第88話
「ふぅ……」
俺は自室で服装を整えた上で胡坐をかき、深呼吸をして精神を落ち着かせる。
何故こんな事をしているのか。言うまでもない。
「10年か。」
あの日から…魔神によってイチコがどこかに飛ばされてから…今日で10年になる。
そして今日この日。魔神が俺にかけたスキル≪繋道封鎖≫が解けることになる。
「はあ…なんでこんなに緊張しているんだろうな。俺。」
俺は思わずため息を吐く。
ただ、こんな姿をイチコには見せられないと思ってすぐに気持ちを元に戻す。
そして、その時が訪れる。
『あっ……』
俺の頭の中に少々ノイズ混じりだが十年ぶりにイチコの声が響く。
「あー……久しぶり……だな。」
『そう……ですね。』
「オホン。」
俺は咳払いをして呼吸を整える。
「まずはお互いの無事を祝おう。」
『はい。そうですね。』
「じゃあ……聞かせてもらえるか?あれから何があったのかを。そして聞いてくれるか?俺たちに何があったかを。」
『喜んで。』
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十年ぶりに聞いたクロキリの声は何だかとても暖かったです。
何でしょうね。この気持ちは。かつては殺したいほどに憎くて憎くてしょうがなかったはずなのに今はとても懐かしくて愛しい感じがします。
『じゃあ……聞かせてもらえるか?あれから何があったのかを。そして聞いてくれるか?俺たちに何があったかを。』
クロキリがそんな事を言ってくれました。だから私は
「喜んで。」
と、返しました。
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クロキリにたくさん私の話をしました。
南極に飛ばされた事、『永遠なる南の極妃』の元で修行したこと。『永遠なる南の極妃』も魔神と敵対する意思がある事。アフリカ大陸に渡った事。一人で魔王『種を分離する別士』を倒した事。今は傭兵として仕事をしつつ北上していること。
そして旅の中で楽しかったことも辛かったことも全て。
クロキリは私の言葉にうんうんと相槌を打ってくれます。
『それにしても南極か…。よく生きてアフリカ大陸に渡れたな。』
「本当にそうですね。極妃の手助けが無ければ今も私は南極に居たと思います。」
『今後、極妃に何かあったなら可能な限りの手助けをしてやりたいところだな。』
「ええ、その時は手助けお願いします。」
極妃には本当にお世話になりましたからね。彼女にはぜひその恩を返したいところです。
「次はクロキリの十年を教えてもらえますか?」
『ああそうだな。』
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俺はこの10年の間に起きた事を話した。
俺の居るこの国の変化。俺のレベルが上がったこと。魔王同士で条約を結んだこと。チリトが結婚したこと。眷属の子がどうなるのか。スキルについての調査が進んだこと。を、
『クロキリ?』
と、俺自身の事を一通り話したところで今まで相槌を打つだけだったイチコが割り込んできた。
「なんだ?」
『少々聞きたいことがあるのですがよろしいですか?』
「お、おう。」
俺は何故か妙な汗をかき始めていた。なんだろうこの妙な心境は…ああそうだ。この心境はまるで…
『この十年の間に何人の女性に手を出しましたか?』
「!?」
妻に浮気がばれた夫の気分なんだ。
『クロキリ?』
っつ!拙い!イチコの不機嫌度が爆発的に増している!早く!しかし慎重に返答をしなければ!
「あ、ああそうだな。女性に手だろ?そりゃあもちろん出してn…『嘘ですね。』…!?」
な、なぜバレてるし!?
今日の為にここ数日は女性断ちまでしてたのに!?
『ふふふふふ。クロキリはやっぱりクズクロキリですね……。いいでしょう。この件については『白霧と黒沼の森』に帰ったらみっちりと話し合いましょうか。』
「ーーーーーーー!!?」
ヒイイイイイイィィィィィ!!?
イチコさんが…イチコさんが…怖いです!俺何かしましたか!?いや確かにナニカはしてましたけど!
『大丈夫ですよ?話はきちんと聞いてあげますから。』
こ、声からイチコさんがいい笑顔をしているのがよく分かりますねー…
と、いつまでも主導権を握られているわけにはいかないな。
「ああそうだ。イチコ?」
『何でしょうか?』
「実を言うとお前の捜索部隊としてリョウたちを出しているんだ。それと魔源装置があるから多分東南アジアの沿岸部ぐらいまで来てくれればお前の転移陣でみんなをウチに戻せると思う。」
『本当ですか!?』
俺の言葉にイチコは今までで一番大きな喜びの声を聞かせる。何だかこちらまで嬉しくなってくるな。ただ、リョウに出会う前にイチコには伝えておかないといけないことがある。
「イチコ…」
『何ですかクロキリ?』
「その…お前の半魔王化の影響について今のうちに話しておく。」
『!?』
俺はイチコに俺を含めて皆の記憶がどうなったのかを伝える。
まず俺はほぼ100%記憶が残っている。
イズミもイチコが居なければ死んでいた存在のためなのか、他の人間に対して語りはしないがかなりの量の記憶を残しているようだ。
ただ、ムギ、リョウ、ホウキ、チリト、それにイチコの人間時代の級友たちにも話を聞いたが、彼らの記憶はズタボロだった。自分とイチコがどういった関係にあったのかは覚えていても、実際どのようなエピソードがその間に有ったのかは程度の差こそあるが殆ど思い出せなくなっていたのである。
『そう…ですか…。』
「すまないな。あの時俺がもっと早く駆けつけていれば…、」
空気が少々重くなる。
きっと俺は一生あの時の事は後悔し続けるだろうな。あれは俺にとって一生の不覚だったから。
『いえ。もう過ぎた事ですから。それよりもこの先私はどうすれば?』
イチコが話題を変えてくる。ならそれに答えないとな。
「あー、そうだな。リョウ達は今インドの辺りにいるようだから、イチコはそのまま北上して西アジアに入ってくれ。」
『砂漠越えですね。』
「そうなるな。大丈夫か?」
『大丈夫です。この十年ですっかり鍛えられましたから。』
イチコは力強く返事をする。何となくだがイチコが微笑んでいる顔が見えた気がする。
そしてその日。俺とイチコは日が暮れるまで話し続けていた。