第114話
雪翁サイドです。
大多知たちが戦い始める一時間前
『銀雪の森』最深部にて
「雪翁様のご想像通り東からだけでなく北からも敵が参りました。敵の陣容から東は『這い寄る混沌の蛸王』、北は『不動たる北の極皇』のモンスターだと思われます。」
ユウが片膝をついて雪翁に斥候からの報告を述べる。
『不動たる北の極皇』。それは北極海を海中海面だけでなく上空まで支配する魔王の名であり、純粋な実力だけでも『蝕む黒の霧王』を初めとしたトップクラスの魔王の一人と言われている。
「ふぉふぉふぉ。やはり北は漁夫の利を狙ってきたか。まあそう来ると思っていたわい。」
雪翁はユウの報告に頬を綻ばせながら答える。そこには恐れや焦りの表情は無い。
「さて、住民の避難は両方とも完了済みじゃったな。」
「はい。問題ありません。」
ユウの答えに雪翁はその笑みを深める。
「では予定通りに行動するのじゃ。」
「了解しました。」
そうして、ユウは『銀雪の森』から戦いの場に赴いた。
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蛸王の配下として、雪翁の領域を攻める部隊の隊長を務める半漁人は困惑していた。
「どうなっている……なぜ何処にも人間が居ない……。」
何故なら、目についた人間たちを皆殺しにするように命令を受けて意気揚々と陸に上がったのに人間たちの抵抗どころかそもそも人間そのものが居ないのである。
「「「キシャシャシャ!」」」
しかし、彼以外のモンスターたちはこの状況を可笑しいとも思わず何処かに隠れていると思って街を壊し続けている。
この調子で行けば後数時間でこの辺りは更地になるだろう。
「ギャギャギャ!」
と、街を壊していたモンスターの一匹が遠くに幾つかの人影を発見する。
「「「ギャーガァーグッー!!」」」
「ま、待てお前ら!」
それに今まで建物を壊すだけで欲求不満だったモンスターたちは一斉に反応し、隊長の彼が止める暇も無く追いかけて行ってしまう。
そしてやむを得ず隊長の彼もそれを追う事になった。
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蛸王のモンスターたちが獲物を追いかけ始めてからしばらく経った後
気がつけば彼らが追っていた集団は前方から来た別の集団と合流しようとしていた。
「グババババァ!!」
だが、彼らはそれを獲物が増えて好都合と解釈して集団に襲いかかろうとし、先頭の一匹が集団に向かって爪を振り下ろした瞬間に今まで追っていた集団が消え失せてしまう。
「どうなっている?」
彼らが首を巡らし、消え失せた獲物を探していると、やがて自分たちと同じ程度の規模を持った一つの集団が目に入る。
「待ち伏せか……舐められたものだな!」
例え数が同じでも人間如きに蛸王の配下である自分たちが負けるはずがない。そう隊長の彼は考え、その指揮の下に彼らは今までの鬱憤を晴らすかのようにその集団へと襲いかかった。
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「来たか。」
私は望遠鏡を覗いた先に見える土煙とその前で馬を走らせて逃げる雪人の姿を確認し、手の動きで周りに潜む仲間たちにそれを知らせた後、私自身も改めて隠れ直す。
やがて、馬の嘶きと駆ける音が所定の位置に
続けて聞こえ始めるのは怒号に鬨の声、爆音、巨大な何かが動く音。
その音に私は雪翁様の策が上手くいった事を悟り、敵に見つからない様に気を付けつつ体を起こして状況を確認する。
「これは……凄まじいな。」
私の眼下では2つの軍勢が戦いを繰り広げていた。
片方は半漁人や空飛ぶ魚、大ダコなどで構成された『這い寄る混沌の蛸王』のモンスターたち。もう片方は白熊やイッカク、氷のゴーレムなどで構成された『不動たる北の極皇』のモンスターたち。
彼らの勢いは今までの欲求不満からか凄まじく、互いに死力を尽くすことになっている。
そう、雪翁様の策とは所属するダンジョンの異なるモンスターたちを誘導し、互いに消耗させ合う事だったのである。
勿論、この策を成り立たせるために雪翁様は事前に作戦が行われる領域に居た人間たちは事前に避難させ、敵を実際に誘導する役目を与えられた仲間達には十分な訓練を積ませたうえで、入念な準備をさせている。
「いやー、追われている時も思いましたけど、これと正面からやり合うなんて絶対にごめんですね。」
「うんうん。」
私の後ろから誘導役を担っていた仲間たちが出てくる。
全員疲れ切っているがその表情は自分の役目を果たしたためか晴れやかだ。
「お前たちよくやってくれたな。ここから先は私たちの仕事だ。そこでゆっくり見ていてくれ。」
そう言って私は手招きで愛馬を呼ぶ。
そう。雪翁様の策は2つの軍勢をぶつけて終わりではない。それでは我々の旨味は後に残される大量の素材だけになってしまって割に合わない。
だから、ここからが作戦の第二段階。
「総員戦闘準備!」
私は眼下の戦いの勢いが衰え始めた所で馬の上に乗り、潜んでいた仲間たちに指示を出すと共に馬と私に≪凍銀鎧≫を纏わせる。
そして私に少々遅れて仲間全員が臨戦態勢に入ったのを私は確認すると、一つの指示を下す。
「突撃いいいぃぃぃ!」
私の指示を受けて眼下で争っているモンスターたちの横から仲間たちが襲いかかる。
「「「ーーーーーーーーー!?」」」
突然の乱入者に両方のモンスターが驚き、一瞬その動きを止めてしまう。勿論私たちはその隙を見逃さずに切り込む。
私はその中で手当たり次第に敵を切り伏せていき、雪ヒグマと雪馬たちは身体の各部に≪凍銀鎧≫を身に着けて当たるを幸いに突進で敵を薙ぎ払い、≪凍銀鎧≫が使えないモンスターたちも自らの力を生かして次々と獲物をねじ伏せていく。
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「ふう。これで終わりだな。」
「ガ…ギッ……」
私は足元に居るモンスター、半漁人のような生物の頭を愛馬の脚で踏みつぶすと周囲を見渡す。
見ると辺りで動くものは私たちの仲間だけで周囲は静寂に包まれている。
「では、回収できるものを回収して帰るとしよう。」
「了解しました。」
そして私たちは負傷者の治療を済ませると共に辺りに転がっているモンスターたちの死体から素材を剥ぎ取り、雪翁様に戦果を報告するために『銀雪の森』に帰還した。