第111話
そこはこの世のものとは思えない空間だった。
絶えたはずの花々が季節も地域も問わずに咲き乱れ、空には今の地上では決して見られないような数の星々が瞬き、地上では子供向けの童話に語られるような生物が闊歩していた。
その中で一人のフードを被った少女が赤い椅子に座り、目の前に浮かぶ画面を見つめている。
「手本があったとはいえほぼ自力でここまで辿り着くか。」
フードを被った少女…魔神の前にある画面にはクロキリが使用した『白の縛鎖』の構文が転写されている。
「だがまだまだ粗いな。これでは私の求めるものに届くのは当分先だろう。」
魔神は画面を手元に寄せて『白の縛鎖』の構文に赤ペンで印を付けていく。
魔神本人にしか分からないが、印がつけられている場所には一定の基準があり、その手際は何千回と同じことをしてきたかのように手馴れている。
「まあいい、それでもこの領域に真っ先に踏み込んだのだ。やはり検体番号13と検体番号667は優良だな。」
くっくっくと魔神は笑う。
と、手元の画面の上に別の画面がポップする。
「ふむ。検体番号666の配下が本格的に動き出したか。さてどうなるだろうな。実に愉快だ。」
そして魔神は高笑いを上げた。
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俺の研究にイチコが参加するようになってから数日経った日
狐姫だけでなく雪翁や竜君とも俺は模擬戦をしつつ研究を進めていた。
「この構文は座標指定関係か……」
「こっちは距離と消費の関係を表しているようです。」
で、今は俺たちは長距離転移陣とイチコの固有スキル≪形無き王の剣・弱≫及び眷属の霧人が持っていた転移系スキルの解析を進めている。
これらの解析をしている理由としては、これらの解析が進めば流通を初めとして応用が色々と効くためである。
なお、ダンジョンと外の境界を転移系スキルや通信系スキルが越えられない理由に関してはまだ調べていない。
理由?構文に解析防止用のダミーやトラップが大量に含まれていて今のペースと知識量だと何十年とかかりそうだったんだよ。というか途中で致命的な罠にかかって死にかねない。
さて解析の方だが、
「うーん。一方通行にせざるを得ないけど距離制限を外すぐらいは出来そうだな。」
「ただ距離に比例して消費が異常に跳ね上がりますね。」
長距離転移陣の必ず対になる陣が必要と言う制限や、設置可能距離の制限を外すことは可能そうだった。
ただ問題なのは外した先の方で、これらの制限を外した状態だと設置も起動もかなり消費が激しくなるのである。
「これは魔源装置を複数同時使用するためのスキルを考える必要がありそうだな……。」
「スキル発動時に自分自身のHP等の代わりに消費できる道具でしたっけ。」
「そうそれ。今は一つのスキルにつき一つの石しか使えない様になっているけどな。」
俺は≪迷宮創生≫で手元に極小さな緑色の石…MPを1だけ貯めた魔源装置-MPを2個作成し、イチコにそれを見せる。
そして2個とも指先で潰しつつ≪魔性創生≫を使用して2匹のフォッグを生み出そうとするが、潰せたのは1個だけで生み出されたフォッグも1体だけであった。
「な。」
「ですね。」
その光景にイチコが納得の表情を見せながら頷く。
なお、最近では狐姫も生み出せるようになった上に、外の人間たちにも魔源装置の存在が知られ始めたため、一部では本来の用途としてだけでなく貨幣として使われていることもあるらしい。
『クロキリ!』
と、リョウからの通信が入ってきた。そう言えば久しぶりに帰ってきたと言う事で父親の所に里帰りさせてやってたな。
「どうした?」
『人間たちの長からの緊急連絡です!』
リョウの声はかなり焦ったものである。どうやら俺が出張る必要があるぐらいには緊急事態の様だ。
「何があった。とりあえず要点と何が必要なのかを話せ。詳しい事は後で聞く。」
『では、要点だけを掻い摘んで話させてもらいますわ。』
さて、リョウの話を聞く限りではこういう事らしい。
・突如太平洋の洋上に大量のモンスターが出現
・現在、そのモンスターたちが太平洋沿岸部にある各地の集落を襲いながら上陸中
・現地の人間と眷属が対応しているが数と戦闘能力の差から苦戦中
・なので、『白霧と黒沼の森』のモンスターたちを援軍として出してほしい。
・なお、被害はこの国全体で起きているようで、既に他の魔王たちにも援軍要請は出されている
なお、リョウの話を聞きつつも他の眷属たちの視界や状態を確認してこの話が事実であるという裏もとっておく。
「分かった。とりあえず余剰戦力分だけになるが派遣しよう。」
『ありがとうございますわ。』
俺はリョウと通信をしつつ長距離転移陣の起動準備とモンスターたちの集合を進めていき、準備が完了し次第各地に送り出す。
と同時に念のために現在情報が入りづらくなっている日本海側にもいくらかのモンスターを放っておく。
「にしても太平洋からとなると多分アイツだろうなぁ。」
『恐らくはそうですわね。』
「クロキリの想像している通りだと思います。」
俺、リョウ、イチコ三人の脳裏に恐らく同じ魔王の名が浮かぶ。
「『這い寄る混沌の蛸王』。いつかは来ると思ったがここで来るとはな……まあいい。」
俺は頭の中を本格的に研究モードから戦闘モードに切り替える。
「全霧人に通達。」
そして頭の中で全ての霧人と通信の回線を開く。
「戦闘可能な霧人は『蝕む黒の霧王』の名の下に俺の領域で暴れる馬鹿どもを殺せ。ただし安全第一で決して無茶はしない事。非戦闘員系の霧人も自分の能力で出来る範囲の支援を霧人人間問わず施せ。ただしこちらも安全第一だ。理解したなら全員行け!」
『『『『了解!』』』』』
俺の指示に応えて頭の中に大量の返事と駆け出す音が聞こえる。
「クロキリ。私も行きますね。」
「ああ。ただイチコは大物優先で俺の領域外でも構わずに頼む。蛸野郎の配下との戦闘経験が一番多いのはお前だからな。」
「分かりました。」
そう言ってイチコもスキルを併用しつつ勢いよく外に出ていく。
「さあて、模擬戦の成果が出てくれるといいんだがな。」
そして一人部屋に残った俺は状況の推移を見守りつつも、とあるスキルの開発を始めた。
ついに襲来です。
06/30 脱字訂正