心が強すぎて怖いだけで。
あー、もう発表しちゃったから、婚約を破棄するなら兄からオルロック伯爵家に伝えるように。
ところで知ってる?
オルロック伯爵家って超武闘派貴族なんだって。
あの家があるから、南の大国がうちにちょっかい出さないって噂があるぐらいに。
王城にめったに顔を出さない一家だから、私も知らなかった。
かー、私の娘がもう少し歳を取っていればなぁ。
オルロック伯爵家との縁は兄に譲るよ。
かー、残念。
このあと、私室で兄に殴られることになるが、私は耐えてみせる。
悪役令嬢物で読みたい部分だけを圧縮したら、こんな感じになってしまった。
感想、評価、よろしくお願いします。