第98話
「私たちの名は『霧の傭兵団』。聖地にも貴方方にも用はありませんわ。ですからそこを通していただけます?」
私は徐々に私たちの周囲を囲んできている男たちにそう言い放ちます。
「『霧の傭兵団』?ああなるほど、我らが怨敵である魔王に与する者が首領の傭兵集団か。それならば信じるもの以前の話だ。皆殺しにしてくれよう。」
男たちは私の言葉を受けて武器を構え始めます。それに対して私たちは……
戦闘体勢すらとりません。
「ほう。潔く我等が正義の刃の錆になるという事か。そう言う事ならば悪魔の手先と言えども苦しまずに…」
「呆れてものが言えませんわね。」
私は頭を抱えつつ、男たちの代表の言葉を遮り、
「今ならまだ間に合いますわよ。さあ剣を引いて私たちをおとなしく通しなさい。さもなくば貴方方に天罰が下りますわよ。」
私はそう言い放ちます。
それに対して男たちは下品な笑い声をあげて何を言っているんだという顔をこちらに向けてきます。
ですが、ここで戦うわけにはいきません。
「悪魔の手先が天罰とは笑わせる!死ねぇ!」
男が剣を振り上げて私に襲い掛かってきます。が、その剣が私に触れる直前に幾条かの雷が落ちて剣は完全に破壊され、男は一瞬で炭化します。
そして周囲に目をやればほとんどの男たちは痙攣しつつ地面に伏していて、敵側で無傷の者は誰一人としていません。
「はあ、やはりこうなりましたか。」
「ですねぇ。」
「予想通りだけどねぇ。」
「自業自得……」
「しょうがないネ。」
「せいとーぼうえーせいとーぼうえー」
「「「うんうん。」」」
『霧の傭兵団』全員で呆れ顔をしつつ周囲の状況の感想を述べます。
さて、どうしてこうなったのか。
実は仕組みとしては単純な話で、『絶対平和を尊ぶ神官』が移動式のダンジョン領域を『魔聖地』の周囲に展開していて、私たち『霧の傭兵団』は出来る限りその中に入る様にして移動を続けていた。その中で男たちが私たちに襲い掛かったために天罰が下った。ただそれだけの話です。
尤も、天罰一回で消し炭になったのはさすがに予想外ですが。
さて移動を再開するわけですがこの移動方法には一つ欠点がありまして、
「あー、今居る領域は北の方に行っちゃうねー。じゃあ次はあっちかなー。」
移動スピードと方向がその領域任せな上にダンジョン内の扱いなので外との通信が出来ないのですよね。おかげでここ数日はクロキリと連絡が取れていません。
おまけにどこからどこまでがダンジョンなのかの見極めは≪特殊領域視認≫を持つシガンにしか出来ませんし。
それにしてもシガンのスキルは≪自動脱出≫と言い、≪特殊領域視認≫と言い妙なスキルが多いですわね。便利ですけど。
「あ……」
と、シガンの誘導に従って次のダンジョン領域に移動していたところでイズミが何かに気付いて声を上げます。
見ると、何かが土煙を上げつつこちらに接近して来ています。
「はあ、またですの?」
「面倒だねー」
私とシガンがそう言っている間にも土煙を上げている存在はこちらに近づいてきます。
さて、今は運悪く『魔聖地』の外ですから。対応をしなければいけませんね。
「待って……あれは……」
イズミが手で私たちを制します。
こうしてイズミが私たちを抑えるという事はもしかして……
「イチコ姉ちゃん!!」
土煙を上げてている張本人の姿が見えてきます。
やはりそう……
「リョウお嬢様から離れろ!!この化け物があああぁぁぁ!」
「おっと。」
えっ?
その人物は私の隣にいたシガンに手にした長剣で一直線に切りかかりました。
それに対してシガンは≪自動脱出≫で横に跳んで逃げます。
私は慌てて状況を把握しようとします。
イズミの反応や私の中に僅かにある彼女の印象からして、恐らく今シガンに襲い掛かった方はイチコさんです。
でも、なぜ彼女がシガンに襲い掛かるのでしょう。
それに何故シガンの事を化け物などと……
私は急いで二人の顔を見ます。
襲い掛かってきた人物。推定イチコさんの顔に浮かんでいる表情は怒りと恐怖。
「いやはや、久しぶりに出会ったというのに随分と荒っぽいご挨拶だな。検体番号667?」
対して今までとは全く違う話し方で喋るシガンの顔に浮かんでいるのは……笑み……?
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カイロから走り続けた私の前に人影が見えてきました。
距離が近くなって来てそれぞれの顔の輪郭から造形まで分かるようになります。
イズミが居ます。ムギが居ます。ホウキさんも居ます。見知らぬ……けれど人の良さそうな人たちがいます。そして十年前とは比べようも無い程に逞しくなられたリョウお嬢様が居ます。
ですが、
クロキリから居るかもしれないとは聞いていました。
でも、できればクロキリの勘違いであってほしいと、杞憂であってほしいと私は思っていました。
ですが……
「リョウお嬢様から離れろ!!この化け物があああぁぁぁ!」
「おっと。」
クロキリの言うとおりアレも居ました。それもリョウお嬢様の隣に。
私は思わず叫び声をあげ、頭の中を怒りで満たし、かつての恐怖から来る震えを無理やり押さえ込んで切りかかっていました。ですが、その一撃をアレは難なく避けます。
私はリョウお嬢様を自分の背中の陰に隠しつつアレと……魔神と相対します。
「いやはや、久しぶりに出会ったというのに随分と荒っぽいご挨拶だな。検体番号667?」
「その名で私を呼ぶな!」
魔神の姿は十年前のあの日から全く変わっていません。相も変わらずその目は人間をただのモルモット…いえ、ただの人間はチリ程度であり、私たち魔王を実験動物でしかないと雄弁に語っています。
「ははははは。まあいい、役者が揃ったところで始めるとしようか。」
「始めるだと……?」
私は思わず身を強張らせつつ問い返してしまいます。
私の出す剣呑な雰囲気と魔神の態度が普段彼らに見せていたと思しきものから大きく変わったためなのか、周囲に居る普通の人間はムギと見知らぬ女性の指示に従って急いで離れていき、イズミは武器を生み出して構え、ホウキさんはこの状況に唖然として、リョウお嬢様は必死に状況を把握しようとしているようです。
「ああそうさ。」
魔神の姿が一瞬にして消え、私は慌てて魔神の行方を捜します。
「あぐっ!?な、何で……」
そして次の瞬間、そこにはホウキさんの腹を手で突き刺している魔神が居ました。
「ホウキ!?」
「リョウお嬢様駄目です!」
その光景にリョウお嬢様が思わず駆け寄ろうとしますが、私はその手を引いて無理やり、私の後ろに下がらせます。
「こ、この手を放しなさい!」
「いえ、リョウお嬢様をアレに近寄らせるわけにはいきません。イズミ!」
「ん……。」
私は魔神を警戒しつつイズミを近くに招きます。
「リョウお嬢様を頼みます。」
「分かった……。」
「ま、待ちなさい!」
イズミがリョウお嬢様を連れて離れていきます。
そしてイズミが離れていく間にもホウキさんの全身はビクビクと震えつつも脂汗を浮かべて必死に何かに……いえ、何かを呟く魔神に抗おうとしています。
けれど、私には魔神に近づくことも出来ません。今ここで迂闊に近寄れば手痛い反撃を受けてお終いです。
「さて、中間発表会と行こうか。貴様等の十年間の成果を見せてもらおう。」
そう言って魔神はホウキさんの腹から血塗れの手を引き抜いて虚空へとその姿を溶け込ませていきます。
そして魔神が完全に消え去った瞬間。支えを無くして痛みから地面に這いつくばっていたホウキさんが腹から血を流したまま何かに跳ね上げられるように立ち上がります。
「あ……ああ……ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
そして絶叫を上げると同時にホウキさんの姿は大きく膨らみ、歪み、そこから収縮して一つの姿を取ります。
それは白と黒が反転したメイド服の女性。顔はホウキさんのままで手には身の丈ほどもある巨大な竹箒を持っています。
その全身から魔王ほどではありませんが圧倒的な威圧感が伝わってきてこのモンスターが凡百の魔性とは比べ物にならない存在だと分かります。
そして私の姿を認めると同時に身構えたその姿から敵対の意思がある事も分かります。けれど、その目は語っています。
わざと正常なままでホウキさんの心がこのモンスターに残されていることを、
その体が完全に魔神の支配下に置かれていることを、
ホウキさんを救うために取れる手段はもう一つしかない事を、
「さあ、存分に戦うといい。こいつは中々に強いぞ。ははははは……」
そして、何処からともなく魔神の声が聞こえてくると同時にホウキさんが動き始めました。
ホウキが選ばれたのは一番襲いやすかったからです。それ以外に魔神には理由なんてありません。