13:末路
会場に用意された表彰台で、俺は二位の場所に立っていた。すぐ上の方では、竜水が一位のトロフィーを受け取っている所だ。
『さあ、今回は彼らでしたが、ここには誰もが立つ可能性がある!次は君かもしれない…その事を忘れないでほしい!それでは、これにて『第6回近接術大会』、閉幕です!』
実況の声に合わせて盛大な拍手が鳴り響く。
爺ちゃんと婆ちゃん、そして鬼月、陽菜、リリアも遠くで拍手していた。俺はそれに手を振る。
本当は何の気兼ねなく応えてやりたかったのだが、一歩及ばなかった。残念だが仕方あるまい。これが今の俺の実力という事だ。
さて、当然だが、トーナメントに出場した冒険者はほぼ全員が集まっていた。それぞれが表彰台の更に下の所で、手を振って場を盛り上げている。
その中に田淵の姿が無かったが、俺はあまりその事については気にしなかった。
盛大な表彰式を終えて、俺を含む4位以上の冒険者達は会場の中央部の部屋までやってきていた。
「カミノ君、どんなのが来るのかな?気になるよね、ね」
「まあ、気にはなる」
優勝者である竜水が、ワクワクした様子で話しかけてきた。俺はというと、特に気にすることもなく普通に受け答えする。
負けたは負けたが、どうやら俺はこういう時は相手に思うことは特にないタイプだったらしい。
むしろ陽菜や鬼月、師匠に申し訳が立たない。パーティーのリーダーだというのに不甲斐ないという思いが強い。
今後の頑張りで挽回していこう。ここが全部ではないのだ。大切なのは、ここで学んだことを次に活かせるかどうかだと思う。…多分。
さて、気になるのはどんな賞品が来るかだ。そのうちの一つにカースドアイテムが紛れ込んでいるのだから気になって当然だろう。
俺の狙いはカースドアイテムだ。よしんば他のアイテムを手に入れてしまったとしても、竜水が引き当ててしまった場合は、俺が手に入れたアイテムを交渉に使うことになるだろう。つまり俺が今回アイテムを手にする可能性はゼロという事だ。
当然ではあるが、それ以上に報酬を用意してもらっている。貴重なマジックアイテムも貰えるそうなのでここは我慢して見送るとしよう。
ついでに大金も入るし、これが終わったら武器防具を新調してもいいかもな。黒永さんに一度相談してみるか。
そして、黒服の職員によって台車が運ばれてくる。その上には四つのアイテムが置いてあった。
「それでは賞品の授与を始めます。まず賞品の説明ですが、右から、特殊な魔法が封じ込められた杖『ドライドルの涙』」
指し示されたのは、杖…というよりも、装飾や宝玉といった方がいい様な気がする透明な玉だった。不思議な輝きを放つ金属で飾られている。
「『ドライドルの涙』は杖としても非常に優秀ですが、1時間に一度『天の涙』と呼ばれる広範囲爆撃魔法を放つことができます」
次に示したのは、蕾を象ったネックレスだった。
「こちらは手に持ち祈るだけで標的に巨大な槍を突き刺す『神罰のロザリオ』です。こちらはクールタイムが20分で、単体にしか効果を発動することはできませんが、中難易度ダンジョンのボス相手でも有効打になる程の威力を持っています」
次。銀色の刀。
「中難易度ダンジョンのボスドロップの刀、『斬雪』と言います。特殊な能力はありますが、刀としては最高峰の性能を持っています。また杖に匹敵する程の魔力伝導率があり、頑丈で軽く、どのような用途でも使えます」
そして最後は本だった。
「こちらは『神秘の魔導書』。使用すれば一定範囲内の仲間を大きく強化します。強化内容としましては、身体能力向上、魔力向上、更に刃のある武器種を持った人間には『陽の刃』が武器に付与され、魔力伝導率の高い武器種を持った人間には魔法攻撃に『影の刃』の追撃が発生するようになります」
説明を終えて職員が竜水に目を向けた。
「それでは、一位の王様からおひとつお選びください」
「はーい」
竜水は前に出て、少し考える。
「うーん…本当は刀が欲しいんだけど」
ちらりと視線を向けられる。
…なんだろう。もしかして俺が刀を選ぶと思ってる?
まあ、魅力的ではあるけど…黒永さんがなんていうか。そもそも勝者が敗者に気を遣うって訳が分からないだろう。
「…配慮はいらないから、好きなもの選んでくれよ、優勝者さん」
「そう?よし、分かった。じゃあ刀を貰おう!カミノと戦って使いたくなってさあ」
竜水は刀を選んだ。刀は一旦職員に預けられ、所有者登録を済ませられた後に自分で持って返るか、郵送業者を使うか、協会に登録することで開設することができる個人金庫に預けるかを選ぶことができるという方式だ。
「それでは、二位のカミノ様。どうぞおひとつお選びください」
「はい」
さて、ここが分水嶺だ。
俺は前に出て、そしてそっと手を差し出した。
俺は裾に隠れるようにして、透明度の高いクリスタルで出来た腕輪を装着していた。見た目で気づきにくいそれを、台の上に持って行く。
(…頼んだぞ、リリア…)
そう、腕輪とはリリア…の一部だった。この一部を通して、リリアに『精霊眼』で見定めてもらおうと思ったのだ。
『精霊眼』は魔力を必要としない。何故ならリリアにとっては、俺達人間が可視光を認識できるのと同じ、ただの身体能力の一部だからだ。
ただし問題はある。『精霊眼』は本来は生物にしか使えないのだ。その上遠隔で見ることになる為、かなり近づかなければ見えないらしい。
では、何故リリアにこのような危険な事を頼んだのか。それは、リリアの『精霊眼』の真価は確かに見た生物の情報を読み取る事だが、その力に付随して、若干魔力を視認できる力も持っているからだ。
カースドアイテムなら、他のマジックアイテムよりも特徴的な魔力を見ることができるかもしれない。そう言った理由で賭けに出たという訳だった。
(…どうだ…?)
ない、のか?それとも、竜水の刀こそがカースドアイテムだったとか?近寄らないとリリアが見れないというのが、結構歯がゆいな。
緊張した時間が流れた、その数秒後の事だった。
ロザリオの上で、小さくリングが震えたのである。
「これにします」
俺は迷わずそれを指さした。すると職員がやってきて、丁重にそれを持ち上げて持って行ってくれた。
(…あれが正解だったら、それでミッションコンプリートだな)
小さく息を付く。
ルインは魔導書を、田中さんは残った杖を手に入れていた。
その後は、こまごまとしたことが続いて行った。
「皆さん、本日はこの場にこのような時代を担うスターが集まった事、そしてそこに私も同席出来る事、本当に光栄に思います!そもそもこの大会は貴方達のような腕のいい新人冒険者が活躍できる機会を作れないかと思い立ち私が発案したもので…」
と、この大会を企画、運営した大企業の代表の長々とした話を聞いたり、その直後に顔を寄せてきて『どうだね、わが社専属の冒険者になるつもりは…』とささやかれたりと色々あったが、誰も頷くことはなかった。
最後に選んだマジックアイテムを受け取った。受け取るときに、まさかの小さめのマジックバッグを付けてくれた。ありがたくそれに『神罰のロザリオ』を入れた。
ここを出た後はすぐに協会へ持っていくつもりだ。
「それではこちらが出口となります。ただ、今表には報道陣が詰めかけてきておりまして…」
職員に忠告された通りに、出口から外に出るとカメラを持った記者が大勢詰めかけていた。
「うわ…どうしたもんか…」
「どうしても無理なら、観客用の出入り口を使えばいいんじゃない?私は名声が欲しいから取材を受けてくるけど」
困った顔をしているとルインにそう提案された。その言葉を聞いて職員に目を向けると、まあ仕方ないか、みたいな顔で頷かれる。
「…じゃあそうするよ。ありがとうルインさん」
「いいえ。約束通りにしてくれたんだもの、これくらいで恩を返せたなんて思ってないわ。また連絡するから、その時に色々話しましょ」
ルインさんはそう言って、一度竜水に視線をやった後、すぐに前を向いて姿勢正しく歩きながら外に出て行った。凄まじいシャッター音が鳴り響く。
「僕も、一応我覇真師匠のクラン背負ってるし取材受けなきゃだなぁ。カミノとはここでお別れかな。あ、フレンド登録忘れる所だった!ついでに田中さんもお願い!」
「あ、ああ。もちろん」
俺も二人とフレンド登録を済ませる。
「…帰りなんだけど、私もカミノ君に付いて行くよ」
という訳で、俺と田中さんはそこからは出て行かず、大回りすることにはなったが観客用の出口から出ていく事になった。
その前に俺はまだ着ていた大会用の防具の上を脱いで、昨日買ったパーカーとお面を付けて出ていく。
ちなみに、今大会で使われた防具や刀は記念として贈与されることになる。ダンジョンバブルの現代らしい大判振る舞いだ。
性能は…まあ自前のものの方が上だが、記念に取っておくことにする。
「カミノ君、君と同じ舞台で立って戦えたこと、光栄だったよ。それではここで。次はダンジョンの中で会おう」
田中さんは礼儀正しく腰を曲げて、手を振って行ってしまった。
俺もとりあえず陽菜や鬼月との集合を目指す。片付けが始まっている会場の中を走っていると、不意に電話が鳴った。
『神野君!結果はどうだったかね?』
「鴻支部長。リリアにも協力してもらって、出来る限りのことはしてきましたよ。実際に見てみないと結果は分からないですが」
そう言って、俺は具体的にどう選んだのかを手短に話した。
『なるほど…いや、それでも良くやってくれた。目まぐるしいだろうが、是非そのまま最速で協会まで持ってきてもらいたい。こちらでもすぐに結果が分かるように準備を済ませてある。頼んだよ、神野君』
「了解です。それじゃあ」
携帯を切って前を向く。
そこで俺はやっと違和感に気が付いた。
さっきまでそこそこいた人混みがいなくなっている。どころか、空の色が変わっているではないか。
(…ダンジョン化だと!?)
俺は警戒して、周囲を見渡しながらさっきまで使っていたスマートフォンに目をやる。
電波が来ていない。すぐに電源を切った。魔素が定着してモンスター化…ゴーレム化しては事だ。
一定以上の技術で作られた機械類は、ダンジョンの中に持ち込むと魔素と反応してゴーレムというモンスターに変化する場合がある。
ざ、と足音が聞こえた。
振り返ると、そこには随分と久しぶりに見た気がする…ドグの姿があった。彼は俺が自分に気が付くのを待って、即座に口を開いた。
「【ダンジョンの楔】は増やさなければならない。そうすることで世界にダンジョンが増えこの腐った世界の完全破壊につながるのだ。司祭様がそう言っていた。だからお前は俺にその【ダンジョンの楔】を渡さなければならない。渡せ、さもなくば殺して奪う」
ぼそぼそと呟くような超早口だった。
うわっ、急に喋り出すな!お前無口キャラじゃなかったのかよ。
俺はバッグを下ろして、そして中から刀を取り出した。バッグを背負い直し、刃を抜いて柄を握り締める。
…ステータスは発動していない。ここはダンジョンと同じような異界だが、魔素が殆どないのだ。
「…断る、と言ったら?」
俺は常套句で返した。
「自分の立場が分かっていないようだ…ステータスに頼らなければ何もできない凡人風情が…」
ドグが裾を捲って、腕を出した。
その腕には刺青が所狭しと彫られている。いやな記憶が思い起こされる。俺は警戒して後ろに下がった。
「司祭様に与えられた、真なる奇跡を見せてやろう!」
いつの間にか手に持っていた、変な形の装置を腕に突き立てた。それが注射器の類だと遅れて気が付く。
ぷしゅ、と音がして、ドグの刺青が脈動した。
次の瞬間、ドグの目が大きく開かれて、そして人間の限界を優に超えた速度と高度で跳び上がり、俺に向かってスティレットを突き出したのだった。
13:末路
「なんてことをっ、してくれたんだああああ!」
母親のすすり泣く声が響く部屋で、田淵は父親の怒声に肩を揺らして身を縮こませた。
「何をしたのか分かってるのか!私の職場に連絡が入ってきたんだぞ!どうして最初にこの家に封筒が来た時点で話してくれなかったんだ!?どうして燃やした!この、馬鹿息子が!」
父親の言葉に、田淵は震えながらも口答えした。
「…う、うるせえ!俺が悪いってのか!?ただちょっと嫌がらせしただけじゃねえか!」
「お前の言うちょっとの嫌がらせのつもりでやった行いで、向こうは営業妨害と名誉棄損、肖像権の侵害で多大な被害が出ているんだ!どれだけ迷惑を生んだのか分かってないのか…!」
「し、知らねえ!俺は悪くねえ!俺は悪くねえ!」
「この馬鹿息子が!」
父親が田淵の頬を強かに打った。
「それにお前、通告が来ていたのを知って、どうして大会になんか出てたんだ!?」
「か、金を何とかしようと思ったんだよ!俺なりに何とかしようと思って…」
「…この…!」
父親はまた握りこぶしを作ったが、すぐに下ろした。
「…教育を間違えたんだな。まさかここまで馬鹿になっているとは、思わなかった…放任主義でやってきたツケが回ってきたんだ」
「あなた…」
「小学生のころまでは普通だったのに、何がお前をここまで腐らせてしまったんだ…?」
田淵の身体が震えた。
「俺は…俺は、腐ってなんかない…お前らが悪いんだ!親ガチャに失敗したんだ!俺に才能があったら、もっと違うことになってたんだ…!」
田淵は頭を抱えて、地面に丸まりながら狂ったように叫んだ。
「くそっ…どうして、どうしてこんなことに…」
父と母は、田淵のそんな姿を、諦めきった目で見降ろした。
「…とにかく、弁護士を雇おう。ああ、でも協会のブラックリストに載るんだったな。私の会社は冒険者業界に関わっているから、もしかしたら親の私も職を失うかもしれない…まだローンもたくさん残ってるのに…」
「私達、これからどうなるの?」
「分からない…どうなるんだろう…?」
弱り切った両親の声に、田淵はやっと顔を上げた。泣きはらした目で、頭を地面にこすりつける。
「ごめん…俺の所為だ…俺、こんなつもりじゃなかったんだ…」
「…一緒に償おう。大丈夫だ、まだ何とかなる」
肩に触れた父親の手に、田淵は泣きながら縋り付くように手を重ねた。
「とにかく、電話を…近くの弁護士に相談してみて、それから決めよう」
「お、親父…」
田淵が顔を上げた、その時だった。
「ひゅっ…」
田淵の目が思いっきり見開かれた。掠れた吐息が一瞬吐かれたが、不自然に止まる。
「ど、どうしたんだ、おい?」
「大丈夫?ねえ、ちょっと…」
「こっ、こか、かっ…!?」
次の一秒で、変化は如実に現れた。田淵の身体が、生気を吸い取られたかのように、一瞬にしてやせ細っていく。
「ヒュー…ヒュー…」
まるで骨と皮だけになった田淵が、その場に倒れ伏した。
か細い呼吸だけが辛うじて繰り返される。
服で隠されて見えていないが、この時、田淵が自分で注射を打った場所から、黒い痣が広がり妖しく蠢いていた。それは田淵の身体中に広がり、そしてそこからエネルギーを吸収するように脈動して、そしてスルスルと注射を打った点へと吸い込まれて消えていく。
最終的に残ったのは、やせ細った田淵その人だけだった。
その異様な光景を見て、田淵の親は、遅れて悲鳴を上げたのだった。
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