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第15話 事情と勉強会(1)

 朝日の差す洒落たキャンパス。


 その広場のすみっこで、碧は人だかりの出来ている掲示板を見上げていた。


 先日あった中間試験の順位発表である。


「碧っちぃ、今回の中間の順位どうだった?」


 横から話しかけてきたのは颯太だ。


 部活の朝練終わりらしく冬にも関わらず爽やかな玉の汗を浮かべていて、こういうところも人気の秘訣なんだろうなと思う。


「なぜか知らないけど、毎回地味に英語は成績いいもんね、碧っち。けど全教科合計だとさすがに三十位以内には載らなかったでしょ?」


「掲示板入りは無理だったけど、点数自体はまあまあな線いってたよ。颯太は?」


「えー。それ俺に聞くー?」


 授業は真面目に聞いている颯太だから、こういう戯れをしつつ実はちゃっかりいい点とってたりしてそうだ。


「そっちが先に聞いてきたんでしょうが。颯太もちゃんとやれば出来る子ってのを、きちんと僕に証明すべきだと思うんだよね」


「逆に何位だと思う? ねえ何位だと思う?」


「一番面倒な返し方してくるの笑う」


 いつも通りにわちゃわちゃしていると、ふと群衆がざわめいた。


 何事かと目をやると、そこには自然と左右に別れた人混みの真ん中を往く、一人の可憐な少女。惚れ惚れするほど洗練された一挙手一投足で掲示板の前にやってきたくるみは、貼り出された順位を見上げ、そして第一位に堂々と君臨する文字を捉えた。


 そこにあるのはいつもと同じ、くるみの名前だ。


 しかしそれが当たり前であるかのように、昇降口の方に去っていくくるみ。そのすれ違いざまに、こちらに気づいた彼女とぱちりと目が合えば、嫣然とした笑みをくすりと美しく浮かべた。


 自分に向けたものだと分かったのでどきりとしたが、しかし群衆は彼女の優美な後ろ姿しか目に入っていないようで、時が動き出したように再びざわめき始める。


「すご……。今回も一位とったのにあの涼しげな様子……」


「くるみ様にとっては、いつものことってかんじなんだよきっと」


「やっぱり天才だからうちらとは違うんだよねえ」


 喧騒の中から耳に届くそんな言葉たち。くるみは努力をひたすら隠そうとしているから、彼らにとっては何の苦労もなく一位を守り続ける天才に見えるのだろう。


 もしかしたらこの学校で彼女のたゆまぬ努力を知るのは、自分だけなのだろうか。


 とそこで、くるみの去って行った方角を向いて浮かされたようにぼんやりしている颯太が呟いた。


「……いま楪さんが俺たちの方向いて、にこってした気がするんだけど、気の——」


「気のせい」


「ちょッそんな秒で否定しなくても良くない?! せめて最後まで言わせてくれない?」


「なんかやけに嬉しそうだね。いいことあった?」


「楪さんに笑み向けられたらそりゃ、舞い上がらない男はいないでしょー」


「なんだかさ」


 碧は言った。


「意外だね、颯太も楪さんに気があったなんて」


 颯太は誰もが認める美男子ってわけではないが、それでも爽やかな顔立ちに曇りはないし、気配りが出来る優しい人間だということを知っている。誰かがあぶれないように自分から声をかけられる奴で、だからこそ友達も多いのだろう。


「いや別にさ、気があるってわけじゃないよ?」


 颯太は照れくさそうに頬をかいた。


「ただほら、()()()()()って今まで見たことなかったからさ。初めて見た時はびっくりしたっていうか」


 彼がくるみのどういう一面を言っているのかは分からないが、彼女がその辺の女子高生を逸脱した存在だというのは確かだ。


 眩くて、近づけばその身を焦がしてしまいそうなほどの光を放つ神々しい存在。


 それでいて時折どこか弱いところを見せる、その不調和に碧は——


「あ……」


 何かが引っかかった。


 くるみは碧だけに等身大の姿を見せている。


 鎧じゃない、とくるみ本人が言った。


 もしそうだとしたら、彼女がこの学校に頼み事をできる相手が唯一いるとしたら、それは他の誰でもなく——


「碧っち、どうしたん?」


「いや……なんでもないよ」


 颯太がうかがうように聞いてくるので、碧ははっとしつつかぶりを振った。


 これがただの烏滸がましい勘違いであれば、どれほどいいだろうか。


 碧は一度、誓いすら蔑ろにして、彼女の言葉を聞かぬふりをしてしまったのだから。


「そう言えば楪さんの今週のラッキーアイテムは知識人らしいよ。逆に運動部のちょっとうるさい男子は運気を遠ざけるでしょうだってさ」


「……ん? もしかしてそれ俺のこと言ってる!?」


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