第120話
今朝、急にイズミがこんなことを俺に言ってきた。
「修行したいので、モヤ助と一緒に旅に出たいです。」
「ワン!」
旅そのものは別にいいと思う。どうせ今の研究スピードだと蛸王の本拠地に攻め込めるようになるまで結構な時間がかかるだろうし、その間に一人一人の実力を底上げしておくのは必要な事だ。
だから問題点はそこじゃない。問題は……
「イズミが普通に喋ってる……だと……」
「これは……一体……ハッ!まさか魔神の……」
「あ、ありえませんわ……」
とりあえず俺、イチコ、リョウの三人はあんぐりと口を開けて唖然とした表情になった。
でも、しょうがないと思う。イズミだし。
「行っていいならすぐに行くよ?」
「あ、あー、ちょっと待て。狐姫と連絡取って大陸までなら送ってやるからちょっと待ってくれ。」
で、イズミの言葉にいち早く俺は復帰して少々慌てつつも狐姫に連絡を取る。
ちなみに大陸まで行く方法と言うのは狐姫が糖王との間でやっている貿易で用いられている長距離転移陣に便乗させてもらうというものである。
狐人以外が利用しようとすると色々求められることになるんだけどな。
まあ、イズミとモヤ助ぐらいなら向こうに居るムギの伝手で何とかなるだろ。
「分かった。」
そしてイズミが納得してくれたので交渉開始。
少々イビられながらも交渉して、
で、納得してもらえた。
代わりにクエレブレの鱗を何枚か求められたが、それぐらいならまあ安いもんだろ。
そしてイズミは旅立っていった。
予定ではロシア経由でヨーロッパの方に行くつもりらしく、帰ってくるのは俺の超長距離転移陣完成後にそれを使う気だそうだ。
何年先の話になるのやら……
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さて、イズミが旅立ったところでこちらも超長距離転移陣の開発再開である。
ちなみに潜水術式に関しては狐姫の方でも開発を進めているそうだが、こちらも何年かかるか分かったものではないらしい。
読心に関してはチリト頑張れと言っておく。
「お、これが基本中の基本である転移に関する構文か。」
「今まで見てきたものとは比べ物にならない程複雑ですね。」
で、今俺たちの前には内部に各種転移関係スキルの構文を蓄えた『検魔の行燈』が浮いていて、中に蓄えられている構文を少しづつ外に放出していて、今見ているのは最下層構文の物質を瞬間移動させるための法則や理論等々だ。
「というか前提条件として扱う人間に求められる知識量が多すぎんだろこれ、目が痛くなってきた。」
「目が痛くなる程度で済むならまだいいじゃないですか。私は頭が痛くなってきましたよ。」
ただ、余りにも複雑で難しすぎる。
どのくらい難しいかと言うと予備知識なしに特定分野の最先端研究を扱っている専門誌の論文を呼んでいる感じ。
しかも辞書とかそう言う便利なものも無し。
「とりあえず頑張れ。そのうち慣れてくる……というかこれの解読は精神の激しい修練に当たるっぽくて発狂さえしなければステータスが徐々に上がって嫌でも慣れる。」
ちなみに俺の精神は既に1上がってる。
「そうですか……それはそれで嫌ですね……。」
イチコが少々危険で遠い目をしつつ「フフフフフ」と小さく笑いながら読み進めていく。ちなみにイチコのステータスはこれらの構文を読むのには少々足りていないが、元々自分の固有スキルが転移系なので転移系スキルの構文に限定して非常にゆっくり読めば何とかなるようだ。
「まああれだ。発狂したら一生世話してやるから安心しろ。」
「ちっとも安心できないので気張ります。」
で、何で俺の素敵な気遣いがこもった一言を一蹴した瞬間元に戻るんだか。
まあいいや。
「それにしてもやっぱり資料数がまるで足らないな。」
俺は一つの構文を読み切ったところで一度放出を止めて目を休める。
右目しかないから疲れるスピードが速いのだ。
「まあ、2種類しか例がありませんからね。」
イチコも一時中断して体を伸ばしたり、瞬きを繰り返したりしている。
ちなみに現在調べている2種類と言うのは『長距離転移陣』とイチコの≪形無き王の剣・弱≫である。
「やっぱり他の転移系スキル……≪短距離転移≫≪瞬歩≫≪鏡門≫とかも資料として欲しいな。それに確か爆系スキルとかも指定地点に魔力を飛ばすのに転移系の構文が少しだけ流用されていた気もするし、その辺りを調べるのもありか。」
俺は資料として使えそうな物を挙げていく。
ただ、転移系スキルは殆どが希少スキルなので所有者に関する情報は極端に制限されていることが多い。
それに爆系スキルなどに含まれているのは極々微量な質量?を持ったものを飛ばすものなので資料としては術式の補強ぐらいにしか使えないだろう。
「何にしても先は長いという事ですか……」
「だなぁ……」
二人で天井をボーっと見上げながらそんな事を言う。
「リョウお嬢様を呼んで≪治癒≫で疲労を回復してもらって効率化するとか有りですかね?」
「資料に目を触れさせない様に気を付けながらなら有りかもなぁ……」
いずれにしても転移に関する知識が集まり、それを実際に使えるレベルで再構築するのはだいぶ先の話になりそうだ。
イズミは自分の異常性を認識するための旅に出ました。