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第101話

「≪治癒≫」

「っつ…」

 リョウお嬢様の≪治癒≫により、折れた骨が多少の痛みと熱とともにくっついていきます。


「すいません。ありがとうございます。」

「それよりも前衛は頼みますわよ。私では不意打ちしかできません。」

 そう言うリョウお嬢様の目には躊躇いや迷いは見えず、ただ苦渋に満ちながらも何かを覚悟したかのような目をしています。

 きっとリョウお嬢様ももうホウキさんが助けられないことに気づいているのでしょう。


 私は無言で右手の武器を作り直してリョウお嬢様の前に立って武器を構え、リョウお嬢様も私の後ろでいつでも動けるように身構えます。

 そして、こちらが態勢を整えている間にホウキさんも立ち上がり竹箒を薙刀のように構えます。


「一応聞きますわ。イチコさんはホウキを元に戻す術を知っていますの?」

「いえ、残念ながら知りません。それにアレがこの状況でそんな余地を残しているとも思えません。」

 私の言葉にリョウお嬢様から落胆の気配が一瞬だけ伝わってきますが、すぐに立ち直ります。どうやらリョウお嬢様もこの十年の間に随分と強くなられたようです。

 尤もこのような場で強くなったのを実感するのはとても悲しいですが。


「アレ……シガンのことですわね。彼女の正体はいったい何ですの?」

「私とクロキリは魔神と呼んでいます。詳しいことはまた後で。」

 そう言って私は完全な戦闘態勢に入ります。そしてリョウお嬢様もそれを受けて行動を開始します。


「分かりましたわ。ではイチコさん。」

「はい。」

「『行きなさい!』」

 リョウお嬢様の≪指揮≫を受けて私の体が勢いよくホウキさんに向かって飛び出していきます。


「……。」

 ホウキさんが無言で風切り音とともに竹箒を振り下ろしてきます。

 私はそれを≪形無き王の剣・弱≫を使ってホウキさんの後ろに回り込むことによって回避し、そこから背中に向かって両手の剣で切りかかります。

 が、ホウキさんは私の行動に対して地面に触れた竹箒を支点に身を翻して剣を避け、お返しと言わんばかりに竹箒を再び振り下ろそうとします。

 さて、先ほどまでならここで私はループを止めるためにも後方など逃げる方向に転移しなければいけませんでした。ですが、今ならば、私がその一撃を受け止めている隙に…


「≪霧平手≫!」

 リョウお嬢様が攻撃が止められて動けなくなっているホウキさんに攻撃を加えることができます!


「……!」

 ホウキさんが普段よりも多くの霧を纏ったリョウお嬢様の攻撃によって先ほどと同じように吹き飛んでいきます。が、今度は受け身をとって着地します。


「これはなんとか行けそうですわね。」

「ですが、リョウお嬢様。貴女は本来癒し手です。確実に突ける隙以外は手を出さないでください。」

「分かっていますわ。どうやら≪霧の帳≫はホウキにも効果があるようですし無茶はしませんわ。」

 ≪霧の帳≫。私と別れた後に手にしたスキルの一つですね。クロキリ曰く効果は霧人限定の強化スキル。つまり、あのような姿になってもホウキさんが霧人であるという事実は変わっていないということですか。

 なら、今はまだ出していませんが種族固有スキルを使う可能性もあるわけですね。それは警戒すべきことです。


「……。」

「っつ!またですか!」

「止めますわよ!」

 と、ホウキさんの竹箒の先端に力が集まっていくのが見え、私とリョウお嬢様は急いで駆け出します。

 そして光線が放たれる直前に何とか私はホウキさんの下に到達し、竹箒を弾き上げようと右手の長剣を振るいます。

 が、剣が竹箒に触れた瞬間したのは硬質の金属音と確かな手ごたえではなく、風切り音と空ぶったことを示す空虚な手ごたえ。

 ホウキさんを見ればホウキさんはいつの間にか≪霧の衣≫を纏った状態で横にいます。


「しまっ……!」

 どうやら≪霧の衣≫に≪隠密習熟Ⅰ≫の効果を加えて自らの位置を誤認させていたようです。

 既に力の集まりは臨界点を迎えていて、竹箒の先は私に向けられています。

 力が放たれるのがスローモーションで見え始めます。このタイミングでは転移も間に合いません。


 そして、光が私に届く直前。私は勢いよく横に突き飛ばされて、時間の流れ方が元に戻ります。


「何が……」

「何とか間に合いましたわね。」

 突き飛ばされた後に発射の反動で起きる爆風に飛ばされた私が周囲を見るとリョウお嬢様が禍々しい装飾が施された妙な剣を私が先ほどまで居た場所近くの地面に投げ刺している姿と、突き刺さった場所の周囲から手のようなものが生えているのが見えました。

 前後の状況から察するにあの手が私を突き飛ばしたということでしょう。

 と、そんなことを考えているうちに剣が砕け散って粉になり、リョウお嬢様はホウキさんに向かって攻撃を仕掛け始めています。


 が、今のホウキさんとリョウお嬢様では実力に差がありすぎて防戦一方になってしまいます。このままいけばあと数合が限界でしょう。


 私は急いで立ち上がり、ホウキさんに向かって駆け寄ります。


 ホウキさんの攻撃は明らかに戦闘開始時よりも巧みなものになっています。そして同時にその目から見てとれる感情も苦痛に満ちたものに変化していっています。恐らくは徐々に魔神の支配が強まっているのでしょう。

 こうなればもう後先を考えている暇なんてありませんし、ホウキさんを気遣ってできる限り苦しまずに仕留めようとするのももう無しです。

 今の彼女に必要なのはできる限り速やかに魔神から解放してあげるというただ一つの事だと私はその時に理解しました。

 だから使います。


「『我は虚空を跳ぶものにして無限の型を持つ剣。求めるは敵の首、命の華、血の噴水。跳べよ刃。我が求めるものが手に入るまでひたすらにその刃を我が敵に振り下ろし続けろ。』リョウお嬢様!」

 私はホウキさんに近寄り一気に詠唱を紡ぎます。

 その詠唱から不穏なものを受け取ったのかリョウお嬢様は飛び退き、ホウキさんも逃げようとしますが私は転移による移動でさらに接近。

 ゼロ距離にまで詰めます。


「『切れ!裂け!断て!アウタースキル・センキリカイシャク』」

 そしてスキルの発動宣言とともに私はこの十年間で集めた特別な金属を多量に練り込んだ長剣を作り出し、ホウキさんの首に向かってその長剣を叩き込みました。


「……!」

 一撃目でホウキさんは吹き飛ばされて体勢が崩れました。二撃目で首にうっすらと切り傷がつきます。三撃目でその傷は明確なものになります。


「ごめんなさいホウキさん。こんな方法でしか救えなくて……。」

 私は思わず謝ってしまいます。謝って済まされることではないのに。

 そして四撃目が放たれ、刃が首に食い込むのが見えました。


「ーーーーーーーーーーーーーー!!」

 そして五撃目からは怒涛の勢いで刃が放たれ続け、ドドドドドという首に刃が叩き込まれる音とホウキさんの絶叫があたりに響き渡ります。

 その光景を私とリョウお嬢様は自らの行いの結末を正しく認識するために一時も目をそらさずに見続けます。


 やがてホウキさんの叫び声は聞こえなくなり、センキリカイシャクの終わりとともにホウキさんの首が落ち、体は地面に倒れ伏しました。


 倒れた時点でホウキさんの遺体は魔神に改造された姿から元の姿に戻っていました。リョウお嬢様はホウキさんの首にゆっくりと近づき、抱きかかえてから僅かに嗚咽を漏らしました。

 そして、私にはその光景を黙って見続けることしかできませんでした。

他人の不幸は魔神の大好物

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