第126話
蛸王襲来の報から2時間後の『白霧と黒沼の森』
「いやー、さすがに寒いな。」
俺はその襲来の規模を受けて急遽作成した巨大な塔の上に居た。
第4階層の上に作ったそれはとにかく高く、高さはおおよそ1000m程。ダンジョンの構造物は破壊不可という特性があるからこそできる建造物であり、頂上の吹きさらしのステージから見えるその景色は素晴らしいものである。
「そう言う割には寒がっていませんね。」
俺の護衛として時折空の彼方からやってくるモンスターを撃退しているイチコが自滅覚悟の特攻をしてきたモンスターを切り落としながらそう言う。
「まあ、俺自身寒さには耐性あるし、今回はこれもあるしな。」
俺はそう言いながら自分の着ているローブを引っ張る。
このローブは靄大狼の毛皮を素材に作られており、そこに俺の解析と狐姫の技術を併用・試作したスキル付与が行われている。付与されているスキルの名は『霧魔法習熟Ⅰ』。
うん。その名前から分かる様に俺の使う≪霧爆≫などの霧属性のスキルを強化するスキルであり、俺の持つ『法析の瞳』の解析能力によって表には効果が出てこないパッシブスキルの構造も解析できるようになったからこそ作れた装備品である。
尤もスキル付与を除いても、いつもの俺製ではなくきちんとした職人が作ったものなので、防寒性能や防御力が中々高いのであるが。
なお、このローブに加えて今回は俺の右腕の骨と、模擬戦で報酬として勝ち取った竜君の鱗を組み合わせて作ってもらった特製の杖も用意してある。
この杖も試作品なので特定の名称などは無いのだが、性能は二魔王の素材を使っているのでなかなかのものである。
「それにしてもすごい数ですわね。ここからでも影は見えますわ。」
リョウが望遠鏡で微かに見える水平線の方を見ながらそんな事を言う。
そう。この塔の作成理由は蛸王の襲撃。だが、前回と同じ規模の襲撃ならこんなものは用意せずに配下たちに任せるだけだった。ならば何故作ったか。決まっている。
「港町に派遣しておいた眷属たちからの報告でまさかとは思っていたが、前回の3倍の戦力で襲撃っていう話は本当だったというわけか。」
今回の襲撃が前回とは比較にならない程大規模だからだ。
だが、対策はある。
「それで、本当にどうにかできますのね?」
「計算上は問題なし。それに多少無茶でも既にうちの領域の主要な戦力は他の地域の援護に回しているんだ。やるしかない。」
「護衛はしっかりやりますから安心してください。」
「ああ、よろしく頼む。」
この2年間。超長距離転移陣を作成するにあたって俺は転移系スキルは勿論の事、一見すれば転移系スキルとは関係のないスキルも多く解析している。
それらのスキルを解析したのは作成に当たって前提として求められる知識を得るためだったり、ノイズとして入ってくる解析結果の構文を除外するためだったりするが、そのおかげでスキルに関する知識もその知識を元に組み上げたオリジナルスキル、通称『魔術』の種類も大きく増している。
「じゃあ、詠唱始めるし、後は頼んだわ。」
「はい。」「分かりましたわ。」
そして今回使うのはその内の一つ。
「『Self is black mist king to spoil. (我は蝕む黒の霧王。)my asking 10,000 enemys were killed power. (我が求めるは万の敵討ち払いし力。)』」
詠唱開始と同時に俺の周囲に巨大な魔法陣と三色の巨大な魔源装置が現れる。
「『It is a dreamy mist. (それは夢幻の霧。)Sweet fantasy. (甘美なる幻想。)』」
詠唱が紡がれていくにつれてその輝きは強さを増していく。
「『It is carried out and there is no truth in there, (されど、そこに真実は無く、)It is an evil spirit of the deep deep abyss which also merely catches and binds a soul and it invites to cold eternal sleep that it is. (あるのはただ魂をも捉え、縛り、永遠の冷たき眠りへと誘う深き深き深淵の悪魔)』」
俺の高まる力に耐え切れていないのか杖にはヒビが入り、ローブは端から細切れになり始める。
「『An evil spirit of the deep deep abyss. (さあ、悪魔よ。)As long as self allows, thou is given, it carries out and sacrifice is tasted fully, but it is good. (我が許す限り汝に与えられし贄を存分に味わうがいい。)』」
俺の周りにある魔源装置にもヒビが入り始める。どうやら内包していた力が尽き始めているようだ。
「『thirteen of a strange evil spirit ・ It carries out by being opened and is a mouth of mist demon (未知なる魔の十三・開かれし霧魔の口)!』」
そして、詠唱完了と同時に杖もローブも魔源装置も勢いよく弾け飛び、魔法陣が周囲一帯へと展開され、それと共に水平線の彼方に僅かに見えている蛸王の部隊が居ると思しき場所に一寸先も見えないような濃い霧が展開されていく。
「上手くいきましたの?」
「どうだろうな。今は観測班からの連絡待ちだ。」
と、噂をすれば港町に潜ませておいた霧人からの通信が入る。
『霧王様。港町に接近していた蛸王の配下たちですが、霧に捲かれると同時にその動きを止め、やがて眠る様に崩れ落ち、これは≪生命感知≫で探った結果ですが、いずれも生命活動を停止させているようです。』
どうやら想定通りの結果が出たみたいだな。良かった良かった。
「ん。分かった。引き続き警戒をして霧が晴れたら回収できるものは回収しておいてくれ。」
『了解です。』
そうして、俺は通信を切った。
「問題なしだそうだ。」
「それは良かったですわ。」
「では、一先ず中に戻りましょうか。」
俺の知らせを受けて、安心したと言う顔を浮かべるリョウとイチコを連れて俺たちは塔の中に入り、それと同時に屋上への入り口を封鎖しておいた。
パパラパッパー!
そして久しぶりのレベルアップ音を俺は聞いた。
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「それにしても恐ろしい射程と威力ですわね。」
「私もそう思います。」
俺の戦果を聞いたリョウとイチコの第一声がこれであった。
いやまあ気持ちはわかるけどな。
『開かれし夢魔の口』。これは現状俺の所有する魔術の中では最も効果範囲と射程が長い魔術であり、俺の認識範囲内なら距離と範囲が増すにつれて激しくなる消費さえどうにかできればどこにでも撃ち込むことが出来る魔術であり、効果としては霧を発生させ、霧の内部に居る生物の精神を幻想空間に閉じ込めると共に肉体の生命活動を停止させると言うもので、これを打ち破るにはいかに素早く自分が幸せだと思う幻想を否定し、現実へと還ってこれるかが鍵になる。
まあ、簡単に言うなら長距離広範囲殲滅魔術だな。ある意味かつてのミサイルなどに近いものだと思う。
うん。エゲツナイな。
「ただ、やはり消費が問題だな。まさか、HP,MP,SPを1000込めた魔源装置が三つとも吹っ飛んだ上に杖とローブまで弾け飛ぶとは思わなかった。俺自身の力も結構吸われているみたいだし。」
「そうなると連発は出来ない。ということですか。」
「そもそも連発するものでもないけどな。」
俺のやれやれと言った姿に二人が呆れながらもついてくる。
さて、後始末を済ませたらレベルアップ作業に移ろうか。
クロキリ無双の回でした。
まあ、事前準備を色々とした上での無双ですけど