第50話
『赤傾太極洞』の内装は床から天井に至るまで岩で作られており、照明は天井にランタンの様なものが吊り下げられています。扉は石製のようですが木のように軽いです。
で、ここまではいいのですが…
「何で全部真っ赤なんだい!」
「(目がいたいよ!)」
ムギさんとイズミが言うとおり全てが赤一色なんですよね。床も壁も天井も真っ赤なペンキをぶちまけたように赤一色で、照明も赤色灯、扉ももちろん赤色です。
そう言えばある種の麻薬中毒者には部屋を一色で染めるような症状があると聞いたことがありますが、これもそれなのでしょうか。
もしくは『白霧と黒沼の森』の霧のようにこのダンジョン特有の対侵入者用のなのでしょうか。…、まだ、こちらの方があり得ますね。
「とりあえず休憩所を探しましょう。この色彩の空間で敵を長時間警戒するのは私たちの考えている以上に疲労することになります。」
私は二人に提案しつつ、周囲の気配を探ります。
と、どうやらあちらの方に多数の生物が集合しているようなので、私はそちらの方に行こうと二人に指示します。
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「(これは酷いね…。)」
「(うん)」
「(このダンジョンの主の性格がよく分かりますね。)」
私たちは生物の気配が多数ある部屋の扉を少しだけ開けて、中の様子を窺っています。
そして部屋の中には多数の人間がよく漫画の強制収容場にあるような巨大な歯車を休む間もなく回していて、休んだり、遅れたりするような人間にはチンピラ風の辛人が鞭を振るって体罰を行っています。
しかし外の様子とこの施設を見ただけでどうやって辛王がレベルを4にまで上げたか分かりましたね。恐らくですが辛王はダンジョン外で敵を殺害した場合、獲得経験値の量が減る事を知らずに、とにかく手下の辛人に人間達を狩らせたのでしょう。そして狩りの最中に殆どの人間は殺し、残りはこうして何かしらの重労働に従事させる。と言ったところですかね。
おまけに言うなら恐らくですが辛王が眷属化した人間は元からこの様な行為を好む下種な連中ですね。まるで悩んでいる様子もありませんし。もしかしたら洗脳済み。という可能性もありますが。まあどちらでも救いようはもうありませんか。
それにしてもこのような光景を見ると、魔王と言うものが本来はどのような者なのかを思い知らされますね。それとクロキリが魔王としては異質だという事も。
「(イズミ。すぐに突っ込んで…)」
「(待ってください。)」
と、不味いですね。
私は今にも飛び出しそうなムギさんとイズミを止めます。
「(どうしてだい!)」
「(まずは状況確認です。それに制圧するならば辛王を気にしなければいけませんし、救出後の事も考えないといけません。)」
「っつ…!」
私の言葉にムギさんもイズミも踏みとどまります。
「(落ち着きましたね。では行きましょう。やるからには徹底的に。ね。)」
そうして、私、イズミ、ムギさんはそれぞれ別の入り口を探し出し、そこから突入しました。
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「ハア…ハア…」
その男の足はふらついていた。しかし、足を止めるわけにはいかなかった。足を止めれば殺されるからだ。
「もう…ダメだ…」
しかし、その男は少しだけ足を止めてしまう。
その瞬間に男に向かって一人の辛人が鞭を振るい、皮膚が弾ける音と悲鳴が辺りに響く。そして男の悲鳴に気を良くしたのか害したのかは分からないが、再び辛人は鞭を振るおうと…した時にそれは始まった。
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!」
最初は鞭を振っているのと別の辛人が突然叫び声を上げた。その辛人は別にどこかに傷をつけられたわけではない。だが、辛人の目の前には青い火が浮かび、その火の揺らめきに合わせて辛人の動揺は目に見えて大きくなり、最後には泡を吹いて気絶する。
「まずは一人。」
さて、この辛人に使われたのはムギの≪狐火≫である。≪狐火≫はただ火属性のダメージを与えるだけでなく幻惑の効果もあり、直接当てた場合は発生率は稀だが、目に長時間その光を浴びせることで確実に幻惑の効果を与えることが出来るのである。
「!?」
そして同時にやはり鞭を振るっていたのとは別の辛人が声も上げることもできずに股間を抑え、泡を吹きつつ倒れる。
「…。」
さて、こちらの辛人に何があったのかを詳しく語らなくても男性なら分かるだろう。が、あえて詳しく言うならイズミが≪霧の衣≫で気づかれない様に相手に接近し、≪筋力強化≫を掛けた状態で全力の蹴り上げを相手の股間に向かって行ったのである。
ちなみに後日この話を聞いたクロキリは『なんてエゲツナイ事を…』と、冷や汗をかきつつ語ったそうである。
「貴方で最後です。」
「えっ?」
そして、鞭が振るわれる前に、周囲の状況を悟られる前に最後の一人になった辛人に対してイチコが≪短距離転移≫と≪霧の衣≫で接近し、素手≪首切り≫を放つ事で首ではなく意識を刈り取った。
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突然現れた私たちに向けて周囲の人たちは驚愕と困惑の表情を見せています。
「(やったねー)」
「さて、ここからどうするんだい?」
「そうですね…。」
私は強制的に働かされていた人たちの方を向きます。
そして宣言します。
「人間よ選びなさい。」
目が痛くなるダンジョンです。