第144話
一方その頃の地上。
蛸王の襲撃に対して人間と魔王は一時的に共同戦線を張り、全てのダンジョンに潜っていた15歳以上の人間を強制徴兵して街の防衛に当てると同時に、大量のモンスターと眷属たちが人の手が足りない場所の防衛を務めるようになっていた。
その中で通常のクエレブレよりも大きいクエレブレが海に放たれて、味方も巻き込みつつほぼ一方的な蹂躙をしているという話や異常なまでに統制のとれた泥人形たちがモンスターたちを駆逐している話などもあるがそれ等は置いといて、今回はとある片手剣を持った少年の話である。
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「あれが……蛸王のモンスター……」
「大丈夫か?怖いなら下がってていいんだぜ、坊主。」
水平線上に海を埋め尽くさんばかりのモンスターの群れを見た俺は思わずそう呟いて、隣に居た立壁というおじさんにそう言われた。
俺はおじさんの言葉を考えるとともに、腰に吊るしてある剣の感触を確かめる。
「確かに俺の歳なら参加しなくても文句は言われないけど、俺にはこれがあるから。」
俺はクロキリさんに貰った片手剣を握りしめてそう言う。
あれから一年。俺はずっとこの剣を持って戦い続け、レベルも3に上がり、他の装備も実力もクロキリさんに会った時とは比べようもないほど良くなっている。
けれど、まだこの剣に釣り合うほどではないと俺は思ってる。だから、少しでも早く目標を果たすために俺は積極的に戦いの場に出たいと思っている。だからこの場に居る。
「ま、別に構いやしねえよ、坊主の人生だしな。」
そう言って立壁さんは準備運動を始める。
なら、そろそろ俺もそうするべきだろうと思い、右手で剣を軽く素振りし、盾を持った左手を動かして問題がないかを確認する。
「そういや坊主。お前の名前は?」
「俺の名前?そう言えば言ってなかったっけ。俺は草薙ヤタって言うんだよ。」
「ヤタか。覚えておくから戦いが終わったら一緒に飯でも食おうぜ。奢るからよ。」
「分かった。」
そう言って立壁さんはこの場から離れていく。何でも「俺の能力的に持ち場はあっちだからな。」とのことらしい。
そして立壁さんと別れてからしばらく経った後。
「上陸してきたぞおぉぉぉ!」
物見の声が辺り一帯に響き渡った。
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俺の目の前に多種多様な蛸王のモンスターが迫ってくる。
その勢いはまるであらゆる命を呑みこまんかと言う勢いであり、凄まじい地鳴りと雄叫び、それに威圧感を感じる。
でも、臆することは無い。退く必要は無い。俺に出来るのはただこの剣を振る事のみ。
「総員。かかれえええぇぇぇ!!」
指揮をしている人の声がかかり、それに合わせて俺たち前衛組が敵に向かって突撃し、後衛組から援護の射撃系スキルが放たれる。
その中で俺は目の前に居る一体の半漁人に狙いを定め、相手も俺を相手に定める。
「ギャギャ!」「ハッ!」
先制を取って放たれた半漁人の鋭い爪を俺は左手の盾で防ぎ、右手の剣で反撃。その剣は半漁人の胸を浅く傷つける。
その攻撃に半漁人は数歩下がり、怒りで鰓を逆立てると勢いよく俺に向かって突撃してきて、俺の顔目がけて爪を突き出してくる。
対して俺は顔を少しだけ傾け、頬を浅く切られながらも爪をかわし、右手の剣を一気に振り上げる。
その一撃は正確に半漁人の胴体を二分し、半漁人を絶命させる。
「まずは一体。」
そして俺は絶命した半漁人の体を一瞥すると次の相手に襲い掛かった。
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戦いが始まって2時間。未だに戦いが終わる気配は無い。
「はぁ……はぁ……」
既に俺は何体の敵を討ち倒したのか数えることは止めている。ただ少なくとも100体以上は切り捨てていると思う。
現に俺のレベルは既に2も上がっている程だ。
「休憩完了……再突撃だ。」
俺はレベルアップの処理と休憩を終わらせるとともに立ち上がり、戦線が崩れかけている場所を探る。
「あそこが拙そ…あの子は!?」
俺が拙いと思った場所。そこでは俺が村を出てくる理由とした霧人の少女が、その少女を大きくしたような女性と一緒に大きな蟹の様なモンスターと戦っていた。
周囲には他の人間もいるが、彼らは彼らで半漁人の相手をしているために少女の支援を出来ないでいる。
そして、蟹が右手の鋏を振り上げて少女目がけて突き出そうとしているのを見た瞬間。俺は、
「その子から離れろ!!」
俺は全速力で飛び出し、蟹の鋏を切り上げ、両断していた。
「へっ?」「えっ?」「ーーーーーー!!?」
その一撃に俺も少女も蟹も驚いていた。
でもしょうがないと思う。今、俺が切りつけた場所は甲殻類共通の弱点である関節部ではなく、甲殻の部分だった。なのに、この剣はまるで豆腐でも切るかのように一刀両断した。
おまけにさっきまであった疲労感がまるで最初から無かったかのように薄れていく。それはまるで蟹のSPでも奪ったかのようだった。
「ブオポオオオォォォ!!」
が、詳しい考察をする暇も無く次の敵が襲い掛かってくる。今度の敵は物理的な実体を持たない霊系のモンスターで、その数は20は下らないだろう。
「くっ、≪聖魔法付与≫」
俺は急いで剣と盾に≪聖魔法付与≫で属性を付け、非実体のモンスターにも影響を及ぼせるようにする。
「援護お願いします!」
「分かってる!お姉ちゃん!」
「準備完了……」
俺は少女にお姉さんと呼ばれた女性が多種多様な魔法の矢を放つのを確認すると同時に敵集団に突撃して、魔法の矢が当たって苦悶の表情を浮かべるモンスターたちに向かって聖なる力を込めた剣を横に一閃。5体ほどのモンスターを同時に切り捨てる。
「「「オゲロペペラアアアァァァ!!」」」
が、俺の攻撃の隙を縫って残りのモンスターたちがその半透明の手を俺に向かって一斉に突き出してくる。
この幽霊の様なモンスターの手は異常に冷たく、触られれば凍傷を負うと同時にHPを吸い取られることが今までの交戦で分かっている。おまけに非実体なので物理的な防御では防ぐことが出来ないらしい。
「甘い!」
だけど問題ない。今の僕の盾には≪聖魔法付与≫がかかっていて、この盾ならこの幽霊の攻撃を防ぐことが出来る。おまけに属性の関係なのか触れられた瞬間に盾を押しこめば逆に大ダメージを与えることが出来、今もそれで一体の幽霊が吹き飛ばされる。
「≪火の矢≫≪雷の矢≫」
「離れて!≪魔の矢束ね≫」
「「発射!!」」
と、反撃で一体弾き飛ばしたところで、後ろから声がかかり、俺はその場から飛び退く。そして見たのはいつかの模擬戦で見たのと似ているが、違うもの。火の赤と雷の黄色が入り混じった巨大な矢が幽霊たちに突き刺さるところだった。
矢は幽霊に突き刺さると同時に火と雷を撒き散らしながら炸裂。その一撃によって幽霊たちは原型を保てなくなり霧散していく。
「二人ともありがとうございます。」
「いえ、お礼を言うのはこちらですし、今はまだそんな事を言い合っている暇はありません。」
「そうですね。ではまた後で、」
「ええ。出来ればまた会いましょう。」
そうして俺はいつか再び出会いたいと願っていた少女と別れて再び戦線に加わった。
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何百回?いや、何千回この剣を振るっただろうか?
けれどまだ敵が尽きる気配は無い。徐々に俺たち人間側は蛸王の猛攻によって押されつつある。
でも俺はそんな中でも殆ど傷を負わずに戦い続けていた。いや、正確に言えばいくつも傷は負っていた。けれど、この剣で敵を切りつける度に俺の傷は治り、疲労は薄れ、精神力も回復していった。
クロキリさんの作ったこの剣は一体なんなのだろうか?これほどの激戦でも刃こぼれ一つ起こさない頑強さに、蟹型モンスターの甲殻をいとも容易く切り捨てる切れ味。おまけに攻撃の度に所有者である俺の傷を癒す。
どう考えても普通の剣ではない。それどころかこんな剣は一流の冒険者でも持っていないと思う。
でも、だからこそ俺はこの剣を渡してくれたクロキリさんの為にもこの剣に相応しい剣士にならなければいけないんだと思う。
「……。」
俺の周囲を無数のモンスターが取り囲む。恐らく、集団からはぐれた俺を都合のいい獲物だと認識したんだろう。
普通ならここで取り乱したり、絶望したりするんだろう。けれど不思議と俺の心は落ち着いていた。
そうだ。ここでさっき手に入れた名を名乗ろう。そうすればきっと奴らは意気揚々と俺に襲い掛かってくるはずだ。そしてそれを返り討ちにすれば俺はもっと強くなれるはずだ。
俺は改めて≪聖魔法付与≫を剣と前のが壊れたためにそこら辺で拾った新しい盾にかけなおすと共に、≪敏捷強化≫を自分の身にかける。そして名乗り上げる。
「我が名は≪剣聖≫草薙ヤタ!我こそはと言う者からかかってこい!」
そして俺はモンスターの群れに向かって突撃していった。
バトルジャンキーっぽいところは蝕む黒の霧のヤタ君もHASOのヤタ君もありますが、全くの別人物です。あれですね。並行世界というやつです。
なお、こっちのヤタ君の物語を真面目に書こうとすると完璧に『蝕む黒の霧』とは別の作品になるので書く気はありません。
08/02 誤字修正