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第151話

「これでよし。」

 俺はこの数年の間に改良を重ねた『転移部屋』に来て、『超長距離転移陣』を魔神の下まで移動できるように調節している。


 領域名『彼岸の世界』。それが魔神のいる場所だ。

 彼岸…確か現世を此岸と言うのに対してあの世を彼岸と言うのだったと思う。

 そこが地獄なのか極楽なのかは俺には分からないが、縁起の悪い名前である。なにせ生きた人間には辿り着けないと言われているのだから。


「そう言えばイズミは一度は行ったことがあると言っていたな。」

 俺は十数年前にイズミが実は黙っていたけれど、という事で明かしてくれた話を思い出す。

 あの話が本当なら一度行ったら帰って来れるのかも怪しい気がする。


 それと、イズミの話が本当ならイズミだけは援護に駆けつけてこれるかもしれない。まあ、来ても来なくても俺のやる事は変わらないのだが、


「まあいい。そろそろ行くか。」

 俺は『転移部屋』の中心に立って詠唱を始める。


「『我は蝕む黒の霧王。我が立ちしは日の出ずる国に築かれし魔の満ちる霧と沼の迷宮。我が行く事望むは魔の神が創造せし真なる魔と死の世界。二つを分かつは無限に続く三途の川と生者求める亡者と死神の群れ。二つを繋ぐは霧幻を突き進む黒き船と鬼の目晦ます白き霧の外套。さあ行こう。我が行く先が地獄であろうと極楽であろうと我が為す事は決して変わらぬ。我が為すは神殺しの大罪よ!』」

 この十数年の魔術研鑽の結果はこんなところにも出て来ていて、以前と違って俺は自然に力ある言葉に切り替えられるようになっている。

 詠唱が進むにつれて『転移部屋』に仕掛けられた様々な仕掛けがその役割を果たし始める。

 ある物は俺の詠唱に込められたイメージを補強する役目を果たし、またある物は魔神側からの妨害を迎撃して呪を俺にまで届かせないようにする。


 そして作り出されたのは門と呼ぶにはあまりにも弱弱しい四角い構造物。それは一時として定まった形を持たず、まるで蜃気楼のようにそこに存在している。

 だが、門の内側には確かにこことは違う別の空間が存在している。


「さあ。鬼が出るか蛇が出るか……」

 俺はゆっくりと門の中に広がる場所へと歩を進めていく。



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 そこは四季の花が同時に咲き乱れ、幻想の中でしか語られない様な神秘的な風景と獣たちが我が物顔で歩き回る姿が同在していた。


「凄いな……まさに彼岸か……」

 俺が『彼岸の世界』に入って最初に出て来た感想がそれだった。

 この世の物とは思えない光景。否、文字通りこの世のものではない光景だった。

 だが呆けている暇はない。


「さて、まず最初の歓迎はお前たちがしてくれるのか?」

 気が付けば俺が入ってきた門は消えていて、俺の周囲に居たただの獣たちは消えうせ、五体の獣が俺の周りに居る。

 正面に居るのは蛇の尾を持つ巨大な亀の魔性。右手に居るのは青い鱗を生やした龍。左手に居るのは白い毛並みの巨大な虎。今は見えないが、後ろには恐らく炎を纏った朱い鳥がいるだろう。そして頭上には俺に怒りに燃えた顔を向ける獣がいる。


「玄武、青竜、白虎、朱雀それに麒麟か。最初からこっちの事を殺す気満々だな。全く。」

 俺はそれぞれの特徴に当てはまる神話上の存在を浮かべる。恐らくだが『彼岸の世界』に居るモンスターはこういう規格外の化け物ばかりなのだろう。


「まあいい。お前らを倒せなければ魔神を倒すなんぞ夢のまた夢だしな。かかってこい。精々遊んでやるよ。」

 ただ、不思議と神話上の存在を目にしているにも関わらず俺の心は落ち着いていた。恐らくだが今俺の目の前に居るのが本物ではなく神話上のそれを模したに過ぎない存在だからだろう。


 そう。魔神は言っていた。この世界は神に見捨てられたと。つまり神の名を持つ者がいてもそれは本物ではない。神に仕えていた獣や天使なども恐らくは神と一緒に去り、仮に残っていたとしてもその力は大きく下がっているだろう。


 だから恐れる必要は無く、畏れる必要も無い。


 五体の獣が同時に襲い掛かってくる。

 俺は最初に正面に飛んで玄武の尾を掴んで、頭上の麒麟に向けて投げる。と同時に朱雀が攻撃態勢に入ったのを見て、間に玄武と衝突して動きが止まった麒麟を挟むように移動する。

 その間に俺が移動したのを見て飛びかかる方向を修正した白虎がその爪を振るい、青竜が雷を落とすのが見えたので、俺は右手から業火を放って白虎を灰になるまで焼き払い、左手から金属製の槍を何十本と放って青竜を頭の先から尾の終わりまでくまなく串刺しにする。

 と、同時に朱雀の炎が麒麟たちに直撃して辺りに爆音と熱風が溢れる。と言っても属性的に玄武と麒麟の二匹には大したダメージにはなっていないのは確かなので、俺はこの間に異なる詠唱を重ねて三つの魔術を同時に放つ。

 一つは天を裂くほどの雷。光のスピードで放たれたそれは麒麟に逃げる暇も与えずに麒麟を消し炭と化した。

 一つは金剛石によって作られた無数の鉾の雨。隙間なく降り注ぐそれは玄武の堅い守りに僅かに存在していた隙間を縫って次々と突き刺さり、やがて玄武を沈黙させる。

 一つは地の底から現れてその場にあるもの全てを白く染める霜の手。地の底から伸びるそれは空に逃れようとした朱雀を捕えて地に落とし、朱雀の持つ命の灯をかき消した。


「まっ、とりあえずはこんなところか。」

 俺は五体の獣が完全に沈黙したのを確認すると追加発動した魔術で残骸を粉々に砕く。


 魔神がこの世界のどこに居るのかは分からない。だが何処かには必ず居るだろう。


「さあ魔神よ。俺はここまで来たぞ。だからその首を洗って待ってろ。」

 そして俺は『彼岸の世界』の何処かに居る魔神に向かって歩き出した。

クロキリのチート化がだいぶ酷くなっています。

いやまあ、努力の結果のチートだけどさ……

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