第141話
進軍中でございます。
『深淵の宮』の私たち目線で見た第一階層はまるで神殿のようでした。
ただ、サイズの比率がとにかくおかしい物でした。
「(12時上に敵集団を感知。こちらに柱の裏に隠れてください。)」
というのも、例えば今私たちが隠れている柱などは直径にして6mほどあり、それが30~40mほど上にあるであろう天井まで伸びているのですが、この大きさの柱が何十本も整然と立っているのです。
と、先ほどデボラさんが感知し、小声で知らせてくれた敵集団が私たちの来た方、つまりは入口へと向かっていきます。このままだと、イチコとイズミの二人と遭遇することになるのですが……
「(あの二人なら心配は無用でしょう。私たちとは次元が違いますから。)」
まあユウの言うとおり心配するだけ損ですわね。
「(それにしても、壁にいくつも穴があいているヨ。これはどうしてネ?)」
と、ウネが周囲の壁にいくつも開いている正方形の穴を指差してそう言います。
「(恐らく、あれは穴じゃなくて通路何だと思います。そんな感じの痕跡がありますから。)」
そしてウネの質問に答えるのは双眼鏡片手に穴の観察をするチリト。
「(でも、あんな場所に通路があっても私たちには行けませんよ?このリングの効果で浮く事もできなくなっていますし……)」
ハチが左手首に付けた指輪を軽く叩きながら、問題を指摘します。
「(いや、こんなこともあろうかと、このリングには出力調整の装置も付けてあるから必要となれば泳げるように膜の調整もできるよ。)」
ムギがリングを少し弄って膜のサイズと形を変更します。どうやら、限りなく体に膜がくっつくようにする事で浮力が得られるようになると同時に、手などを動かした結果の反動を周囲の水に伝えられるようになり、泳ぐ事ができるようです。ただ、
「(それをする事で何か問題などは起きますの?)」
これは部隊全体の指揮官としてしっかりと聞いておかなければいけません。
「(欠点は二つだね。一つは体にピッタリと膜をはりつかせる関係で計算式が複雑になり、バッテリーの減りが早くなる。もう一つは感覚の違いだね。)
バッテリーの消耗と感覚の違いですか。バッテリーについては要所要所で使うようにしたり、普段は節約したりすれば問題が無さそうですが感覚の違いというのは…?
私が疑問をぶつけるとムギはすぐに答えてくれました。
「(私たちの戦闘スタイルは地上での戦いを基本にしているからね。普段の展開状態なら地上で戦うのとほぼ変わりない感覚で戦えるけど、こっちの状態だと浮力やら水の抵抗やらでかなり感覚が変わることが予想されていて、今確かめたけど実際そうだった。)」
「(なるほど、それは問題ですわね。)」
私は数瞬悩みます。そして結論を出します。
「(では、遊泳状態はあの穴のような高所への移動限定で使用し、それ以外では歩いて移動しましょう。それとまずは先ほどの敵集団が来た方向を目指して移動します。何の手がかりもないまま闇雲に動くよりはマシでしょうから。)」
「(了解。後ろ二人にはどうやって私たちの行った先を教える?)」
「(イズミの狼が居ますから匂いを追ってきてくれると思いますわ。)」
「(分かりました。なら私が先頭を務めますね。)」
「(お願いしますわ。)」
そうして方針を決めた私たちは再び移動を開始しました。
なお、隊列としては先頭からデボラさん、チリト、私、ムギとハチの二人が同列、ウネ、ユウとなっています。これは各自の役割や能力などから判断した結果で、イチコとイズミが居るならば、イチコがチリトと同列になり、イズミがユウと同列になります。
「(では、行きます。)」
さて、できる限り消耗は押さえたい所ですわね。
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「(あの奥に大量のモンスターの気配がします。)」
そう言ってデボラさんが示したのは床から10mほど上に作られた一辺が5mほどの穴でした。
「(数と距離は分かりますの?)」
「(距離はあの穴の奥50m先、数は10~20程ですね。正確にはちょっと、)」
「(それだけ分かれば十分ですわ。では、この先は声を出さないようにしましょう。)」
私はそう言ってハンドサインでの指示に切り替えます。
このハンドサインでの指示は今までは『霧の傭兵団』及び同じ霧人でないと直感的には理解しづらいかったですが、この一週間の内にユウたちにも教え込んであるので、少々の戦闘なら問題ありません。
まず私はムギ、ウネ、デボラの三人に膜を遊泳状態に切り替えるように指示。続けて三人を穴の中から見て死角になる入口の横に移動させます。
その後、私とチリトの二人が遊泳状態に変更。穴の真正面に泳いで行くと同時に、ユウとハチの二人はバックアップとして柱の影に残ってもらいます。
さて、作戦開始です。
まず、チリトが双眼鏡で敵のステータスを確認します。この時点で敵が感知能力持ちの場合はこちらの配置がバレるので作戦中止です。
と、チリトが問題無しのハンドサインと魚のような形のハンドサインを私に送ってきます。
私はそれを確認するとチリトをユウたちの場所に向かわせ、私自身は穴に向かって泳いでいきます。
穴に入って10mほど進んだところで、向こうから何かが迫ってくるのが見えました。
迫ってきたその姿はカジキマグロのような姿をしていました。ただ、その鋭い鼻先は普通の魚類のカジキマグロと違って明らかに金属質で並の板金鎧なら難なく貫けるだけの力を持っていそうです。
肝心の数は14。デボラさんの感知通りです。
私は彼らが私に向ってきているのを確認すると、≪霧の帳≫と≪霧の衣≫を発動。本来ならば『白霧と黒沼の森』でしか発現できない膂力と脚力を持って勢いよく水を掻いて泳ぎ、今まで来た道を引き返します。
そして、そのまま先ほどまでいた広間に移動すると隠れていたムギたちに向かって数とおおよそ何秒後に来るかをハンドサインで伝えて、手近な柱の影に隠れます。
カジキマグロたちが勢いよく出てきます。
既にムギはウネの支援を受けた上で力を練り上げ、≪火の槍≫をいつでも投げられるようにしていました。やがて最後の一匹が穴から飛び出た瞬間。
ムギの≪火の槍≫がカジキマグロの集団の中心に投げ込まれ、爆発。カジキマグロたちを一網打尽にします。ですが、ここは蛸王の本拠地『深淵の宮』。蛸王配下のモンスターたちもその力を十全に発揮することができる場所です。
なので、油断も手抜きも禁物として、私はチリトとデボラさんの二人に指示を出して、三人でまだかすかに息が残っているであろう相手に確実に止めを刺していきます。
そして、一通り止めを刺したところで、素材として使えそうな鼻先を折って回収すると、私たちは増援が来るのを警戒しつつ急いで穴の奥へと向かいました。
まだここは『深淵の宮』は第一階層。蛸王のレベルは不明ですが先は長そうです。