第107話
『では、3、2、1、模擬戦スタート!』
ユウの合図とともに戦場全体に銅鑼の音と鬨の声が響き渡る。
「突撃……!」
その中でこちらの先陣を切ったのはイズミと牛頭霧達を背中に乗せた三匹のクエレブレ。その後ろを近接部隊のポーンが追いかけていく。
三匹のクエレブレは大量の土煙を上げ、ならされた地面を抉って荒れ地に変えながら狐姫の軍勢へ向けて突進していく。
『まず動いたのは霧王陣営ですか。明らかに先手を取る気ですね。しかし、』
イチコの解説も聞こえてくる。
だが、
「ブモオオオォォォ!」
「そう甘くはないか。」
牛の鳴き声が敵陣地から聞こえてくる。
俺としてはこのままクエレブレたちが敵陣地まで到達してこの模擬戦の機先を制せればいいと思っていたが、相手も同じことを考えていたようである。
『狐姫もやはり先手を取ることの重要性を理解されていますね。』
敵陣地から出て来たのは6体の巨大な角を生やした石の大牛。
その勢いはこちらの突撃と比べても遜色ない。
互いの距離が徐々に近づいていく。そして、
戦場中にゴオオオオオオオオオオン!という音が響き渡る。
『凄い音ですね。』
『お互い自らのダンジョンの中でも重量級ですから。』
突撃の結果は負け。1体のクエレブレにつき2体の大牛がつく形で突撃は見事に止められる。
が、止まった際の反動を利用してイズミと牛頭霧たちはクエレブレの背中から降りて手近な敵を攻撃し始め、クエレブレ自身も大牛たちの首を狙って噛みつく。
そして両軍の前衛が激突し乱戦を始める。
その光景はモンスターに出会ったことのない普通の人間からすればこの世の終わりのように見えるだろう。
なにせ牛頭霧の斧が振るわれる度に手近なモンスターから赤い噴水が上がり、敵の豹がその爪を振るう度にダメージを受けた牛頭霧の肉体が少し霧散する。
泥人形たちが力づくで犬型モンスターの動きを止めた間に泥兵士が止めを刺したかと思えば、アルパカがその姿に似合わぬほどの跳躍力で飛び跳ねて薄靄狼の頭を踏みつけていく。
だが尤も凄まじい活躍を見せているのはやはりイズミだろう。
「ふん……!」
『やはりイズミは強いですね。この十年間最前線に居続けただけはあります。』
両手に≪生体武器生成・斧≫で作り出した骨の斧を作り出し、まるで暴風のように敵陣を薙ぎ払っていく。しかも武器をリロードする際に手近な相手に向けてトマホークとして斧を投げつけているため、その被害は刻一刻と増していく。
それにしてもイチコもイズミが喋れる様になったのにだいぶ慣れてきたな。最初はかなり驚いていたのに、
と、イズミが自分と同じナイトである狐人の男を認識し、その男の武器を弾いた上で頭の上にあるターゲットを攻撃しようとした瞬間。
イズミと狐人の男を巻き込むように炎の渦が巻き起こり、二人を退場に追い込んだ。
『おおっと!これは!?』
『これはムギの≪渦炎≫ですね。』
そう。乱戦が始まると同時に後衛も動き始めていたのだ。
こちらが泥魔法使いとミステスの矢系スキルをタバネが使う≪魔の矢束ね≫の助力を受けた上で当たるを幸いに放って敵の勢いを削いだかと思えば、ムギともう一人の狐人が率いる敵の後衛による味方を多少巻き込んだ≪火爆≫、≪渦炎≫、≪火球≫が乱れ飛ぶ。
そしてそれと並行して空中の戦いも繰り広げられる。
『上は上で凄まじい戦いですね。』
『空中は一撃一撃が致命傷になりやすい分だけ動きが派手になりますからね。』
乱れ蜻蛉がその羽音で地上に居る味方を支援しようとすれば、敵のムササビが特攻を仕掛けて羽音を停止させ、ミステスがそのムササビを引き剥がせば、コウモリが素早くミステスを切りつける。が、そこで体勢を立て直した乱し蜻蛉がコウモリの頭を噛み切って即死させる。
地上の戦いが若干狐姫寄りで進んでいるとすれば、空中戦はこちら側の優位で進んでいるようだ。そこら辺は各ポーンの得意とする攻撃方法の差だろう。
さて、肝心の地上戦で押され気味の為に徐々に戦線がこちらの本陣に近づいてくる。
「そろそろいいか。行け!チリト!」
だが、前線が一定のラインまで下がったところで俺はチリトに指示を出す。
『おおっとここで伏兵だあ!』
『戦いの基本ですね。』
そしてチリトがポーンたちを引き連れてムギがいない方の敵後衛に真横から突撃する。
「「「!?」」」
突然出現したチリトたちは密集することによって火力を高めていた代わりに動きが鈍くなっていた敵の後衛を一方的に蹂躙する。
だが、片方の後衛を撃破してムギの率いる舞台に攻撃を仕掛けようとした瞬間にムギの≪渦炎≫がチリトたちの部隊の中心で発動。一気に十体ほどのモンスターが消し炭になる。
「それなら!」
しかしここでチリトは一つの指示を飛ばす。
『こ、これは!』
そしてその指示を受けて沼飛魚が
『仕込み武器とはクロキリらしい攻撃ですね。』
「くっ!?」
ムギは身を翻して一匹目の沼飛魚を避け、そのまま移動をすることによって二匹目以降の沼飛魚も避けていく。そして十体避けた所で攻撃が途切れて、思わずムギは立ち止まる。が、立ち止まったその瞬間に頭上から霧蚊が急降下してムギの的を破壊する。
「よしっ…あ!」
が、その戦果をチリトが喜んだ瞬間にチリトの的に≪火の矢≫が当たって破壊される。
『ただ、策が嵌っても油断は禁物ですね。』
『とりあえずチリトさんは爆発すればいいと思います。』
淡々とした司会と解説が続く。
だがこの勝負貰ったと言えるだろう。なぜならば、
「トドメ!」
チリトが敵後衛と戦っている間にタバネが数十発分のミステスの≪霧の矢≫と泥魔法使いの≪泥の矢≫を≪魔の矢束ね≫で一つにまとめ上げて白と茶のマーブル模様が特徴的な巨大な矢を作り上げていたからである。
『こ、これは凄まじいですね。』
『とっておき。と言ったところですね。これは凄いです。』
まるで攻城戦で使用されるバリスタの矢のようなそれが狐姫の本陣に向けて放たれ、着弾。爆発と共に大量の霧と泥が周囲に撒き散らされる。
『狐姫陣営のキングが撃破されたことを確認!勝者は霧王陣営となります!』
そして煙が晴れた所でユウの言葉が模擬戦場に響き渡った。
模擬戦なので互いに隠すものが多くてあっさりしてます。