第147話
蛸王の腕の一本が振り上げられ、イチコとイズミの二人に向かって周囲に居る蛸王の配下たちも巻き込みながら振り下ろされる。
「くっ!」「むん!」
しかし、イチコは≪形無き王の剣・弱≫の転移能力によって振り下ろしの範囲から逃れ、イズミは両手に持った斧を全力で振って蛸王の脚に当ててその軌道を逸らすことに成功する。
しかし、強烈な一撃を逸らした反動は大きくイズミの両手は有り得ない方向に折れ曲がってしまう。
「イズミ!?」
「大丈夫!」
だが、そうしてありえない方向に折れ曲がったイズミの両腕は次の瞬間には奇妙な動きとともに元の位置に戻り、続けて折れていた腕が完全に元通りになる。
「それよりもまたモンスターが増えて来てるよ!」
「っつ!拙いですね!」
しかし、そうしてイズミが傷を治療し、イチコが僅かに注意を蛸王から逸らした間に事態は悪化する。
蛸王の身体からは再び大量の魔性が召喚され、イチコたちの周囲を囲み始める。
「まずはこのモンスターたちを討ち払います!」
「分かったよ!!」
イチコは大量の飛刀を射出して縦横無尽に飛び回らせ、イズミは大量の狼を生み出して駆け回らせる。
二人の攻撃に魔性の数がそれ以上増えることは無くなる。が、減りもしなくなる。恐らくは殲滅スピードと召喚スピードが釣り合ったのだろう。
では、その釣り合いが崩れるのはどのような時か?
「≪混沌爆≫」
「「!?」」
決まっている。均衡のとれた状態に何かしらの力が加わった時だ。
蛸王の放ったスキルの名は≪混沌爆≫。範囲攻撃である爆系のスキルである。だが、現在の状況は多数の蛸王の配下が少数であるイチコたちを取り囲んでいる状態である。その状態で範囲攻撃スキルなど使えばどうなるのか。
蛸王の放った≪混沌爆≫はあらゆる色を混ぜた結果黒くなった波動を撒き散らしながら、周囲に居る者を敵味方問わず破壊していく。おまけに……
「なっ!味方ごと!?」
「しかも回復してる!?」
≪混沌爆≫の属性である『混沌』は与えたダメージ分術者のHPを回復する力を有している。
そして蛸王は低コストで大量の魔性を召喚する能力を有している。
この二つの条件が組み合わさった場合どうなるのか?その結果はとても単純だ。
「イチコお姉ちゃんこれは拙いよ!」
「分かってます!このままだと無限ループです!」
≪混沌より深き者を産みし…≫で大量の魔性を召喚して敵を取り囲んで動きを止め、動きを止めた所で≪混沌爆≫によって味方ごと攻撃して敵にダメージを与えつつ≪混沌より深き者を産みし…≫で消費したHPを回復。そうして回復したHPを消費して再び大量の魔性を≪混沌より深き者を産みし…≫によって生み出すと言うループが成立してしまう事になる。
しかも蛸王の場合、魔王特有の高ステータスによってループが成立するどころか回復量の方が多い始末である。
「≪形無き王の剣・弱≫!」
「≪生死運ぶ群狼≫!」
もちろん、イチコとイズミの二人もこのループ戦術にすぐに気付き、周囲の魔性への対応は程々にして本体である蛸王に狙いを定める。二人の手札でこのループ戦術を打ち破る方法は二つしかないからだ。
そのうち二人が取ったのは吸収攻撃による回復スピードを上回って蛸王のHPを削り取る方法だった。
「qwdcvfrtgbんmk!!」
「あああぁぁぁ!!」
「ーーー!?」
だが、蛸王もそれを易々と許すほど甘くは無い。蛸王は雄たけびをあげて、二人の動きを一瞬だけ止めるとその一瞬の隙をついて≪薙ぎ払い≫を行い、二人をリョウたちの下まで一気に弾き飛ばす。
「イチコ!?」
「ぐっ……リョウお嬢様。」
「大丈夫ですか!?」
「イズミはすぐ治るからイチコお姉ちゃんを!」
弾き飛ばされてデボラの≪信仰障壁≫に衝突したイチコとイズミは当然ながらそれ相応のダメージを負っている。
だが、イズミはそれでも自らのスキルによって傷を癒し、イチコはハチが傷を治療することによって戦線に復帰する。
「しかし、最悪の戦術ですわね……」
「範囲吸収と低コスト高速召喚。これ以上厄介な戦術は早々ありません。」
「どうする?狐姫様を呼ぶかい?」
体勢を整えながら相談するリョウとイチコの二人にムギがポケットにしまっておいたであろうペンダント…『王は民の為に動く』を見せる。
「いえ、単体火力なら今の私たちでも足りています。ですが、蛸王の戦術を崩すためには範囲火力が必要です。なので狐姫では不適当です。」
「じゃあ霧王を呼ぶのかい?」
ムギはイチコにどうするんだ?というような目を向ける。
「イチコ。使いますの?」
しかし、リョウはイチコが何をしようとしているのかを分かっているのか信頼の眼差しを向ける。
「ええ、使います。≪主は我が為に理を超える≫を。なので、少々の時間稼ぎをお願いします。」
そして、イチコは覚悟を決めたかのような目でそう言う。
「分かりましたわ。」
「了解だよ。イチコお姉ちゃん。」
「詳しい事は分からないけど、手があるなら見せてもらうよ。」
イチコの言葉にその場に居る全員が頷く。
そして、イチコが一度深呼吸をしてから目を瞑り、言葉を紡ぎ始めた。
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『クロキリ。聞こえますか?』
「イチコか。」
私室で各地の戦闘を見守っていた俺の耳にイチコからの通信が入ってくる。
「こうして呼び出したという事はそう言う事か?」
イチコたちは今、蛸王のダンジョンの中に居る。
通常は自分が所属していないダンジョン内では通信は行えないのだが、イチコの場合は≪主は我が為に理を超える≫の力によって俺を呼び出す場合に限っては通信ができる為にこうして俺の耳にまで通信が届いている。
そして、今、通信が入ってきたと言う事はそれ相応の苦戦をしているという事だろう。
『はい。お願いします。』
「分かったいつでもいいぞ。」
俺はイチコの言葉を受けて、狐姫特製の耐圧術式を含めて急いで準備を整える。
地上に関しては既に指示を出し切っているから俺が居ても居なくてもなるようにしかならないだろう。
『では行きます。』
俺の足元に光り輝く魔法陣が生み出される。
さあ、王は王らしく愛する姫の為に頑張らせてもらうとしようか。
広域殲滅方法が無いとエゲつない事この上ないコンボです。