第31話
「はぁ…。本気ですのクロキリ?」
『本気本気。というか俺が冗談でこんなこと言うかよ。』
チリトが眷属になってから一週間後の明け方、私が家の玄関で学校に向かうために靴を履こうとしていたところにクロキリがとんでもない事を言い出してくれました。
「私の正体を隠そうとする努力は何だったのでしょう…。とりあえず、もう一回伝えて欲しいことを言ってくださいな。」
『しょうがねえなぁ。まあとりあえず
・魔王は特定の条件下で人間を自らの眷属にすることが出来る。
・お前は霧人という人間以外の存在であり、魔王の眷属である。
・霧人は今現在でも複数人いる。
・眷属は主の命令には逆らえないが、霧人の主(つまりは俺)は基本的に本人の意思に反した命令を出す気はない。
ということは伝えてくれ。尤も一つ目の情報以外ならどこまで広めるか、どう伝えるのかの調整はお前の好きにしていいけどな。ただ、ダンジョンの構造と生息魔性。それに俺の能力については伝えるなよ。』
…。どこまで広めるかは私と私が話す相手。恐らくはお父様と相談して決めろという事ですか。
なら2つ目以降は国の中でも偉い方々に限定して伝えるべきですわね。
それにしても相変わらず目聡いですわね。ダンジョンの構造と魔性、それにクロキリの能力については伝えられれば人間が格別に有利になるのに、それを伝えるのは当然の様に禁止してきましたわ。
まあ、頼まれた以上はやるしかありませんわね。
「ホウキ。」
「お嬢様どうかしましたか?先程から一人で何かを呟いているようですが、」
「今日は学校を休みますわ。それと至急お父様に『私から話したいことがある。』と伝えてください。」
「えっ!えっ?お嬢様!?」
私は靴を脱ぎ、自室に戻って服を着替え、≪霧の衣≫の制限を解除します。
「お、お嬢様。一応、旦那様と話す場は作れました。って≪霧の衣≫を出していいのですか!?」
「ありがとうね。ホウキ。まっ、話す内容が内容だから出すしかないのよ。」
私は部屋を出てお父様の部屋に向かった。
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「お父様。リョウです。失礼しますわ。」
「ああ、はい…れ!?」
ああ、やっぱり驚いていますわね。でも当然でしょう。娘があるのが当然と言った顔で、この街ではあのダンジョンのせいで嫌われている霧を纏っているのですから。
「それは…お前のスキルか?」
「そうですわ。スキル名は≪霧の衣≫。魔王『蝕む黒霧の王』の眷属である『霧人』となった者が得るスキルですわ。」
私の説明にお父様は困惑と驚愕の表情を浮かべています。
「≪霧の衣≫…いや、それよりも魔王に眷属だと!?どういうことだ!リョウ!今すぐに説明を…」
「勿論しますわ。そのためにこの姿で来たのですから。」
そうして私は説明を始めました。
あの日、本当は何があったのか。どうして霧人になったのか。霧人とはどういう存在なのか。イチコが本当は生きている事。霧人は複数人いる事。クロキリが私が見て知る限りでどういう考えを持っているか。一つ一つ伝えていきました。そして、一つまた一つ今まで自分が知らなかった事実を知るたびにお父様の顔は苦渋に満ちていきます。
ただ、伝えなかったこともあります。ホウキとチリトの事。家の地下にダンジョンと繋がる部屋がある事。クロキリが『鬼の砦』の魔王『統べる剛力の鬼王』を倒した事などです。
そして、一通りの説明が終わったところでお父様が口を開きました。
「はあ。信じたくないが状況的、論理的に信じるしかないようだな…。」
「お父様、今まで伝えられずに申し訳ありません。ただ、覚悟は色々と付けてきていますのでそこは安心してください。」
「いや、覚悟なぞいらんよ…。主であるクロキリと言ったか。それの命令とは言えよく話してくれた。そういう事なら何とか私が上に掛け合ってみよう。勿論お前を助ける方向にだ。」
そう言ってお父様は近くに置いてある電話でどこかに連絡をし、話し合いを始めます。
そして受話器を置きました。
「ふう。すまないがリョウ。お前の正体以外は伝えたが、お偉いさんたちの前でもう一度同じ話をしてもらえないか?」
『悪いがそれは無しだ。』
「「!?」」
突然どこかから子供の声が聞こえてきました。見ると部屋の隅にうすい靄で出来た子供…フォッグがいます。
「貴様は…!」
『おはようございます。お義父様。俺はクロキリと言います。と言っても本体は中々ダンジョンの外に出れないんでこうして手下の魔性を介して話をさせてもらいますけどね。』
「誰がお義父様だ!貴様なぞに娘はやらん!」
「ツッコミ所はそこですか!」
『実質的には、もう貰っているようなものですけどねー』
「クロキリも煽らないで下さい!」
「『フフフフフフフ…。』」
ああ、お父様もクロキリも何をしているのですか…。頭が痛くなってきましたわ…。
『まっ、そこら辺の話は後に回そう。ただ、リョウをそんなところに向かわせるわけにはいかない。という事には納得してもらいたい。最悪、引き出せるだけ情報を引き出したら後ろからバッサリなんてことも考えられるからな。』
「無い…。と言いたいが強硬派の連中ならそれぐらいやってもおかしくはないか。」
『場合によっては議員の中に他の魔王の眷属が紛れ込んでいる可能性も否定できないしな。というか、一部の国では多分実際に起きているだろうな。』
「考えたくもない話だ…。」
クロキリが言った可能性は確かにあってもおかしくない話ですわね…。しかも仮にそれが事実ならまた世界中が大混乱になりそうですわね…。
『まっ、そんな訳だからお偉いさんたちの前で説明しろと言うなら俺が行かせてもらうよ。そのためにダンジョン内でも一匹じゃちょっとした悪戯しかできないコイツの口を借りているんだ。ああそれと、矢払チリトという少年も連れて行けるならこっそりと議会を見学する形で連れて行かせて貰いたいんだが。』
「チリト君をか?ああそう言えば彼は≪姓名解析≫の持ち主か。確かに有用だな。」
その後も私の前で次々と手順が決まっていきます。
「はあ…。それにしてもこれは上手くいけば私は英雄だが、失敗すれば家族全員で夜逃げをするしかないな。」
「その時はその時ですわ。」
こうなれば私にはこう言う他ありません。
「ははっ、リョウ。ありがとう。」
『というか、そういう状況になったらアンタも俺の眷属になればいいさ。歓迎するよ。』
お父様を眷属にですか。まあ優秀ですからその気持ちは分からないでもありませんわね。
「できればそれは勘弁してもらいたいな。では、向かうとするか。」
『まっ、俺もそこまでの事態は無いと思ってるよ。じゃ、行こう。』
そうして、お父様とクロキリは議会へと向かっていきました。
広まる時は一気に広まります。