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第150話

 いったいどれほどの日が沈み、月が満ち欠け、季節が巡ったのだろうか?

 ただ不老の力を有してしまっている魔王にとっては時の流れというのはどちらかと言えば気にするものではなく、精々知り合いの人間や、配下の眷属たちの変化を見て初めて感じ取れるようなものだ。


ブーーーーーーーーーーーー!!


 『白霧と黒沼の森』に侵入者が有った事を告げるブザー音が鳴り響く。が、いつもの事だ。特に気にする必要もないだろう。

 なにせここ数年の間に俺が直接出張らざる得なかった相手と言えば随分と前に剣をあげた少年。確か≪剣聖≫ヤタとか言ったかな?彼ぐらいのものだった。

 さすがは剣聖と言う称号を得ただけあって転移系スキルも無しにイチコと1対1で互角に切り結んでいたからな。

 思わず、潰すには惜しいと俺が感じて転移先の座標を地上の何処かへランダム化することによって消耗を抑えた『超長距離転移陣』で飛ばしてしまうほどだった。


 まあ、その後に関しては噂を聞く限りでは弟子を取ってその子を二代目剣聖とし、本人は聖剣化した『黒切丸』を譲り渡して隠居したらしいけどな。


『クロキリ様。侵入者の掃討完了しました。』

 アリアから先程の侵入者たちを倒した事が伝えられる。


「被害はどうだ?」

『何名かやられました。やられたモンスターの詳細を送るので再召喚などをお願いします。』

 続けて、今回の侵入者によって何体のモンスターが葬られたのかが伝わってきたので、俺はその情報と同じ数のモンスターを≪魔性創生≫で生み出して、再配置する。


「クロキリ?今いいですか?」

 イチコが神妙な様子で入ってくる。


 それにしてもイチコとももうずいぶんと長い付き合いである。最初は好感度マイナスの状態から始まって、それから少しずつ戦いや日々の生活の中で絆を深めていき、今では世間的には……というか当人同士でももう夫婦扱いだ。子供に関しては未だに出来ていないが。

 と、真面目に話を聞かないとな。


「イチコか。どうした?」

例の座標(・・・・)が割り出せました。クロキリの予想通り通常の座標軸ではありません。」

 やっぱりか。

 ここ数年の間、俺はイチコにとある場所についての情報を集めてもらっていた。そして今日の報告はそのとある場所が割り出せたと言う報告。

 ただ、そのとある場所は世界中の何処を捜しても今まで見つからなかった。ただそれは別に行くのが難しくて探せなかったわけではない。隠されていて見つからなかったわけではない。ただ単純にこの世界(・・・・)にはそもそもその場所が無かった。そう言う事だ。

 そう。とある場所。それは、


「魔神の居場所はこの世界に重なるように存在する超巨大な亜空間です。」


 魔神の居場所だ。


「なるほどな。となればやっと、この特殊な処理を施した階層を作った意味も出て来たと言う訳か。」

 俺はそう言いながら近くの壁を叩く。


 『白霧と黒沼の森』第七階層。通称『天岩戸』。構造としてはとにかくデカくて色々な用途に使える屋敷と言ったところだが、その真の機能は魔神からの監視と干渉を拒絶する事。


 そう。この屋敷の中に居る限りは魔神からの支援も受けられない代わりに魔神に対して不利な事をしていても干渉されることが無く、魔神を倒すための魔術等々を研究に勤しむことが出来るのである。

 そして、俺はこの中に数年間籠ってひたすらに研究を続けていたのである。


 えーと、この階層を作った理由は何だったかな?確か魔王と言う職業にかかっている補正に関して『法析の瞳』で解析していたら、食事や睡眠が必要なくなる代わりに定期的に魔神に情報を送っていたり、必要とあればこちらの周囲に監視の目を飛ばせるマーカーの様なものとかが仕込まれていたのか分かったんだよな。

 で、このままだとどう足掻いても絶望だと分かってこの階層を作り、必死の思いで魔神からの干渉を阻止する魔術を開発して、その魔術を常駐させられるように色々な技術を組み合わせて作り上げたんだよな。


「はい。なので後は……」

「俺がやる気になるかどうか。か。」

「そう言う事になります。そのクロキリ……」

 覚悟を決めたように言う俺にイチコが心配そうな目つきで近寄ってくる。


「本当に一人で行く気ですか?」

「ああ、あいつの持っている力を考えると複数人で挑むのは得策じゃないし、魔神からの干渉を逃れる魔術も結局俺にしか使えなかったしな。」

 そう。魔神との戦いは俺一人でやるしかない。それがここに籠って研究を続けてきた俺の結論だ。

 なぜなら、過去の交戦記録や僅かに残される情報の残滓。そう言った物を解析する限りでは魔神の得意技は俺たちが普段使うような攻撃系のスキルではなく、洗脳・記憶操作・撹乱・幻術と言った精神に関係するスキルであり、ついで≪魔王降誕≫や≪災厄獣の呪い≫の様な肉体改造に関係するスキルなのだ。

 魔神とやり合う以上はそれらのスキルへの対策は必須であるが、それらのスキルに対抗するには何重ものプロテクトを常時展開できるだけの能力が必要であり、俺が考えた魔術によるプロテクトの場合だと、その魔術を常駐させて戦えるのは俺だけだったのだ。


 何故俺だけなのか。そこら辺は魔術の開発者とそれ以外の差がやはり響いているのだと思う。ただ、イチコを始めとして俺の周りに居る他の実力者…つまりはリョウやイズミには無理だっただけで、後の世代には俺以外にもこの魔術を展開させ続けられるような奴が出てくる可能性もある。


「前にも言ったと思うが、万が一の時はお前が『白霧と黒沼の森』を導いて俺の研究資料は複製をした上で各地にばら撒いとけ。」

「……。」

「イチコ?」

「クロキリ……私は万が一の事なんて考えません。私はただ貴方が帰ってくるのを待っています。だから、」

 イチコは既に半分涙目だ。けれど、思いの全てを込めて俺を見てただ一言告げる。


「絶対に勝ちなさい。」


「……。そうだな。絶対に勝つとしよう。俺の為にも、お前の為にも。」

 そうして、俺は干渉阻害魔術を展開したまま第七階層の外に出る。


 実の所を言えば魔神を倒したところで俺が人間に戻る事はない。それは眷属が主である魔王が死んでも人間に戻らないのと同様の事象だからだ。

 加えて言うなら魔神が死んでもスキルが無くなることは無いし、世界中にばらまかれた≪災厄獣の呪い≫が消滅することも無い。

 世界はあの日狂って、もう戻ることは無いのだ。


 だから俺が魔神を討つのはただの個人的な感情だ。


 ただ俺は俺の為に神へと挑む。


 それこそが俺が魔王になって最初に決めた事だから。

クロキリの予想外に早い成長スピードのせいで終わりが間近であります。


08/09誤字訂正

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