第109話
ある意味修羅場回です。
「どうしてこの状況になったかは分かってますよね。」
俺の前にはとてもいい笑顔で立っているイチコがいる。
「考えてみれば『白霧と黒沼の森』に戻ってから色々と問い詰めたいことがあったのにホウキさんの件で流れていましたからね。今回の件はいい機会です。」
そして俺は正座させられていた。
うん。俺は自室でスキルの研究をしようとしていたはずなんだけどな。どうしてこんなことになったんだろうか。
というか怖い!イチコのプレッシャーが半端ない!半魔王化のせいで俺のイチコに対する強制力も下がってて抑えられないから怖い!
「ねえクロキリ。」
「何でしょうか。」
イチコが顔を近づけてくる。
ああ、普段とかベッドの上とかならいつまででも見ていたいと思えるのにこの状況だと一刻も早く顔を逸らして逃げ出したい。
「あの子。タバネちゃんでしたっけ、どうしてあの子はあんな事を言ったんですか?」
「何の事でしょう……か?」
俺は顔を逸らそうとするがイチコが≪霧魔法付与≫を使った左腕で俺の顔を掴んで逸らすのを許さない。
「『勝ったらお腹いっぱいになるまでご褒美下さいね。』でしたか。」
「ソウイエバ、ソンナコトモイッテタナー」
イチコの手の力が明らかに強くなって俺の頭がミシミシと嫌な音を若干立てつつも、その痛みに耐えつつ俺は棒読みで返す。
「この際だからはっきり言っておきますけど、」
「はい。」
「別に女の子を囲うこと自体は咎めません。帰ってきた日の事を考えれば一人で対応するのは無理がありますし、暴発されても困りますから。」
あれ?妾自体は認めてくれるんだ。てっきり……
「で す が、」
「ちょっ!まっ……!」
ミシィ!という嫌な音と共にイチコの指が頭に食い込んでくる。
「あんな子供が自分から求めてしまうようになるほどの調教を施すとはどういうつもりですか!」
「ギニャアアアァァァ!」
イチコの力がさらに強まって俺の頭は叫び声と共に霧散する。
ふう。予め脳みそを別な場所に移しておかなければ死んでいた。
まあ、さすがに死ぬほどのダメージになったら半分とは言え俺の眷属なんだし、死ぬ一歩手前で止めてくれると思うけど。
「頭を潰されても問題ない様にできるとは大分化け物じみて来てますね。」
イチコが正確に今の俺の中心を見つめながらそう言ってくる。
「まっ、要領としては腕や目を増やすのと変わらないからな。」
ただまあ、化け物じみているのは否定できないな。というか魔王になった直後の俺から見れば頭の複製を行える今の俺は完全に化け物だろ。
「はぁ。まあ、この話はこれぐらいにしておきます。これ以上はいくら言ってものらりくらりと躱されそうですし。」
「ふふん。よく分かってるじゃないか。」
俺はドヤ顔をしつつそう言う。
「そう言えば、この十年間クロキリも修行していたそうですね。」
「そうだな。」
と、突然イチコが話題を変えてくる。
「突然ですが、私の十年間の修行の成果をクロキリに見せたくなりましたねー」
「うん?」
イチコが何故か屈伸運動を始める。
「クロキリが真面目に修行をしていたなら、私の修行の成果を受け止めるくらいの事は出来ますよねー」
「……。」
そして肩の調子を確かめるように腕を軽く回す。
「だ か ら、憂さ晴らしとか八つ当たりとか嫉妬だとかそう言った思いは全然ありませんけど、ちょっと殴り合いましょうかー」
これはヤバい……。プレッシャーが半端ない。
「≪霧魔法付与≫」
イチコの両手両足がスキルの効果で霧に包まれる。
「いやちょっと待て!俺はどちらかと言えば研究中心の後衛系で肉体関係は護身術レベルだから……」
そこまで言って俺はイチコの目がこう語ってるのを悟った。
『いいから殴らせろ』
と、
「≪形無き王の剣・弱≫」
「うおう!」
イチコがスキルによって右ストレートのモーションから俺の前に転移して拳を振りぬく。対して俺は咄嗟に人間形態になってその攻撃を受け流す。
「十分動けるじゃないですか。」
受け流されたモーションのままイチコはそう言う。
「いや、これ以上は……」
「じゃあ、テンポを上げますね。」
俺はそこで切ろうとするが、イチコは俺の言葉を無視して再びスキルで俺の前から掻き消える。
続けて後頭部への衝撃。どうやら、後ろから殴られたらしい。
「まだまだいきますよ。」
「ちょ!まっ!?」
そしてそこから全身各部へと放たれる攻撃。俺はその内の正面から来たものに関してはいくらか防ぐことに成功するが、それ以外はまともに突き刺さる。
その一撃はかなり重い。魔王の肉体が高いスペックを持つので耐えられているが、これは普通の人間なら一撃で昏倒しているレベルだろう。
さて、このまま殴られ続けるのも男としては悪くないかなぁ。とも思うが、魔王としてのプライドとかもあるので、そろそろイチコの動きを止める方法を考えないといけない。
で、具体的にどうするかを考える。
まずやらなければいけないのはイチコの攻撃を捌けるようになることだろう。ではどうすればイチコの攻撃を捌けるのか?
今、俺がイチコの攻撃を捌けないのはイチコの動きを追い切れず、純粋に手数が足りないからだ。となれば、
「≪蝕む黒の霧≫カスタム・『三面六臂』」
俺は顔を三つに増やし、腕を六本に増やす。
「!?」
その姿に一瞬イチコは驚くが動きは止めずに殴り続けてくる。
だがしかし、今の俺の視界はほぼ360°であり、腕の数も三倍に増えている。故にどの方向から攻撃が来ても、
「はっ!」「ふっ」「えい!」「むん」「やっ!」「ぬん」
「よくそんな体を操れますね。」
「まあな。」
十分防げる。
「でも、楽しくなるのはここからです!」
「へいへい。」
ただ、問題はここからだよなぁ。テンションが上がって来たのか当初の理由とか無視してイチコがやる気を見せ始めてて、それに合わせて攻撃のテンポも上がってる。
で、肝心のイチコを止める方法にしてもだ、
羽交い絞め→転移で抜け出される
鎖や紐で縛る→やっぱり転移で抜け出される
≪霧爆≫で氷漬け→そんなことしたら大惨事
≪幻惑の霧≫で足止め→動きそのものは止められない
殴って気絶させる→そもそも物理的にも心情的にも殴れない
ヤっちゃう→今はそんな余裕無し
封技の鉄枷Ⅰ→レベル的にはセーフだが半魔王に効くのかは怪しい
となればだ。
「いいだろう。なら俺も十年……というかここ最近の成果を見せてやる。」
「?」
怪訝な表情を見せるイチコの前に俺は右手に『検魔の行燈』を出し、左手で空中に文字を描くと同時に詠唱を始める。
「『Self is black mist king to spoil. (我は蝕む黒の霧王。)The power should summarize fog and should fix fog. (その力は霧を統べ、霧を留める事。)fog. (霧よ。)Change with a white chain under my name, and bind her person to idle inside. (我が名の下に白き鎖と成って彼の者を怠惰の中に縛れ。)One of a trial strange evil spirit ・ White bind(未知なる試作の魔の一・白の縛鎖)』!」
「なっ!」
そして俺の詠唱完了と共に身体からMPとはまた違う何かの力が流れ出し、その力を受けて空中に円を描くように書かれた文字群から大量の白い鎖が放たれてイチコを縛り上げる。
「くっ、こんなもの……なっ!?スキルが使えない!?」
イチコはスキルが使えない事に困惑の表情を浮かべる。
「ふっふっふ。さあ主に対してこんなことをしたわけだしな。お仕置きタイムだ。」
「えっ、まっ!?」
イチコは鎖を派手に鳴らしつつ逃げようとするが、ここまでやってくれたわけだしな。
「誰が待つかあああぁぁぁ!」
「きゃあああああ!」
そして俺はイチコの上に勢いよく乗りかかるのであった。
ん?白の縛鎖の説明?また今度なー
詠唱は適当なので突っ込んじゃだめです。