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第134話

「ここが『白霧と黒沼の森』…」

 僕の前には迷宮『白霧と黒沼の森』の入り口がそびえ立ち、様々な装備を身に着けた人たちが意気揚々とダンジョンの中に入る一方で、中で何かがあったのか這う這うの体で逃げ帰ってきた人たちが手当てを受けています。


 そして僕も迷宮の中に入ろうとしたら…


「いや坊主。いくら『白霧と黒沼の森』が来る者拒まずでも、さすがに坊主みたいなのは入れられないから。」

 と言われて追い出されてしまいました。


 そして連れてこられたのは迷宮近くの街の中央広場、色んな露店が開かれていて、とても賑わっています。


「で、なんでお前みたいな坊主がダンジョンの中に入ろうとしていたんだ?」

 僕を連れてきた黒いフードに黒い服。それに腰に短めの剣とカンテラのようなものを身に着けたおじさんが聞いてきます。

 本当の事を喋るかどうか悩んだけど、村から黙って出てここまで来た僕にはお金も何もありませんでした。だから僕は僕の事情を話すことにしました。


「なるほど…4年前の魔王同士の模擬戦で見た少女にもう一度会いたくてここまで来た。と、」

「うん。」

「馬鹿だろ。」

「なっ!?」

 僕の話を聞いたおじさんは何の躊躇いも無くそう言い切りました。


「俺もその場に居たから言えることだがな、お前が見たその少女は霧王の眷属。霧人の一人だ。」

「眷属?」

「魔王の手によって人から魔になり、魔王に絶対の忠誠を誓う者。それが魔王の眷属だ。この国の魔王の眷属は比較的友好な連中だが、ダンジョンに突入して出会った日には間違いなく殺し合いだぞ?会っても戦う事になるだけだ。」

「……。」

 おじさんの言葉が容赦なく僕の心に突き刺さります。

 でも、僕は…


「諦められないか?ならもう少し大きくなって強くなってから来い。そして魔王を討ちとってその子を魔王の支配から救ってやればいい。」

「え……?」

「尤も心の底からその子が魔王に忠誠を誓っていたらむしろ恨まれるだろうけどな。」

 おじさんはそう言って笑いながら立ち上がります。

 でも、その目は笑っていなくて、広場の一角の方に向けられています。


「それにしても……だ。折角の休日なのに何でこんな奴が出てくるんだか?あいつの性格の悪さは流石だな。」

 僕もおじさんが目を向けている方に目を向けます。

 そこに居たのは重厚な鎧に巨大な剣を背負った男性。


「ーーーーーーーーーー!!?」

 けれど突然その男性は呻き声を上げ、苦しみ始めます。

 その光景に周囲の人たちが慌てて駆け寄ろうとしますが、妙な壁の様なものが張られていて近寄ることが出来ません。


「さて、面倒だが今の状況だと俺が出るしかないか。」

 おじさんが壁何て無いかのように平然と中に入っていきます。


「くぁzwsぇdcrfvtgb!!」

 そしておじさんが壁を越えた所で男性は奇妙な叫び声をあげ、その体を膨らませ、変形し、全身の各部から角の様なものを生やした後、元の大きさに戻りました。

 姿はそこまで変わっていません。ただ角がいくつか生えて色が反転しただけです。でもその身に纏う力はさっきとはまるで違っていて、間に壁があって安全なはずなのに僕の全身は震えていました。

 けれどおじさんはそんな圧倒的な力を真正面から受けても関係ないと言わんばかりの態度で、周囲の人たちにも聞こえるようにこう言いました。


「来いよ『災厄獣』。この俺が相手をしてやる。」



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「何だあの男は……」

「一体レベルいくつなんだ……」

 僕の前ではおじさんと災厄獣によるとんでもない戦いが行われていました。


 突然、災厄獣の足元で爆発が起こり、それと同時におじさんが腰の真っ黒な剣を抜いて切りかかります。けれど災厄獣はその爆発を横に跳んで避け、背中の大剣を両手で持ち、それで薙ぎ払います。

 その反撃におじさんは少々驚きつつも足先の力だけで跳び上がって薙ぎ払いを避け、何かを素早く呟いた後、水で出来た槍を左手に生み出して投げつけます。

 災厄獣はその攻撃をまともに受けますが、少々よろめきつつも空中に居るおじさんに向かって体から生えた角を発射します。

 おじさんはその角を壁の様なものを張ることで弾き飛ばし、着地と同時にお返しと言わんばかりに黒い水の柱を災厄獣の足元から噴き上げさせ、災厄獣を空中に打ち上げます。

 でも、災厄獣も大剣と鎧を利用して衝撃を抑え、空中で大量の角を飛ばしておじさんの動きを止め、追撃を防ぎます。

 そして、おじさんも災厄獣も距離を取った状態で武器を構え直します。


 これが、ほんの十数秒の間に起きた事で、このレベルのやり取りが既に何回も僕たちの目の前で繰り広げられています。


「流石に強いな。元が高位の冒険者だからか?」

「pl、おkみjぬhb…」

 でも、おじさんはまだまだ余裕がありそうなのに、災厄獣は既に疲れ切っています。


 災厄獣。それは≪災厄獣の呪い≫によって人から化け物へと変えられてしまった人たちの総称。本来ならばただの人間がなっても魔王の眷属よりも遥かに強いはずの存在。

 僕から見ればただの絶望。それどころかこの場に居る人だってほとんどの人だって逃げ惑うしかないはずの存在。なのにおじさんはどうして……


「まっ、なんだっていいさ。これで終わらせてやるよ。」

 おじさんが何かを呟きます。


「!?」

 そして次の瞬間。おじさんは災厄獣の目の前に移動して剣を振り下ろしていました。

 間に何があったのかその場に居た人は誰も分からず、災厄獣が頭頂部から真っ二つにされて初めて皆、災厄獣が切られたのだと気づきました。

 一瞬の茫然、続けて上がるのは歓声。


「どうもどうも~」

 おじさんはその歓声に応えつつ僕の方に近づいてきます。

 そして僕の近くで、


「じゃ、俺は目立ちたくないんでこれにて失礼。」

 と言って大量の霧を発生させると同時に僕の首根っこを掴んでどこかに連れていきました。



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「はあ、後で確実に怒られるな。『何をしているんですか!』って。まあいいや。おい坊主。」

「は、はい!何でしょうか!?」

 僕はさっきの戦いを思い出して思わず姿勢を正してしまいます。


「そんな顔すんなって。ちょっと聞きたいことがあるだけだからよ。」

「?」

「お前のスキルって何だ?」

 僕のスキル?≪片手剣習熟Ⅰ≫だったかな?これを数週間前に得たからこそ僕はここまで出て来たわけだし。

 それを話すとおじさんは、


「うん。丁度いいな。」

「あっ、わっ!」

 と言って腰に付けた剣。先程災厄獣を切り捨てた持ち手も刃も真っ黒な剣を僕に投げ渡してきて、僕は慌ててそれを受け取ります。


「それをやるよ。で、お前の夢を叶えられるなら叶えて見せろ。」

 僕の頭の中は混乱で埋め尽くされます。

 剣は持ち手も刃も真っ黒で、明らかに僕みたいな普通の人には一生縁が無さそうな金属で出来ています。それどころかこの剣は見た目よりも遥かに重量が無くてまるで空気のようです。

 どうしておじさんはこんな貴重そうなものを僕にくれるんでしょうか?


「ま、気まぐれだよ気まぐれ。どうせ俺にとってはあっても無くても変わらないものだしな。」

 そう言っておじさんはどこかに歩いて行こうとします。

 と、ここまで来て僕はおじさんの名前も知らないことに気づいて、去っていくおじさんの背中に向かって名前を聞きました。


「俺か?俺の名前はクロキリ。魔術師のクロキリだ。その剣を持っていつか俺の下に来い。俺はいつでも待っているからよ。」

 そうしておじさんは霧に紛れるように消えていきました。

 この日。僕に二つ目の目標が出来ました。それはクロキリさんに再び会うその日までこの剣に見合うだけの腕前になる事。

 それから僕は二つの目標に向かって修行の日々を送る事になりました。

もう彼の話だけで一つの物語が出来そうですよね。自分では作りませんけど。

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