前へ次へ   更新
154/157

第153話

「来たか。」

「来てやったよ。」

 魔神が待っていたのは奇妙な植物で床と壁が織られた円形の闘技場だった。


「さて、やり合う前に一つ問答と行こうか。どうせ貴様もそのつもりだったんだろう?」

「まあな。これでもお前の事は色々と調べてきたし、お前の作り上げた『彼岸の世界』の中も色々と見させてもらった。それでも腑に落ちない事がある。」

 俺は闘技場の中に入って魔神と正対する。

 もちろん一切の気を抜かずに全力の防御と感知魔術は張り続けておく。


「俺の記憶が確かなら、たしかにお前が干渉する前の世界は新しい技術は何も生まれず、ただ惰性で流れるような世界だった。だがそれでも滅びることは無く、世界は続いていくはずだ。なのに何故滅びつつある世界とお前は言った?そして何故世界にあんな混乱を与えるような事が救いになる?」

 それは今の俺が始まる直前の記憶。

 当時はそれほど不思議に思っても居なかったし、魔王になってからも十数年は疑問に思っていなかった。

 けれど、今の魔術を操る俺からしてみればあの話はおかしい。ゆっくりと滅びに向かってはいても俺が見つけたようにいつかは魔術に気づく人間がいたかも知れないし、全く未知の技術が生み出される可能性もあったはずだ。

 そして、実際に滅びに向かうとしても恐らくは百年単位の話になるはずだ。だから最初の話はおかしいと俺は感じた。


「ああ、その話か。貴様は私が最初に張った結界に核兵器を叩き込んだ国があったという話を知っているか?」

「聞いたことは有るな。それがどうした?」

「あの核兵器の使用は例え結界が張られていなくても行われていた。」

「……!?」

 魔神の告げた言葉は衝撃的なものだった。

 もしもその話が本当だと言うのならば、世界は確かにそこで終わりかねない。一回の使用が一つの報復を生み出し、その報復が更なる報復を生み出す。それがあの核と言う兵器だ。


「だが……、それだけで終わるのなら世界は滅びないはずだ……」

 だが、それだけで世界が終わるとは思えない。人はそこまで愚かではない。


「そうだな。それだけなら終わらない。けれどその一つを引鉄に世界は一気に崩れ落ちていく。人如きでは止められない程のスピードで。」

「だから魔王か。」

「正確に言えば世界の運命を捻じ曲げると言う結果を出すために必要だったのが魔王化と言う現象だった。いや、魔王化を行う事によって世界の運命が捻じ曲がったと言った方が貴様にはいいかもしれんがな。まあどちらにせよ。結果として世界は滅びずに今があり、私の研究は進んだ。」

 一応の筋は通っている。


「となれば、俺が魔王になったのは偶然の産物か、俺が世界に与える影響が大きかったわけか。」

「貴様から見ればそうかもな。だがそんな事は今更どうでもいい。違うか?」

「そうだな。それはそうだ。」

 俺は油断なく構え直して臨戦態勢を取って次の質問をぶつける。


「だからこそ聞こう。お前は誰の模造品だ?」

「!?」

 それは『彼岸の世界』に入ってからずっと気になっていたことだ。

 この『彼岸の世界』を俺が見てきた限りで一言を使い表すのなら『模倣』と称すべきだと俺は考える。

 最初に見た聖獣の模倣品。絶滅したはずの植物や動物の模倣品。失われた幻想的な風景の数々を模した光景。死した人間の人生を模倣した本。

 挙げれば挙げるほど切りが無い。

 だからこそ思う。こんな世界を作り上げるような者も別の誰かの模倣品ではないかと。


 そして聞いた結果が僅かとは言え確かに見えた動揺。これはもう間違いないだろう。


「答える義理は……無い!」

 魔神が腕を振ると同時にその姿が見えなくなり、同時に何十体もの神獣が俺の周囲を取り囲んで一斉に襲い掛かってくる。

 だが、そこには威圧感どころか気配すら無く、別の場所から奇妙な気配を感じる。

 だから俺は微かに感じる奇妙な気配に向けて魔術の照準を合わせ、


「舐めるなよ?」

 奇妙な気配の元である一本の木を氷漬けにして魔神の幻術を撃ち破る。


「チッ、流石にこの程度では戸惑いもしないか。」

 魔神は舌打ちをしながらも腕を動かして数十本の木の槍を放ってくる。

 なるほど、先の幻術で足を止めてこの木の槍で攻撃か。だが魔神ならば…、


 俺は同じ数だけの鉄製の槍を生み出して魔神の木の槍を相殺すると同時にその場から飛び退く。と、同時にさっきまで俺が居た場所から巨大な黒い火柱が立ち昇る。


「『法析の瞳』なるほどな。」

 俺は木の槍と黒い火柱に『法析の瞳』を向けて解析し、即座にその結果を読み取る。

 木の槍の名は≪若すぎたヤドリギ≫。絶対に傷つけられないはずだった神を殺した木の枝の模倣品。

 黒い火柱の名は≪天衝黒神火塔≫。触れた者を燃え尽きるまで焼き尽くす神の火の模造品。

 どちらも当たれば死ぬ事がほぼ確定している技だと言えるだろう。

 だが、どちらもやはり模造品だ。


「お前のオリジナルはどこに居る?それにお前の研究ってのは何だ?さあ、全て吐いてもらおうか!」

「黙れ。モルモットが!」

 俺は次の魔術を用意しながら魔神に接近して近接戦を仕掛け、魔神は近接戦は嫌なのか見たことも無いようなスキルを使って必死に俺から離れようとする。


 戦いはまだまだ続いていく。

運命なんてのは早々捻じ曲げられないから運命というのである。

 前へ次へ 目次  更新