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第69話

「さて、まずは互いに名乗ろうとしよう。朕は『永遠極光宮殿エターナルオーロラパレス』の主、魔王『永遠なる南の極妃』である。極妃と呼ぶがよい。」

 私の前には刻一刻と色合いを変える不思議な羽衣を身に着けた色白の人形のような可愛らしさを持った少女が座っています。外見年齢は10台前半で、瞳の色は青、髪の毛は羽衣と同じく色を変え続けています。背に関しても座っているので正確には分かりませんが私と殆ど変わらないでしょう。そして胸は…確かに私と同じくらいですね。


 …。でも10代前半でこれなら今の私と同い年になるころには…いえ、考えないでおきましょう。悲しくなります。


「私は半魔王『定まらぬ剣の刃姫』イチコと言います。呼び方は…イチコでお願いします。」

 私は極妃の正面に座り、背筋を正して名乗ります。


「この度はこのような美しいダンジョンに招いていただきありがとうございます。」

「ふふん。もっと褒めるがよい。防衛上の観点から中に入れるわけにはいかんがな。」

 極妃はドヤ顔をしつつ満足げな表情を浮かべています。


「と、このような事を言い合っている場合ではなかったな。イチコと言ったな。お主の事情。そしてどうやって南極まで来たのか。包み隠さず教えてもらうぞ。特に『あの声』については根掘り葉掘りだ。」

「ええ、分かっています。私も極妃にそれを伝えるためにこのダンジョンに来たのですから。」


 私は語り始めました。

 私が元々は『蝕む黒の霧王』の眷属、霧人であったこと。霧王の命令で大陸に向かったこと。大陸の入り口である半島で辛王と戦ったこと。

 そして、魔神が現れ、辛王を殺し、私を魔王にしようとしたところで、霧王に助けられたが私は半魔王になり、この場に飛ばされことを。

 で、この話を終えた所で極妃の顔を見たら…


「(ポカーン)」

 目を見開いて完全に停まっていました。


「ええと、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ。」

「それなら…」

『ブツブツ(しかしなるほど『あの声』を霧王とやらは魔神と称したのか、確かにそう言うのが正しい相手ではあるな。だが、魔神と出会っただと?おまけに霧王は魔神に逆らい、貴殿の完全な魔王化を阻止した?挙句魔神の手によって南極に飛ばされ、霧王との通信は出来ない?なんなんだ。どれもこれも桁違いの爆弾ばかりな気が…』

 ブツブツと極妃が日本語以外の言語で何かを呟いています。見た目からしてそうではないかと思っていましたがやはりあの国出身の人ではないようですね。


 まあ、ひとまず落ち着くまで待ちましょうか。



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「先程は失礼した。貴殿の話にさすがの朕も動揺してしまってな。」

「いえ、構いません。」

 30分ほどした後、何とか極妃が戻ってきました。


「さて、貴殿に一つ聞きたいことがある。」

「何でしょうか。」

「貴殿は“どこまで覚えている”?」

 極妃が今までにないような真剣な表情で問いかけてきます。


「覚えているとは?」

「イチコ。というのは貴殿の人だったころからの名前であろう?」

「それはそうですね。」

「では、自分の苗字は覚えているか?」

 苗字…?っつ!


「分から…ない…。なんで…?あの国の人間なら持っていて当然のはずなのに…。」

「恐らくは魔神の仕業だろう。朕も自分の人だったころの名前は覚えていない。それに南極という場所と朕の年齢的に朕には保護者が居て、その関係で朕に関する書類もあるはずなのだが、そういう物は一切見つからなかった。」

「まさかあの時に…」

 私は魔神によって闇に満たされた空間に閉じ込められ、その時に自分が皆の中から消えていくあの感覚を思い出していました。

 そして真に恐ろしいのは…


「真に恐ろしいのは一人の人間分の記録や記憶が世界中から消えてもこうしてきちんと疑問を持って思い浮かべなければ、消えたことにすら気づけないということだな。」


 そう、真に恐ろしいのは消えたことにすら気づけないという事実です。疑問を持たなければ、おかしいと考えなければ、居なくなったことにも気づいてもらえない。

 私は改めて、あの時の感覚に恐怖していました。


「貴殿はまだ幸せだな。自らが人間だったころの名前を憶えているという事は貴殿の知り合いたちもまだ貴殿の事を覚えている可能性は高い。記憶が完全か不完全かはさておいてな。」

「そう…ですね。」

 そう。クロキリや極妃は人間だった自分が居たという事実を魔神に完全に奪われているのです。それに比べれば私の状況はまだマシです。

 なら、これから私がするべきは…


「極妃。貴方は魔神の事をどう思っていますか?」

「はっきり言えば憎いし、可能なら私の手で打ち倒したい。魔神のせいで“私”は家族もそこに居たという事実も奪われたのだからな。が、朕の手にはどうやっても負えない相手でもある。このような僻地では力を蓄える事すら満足にはできないからな…。」

 極妃は恨みの炎を盛大に燃え上がらせています。が、直後にその炎はしぼんでいってしまいます。


「そうですか。」

 ですが反応は上々…な気がします。それならば、


「なら、私が魔神を討ちます。そして、そのために力を貸してくれませんか?」

「力を貸してほしい…か。具体的には?」

 極妃の目に再び火が灯ります。


「私が魔神を倒すためにはとにかく力をつけなければいけません。だから…」

「だから?」

 そして私は…


「ここで半魔王の力を使いこなせるようになるまで修行をさせてください。そして可能なら他の大陸に渡る手助けを。」

 極妃に助力を求め、極妃はそれに首肯で答えました。

極妃はロシア系


05/20 誤字修正

05/21 誤字修正

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