岡山の県北にある川の土手の下で愛を叫ぶ

作者: ジェームズ・リッチマン

初投稿です


『好きな人ができたんだ……』


 私にはかつて、同棲する恋人がいた。

 二つ下。子供みたいに純朴で、庇護欲をかき立てられる可愛いらしい男だと思っていた。

 酒もタバコもやらないし、掃除はちゃんとするし、部屋に虫が湧いたらへっぴり腰なりに退治してくれる。子供みたいなところはあるけど、ズボラではない。そんな男だった。


 けどそいつは子供みたいというよりは、ただの甘ったれたガキだったらしい。

 聞かされたのは別れ話。付き合い初めて一周年のお祝いをしてからたった二週間のことである。


 机の上に置きっぱなしにされた彼のスマホに映ったメッセージ。

 それを見なかったことにするにはあまりにも難しく、またそれは彼が言い訳をするには無理のあるもので。


『最低』

『痛っ!? な、何するんだよ……!』


 今までの分を込めた張り手はたったの一発だけ。

 むしろ少ないくらいだ。感謝してほしい。


『新しい彼女とお幸せに。もう連絡しないで』

『あっ……ちょっと、菅野……!』


 私はその日のうちにアパートを飛び出した。


 色々尽くしてきたつもりだった。

 甘くなりすぎないよう、二人で頑張るよう工夫したはずだ。

 そんな私の努力とは関係ない部分で、二人の関係は終わっていたらしい。

 こうして破局を迎えてみると、途端にあいつがどうでもいい男に思えてくるから不思議だった。




 東京から飛び出した私は、さっさと岡山に帰郷した。

 こんな形での帰郷になってしまったものの、元々両親は私が東京で働くことについて反対していたので、戻ってきたことについてとやかく言わないでくれたのはありがたかった。

 とはいえ元々、親というか地元の閉塞感を嫌って東京に出てきた身だ。親とは仲が悪いわけではないが、変なお見合い話を持ってくることが多いのであまり関わりたくはない。

 結局、県内で暮らしてくれるなら親としてもいつでも会いに行けて安心だということで、今度は田舎での一人暮らしを始めることになったのだ。


 次の就職先は決まったものの、始業までは数ヶ月ほど合間がある。

 その間無職でブラブラするにしてもやることはなかったので、アパートの近所にあるコンビニで働くことにした。

 スマホとノートパソコンさえあれば娯楽に困ることはないが、一人暮らしだ。お金はいくらあっても足りない。


 一日数時間ばかり働いて、アパートに帰るだけの日々。

 それでも東京にいた頃ほど人混みに煩わされることはない、落ち着いた毎日。


 ただ、一人であることがほんの少しだけ……寂しいと感じてしまう。

 一年。たった一年ではあるけれど、彼氏と呼べる相手と過ごしてきた。

 もちろん復縁したいなんて思えないけれど。新しい恋をしてどうでも良い過去を吹っ切りたいという気持ちは、日に日に増していくのが現実だった。




 コンビニで働くうちに、同じバイトの先輩からそれとなく誘いをかけられることがあった。

 歳も同じくらいだ。こちらも気安く接しているので仕方のない部分はあるけれど、事あるごとに飲みに誘われるのはうんざりする。

 店長はもうちょっと大人しいけど、最近アプローチが増えてきたのがちょっと煩わしい。


 別に男の方から好意を向けられるのは仕方ないと思うし嫌いじゃないけど、こっちも相手は選びたいのが本音だ。

 そういう点で考えると、バイト先の男の人達はちょっとそういう眼では見られない。


 けれども、人恋しさは日々募っていく。

 どこかにいないものだろうか。運命の相手というやつが。




「……ん?」


 いつものようにバイトしていた昼時のこと。

 品出しをしていた私は、店のガラス窓の向こう側に怪げな人影を見つけた。


 小さく縮こまる女の子と、それに話しかける男の人。

 女の子はどう見ても怯えていた。


「ちょっと、何してるの」


 私は思わず飛び出して声をかけた。


「い、いや。ただこの子の具合が悪そうだったから……」

「どう見ても貴方に怖がってるでしょ。やめないと通報しますよ」

「……いや……ただ心配してただけだから。わかったよ、離れればいいんだろ。もう来ねえよ、こんな店」


 そういうと男はさっさと車に乗り、ろくに左右も確認しないまま走り去っていった。


「……大丈夫? 変なことされなかった?」


 女の子はまだ少し震えていた。長い黒髪の、華奢そうな子。歳は私よりも下だろう。ひょっとするとまだ高校生かもしれない。


「く、車に……乗って、送っていくよって、言われて……断ったのに、目が、怖くて……!」

「……最低な男。大丈夫よ、あいつはもう行ったから。怖かったね。もう平気だよ」

「ありがとう、ございます……」


 私は丁度バイトをあがる予定だったので、そのまま彼女に付き添って送ることにした。

 よほど怖い目にあったのだろう。私が着替え終わった後でもまだ、彼女は周囲に怯えているように見えた。


「近くに住んでるの?」

「はい……コンビニを通って、川沿いを歩いて……お散歩しようかと、思ったのですが」

「災難だったね。私の車で送っていくよ」

「い、いいんですか」

「大丈夫大丈夫。貴女みたいな綺麗な子、一人にしたら危なっかしいから」

「……」


 ちょっと褒めただけなのに、彼女は頬を真っ赤に染めて照れている。

 ここまでわかりやすい反応をされると、逆にこっちまで気恥ずかしくなりそうだ。


「貴女、名前は?」

「……西寺です」

「西寺ちゃんね。私は菅野。家はこのまままっすぐ?」

「はい」

「じゃあ同じ方向だ」


 西寺ちゃんは車に乗せると、借りてきた猫のようにひっそりと座ったままでいる。


「西寺ちゃんはいくつ?」

「あ……19歳です」

「うわ、若いねー。もう働いてるの?」

「いえ、学生です」

「学生かぁ。ふーん……懐かしいなぁ」


 私は無言でいるのもちょっと居心地悪かったので、何気ない世間話を続ける。

 向こうも口下手なだけで嫌ではなかったのだろう。話しかければ、いくらでも言葉を返してくれた。


 そして話していると、節々から育ちの良さを感じる。箱入り娘というやつなんだろう。

 親から大事にされて育ったに違いない。


「あ、ここです」


 案の定、送り届ける先にあった家はお屋敷と言っても過言ではないほどの規模だった。

 だだっぴろい日本庭園のスペースだけで既にうちの実家の駐車場込みよりも広い。世界が違うってやつだ。


「ありがとうございました。菅野さん。……本当に、助かりました」

「いいのよ。困った時はまた私を呼んで良いからね。西寺ちゃんのためなら、いつでも駆けつけてあげるから」


 私がかっこつけてウインクすると、西寺ちゃんはまた頬を赤くした。


「……あの。じゃあ、連絡先。交換していただけませんか」

「え?」

「また……菅野さんとお会いしたいです。駄目ですか……?」


 目を潤ませて訊ねてくる。

 私はこういう子犬のような雰囲気の子にとことん弱かったし、何より西寺ちゃんのような純粋な子は好きだった。


「うん、いいよ。これ、私のコード」

「コード……?」

「あーじゃあ番号にしよっか。はい」

「あっ、ありがとうございます!」


 本当に純粋な子だ。無垢で、何の下心もない純粋な女の子。


「……嬉しい」


 そんな西寺ちゃんの嬉しそうな顔を見ていると、同性なのに心惹かれるような気分になってしまう。

 いや、果たして気分だけなのだろうか。


「連絡してね。じゃあ、また!」

「はい!」


 困っていた女の子を助けて、家まで送ってあげただけ。

 ただそれだけ。週一くらいでありそうな、ちょっと良いことをしただけの日のはずなんだけど。

 どうしてか私は、今日という一日がとても素晴らしい日であるかのように思えてしまった。




 それから私は西寺ちゃんと電話したり、メッセージのやり取りをするようになった。

 ちょっとだけ歳は離れているけど、ほとんど感性は変わらない。どういう食べ物が好きだとか、どういう映画が好きだとか、小さい頃はどういう番組やアニメを見ていただとか、そんな話を日にちょくちょく交わしている。


「こ、こんにちは。菅野さん」

「ああ、こんにちは西寺ちゃん。もうすぐ上がるから、待っててね」

「はいっ」


 そう時間も経たないうちに、私と西寺ちゃんは友達になった。

 相変わらず向こうは丁寧な口調で接してくるけれど、それも彼女の性格なのだとわかっている。


 西寺ちゃんは大学に通っていて、今は夏休み期間中。女子校の頃よりもずっと休みが長く、暇を持て余して困っているのだそうだ。

 最近はこうして散歩がてら私の務めているコンビニまで歩いて来て、私が上がるのを待ってから一緒に車でドライブすることが多い。


 行き先はあったりなかったり。

 好きな映画の話をした次の日はちょっと離れた街まで出て映画館に行くこともあるし、スイーツの話をした後は話題になっている店まで一緒に行くこともある。

 西寺ちゃんは大学生には似つかわしくないほど世間知らずだけど、誘ってあげればその出先ではとても楽しそうにしてくれる。本人からも聞いているけれど、親が遊びや門限に厳しい筋金入りの箱入娘なのだ。


「菅野さん、運転してる時はとても……機嫌が良さそうですよね」

「んー? まあ、そうね。走るのは好きだから。東京じゃこんなのびのびと走れないしね」

「東京……人が多くて大変そうですけど、少し憧れます」

「ん。そうだね。働いたり遊んだりする分には便利なとこだよ、ほんと。私がいた下北沢なんかは特に。……けど今じゃ、実家が田舎にあるのも悪くないなって思い始めてるんだ。車に乗れるし、人の多い電車に乗らずに済むからさ」

「あはは」

「東京じゃバイト暮らしするだけでも大変よ、絶対」


 お互いのことを話しながら、ただ田舎道を走るだけ。

 お腹が空いてる時に気になるお店が見えたら車を寄せて、一緒に楽しむ。ドライブデートでもしているかのような日々。


「菅野さんは、とてもしっかりしているんですね」

「ん? 私?」

「はい。とても世間に詳しくて、色々なことを知っていて……体験していて……私よりもずっと、ずっと大人です」

「そりゃ、年上だもの」

「いえ。私が同じくらいの歳になっても、きっと菅野さんのようにはなれません。……憧れます」

「い、いやぁ……まっすぐにくるなぁ。照れるよ」


 そう隣でキラキラした目をされると、さすがの私もね。


「ご、ごめんなさい。失礼を……」

「いやいや、嬉しいよ。西寺ちゃんみたいな子にそう言ってもらえると、すごく嬉しい」

「……良かった」


 素直に心からの憧れや称賛を投げかけてくる西寺ちゃん。

 こうしてドライブデートを繰り返すうちに、私は彼女との交友を深めると共に……なんというか、同性でありながらも彼女という個人に対して友達とは少し違った、恋にも似たような感情を抱くようになってしまった。


 そして私の気のせいでもなければ、多分。

 助手席に座る西寺ちゃんもまた、私のことを特別に思ってくれているはずだ。

 でなければこうして、信号待ちのたびに熱っぽい視線を向けてくることはないだろうから。


「西寺ちゃん」

「は、はいっ」

「……また、デートしようね」

「……はい!」


 今は八月に入ったばかり。大学生の休みはまだまだ続く。

 私の就職も九月からだ。今はまだこうして、二人でつかの間の夏休みを楽しんでいよう。




「おう、店員さん。20番の煙草二つ頼むわ」

「はい。袋は無しでよろしかったですね?」

「お、覚えててくれたんか。話が早くて助かるわ。ありがとな」


 八月の十五日。この頃はもうバイトにもすっかり慣れて、一通りの仕事は卒なくこなせるようになってきた。

 いつもお酒やおつまみ、それとよくわからない薬を買っていく常連らしい中年のおじさん達とちょっとした顔見知りになったのは、その進歩と言えるのかもしれない。

 窓際にちょこんとあるイートインコーナーでは近所の中学生数人が集まり、一緒になってドラゴンを狩るゲームを遊んでいる。コンビニは涼しいしお菓子もあるので良い溜まり場になっているようだ。こちらとしても他に席はあるし、長時間占有してうるさくしない限りには放っておくことにしている。


「今日も来るはずなんだけどな……」


 一人レジ前で待ちながらぽつりとこぼす。

 そう、今日も昼に上がった後は西寺ちゃんと一緒にデートに出かける予定だったのだ。

 いつもだったらそろそろ入ってきても良い頃なんだけど……。


「……あっ」


 少し気になって店の外をちらりと覗いてみると、駐車場の片隅に探していた姿があった。


 西寺ちゃんだ。けど、彼女だけじゃない。

 近くにはまた最初に会った時のように、男の姿がある。

 記憶を振り返ってみれば、見覚えのある顔だ。


「あの男ッ……」


 男に言い寄られて縮こまる彼女。私はまた居ても立ってもいられずに、店の外へと飛び出していった。


「おい、そこの貴方。前にも言ったのに、また彼女を怖がらせてるわけ?」

「あっ……」


 “やばい”。そんな顔して振り向いた男。

 西寺ちゃんは相変わらず男を怖がってビクビク震えている。


「た、ただ調子が悪そうだったから……前と同じだろ! 大げさだなぁ……!」

「私はその子の友達。あんたよりずっと詳しいし、前に何があったかも全部聞いて知ってんだよ。嘘つくなよ」

「うっ……」

「車のナンバーは撮ってやったぞ。次やってみな。今度は絶対に通報してやるからな」

「……!」


 男は何も言わず、前と同じように車に乗って去っていった。

 ……本当、男って最低だ。全員が全員そういう奴らばかりじゃないとわかっていても、こういう場面に出くわすたびにうんざりする。


「……ッ! 菅野さん! 菅野さんっ……!」

「よしよし。もう大丈夫よ。怖かったね」


 胸元に抱きついてきた彼女は、涙を流すほどに怯えきっていた。


「ありがとうございます……ごめんなさい、私……私……とても怖くて……恐ろしくて……」

「大丈夫。一緒にいるから。私がいるからね」




 そのままバイトを早めに切り上げた後、私は助手席に西寺ちゃんを乗せ、人気のない場所までゆっくりと走らせた。

 彼女はまだ泣きはらした顔で、時折鼻をスンスンと鳴らしている。


「……男の人が、昔から苦手なんです。小学生の頃、親戚の人に乱暴されそうになって……」


 窓の外の景色を眺めながら、西寺ちゃんが語り始める。

 昔、とても辛いことがあったようだ。


「それから私は……男の人を直視するのも、近くにいられるのも駄目になってしまって……さっきの人だって、本当は姿を見るのも嫌なんです」

「……辛かったね」

「わかってるんです、男の人は皆が皆、悪いわけじゃないんです……それでも、私は潔癖の気もあるし、怯え方が過剰になってしまうせいで、それで大学でもあまり、馴染めてなくて……飲み会で半裸の男の人を見ただけで発作を起こして、心臓が止まって、入院しちゃうくらいでっ……」

「西寺ちゃんだって悪くないよ」

「ごめんなさい。私、面倒くさくて、気持ち悪い子なんです……! だって……だって、私、女なのに。菅野さんのことっ……!」


 私は路肩にゆっくりと車を停車させた。

 そのまま震える彼女の手を握り、擦り締める。


「私も好きだよ。西寺ちゃんのことが。これからも付き合いたいくらいに」

「……!」


 怯えたような彼女の目を見つめたまま、安心させるように微笑みかける。


「良いじゃない。好き嫌いなんだもの。男が嫌いで、そのかわりに女が好きだって……私は良いと思うよ。……私も最近、西寺ちゃんと一緒にいて、そういう気持ちになることも多くなったしさ」


 こういうカミングアウトをするのはさすがに恥ずかしいな。

 でも、西寺ちゃんの心の負担を軽くするためならいくらでもしてあげたい。


「菅野さん……無理、しなくていいんですよ。私の好きは、だって……友達とか、そういうのじゃなくて……」

「こういう“好き”ってこと?」

「え……あ、んむッ……」


 私は華奢な西寺ちゃんの肩を引き寄せ、軽くキスをした。

 不意打ちのキス。私も経験のない、ちょっとだけ違う味。


「……私の気持ち、信じてもらえた?」


 口づけて、すぐに離すだけの軽いキス。つい勢いでやってしまった。

 恥ずかしい。耳まで赤くなってるかもしれない。


 けど、キスされた西寺ちゃんの方が間違いなく真っ赤だろう。

 口元に指を添えて、涙目で……けれどぽーっとした表情で、私のことを見つめている。


「……私も。私も、好きです。菅野さんのこと、大好きです」

「じゃあ、両想いだね? 私達」

「……嬉しい」

「ふふ」


 お互いに好意を受け取り合うと、一気に心が軽くなった気がした。

 それ多分、西寺ちゃんの方も同じだと思う。

 好きになっちゃいけない相手ではない。好きになっても大丈夫な相手だとわかることで、こんなにも心が軽くなって、満たされるなんて。


「震え、止まったね」

「あ……ほんとだ……」

「……それじゃあ、今日も行こっか。ドライブデートにさ」

「……はい!」


 いつも冗談めかして使う友達同士のデートじゃない。

 女の子同士だけど、今日からはれっきとしたデートに変わるんだ。


「どこまで行きたい? 西寺ちゃん」

「どこでも大丈夫です。菅野さんとなら、どこだってきっと楽しいですから……」

「……もう。まっすぐだなぁ、西寺ちゃんは。どこでもいいかぁ。うーん……どうしよう……」

「あっ、そうだ。この辺に、川がありますよね? 一緒に土手の下をのんびりお散歩しませんか?」

「あら、素敵じゃない。そうしましょっか」

「はい!」


 私達が車を降りた場所は、県北にある川の土手の下。

 滅多に人が来ない所なので、私と西寺ちゃんは人目を憚ることなく手を繋げる。


「……こういう静かな場所でデートするのも、これからは良いかもね」

「ふふ、ですね」


 手をつなぎ、いつもより近い距離で一緒に歩く。

 他愛のない話をして、一緒に笑い合って。辛いことがあれば、聞いて一緒に悲しみや苦しみを分け合って。


「これからは西寺ちゃんが、私の彼女ってことになるのかな?」

「えっ……じゃ、じゃあ菅野さんは私の彼氏……ですか?」

「あははっ、私も彼女で良いでしょ? ちょっと男っぽいとこがあるとは言われるけどさ」

「あ、ご、ごめんなさい……でも、わかります。菅野さんかっこいいですし、なんでも出来ますから……」


 かっこいいか。西寺ちゃんにそう言われるのは結構嬉しいかもしれない。


「けど、私だってなんでもできるわけじゃないよ。怖いものくらいあるもの。例えばほら、こういう場所に出る虫とかさ。私、虫が苦手だし。鳥とか動物は好きなんだけどね」

「そうなんですか!?」

「そうよ。意外? でも女子っぽいでしょ」

「意外です……」


 そう、私は虫が苦手だ。素手なんかじゃとても触れたものではない。

 東京に出る前はまだぞんざいな虫退治もできていたけれど。


「……それじゃあもしも虫が出たら、その時は私が菅野さんを守ります!」

「あはは、頼もしい。私、守られちゃうんだ」


 必要以上に張り切った様子で、西寺ちゃんが前を歩き始めた。


「だから……菅野さんが困った時は、私にも助けさせてくださいね?」

「……うん。嬉しい。その時はお願いするよ、西寺さん」

「えへへ」


 八月十五日まだまだ熱い夏の日の午後。

 県北にある川の土手の下を、満たされた気持ちで二人で歩く。


「あっ……菅野さん! こっちの茂みの奥から、動物の鳴き声が聞こえますよ!」

「動物? なにがいるんだろうね?」

「三匹くらいいますね。あまり聞いたことのない鳴き声ですけど……ちょっと見に行ってみましょうか?」

「うん。一緒に冒険してみよっか」

「はいっ」


 二人で手をつなぎ、ひと夏のちょっとした冒険が始まる。


 手のひらに伝わる暖かさと、高鳴る胸の鼓動。

 この茂みの向こう側には、果たしてどのようなドキドキが待っているのだろうか?


 私達のデートはまだ、始まったばかりだ。