番外編4・アカシアの王
こちらはユージーンがダイス王国に支援してた話の続きです。書いた時点ではどこまで話が続くか分からなかったので、この辺の話も入れたのですが……結局回収前に本編が終わってしまったという。とはいえあからさまにフラグを立てた以上、放ったまま終わらせるのもなんなので、番外編にしました。
マクガフィン王国とシェリズガーデン帝国の二カ国間協議が開かれたのは、後に『アカシアの王』と呼ばれるユージーンが成人を迎える年の春だった。彼は懐刀であるシュタイナー侯爵でもなく、英雄と名高いフレイル伯爵でもなく、まだ主だった功績もない、侯爵の位を継いだばかりの若きサンスプライト侯爵を連れて帝国へと渡った。
ユージーンとシュタイナーが、王太后ユリカの件で仲違いした噂は、帝国にも届いている。その後旧反乱軍の企みを防いだ功により、ユージーンも彼を復帰せざるを得なくなったと聞くが、やはり怨嗟は続いているのだろう。若き王が旧臣の忠言を煩わしく思い、経験の浅い近習を重用するのはよくある話だ。そしてそういう意地は、求心力を失う原因となるのが大概だ。
対し、帝国は本拠地で味方に囲まれながらの協議だ。皇帝はユージーンと親子くらいに離れた年齢で、長きに渡り国を統治してきた実績もある。協議……という名目の弾劾は全て思うがままに進むだろうと、皇帝は舐め切っていた。
ユージーンは、協議の席に着いても落ち着きがなかった。帝国の技術と芸術を集めた評議の間をあちこち眺めては、この机がツルツルだとかあのシャンデリアが大きいだとか、田舎者のような感想を漏らしていた。宰相の副官であるサンスプライト侯爵・フリージオは、青い顔をしてぶつぶつと何か呟き、胃が痛むのかずっと腹を押さえていた。その他の出席者も若者ばかりで覇気がなく、場の空気に飲まれて固まっているようだった。
こんな連中に、反論出来る訳がない。帝国の皇帝・バーバリオは初めから、マクガフィン王国を見下げて話を始めた。
「さて、さっそくだが聞かせてもらおう。マクガフィン王よ、そなたがダイス王国へ支援を行なった件、どう責任を取るつもりだ? そなたの支援がきっかけとなり、彼の国は我がシェリズガーデンへ侵攻を始めた。まさか、そなたは我が国との同盟を破棄し、彼の国と手を組むのではあるまいな?」
脅しを掛けるよう、バーバリオは眼を吊り上げる。帝国は軍事国家。中性的で細身のユージーンと違い、バーバリオは雄々しい体と勇ましい顔をしている。睨まれれば、すぐに泣き出すだろうとバーバリオは思っていた。
「えー……? でもそれって、僕関係なくないですかぁ?」
ユージーンの返事に、バーバリオは虚を突かれる。恐れないどころか、ユージーンはケロッと反論したのだ。
「だって、僕は食料とか生活用品を送っただけですよぉ? 何が悪いか分かんないでーす」
「分からない? なんと、マクガフィン王はお疲れか? では説明してやろう、そなたの送った物資は前線へ送られ、それを運んできた兵士は留守居として留め置かれたのだ。つまりそなたが余計な手出しをしなければ、彼の国は戦争など実現出来なかったのだ」
「でも僕は、災害支援として送ったんだし……それに兵だって、あくまで運搬のためだもん」
今度は脅しが効いたのか、ユージーンは背中を小さくしながら文句をつける。想定通りの反応に調子を取り戻し、バーバリオは机を叩き大きな音を立てた。
「それが浅慮だと言っておるのだ!! そなたのせいでこちらは余計な手間を取らされたのだ!」
「そんなの僕知らないよぉ、ねぇ、フリージオ君」
隣に座る青い顔の青年の服を引っ張ったのは、苦し紛れのように見えた。青年……フリージオはたじろぎ目が泳がせる。こんな若造に何が出来るかと鼻で笑った瞬間、フリージオの表情が変わった。まるで、感情など存在しないかのような、無に。
「……お言葉ですが、戦争の責任をこちらに擦り付けるのは、少々無理が過ぎるのでは?」
「なんだと?」
「確かにダイス王国は物資を前線に送り、我が国の兵を留守居に仕立てました。が、そんな事態を想定しろと仰るのは、いささか強引ではないかと申し上げているのです」
先程まで胃痛に顔を歪めていた人間とは思えないくらい、フリージオは雄弁に語り始めた。
「まず有り得ないのは、他国の兵に留守居を任せる事です。いくら我が国とダイス王国が友好国であれど、ダイス王国兵が出兵した隙を突けば、我が国は簡単にダイス王国を制圧出来るのですよ? 血縁関係の王族がいる訳でもない、力に差がある訳でもない我が国の兵が留守居を任されるなど、誰が予測出来ましょうか」
「それは……」
「そもそも、こちらは侵略と留守居の話が伝わってからはすぐ、兵を引き上げさせています。対応に何か間違いがございますか?」
「む……では、物資についてはどう説明する? そなたの国が送った物資で、我が国の兵が死んだのだぞ」
「ダイス王国は戦争のために、災害の起きたロック地方を見捨てました。大のために小を切り捨てては、民に遺恨を残すでしょう。目先の利益のために、愚かなやり口を選ぶとは……そうですね、こんな事なら、我が国があの国を獲ってしまえばよかった。現場の指揮官に柔軟な判断の出来る者がなかった事は、申し訳なく思います」
バーバリオはその時初めて、マクガフィン王国へと警戒を抱いた。目の前の無表情の男は、決して胃を痛めた小心者ではない。こちらを油断させるために、わざと小物の演技をしていたのだと確信したのだ。なお、フリージオに関しては小心者が素であり、今がまさしく演技中なのだが、そんな事はバーバリオの知る由ではない。
「ふん……では別件になるが、そなたらの建てた大規模な砦についてはどう説明する? 我が国に今にも攻め込もうとするあんな場所に建設しておいて、敵意はないと言い逃れるつもりか?」
「砦? 全く覚えがありませんが? 最近建築を命じたのは、王太后の墓標くらいなものですが」
「その墓標が問題なのだ! なんだ、あの防壁は! あれこそ、戦意の証ではないか!」
王太后が死んだ後、ユージーンは王都の墓とは別に、帝国との国境近くへ墓標を建設した。が、それは名目こそ墓標であるが、実際は小さな村なら丸々一つ入るほど大きな防壁だったのだ。が、その問いにはユージーンが答えた。
「あれは墓標だよ? ああ、でも帝国側からは見えなかったかな、あれ王国側から見ると、鎮魂の歌が刻まれてるんだよ」
「なんだと……っ」
「母様に安らかに眠ってもらいたくて、あれもこれも彫ってほしいってたくさんお願いしたら、なんか大きい壁みたいになっちゃって。いやー、予想外だね! で……」
今まで無邪気な子どもの顔をしていたユージーンが、頬杖をついて溜め息を漏らす。キラキラしていたエメラルドの瞳が、ほのかに陰った。
「僕がここまで敬愛する母様の墓標を傷付けたのは、どこの愚か者だったっけ?」
そもそも、この二カ国間協議が開催された原因は、墓標を巡る争いにある。防壁としか考えられない建造物。警戒した帝国軍の兵が攻撃を仕掛け、王国兵が撃退した事件についての協議なのだ。
「こちらはただ母様の鎮魂を祈って墓標を建てていただけなのに、勝手に勘違いして攻撃して……同盟を蔑ろにしたのは、帝国だと思うんだけど? それが謝りもせずに、関係ない他国との戦争の責任を押し付けるなんて。ダイス王国に領土を取られたからって、八つ当たりしないでくれる?」
ダイス王国との戦争で、帝国は領土を奪われている。マクガフィン王国との争いと、ダイス王国の侵攻はほぼ同時期だった。そのため兵力が分散されてしまい、結果どちらの争いも敗北してしまったのだ。
「僕が協議に応じて矛を収めなかったら、あるいは留守居の兵を引き上げさせなかったら、帝国はどこまで国土を削られていたと思う? 感謝して床に頭を擦り付けるならまだしも、恩人に対して怒鳴りつけるような態度。負け犬のくせに、よく吠えてくれたものだね」
舐めてかかっていた格下の国王から受けた侮辱。それはバーバリオの頭に血を上らせる。毒の沼に足を踏み入れたとも気が付かずに、声を荒げ拳を握った。
「ふざけるな! あの墓標に隠して、砦を建設したのも確かだろう! でなければ、あのような奇襲などあり得ん!」
木が多く騎馬は役に立たず、歩兵が進むにも背の高い草が邪魔をする土地。そこで交戦中、帝国軍は何度も有り得ない位置から奇襲に遭ったと報告を受けている。それはおそらく、防壁以外にも戦闘準備が整っていたため。墓標など口実。初めから、ダイス王国の侵攻に合わせ交戦する事を狙っていたとしか考えられないのだ。
それに対して、異を唱えたのは宰相の副官であるフリージオである。彼はあくまで無を貫きながら、淡々と説明した。
「支援物資に墓標に砦。失礼ですが、それらを全て実現するためにどれだけ資金が必要かはお考えですか? 内乱の傷跡残る我が国に、それだけの予算があるとお思いでしょうか」
フリージオは一つ一つの経費を上げていき、すらすらと計算していく。数字は、バーバリオの弱点であった。もちろん同席している家臣に専門の者はいるが、バーバリオは家臣の顔色を伺ってからでなければ指摘出来ない。そして家臣は、フリージオの発言に偽りがないと首を振るだけだった。
「さて、これらの予算をどこから算出しますか? 我が国で、どこか増税した地域があると聞き及んでいますか? はっきり言いましょう、これらを同時に支払う能力は、マクガフィン王国にはありません」
細かい数字は分からないが、バーバリオも結論に異論はなかった。マクガフィン王国が増税したという話は入っていないし、潤沢な財を築いた噂も聞かない。確かに、数字の上で計画は不可能だった。
そこで、数字を計算していた家臣が息を飲み青ざめる。何に気付いたのかと視線を送れば、家臣は唾を飲み込んだ後、乾いた声を上げた。
「いえ、不可能ではありません。王太后の遺品を売り払えば……資金は賄えるでしょう」
王太后ユリカは、振り当てられた予算を贅沢に費やした。死ぬまでの間に、かなりの宝石や調度品、芸術品を溜め込んでいたと思われる。それを売り払えば、莫大な収入になるだろう。
「物事を発言なされる時は、根拠を用意すべきでは? 証拠もなく追及すれば、国土を揺るがす大事件に繋がりかねませんよ」
フリージオは強烈な皮肉と共に、家臣を一掃する。確かに、今は根拠がない。ここで騒いだところで、妄想だと反論されればそれまでなのだ。
(いつからだ……この若造は、いつから罠を仕掛けていたと言うのだ!)
ダイス王国は、強兵ではあるが軍師のない、手玉に取りやすい国だった。留守居を他国の兵に任せ、出兵するなどと奇天烈な提案をしたのは一体誰だったのか。
墓標を防壁として、軍事施設の建設を進めたのは誰なのか。
王太后ユリカの遺品を利用し、資金を捻り出すなどと考えられる人間は、国で一人しかいない。遺品をどう扱っても咎められる事のない、王太后の家族だけだ。
「実の母すら、そなたにとっては道具か」
バーバリオとて、実の母の死を利用しようなどとは考えつかない。それを実行出来るのは、人の心を持たない悪魔だけだろう。
「ふふ、今回はとても役に立つ道具だったよ」
ユージーンは肘をついたまま微笑む。バーバリオよりも一回りも二回りも小さいが、背負う業は天井まで高く立ち上っているように見えた。
「さて、と。これで頭を垂れて懇願するべき立場の人間が誰なのか、分かってくれたかな? まあ、分からなければそれでもいいさ。僕はどちらに転がっても、不利にはならないからね」
ユージーンに同席する頼りない若者達も、今となっては脅威に見えた。この者達も、いつフリージオのように豹変するか分からない。未知の敵と、牙を隠した王。協議の支配者が誰なのか、分からされた瞬間だった。
「でも一つ、私も不思議に思っている事があるんです」
協議終了後、帝国が用意した客室に泊まる事となったフリージオが、息抜きに来たユージーンへポロリと漏らした。
「王太后の遺品を売って資金を作る。まあそれは分かります。けれどその遺品の価値が軒並み上がっているのは、どうしてですか? 一つ二つならともかく、ここまでみんな値が上がるなんて、偶然で片付けられない気がするのですが」
ユージーンはフリージオが休むはずのベッドに寝転び、くつろぎながら答える。油断しきったその姿は、とても協議中と同じ人間だと思えなかった。
「だって僕、3回目だからね」
「3回?」
「ふふふ、まあ偶然じゃないけど、詳細はナイショ。ま、いつか戯れに話したくなったら、話すかもね」
3度目の人生、アカシアの王ユージーンの道のりは、まだ始まったばかりだった。
今回の話で番外編は終わりです。ここまでご覧くださって、本当にありがとうございました!