第140話
「ここが深海……真っ暗闇ですね。」
ゲートを抜けた先で私たちを待っていたのは明かりで照らし出されている範囲以外はどこまでも闇が広がり、生き物の気配が一切存在しない死の世界でした。
しかし、遠くには青い光を放っている建物が見えます。恐らくはあれが『深淵の宮』なのでしょう。
「全員。急いで行きますわよ。うかうかしていたら何が寄ってくるのか分かったものではありませんもの。」
リョウお嬢様の指示に従い私たちは急いで明かりの方に走っていきます。
「っつ!1時と11時の方向から何か来ます!?」
「1時は巨大クジラ!11時は巨大蟹です!」
と、しばらく走り『深淵の宮』の青い石で造られた遺跡の様な建物が見えてきたところで、デボラさんが何かが迫ってくるのを感知し、チリトが敵の正体を看破します。
「イズミはクジラを!イチコは巨大蟹をお願いしますわ!他のメンバーは急いで『深淵の宮』内部にまで移動しますわよ!」
そしてリョウお嬢様の指示が飛び、全員がそれに従って行動を開始します。
私とイズミが集団から離れていき、デボラさんを先頭にリョウお嬢様たちが『深淵の宮』へと走っていきます。
「ーーーーーー!!」
私の前にタカアシガニのようなモンスターが迫ってきます。ただ、そのサイズは体高で10mは超えているでしょう。
巨大蟹が右手の鋏を振り下ろしてきます。
が、私はそれを転移して回避し、反撃として薄い刃を持った剣を作り出して関節に刺し込み、断ち切ります。
「グギュバ!」
「!?」
巨大蟹は右手から血を流しつつも激昂して口から泡を吹き始め、そこからいきなり水の弾丸を散弾銃のように放ってきます。
私はそれを連続転移で範囲外まで移動することによって逃れ、それでも私に迫ってくる数発の弾丸は剣の形を強度を重視した二本の脇差に変更して弾き飛ばしていきます。
「これで終わり。」
そして、攻撃が止んだところで一気に接近。関節に剣を刺し込み、捻じることによってまずは全ての脚を切り落とし、トドメとして口から全身を貫くように刺突剣を刺しこみます。
やがて巨大蟹は数度全身を痙攣させた後、その動きを止めます。
「さて、急いでお嬢様たちと合流しなければ。」
私は使った剣を再生成することによって血を落として回収すると、『深淵の宮』に向かいました。
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イズミの眼前に巨大なクジラが大きな口から蛸の触手の様なものを生やしながら迫ってきます。
「皆。」
イズミは腰とペンダントのアクセサリを握って≪生死運ぶ群狼≫を発動、アクセサリを狼の姿に変えて放ちます。
この狼は全13体全てがイズミの一部であり、その戦闘能力は13体揃えばイチコお姉ちゃんとも戦えるだけの実力を持ちます。そして本体であるイズミが生きている限りはいくらやられても再生させることが出来ます。
なので、
「行け!」
「「「ワン!!」」」
例え深海でも数秒は活動することが出来、水圧で潰れても再生すれば問題ありません。
「ーーー!!」
巨大クジラがその触手で深海に飛び出した狼たちを絡め取っていき、深海の水圧も伴って潰していきます。しかし、潰されるまでの僅かな間に狼たちはその牙を巨大クジラの体に突き立てていき、確実にその命を削っていきます。
「≪生体武器生成・斧≫≪生体武器強化・血≫≪生体武器強化・肉≫」
そして狼たちが頑張っている間にイズミは右腕一本を丸々斧へと変形させています。
その斧は巨大で肉厚な刃に真っ赤な文様を刻み込むことで切れ味を大幅に増し、そこに肉の装飾が付けられることによって禍々しさと力強さを増しています。
「ブオオオッ!」
やがて、狼たちを全滅させた巨大クジラがいくらか数を減らした触手をイズミに向かって勢いよく放ってきます。
「遅いよ。」
が、イズミは≪筋力強化≫をかけた上で全身のバネを生かしつつ斧を横に一振りします。
「?~~~~~!!?」
そして、ただそれだけ。ただそれだけで魔王が持つ圧倒的な膂力に強化が施された斧の威力が組み合わされることによってイズミの持つ最大の一撃が放たれ、巨大クジラはイズミに向けて放った触手の先端から尾の先に至るまで一気に両断されます。
「じゃ、急ごうか。」
イズミは再び狼を生み出すと、その背に跨って『深淵の宮』へと急ぎます。
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「ここが『深淵の宮』……。」
私たちは『深淵の宮』の入り口にまで来ていました。
『深淵の宮』はその青い光を含めて真っ暗闇な深海の中でも異質な雰囲気を放っています。
そして、周囲には入口の警備をしていた半漁人たちが何十匹と物言わぬ死体となって転がっていますが、まあ、これについては特に言うことは有りませんわね。遠距離からのムギの砲撃に始まり(例え海中でも魔力と言う燃料があるので威力が落ちても放つことは問題ありません)、ユウ、デボラ、チリトの三人がウネの強化を受けた上で切り込んでお終いでしたわ。
それに稀に後衛まで抜けてくるモンスターが居てもウネが≪糖縛蜜≫で固めて、ハチが≪木の矢≫で貫いて終了でしたし。
「入口でこの警備。流石に多少は蛸王も警戒しているようだね。」
ムギが半漁人の死体から何か使える素材が無いかを探りつつそんな事を言います。
「そのようですね。なら兵は拙速と尊ぶ。リョウさん。早いところ奥に行きましょう。」
ユウが周囲を警戒しながらそう私に進言してきます。
さて、イチコとイズミはまだ戦闘中のようですけど、
「分かりましたわ。あの二人なら私たちに後から追いつくぐらいはなんてことないでしょうし、隊列を組んで先に進みましょう。」
私たちは隊列を組んだ上で『深淵の宮』の中へと入っていきました。