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第132話

「んな!?魔王化!?」

 突然の魔王化開始メッセージに俺は思わず驚きの声を上げてしまい、その声にイチコとリョウが反応する。


「魔王化ってどういう事ですか!?」

「何がありましたの?」

 二人が俺に詰め寄ってくる。

 とりあえず、情報も思考の幅も無い現状では二人に隠す意味は無いな。


「今、頭の中にイズミの魔王化が始まったって言うメッセージが流れてきた。」

「イズミと連絡は取れますの?」

 リョウの意見に俺はイズミとの通信窓口を開こうとする…が、何かに阻まれるような形で通信が繋がることは無い。


「いや…、繋がらないな。ただ、魔神に妨害されているというよりはダンジョン内だから繋がらないと言う感じだ。」

 これは個人的な感覚によるところが大きいから説明は難しいし、確証もない事だが、魔神の通信妨害とダンジョン内での通信圏外では何となく繋がらない感じが違う。なので、今回のこれは魔神は関わっていないと思う。


「そのメッセージと言うのは私の時には流れましたか?」

「いや、イチコの時は何も無かった。」

 それにイチコの時と違ってメッセージが流れたことからも魔神が関わっていないのではないかと思える。

 まあ、その裏では…なんて話は手に負えないから読む事もしないのだが。


『満たしている条件を列挙していきます。』

「と、次のメッセージが流れ始めたな。復唱するから聞いておいてくれ。」

 俺は脳裏に流れるメッセージを二人にも伝えようとする。


『レベル10への到達を確認しました。

スキル≪出血防止(アンブラッディ)≫≪筋力強化≫≪自己再生(弱)≫≪生体武器生成・斧≫≪斧習熟Ⅰ≫≪気力回復(弱)≫≪自己再生(中)≫≪生体武器強化・血≫≪人騎一体≫≪生体武器強化・肉≫を確認しました。

特定騎獣への1000時間以上の騎乗を確認しました。

特定騎獣との信頼関係のレベルを確認しました。

敵性存在の殺害数1000以上を確認しました。

■■■ス=■■■ー■との接触経験を確認しました。

『■■■世■』への侵入経験を確認しました。

■泉■■経験を確認しました……』

 次々とメッセージが流れていく。一部文字化けを起こしているが、恐らくは今の俺が理解したら拙い事になる部分なのだと思う。

 そしてメッセージが流れ切ったところでイチコが、


「クロキリ。私たちの記憶はどうなると思いますか?」

「分からない。これで残っていれば記憶が失われるのは魔神が原因で、魔王化そのものは記憶の喪失を伴わないという話になるんだが。」

 俺の答えにリョウはそう言えばと言った表情になるが、イチコは真剣な表情を浮かべる。

 実際どうなるかは終わって見ないと分からないが、この結果は重要だ。


「開発中のスキルも含めて接触する方法はありますの?」

「いやないな。超長距離転移陣はまだ開発途中だし、俺とイチコ間なら色々とある繋がりを利用した転移魔術があるが、イズミとの繋がりではそう言うレベルの物は使えない。通信に関しても同じだな。」

「そうですの。」

 俺のどうしたものかと言う表情にリョウもそれならばしょうがないと言う表情になる。


「何にしても今の俺たちに出来るのは待つ事だけってことだよ…」

「歯がゆいですわね…」

「全くです…」

 俺たちは自然とイズミの無事を祈っていた。



■■■■■



 時は少々遡り、『天地衝く巨樹』最深部。


「やっと追い詰めた。」

「きゅ~。まさかここまでやるとは……でもそれもここまで!」

 イズミたちはモヤ助が靄魔狼に進化してからも順調に『天地衝く巨樹』の中で戦い続け、時には正面からモンスターたちを打ち破り、時には他の侵入者とモンスターの戦いに乱入して漁夫の利を得たり、他の侵入者を騙し討ちにしたりしながら最深部へとその歩を進めていました。

 そして最深部に居たのは道中でも極稀に見かけ、見かける度にイズミたちのPTを散々引っ掻き回してくれた栗鼠。『争い煽る八百栗鼠』でした。


 『争い煽る八百栗鼠』は数多の栗鼠型の分体を持つ群体系の魔王で、分体一匹一匹の力は弱いですがその分PTを混乱させる力に優れています。そして主な戦術もPTを混乱させている間に一人ずつ葬っていくと言う手段です。

 ですが、今イズミたちの目の前に居るのは分体ではなく本体です。


 『争い煽る八百栗鼠』の本体。それは姿としては人間大の巨大栗鼠と言ったところですが、分体が本体の中に取り込まれる度に大きくなっていきます。恐らくは取り込んでいる分体の数に本体の大きさは比例するのでしょう。

 恐らくですが、全ての分体を取り込めばその大きさはモヤ助よりも一回り以上大きいでしょう。

 そして今、八百栗鼠の本体は生き残っている全ての分体を取り込みました。


「きゅっきゅっきゅ。さあ行くぞ!」

 八百栗鼠が突っ込んできます。

 でも、正面から受ける気なんてありませんし、八百栗鼠も正面から来る気なんてないでしょう。八百栗鼠は正面から戦うタイプの魔王でない事はお互い分かっていますから。なのでイズミはモヤ助に頼んで靄の障壁を張ってもらいます。

 そして、八百栗鼠が障壁に当たる直前。八百栗鼠は大きさの変わらない数百の分体に別れ、イズミたちの懐に潜り込もうとします。が、モヤ助の張った障壁によって内側に入り込む事は出来ず、イズミの持つポールアクスによって分体の一体が叩き潰され、モヤ助の牙によって一体が噛み殺されます。


「きゅ!?しかし…」

 分体が二体潰されたことに八百栗鼠は驚きつつもまた集合しようとします。


「甘いですよ。皆!」

 しかし、折角分裂して一体辺りの力が弱まっているのですから、ここは一気に削る場面です。なのでイズミは近くに潜ませていた薄靄狼たちに指示を出して、手近な分体に向かって突撃させます。

 ただ、八百栗鼠の能力は幻惑系。なので、突撃させても数秒で味方を攻撃するようになってしまうでしょう。だから、イズミは突撃時にこう命令します。『突撃せよ。そして突撃から3秒経過したら目についた相手を全て攻撃せよ。これを死ぬまで続けろ』と、


「そんなバカな命令が……!?」

「行くよモヤ助!」

「ワオン!」

 驚く八百栗鼠を尻目にイズミ自身も一定距離まで近づいた者は何でも関係なしに強化を施したポールアクスで切り払っていきます。


「こんなところでやられてたまるか!」

 そして、辺り一帯が薄靄狼と八百栗鼠の分体たちの血によって真っ赤に染めあがる中、一匹の栗鼠が戦いの場から逃げ出そうとします。その栗鼠は周りのものよりも一回り大きく、放っている気配も他の栗鼠よりも強大です。

 もしかしたらわざとそういう風にした囮なのかもしれませんが、本体にしても分体にしてもイズミには逃がす気なんてありません。


「モヤ助!」「ワン!」

 イズミは≪霧の衣≫を展開し、それを≪人騎一体≫によってモヤ助の纏う靄と同化させ、同時にモヤ助が靄を障壁化します。

 続けてポールアクスを二本に増やした上で≪生体武器強化・血≫と≪筋力強化≫を重ね掛けします。

 そして、突撃。


「ヒッ!」

 進路上に居る者を敵味方問わず全て薙ぎ払いながら加速し、逃げ出そうとした八百栗鼠に一瞬にして追いついて一撃で両断します。

 でも、その八百栗鼠を倒しても残った分体に変化は見られません。やはり囮だったようです。そして、囮を追った為に今のイズミは戦場の中央から少し離れてしまっています。

 だから、イズミは本体を叩くためにこうします。


「≪生体武器生成・斧≫カスタム・『大戦払い』、≪生体武器強化・血≫」

 数が多い相手は薙ぎ払うのが一番。

 イズミは右手から10mを超す長大な刃が手元まで保護している斧を持ち、それを強化後にモヤ助をその場で回転させ、そのままの状態で戦線に突っ込みます。そして当たるを幸いに高速回転し、一匹残らず切り払いました。

 少しだけ手ごたえが違う相手が居たので恐らくそれが八百栗鼠の本体だったのでしょう。


パパラパッパー!


 そしてイズミのレベルが10に上がり、≪生体武器強化・肉≫を習得した所でアナウンスが流れました。


『只今より、満たした条件に基づいて茲炉イズミを魔王化します。』


 と。

ついに眷属からの自力魔王化でございます。

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