第65話
今のリョウたち。そして…
「この時期でもこの国は暑いですわね…」
「本当ですねぇ。」
「暑い…。」
「まあ、うちの国よりも南に位置しているしねえ。しょうがないんじゃないか?」
私たちは現在南アジアのとある国に来ています。私たちの国よりも緯度が低いため時期的には冬であるにも関わらず気温が高く暑いです。それにしても箸がないのやカレーばかり出てくるのはいいのですが、元々の人口が多かったせいか魔王の数が多くて戦闘回数がシャレにならないですわ。
さて、今この場に居る私たちのPTのメンバーは私、ホウキ、イズミ、ムギの四人です。アリア?彼女は北からクロキリに呼び出されて『白霧と黒沼の森』に戻った際に別れることになりましたわ。ちなみにその時にチリトも一緒に別れました。
尤も今この場に居ないだけで私たちが大陸に行ってから増えたメンバーもいますが。
そして、私とホウキがクロキリに命じられたのはイズミ、ムギの2名と合流した後、この世界のどこかに飛ばされたという人間時代は私の護衛だったイチコさんの捜索でした。
「それにしても、イチコさんは一体どこに飛ばされたのかしら。」
「確かリョウお嬢様の元護衛の方ですよね。いつも影から護衛していたために私は良く知りませんけど。」
「私も名前と優秀である。という事以外はよく知りませんわ。まあ、救える相手はどんな方法を使っても救う。という方ですから生きてさえいれば私たちのように有名になっていると思いますわ。」
私とホウキは食事をとりつつ顔も歳も分からないイチコさんがどんな人なのかを考えます。
まあ、情報が少なすぎて何も分かりませんけど。
なお、あの国から大陸に出た後は人間達と友好的な魔王と渋々ながらも協力して、敵対的な魔王と戦ったり、この情勢下でも様々な理由から交易を行っている方々の護衛を受けるなどして日々の糧と情報を得つつこちらまで来ています。早い話が傭兵業ですわね。今の世界にはピッタリだと思いますわ。
それで、今までで一番大きかった仕事と言うと…あれですわね。
中国…いえ、元中国の方で魔王の軍勢(雑魚から強敵まで合わせて1,000匹以上)に襲われている村の人間達を助けた後、安全な場所まで護衛するという依頼がありました。あの時は同時にその魔王の治めるダンジョンを攻略する動きが別の方面であり、その魔王が私たちと攻略組の両方を相手取ろうとした結果、戦力不足に陥り魔王が討伐されたのでしたわね。
まあ、詳しい話はいずれ別の機会にするとしましょうか。
ちなみにこの依頼で私たちは≪霧の傭兵団≫という称号を得ました。ムギはどこか不服そうな表情でしたけど。
「一応、アタイとイズミは少しの期間とは言え一緒に戦ったから戦い方ぐらいなら知っているけどねえ。」
「……。」
「あら?イズミどうしましたの?」
「…何でもない。」
と、そのムギがイチコさんの事を思い出そうとしますが、あまり良い結果ではないようですね。
対してイズミは物思いにふけているような様子で、私が話しかけたらそっぽを向いてしまいました。
それにしてもこの子は一体何を考えているのでしょうね。聞いた話ではイチコさんに助けてもらって霧人になり、その時の後遺症で今でも殆ど喋れないようですが、傷を負っても血を流さず、どれだけ深い傷を負っても自力で治す。おまけに自分の体から武器を生み出す。まるで人形のような子で、本当によく分かりませんわ。
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9年前のあの日。イチコ姉ちゃんが居なくなった時にイズミとムギお姉ちゃんの中からもイチコお姉ちゃんは少し消えてしまった。
クロキリ兄ちゃんは何も言わなかったけど、きっとあの日イチコ姉ちゃんをどこかに飛ばしたナニカがイズミとムギお姉ちゃんにも何かしたんだと思う。
ううん。イズミとムギお姉ちゃんだけじゃない。リョウお姉ちゃんとイチコ姉ちゃんは顔も知らないような仲じゃなかったはずなのに、リョウお姉ちゃんはイチコ姉ちゃんの顔も覚えていなかった。それにリョウお姉ちゃんの侍女であるホウキお姉ちゃんも面識がないと言っていた。
そのナニカの正体はイズミには分からない。クロキリ兄ちゃんは知っているはずだけど、教えてはくれなかった。きっと知ったらそれだけで危険な相手なんだと思う。
だから、イズミも皆の記憶におかしな点があるのは分かっているけど指摘しない。クロキリ兄ちゃんが戦うのを避けるような相手に今のイズミたちが勝てるとは思えないから。
「それにしても、ここの食事は辛くて鼻がいいアタイには辛いよ。」
「でしたら、そろそろ次の国へ向けて移動を開始するのもありですわね。」
「それならいつも通り適当な人間の護衛をして路銀を稼ぎつつですかねぇ。」
ムギお姉ちゃんたちが今後の事を話し合っている。
この国を離れることは特に文句も無いけど、まるで旅行みたいだなとも思う。
イチコ姉ちゃん…。今どこに居るんだろう…。
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9年と少し前
「ここは…?」
私、イチコは魔神の手によって半魔王にされ、何処とも知れない場所に飛ばされました。
そこは雪と氷、そして岩しかない世界。
太陽もほぼ真横にあります。
「っつ!なんて寒さ!」
少し風が吹きました。けれどその風はとても冷たく、まるで身を切るようでした。
「クロキリとの通信は…できませんか。」
頭の中でクロキリと通信をしようとしましたが、繋がりません。
と、再び身を切るような風が吹きます。
「くっ…急いで、どこか安全な場所を探さないと…」
そして私は何もない地平をさまよい始めました。
ここから魔神の手によってイチコが飛ばされた後の話を順々にやっていくことになります。
またクロキリの存在感が霧散する~