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第116話

そして裏側へ

※今回は拷問描写がありますのでそういうのが苦手な方はご注意を

「くそっ!どうなっていやがる!」

 半漁人の男は自らの手勢を後ろに控えさせつつ、森の中で悪態を吐く。


 男が『這い寄る混沌の蛸王』に命じられた事は二つ。一つは蛸王の為に人間たちを殺害して経験値を稼ぐ事。もう一つはこの国の魔王たちの守りを突破して自分たちの拠点を作る事。

 二つの命令を男は容易いものだと根拠も無く感じていた。


 だが結論から言えば男は何一つとして蛸王の命令を達成することはできなかった。男の想像以上にこの国の魔王と人間たちの繋がりは強く、普段の殺伐とした関係からは想像もできない程の連携を見せてきたのだ。

 その連携の強さは港町を襲撃した者たちが文字通り殲滅され、それ以外の場所から上陸した者たちも地元住民か各魔王たちが派遣してきたモンスターに発見され次第始末されたことからも窺える。


「だが、諦めるわけにはいかねぇ……蛸王様の命令は絶対だ……何とか何処かに隠れ家を作ってやる……」

 それでも魔王に生み出されたモンスターとして男は蛸王の命令遂行を目指す以外の道は無かった。

 男はゆっくりと藪を掻き分けて森を進んでいく。


「そうだ。他の連中が結果的に囮になったおかげで俺たちはこんな内陸まで入り込めたんだ。なら大ダコを片っ端から始末しやがったあの化け物にさえ見つからなければ何とかなるはずだ……。」

 男は何とか今の状況を好意的に解釈し、自らに与えられた任務をどうすれば遂行できるかを考えていく。

 なお、大ダコを始末した化け物とはもちろんイチコの事である。


「よしお前ら。この先に川があるはずだ。そこに拠点を……」

 そして、男は考えがまとまったのか自分が率いているモンスターたちに指示を出そうと後ろを振り向く。が、続く言葉は出てこなかった。

 なぜならば、


「あらようやく気づきましたの。私待ちくたびれてしまいましたわ。」

 そこに居たのはバラバラに解体された自分の部下たちと、部下たちをバラバラにした下手人。そしてその下手人たちの指揮官であろう灰色の髪に赤い目をした迷彩服姿の女だったからだ。



■■■■■



 イズミが港町で奮戦し、イチコが各地で大ダコを撃破していた頃の『白霧と黒沼の森』にて


「はあ、私を呼び戻して何をさせるかと思えば、奴隷たちの指揮官ですか。」

「そう言うなって、状況的に日本海から内陸部に潜り込む奴が居るのは確実で、そいつを秘密裏に捕縛するには経験豊かな現場指揮官がいた方が楽なんだよ。」

 私は前線で怪我人の治療や戦列の指揮をする暇も無くクロキリに呼び戻されて、迷彩服を着せられた状態で面倒な命令を受けることになりました。


「私が経験豊富なのは認めますが、彼女たちは私の命令を聞きますの?」

 そう言いながら私は今回私の指揮下に入る彼女たち…『霧の影』の面々を見ます。

 『霧の影』に所属する彼女たちが浮かべる表情は主に三種類。


 クロキリの寵愛を不本意ながらも受けている私への嫉妬の表情

 クロキリの為に命すら捨てて働ける喜びによる恍惚の表情

 クロキリに心を完全に壊されたがための無表情


 恍惚と無表情はまだ私の命令に従ってくれるでしょうが、嫉妬組は私の足を引っ張るために命令を反故にする可能性がありそうですわ。

 ちなみに数としては恍惚>無表情>嫉妬ですが、それ以前にこれだけの人数を囲うクロキリの発情っぷりには呆れてものが言えませんわね。


「そこは大丈夫。魔王権限使ってでも指揮系統は渡すし、俺を喜ばせるために何をすればいいのか分かっていないような奴は処分するから。」

「はぁ……そうですか。」

 魔王権限を使うならば大丈夫そうですわね。それにしても処分とはつまり殺すという事ですわよね。狐姫のダンジョンにでも特攻させるのでしょうか。


「まあそんなところだな。」

「!?」

 心を読みましたの!?


「まっ、とにかくよろしく頼むわ。できれば他の魔王の配下には見つかるなよー」

「分かりましたわ……。」

 そうして私たちは長距離転移陣を使用して目撃証言が上がった場所へと飛びました。



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 現地に飛んだ私たちはまず事前に与えられた情報に基づいて敵勢力を気づかれない様に捜索・発見し、周囲を取り囲みました。


 そう言えばクロキリからは何故わざわざ危険を冒して敵を捕縛するのかの理由を聞いていませんでしたわね。一応、蛸王のダンジョンに関する諸々の情報を得るのが目的ではないかと考えていますが、モンスターが魔王を裏切るようなことはあり得ませんし、一体どうするのでしょう?


「まあ、今はどうでもいいことですわね。」

「?」「リョウ様?」

 私の呟きに一番近くに居た貫姉妹が首を傾げつつ答えます。


 と、リーダー格と思しき半漁人が立ち止まり、思索に耽り始めます。

 クロキリの目的を考えるにある程度の思考能力を有した相手の方がいいでしょうし、そう考えると捕縛対象はこちらのダンジョンで言うミステス相当であるあの半漁人が適当でしょう。ならば、今のリーダーが物思いに耽っているという状況は非常に都合がいいと言えますわね。

 では、


「『全員に伝達。あの半漁人以外を音を立てずに始末しなさい。』」

「「了解。」」

 私の≪指揮≫に従って『霧の影』が動きだし、隊列の後ろに居た者から急所を一撃で貫かれて音も無く葬られていきます。

 この光景に私は思わず味方ならば心強いが敵に回った時の事を考えてしまいます。

 と、ものの数秒で一通りの始末が終わり、そこで半漁人が動き出します。ここは一応平和的に交渉するべきですわね。


「よしお前ら。この先に川があるはずだ。そこに拠点を……」

「あらようやく気づきましたの。私待ちくたびれてしまいましたわ。」

 私は周囲の状況に唖然としている半漁人に対して威圧感たっぷりにそう言います。


「さて、おとなしく私たちに捕まっていただければ痛い思いはせずに済みますがどうしますか?」

 私は返答が決まりきった質問を半漁人に問いかけつつ、ハンドサインで半漁人の後ろに回り込んでおくように≪指揮≫します。


「ふざ……けるなああぁがあああぁぁぁ!」

 そして半漁人が右腕の爪を振りかざしながら突っ込んできたところで、回り込ませておいた者に右腕を切り飛ばすように≪指揮≫を飛ばし、その命令が即時実行されます。


「俺の腕がああぁぁぁ……」

 半漁人は右腕を抑えながら蹲ります。傷口からは大量の血が流れ出ており、放っておけば数分後には失血死は確実でしょう。ですが私たちの目的としてこの半漁人には死んでもらっては困ります。だから、


「≪大治癒≫」

「へっ……あっ……なん……」

 傷口は塞いであげます。


「『鳩尾』」「はい。」

「グフッ……!?」

 でも死ななければ問題ないでしょうから死なない程度には痛めつけるようにハンドサインで≪指揮≫しますけど。


「ま……」

 『霧の影』によって半漁人が悲鳴すら上げられない様に嬲られていきます。でも今嬲らせているメンバーの中には確か治療系スキル持ちも居たはずですし問題はないでしょう。

 さて、


「クロキリ。半漁人を一匹捕獲しましたから転移陣の設置をお願いしますわ。」

『了解。すぐに開くわ。』

 クロキリにも連絡しましたし、これで任務完了ですわね。

 早いところ出元を潰したい所ですわね……

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