第69話 Fluffy girl's night(2)
「くるみん、明日は一日快晴だって。九時に改札前集合だよ!」
放課後にショッピングモールでお出かけのお洋服を買い物していると、隣を歩いていたつばめがLINEの内容を読み上げてくれた。
目的はもちろん、勉強会の時に予定していた〈みんなで海にお出かけ〉に備えての、お洒落のためのショッピングである。
くるみは可愛いものやお洋服が好きで、モデルのつばめは言わずもがな。
お買い物の後には、母には内緒で父にだけこっそり説得を重ねて何とか都合をつけることでつばめはくるみの家に泊まることが決定し、初めてのお泊まり女子会ということで二人はどこか浮き足だっていた。
「四人でのお出かけってどんなかんじなのかな」
「ミッションとして、私は湊斗を射止めて、くるみんは碧を射止める……でしょ?」
「!!」
突拍子もないワードに危うく鞄を落としかけると、つばめがにこにこ覗き込んでくる。
「ふふ、くるみん可愛い♡ 実はもう恋してるってかんじ?」
「ち……違う! 恋とか良く分かんないし……」
思いの丈をそのまま述べたのだが、つばめは余計にこにことするだけ。
「恋っていうのは、相手をもっと知りたい、仲良くなりたいってなって、きっと憧れと紙一重なものだよ。だからくるみんのそれも実は〈恋〉だったとか、全然あると思うけどな」
今まで縁遠かった知識をまたひとつ得たものの、くるみは慌てて首を振る。
「け、けれどやっぱり私は違う。だってそういうのまだ早いもの……」
「そお? だってくるみん去年の暮れと違って見えるよ。碧と一緒にいる時なんか幸せそうだしふわふわしてるもん」
そんなことを言われても心当たりも理由もない、きっとつばめの見間違いだ。
偶にストレートにきゅんとする言葉を掛けられることもあるけれど、それは彼が外国育ちだからで、告白をしない文化という前提だから曖昧なままでも受け取ることができている。
この関係は友達とは違う、ましてや何でもない同級生なんかじゃない。くるみにとって碧はただの憧れの大事な人。
だから何の問題もないはずなのに……この感情が初めてなのもまた事実で、戸惑っているのも本当で。ふと思い浮かべた碧のことを考えるとなぜだかほっぺが熱い気がして、思わず両掌でもちっと挟み込んだ。
この間貰ったライラックの花言葉に〈初恋〉があるのも、ぜったい違うってのは分かってるけれど、何を考えてもそこに結びついてしまう。何度も気にしてしまう。
「いいなーこのピュアさ。私も肖りたいわぁ。けど分からないなら分からないなりに模索すればいいんじゃない?」
「模索?」
「そうそう! たとえばいつもとちょっと違うシチュエーションで話してみるとか。明日も二人っきりになれるタイミングあれば協力するしさ」
いまいちぴんと来ず、むむっと考え込むくるみに、つばめが肩をぽんと叩く。
「とりあえず今は明日を見据えて、一番可愛い服を見繕おうよ。なんてったって、ダブルデートなんだから!」
「でーと……」
思わぬ単語に恥ずかしくなり口許を指で抑えて固まっていると、しかしつばめは向こうの棚をるんるん気分で眺めていた。
ようやく動揺が晴れ、明日の服を買うという任務があることを思い出したくるみ。
「これとかいいかなって思うんだけど、どうかな?」
候補として決めかねていたハンガーに掛かった服を持ち上げて見せると、つばめもそっちもそっちで見繕ったらしい服を掲げて見せた。
「わ、いいじゃん! 試着しようよ!」
早速店員さんに申し出たふたりは新たな装いを身につけ、試着室から殆ど同時に出て見合わせて、互いにわぁっと歓声を上げる。
モデルの仕事を思い出しているのか、いつもより心持ちクールな表情のつばめが着ているのは幼なげな童顔に反したメンズライクな格好だった。それでいて小柄さという武器を活かして茶目っ気を残していて、すごくいい。
「つばめちゃん。その服似合ってて可愛い!」
素直に感想を伝えるものの、どうやらつばめは聞いていないようで、瞳にハートを浮かべて潤ませながら肩に手を置いてきた。
「か……可愛い! 可愛いのはくるみんだよ! 女の子らしい格好似合うの羨ましい! しかもなんでそんなに細いのに出るところは出て引っ込むところは引っ込んでるの? ああっ湊斗がくるみんに惚れちゃったらどうしよう……」
「そんなことないと思うけど……もっと自信持って」
「う……そうだよね、自信自信! ありがとくるみんっ」
ぎゅうっと抱きついてくるつばめを、くるみもまた抱き締め返す。こういう女子特有のはしゃぎ方が出来るのはすごく楽しい。
その後もきゃっきゃと戯れながらお会計を済ませ、沢山の戦利品たるショップバッグを両腕から下げつつ今度は向かいのアクセサリーショップで目ぼしいものを探していると、つばめの端末の通知が鳴った。
「湊斗さんから?」
「んーん、仕事仲間。この人何度断ってもめげずにデート誘ってくるんだよね」
期待する相手じゃなくがっかりしたようにスマホを鞄に押し込むつばめ。
モデルをしているだけあってやっぱり殿方に人気みたいだ。湊斗の話をしている時は恋する乙女といった風情でなおさら。
——私が碧くんと話している時も、つばめちゃんが湊斗さんといる時と同じ表情をしてるのかな。
そんな些細な疑問がふと頭を一瞬過り、慌てて思考の雲をぺっぺっと払う。
さっきから彼のことばかり考えてしまって、羞恥よりも戸惑いが大きい。それだけじゃなく、気分がふわふわしてる——どうしようもなく。
取り敢えずこれ以上余計なことは考えまいと、買い物に集中することを決意。
「ね。このアクセサリー、つばめちゃんに似合うんじゃないかな?」
「わっ可愛い。いいの見つけたね! そうだ。折角だしさ、ちょっとしたお揃いにしてみない?」
「お揃い……」
「そうっお揃いのお守り! くるみんはイヤリングで私はピアスで♡」
それは小学生の頃からずっと憧れていたものの一つだった。長年夢見たなんとも甘美な響きにくるみが瞳を輝かせていると、つばめが睫毛を伏せてはもじもじとつま先を重ね合わせ、いつになく気弱でしおらしい声を洩らす。
「……本当はね、明日のお出かけ不安だったの。湊斗とは学校の帰り道でたまに一緒になったり、私から湊斗の店に押しかけるとかしてるんだけど、なかなか進展しなくて」
「つばめちゃん……」
「私達の関係には幼なじみって名前がもうあるから、いまさらどうにかなる気がしなくて。真新しい距離を少しずつつめている碧とくるみんを見てると、素敵だな〜って思ってたんだ。だから、お守りがあれば……次こそは頑張れる気がする」
彼女にこんな一面もあるとは知らなかった。
「つばめちゃんなら出来る。こんなに可愛いんだから自信持って」
前向きに努力する親友を少しでも励まそうと小さくファイトポーズをすると、つばめは大きな瞳をこちらに向け、それからくるみの両拳を掌で包み込んで頷いた。
「うん……ありがとう、頑張ってみる! くるみんも明日は頑張ろうね!」
折角考えないようにしていたのに、不意打ちを喰らい頬が急に熱を帯びた。ぶんぶん首を振ると、それもまた可愛いと余計に愛でられる羽目になった。
追記:ちょっと説明抜けてたところあったので改稿しました!