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第148話

 俺の視界が一度光に包まれた後、徐々に薄れていく。

 最初に感じたのは全身にかかる凄まじい圧力。と言っても狐姫の開発した耐圧術式のおかげでそれほどではないが。

 次に見えたのは俺を見つめるイチコの顔。その顔を見ればイチコが何を求めているかぐらいはすぐに分かる。

 俺はその場で振り返る。そこに見えるのはこの空間を埋め尽くす蛸王のモンスターに醜悪な蛸王の姿と必死に俺とイチコを守ってくれているリョウ達の姿。

 状況は掴めた。なた早いところ始めるとしよう。


「『Self is black mist king to spoil. (我は蝕む黒の霧王。) asking the power of spoiling and eating all all. (求めるは全てを蝕み喰い尽くす力。)』」

 俺は右手を前に出して詠唱を始める。


「『an evil spirit.(悪魔よ。) Self should respond for asking with the fang brought from the different world. (異界より齎されしその牙をもって我が求めに応えよ。)』」

 俺の周囲に黒い霧の塊がいくつも生み出されると同時に霧の中から鋭い牙が何十本と生えてくる。


「『Go.(行け。) eight of a strange evil spirit. The black dog which runs darkness!(未知なる魔の八・闇を走る黒き犬!)』」

 そして詠唱完了と共に黒い霧の塊は犬の形となって蛸王のモンスターたちに襲い掛かっていく。が、この魔術で生み出される『闇を走る黒き犬』はただ襲い掛かるだけではない。

 生物とは獲物を喰らって自らの力を増すだけでなく、一定以上の栄養を蓄えることが出来ればその数を増やすことが出来るものである。

 つまり、この魔術の真骨頂はここから。


「これは……」

「くぇrtyhgfdさ!?」

 『闇を走る黒き犬』が身体から生えた無数の牙を使って一匹のモンスターを食い殺す。すると、『闇を走る黒き犬』はその体積を大きく増すが、しばらくするとその体にくびれの様な物が出来ていき、やがてそのくびれを境にして2体に分裂する。

 そして、2体に増えた『闇を走る黒き犬』は近くに居る蛸王のモンスターにそれぞれ襲い掛かっていく。

 そう、この魔術の真骨頂は増殖能力。最初は劣勢でも少しずつ確実にその数は増していき、やがて『闇を走る黒き犬』によって辺り一帯を埋め尽くすほどに居た蛸王のモンスターは残さずその身を闇に溶かし込む事となる。

 もちろん、『闇を走る黒き犬』が攻撃している間も蛸王は身体からモンスターを生み出しながら『闇を走る黒き犬』に反撃を行っている。

 だが、残念ながら『闇を走る黒き犬』は魔術であって生物ではない。HPもMPもSPも持ち合わせていない。故に蛸王の吸収攻撃もその意味を為さないのだ。


「さあ、どんどん行くぜ。」

 俺は『闇を走る黒き犬』に蛸王が生み出すモンスターたちへの対応を任せると、次の魔術の詠唱を始める。


「『Self is black mist king to spoil. (我は蝕む黒の霧王。)asking the eternal frozen ground and a white plain. (求めるは永遠の凍土、白き平原。)Now, I will begin.(さあ、始めよう。)the start appearing the black which smears away some things of all now. (初めに現れるは今あるもの全てを塗りつぶす黒。)』」

「なっ!?」

「まさか僕たちごとですか!?」

 俺の詠唱に合わせて、大量の黒い霧…否、闇が生み出されて辺り一帯を埋め尽くしていく。

 後、チリト。そう言うこと言うとお前だけマジで巻き込むぞ。


「『next appearing the campus dyeing was finished in snow white to where. (次に現れるはどこまでも白く雪で染め上げられたキャンパス。)』」

「なっ!?」

「嘘でしょう……」

 続く詠唱によって周囲を覆う闇が拭われていき、闇が拭われた後には凍りついて真っ白になってしまった蛸王と洞窟の壁がその場に居る全員の目に晒しだされる。

 さて、普通の相手ならこの時点で心臓も脳の活動も止まり、コールドスリープのような状態に陥るので後は煮るなり焼くなり好きにすればいいのだが、蛸王相手ならこの先の詠唱まできちんと紡がなければ平然と動き出すだろう。


「『The end is a paintbrush of magic. The brush of God which gives death to a white campus and it sublimates to eternal art. (終わりは魔法の絵筆。白きキャンパスに死を与え、永遠の芸術へと昇華する神の筆。)twenty of a strange evil spirit. eshi.(未知なる魔の二十・エシ)』」

「ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」

 俺の両手に絵筆の様なものが生み出され、それらが縦横無尽に白いキャンパスの上を駆け回ってその下に存在している物ごとその状態を固定していく。

 蛸王はもちろん抵抗をするが、白いキャンパスが壊れる前に俺の絵筆がその上を駆け回り、色が付けられた場所からその動きは強制停止されていく。


「これで終わり。っと!」

 そして最後の一筆が描かれると同時に蛸王はその動きを完全に停止する。

 もちろん、今の状態はまだ蛸王を封印しただけで殺したわけではない。だが、『エシ』の色を維持する=封印の維持は封印された対象から大量の力を吸い取る事によって行われる。

 つまり、


「蛸王の身体がどんどん痩せ衰えていく……。」

「何てエゲツナイ技を使うんですか……。」

「あっ、崩れていく。」

 あっという間に蛸王はその力の全てを吸い取られて木乃伊と化して死ぬ事になる。

 さて、時間が無いな。


「イチコ。それじゃあ俺は『白霧と黒沼の森』に戻る。お前らも早く戻ってこいよ。」

「はい。すぐに戻ります。」

 そして、俺は≪主は我が為に理を超える≫の効果時間切れによって『白霧と黒沼の森』へと戻された。

まさに圧倒的です。


あるぇ?頭の中で展開を進めていた時はもうちょっと苦戦する予定だったのになぁ……どうしてこうなった!

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