第155話
本日2話目
実質最終回です
それはまさしく神話の一節として描かれるべき光景だった。
黒い服の男が大地の全てを押し流さんばかりの大水を呼び起こせば、それに対する小柄な少女は天を衝かんばかりの大岩……否、山を隆起させて大水を防ぐ。
小柄な少女が山から無数の植物を生やし、その幹と枝を持って黒い服の男を貫こうとすれば、黒い服の男はまるで闇をそのまま持ってきたかのような黒い金属の鎌を放って植物を刈り取り枯らす。
その戦いはまるで自らの望む天地を作り出すと同時に相手の作り出した天地を蝕み奪い取ろうとする戦いであり、まさしく本人たちもそのつもりで戦いを繰り広げている。
「ハッ!今度は天地創造神話の模倣か!」
黒い服の男…クロキリが若干の汗をかきながらも悪態を吐き、それと同時に前に出された手から幾条かの雷光が少女に向かって迸る。
「黙れ!」
それに対して少女…魔神は怒りの表情を浮かべながらもまだまだ余裕がある様子で月を模した結界を自らの周囲に張り巡らして、一条一条に並の生物なら一瞬で消し炭になるほどの力を持った雷光をあろうことかそのままの軌道で反射してクロキリに返す。
「そっちがそう来るならこうしてやらぁ!」
クロキリは反射されて制御を奪われた自らの雷光に対して驚きもせずに次の魔術を展開。雷光の制御を再び奪い取り、それを砲身の様に変形して黒い砲弾を撃ちだす。
だが、魔神はそれを先程の結界ではなく別の結界を用いて叩き落す。
さて、どの攻撃も本来ならば一撃で戦いが終わるはずのもの。にも拘らず戦いはまだ終わらない。それは両者の実力がそれぞれの極致と呼べるほどの域に達しているが故の物である。
では、仮にこの戦いに決着をつけるとするならばそれはどのような要因によって決まるのか。
「ハァハァ…(しかし、流石に場数の差が出て来たな。)」
この場に置いてそれは場数の差がとくに顕著な要因となって顕れていた。
「どうした?息が荒いぞ?」
「ハッ、んなことがあるか。」
場数の差。それは戦いにおける経験値の差と言い換えてもいいだろう。
経験の差は何も数字として容易に表せる身体能力だけに現れるものではなく、力の器用な抜き方。疲れない集中法。効率のいい体の動かし方。等々ありとあらゆる場面に現れてくるものであり、仮に天才と呼ばれるような天賦の才の持ち主であっても努力なしに磨くことは難しい部分でもある。
そして既に戦いが始まってから丸一日。それだけの時間があれば経験の差は目に見える形になって出てくる。
クロキリは既に体中の魔力を絞り出し、それでもなお戦いを続けるためにそれ以外の要素で足りない力を補う形になっており、事前に用意しておいた仕込みもその殆どは既に役目を終えていた。
対して魔神にはまだまだ余裕も力も有り余っている。恐らくは同じレベルの戦いを続けろと言われてももう数日間は間違いなく続けられるだろう。
「さあ、私を模造品扱いしてくれた礼だ。存分に味わうがいい。≪神槍グングニル≫!」
魔神の右手に一本の金属製の槍が生み出される。
それは放てば必ず相手を貫くと言う運命を持った槍。
「チッ、模造品を模造品呼ばわりして何が悪い。こうして直に相対し、戦ったからこそ分かる。お前は何時かの何処かで作られた本物のデッドコピーだ。その本物の魔神が何を思ってお前みたいなのを作ったのかは知らねえがな。」
しかし、クロキリはその槍の恐ろしさを正しく理解しているにもかかわらず、平然と悪態を吐く。
「黙れ!!」
魔神の手から槍が放たれる。未来を確定する槍。
クロキリはそれを避けようとはしない。未来が確定している以上避けるという行為に意味は無いからだ。
そして、未来が確定している以上クロキリには弾くことも防ぐことも出来ないだろう。
だから、クロキリは平然と立ち続ける。その表情は自らの死に場に赴く殉教者のそれに近い。
「(すまないな。流石に俺一人では無理だった。)」
槍は正確にクロキリの頭を貫くように迫ってくる。
「(だが、逆説……)」
そして、クロキリの頭を槍が貫こうとした瞬間。
「仲間がいれば無理じゃない。か。」
槍は粉々に分解されて一本の剣へとその姿を変えて一人の少女の手に収まっていた。
「なっ!?」
魔神は驚きの表情を浮かべる。
「クロキリ。罰なら後でいくらでも受けます。だから今は共に往かせてください。」
「誰が罰なんて…いやそうだな。帰ったら与えるとしよう。だから今は俺に協力してくれ。」
少女…イチコが神の槍を分解して作り出した騎士剣を片手にクロキリの横に並び立つ。
「馬鹿な!私の槍を止めるどころか奪い取るだと!」
魔神は今までに見せたことが無いような慌て方を見せる。
だがそれも当然だろう。イチコが今やったのは確定していたはずの未来を捻じ曲げる行為。力技などと言うレベルで行える行為ではない。
「クロキリ。私が物理的に特別なことが出来るのは後一回で終わりです。だから後は、」
「分かってるさ。心配しなくても次で終わらせる。使わせてくれるか?」
クロキリの問いにイチコは無言の首肯を行い、その身から一本の純白の剣を作り出す。
「『我が名は『定まらぬ剣の刃姫』。故に我が身から生み出される剣は未来を定めさせない剣。』クロキリ。」
「分かってるさ。『我が名は『蝕む黒の霧王』。故に我は過去も今も蝕んで黒く全てを塗りつぶし、我が力へと変える。』」
イチコの身体から作り出された剣がクロキリの手に渡り、クロキリの手に渡った剣は黒く染め上げられていく。
やがて、剣が全て黒く染まった瞬間。
「なっ!?クソッ!」
魔神の驚愕と共に周囲に張り巡らされていたはずの魔神の力が全て消え失せ、クロキリの握る剣に集約する。
魔神はこの状況に初めて危機感を覚えて全力の攻撃を二人に向かって放つ。それは火も水も土も雷も光も闇も入り混じった混沌とした攻撃。
それはかつて蛸王の放った呑み込んだ力を我が物にする『混沌』の属性を持った攻撃とは違い、それはあらゆる者の弱点を突いて触れた者の死を決定づける混沌の攻撃。
事実、魔神は同時に発動した≪未来視≫のスキルで既に二人の死に様を見ており、この攻撃ならば必ず仕留められると分かっていた。
だが、
「私がいる限り一つの未来に世界が定められることはもう無い。」
「今となった時点で、そんな攻撃はもう通用しない。」
攻撃を放った瞬間≪未来視≫の光景と異なる光景が現実の目に映り始め、クロキリが剣を一振りすると同時に魔神の放った攻撃は跡形も無く消し去られてクロキリの放つ力はさらに強まる。
「ふ、ふざけるなあああぁぁぁ!!こんな力があってたまるか!決定した未来を覆し、今となった時点で己の物へと変えるなど!こんな物があれば私の望みは……」
魔神は激昂し、叫び声をあげる。
だが、そのの言葉が最後まで紡がれることは無かった。
魔神の目にすら映らない速さで踏み込んだクロキリがその剣を十字に薙ぎ払い、魔神を切り捨てていたからだ。
「ガッ……そんな……私は与えられた役目すら……」
魔神の全身にヒビが入っていく。
「お前の事情何て知ったことか。俺は魔王だ。」
「魔王とは自分の動きたいように動く者です。」
やがて全身にヒビが走っていき、『彼岸の世界』を構成する空間にもヒビが入り始める。
「だから、俺はお前を倒し、お前の呪縛から逃れて俺の生きたいように生きる。」
「だから、私は貴方を倒し、貴女の呪縛から逃れて私の生きたいように生きます。」
そして、『彼岸の世界』ごと魔神は砕け散った。
でもエピローグがちょっと残ってたり。