7:二回戦目 VS大門寺弘雷
さて、午後の試合で記憶に残ったのは、まず篠藤の試合だった。明らかに他の試合よりもずっと多い黄色い声援が響き渡る。奴はソレに笑顔で手を振り応えまくっていた。
そんな篠藤に対して、対戦相手は中年の男冒険者だった。篠藤に対して怒りを感じているのか、血管が浮かんでいる。
試合が始まり、男は手に持った槍で篠藤に突きを入れまくった。更に距離を取り絶対に相手の間合いに入らず、自分の間合いに篠藤を取り込み続ける巧みな技術を披露する。
スキルによる飛ぶ斬撃の威力も悪くない。
四角に切り取られた闘技場にぴったりとくっつくように作られた真四角の結界に、傷が付くほどの威力だった。この結界は攻撃を受けて傷が出来ると色でその威力を教えてくれる。白から始まり、青、緑、黄色、赤色、黒色の順番で威力が高い。
今回の場合は青色だった。男はそれを何度も連発する。
しかし、篠藤にはあらゆる攻撃は届かなかった。更に、剣に光を宿らせ、リーチを槍よりも長くして男を両断してしまったではないか。
篠藤もまた非常に強力なスキルの持ち主だ。
『彼の動画を見て研究したが、篠藤のあのスキルは威力に明確な波が存在しているのが分かったヨ。条件までは分からなかったけど、パーティーメンバーの近くにいればいる程力を増すスキルのようだネ』
試合から戻ってきた鬼月が、タブレットに篠藤の配信を流し、それを通話カメラに映しながらそう解説してくれた。
陽菜の顔がひょこっと出てくる。
『そうなんですか?でも、試合中は1人ですよね…本来はもっと強くなるという事なのでしょうか』
『いや、今はむしろ上限の状態に近いナ。僕の予想なんだけど、多分人に応援される事で強化されるスキルなんじゃないかナ』
「…応援って、会場からめっちゃ応援されてるけど」
『その分もっと強化されてるかもしれなイ』
「おいおい…」
適正あり過ぎだ。敵として当たったら間違いなく強敵だな。
他にも、間先輩チェック済みのルインという冒険者。こちらもまた卓越した技術の持ち主だった。陽菜曰く、特に氷魔法の魔力操作が群を抜いているようだ。
「確かに、一つの魔法をあそこまで自由に変形させるなんて、生半可な努力で出来る事じゃない」
『ですね。でも、魔法に集中すると全体の動きがちょっと悪くなってるみたいです。つくならそこですよ、圭太君!』
「うん、そうだな」
しゅびびっ、と空中に素早く拳を突き出す…というか、猫パンチみたいにする陽菜に内心なごみつつ頷いた。
次は大門寺さんの試合だ。大門寺さんの相手はハンマー使いだったのだが…その腕前は披露されることはなかった。というのも、ハンマーで一発ぶん殴った直後に、カウンターで首を刈られてしまったのだ。
直前にハンマー使いがマイクを借りて『おいぼれにこの俺が倒せるかな!?』と挑発していたので、それの意趣返しという感じだったのだろう。
体型からしてプロレスラーっぽかったし、口上も手慣れていて明らかにただのマイクパフォーマンスだったが、大門寺さん的にはアウトだったらしい。ハンマー使いはちょっと泣いていた気がしなくもない。
後は、ラッキーパンチが当たって勝ち上がった冒険者がいたり、双子のダンジョン配信者の片割れが色仕掛けで勝ち上がったり、もう一人の片割れが色仕掛けをしようとして普通に倒されてしまったりと色々と波乱はあったが、記憶に残った試合と言えばこれくらいだった。
夕方になり、俺は通話を切って飯を食べた。今回は部屋にいたのでそのまま部屋に飯を持ってきてもらって食べることにする。
大門寺さんや竜水に、あれだけ『次に会うのは舞台の上で!』みたいな流れを作られておいて、のこのこと食堂に行く勇気が無かっただけとも言えるが、まあいいだろう。
さて、ラインを開くとまた凄まじい通知が来ていた。グループラインからIDが漏れてしまったのか、知らない生徒からもバンバン通知が来ている。
更にクラスのグループラインでは、田淵一派がボコボコにされていた。あんな戦い方をする奴が狐面な訳が無い、と四面楚歌の状態になっているようだ。
田淵一派もすぐに手のひらを返して、『自分たちは騙されていたんだ!』と喚いているようだった。
俺はそっとグループラインを閉じて、その通知をオフにして非表示に設定したのだった。
何はともあれ、明日は2回戦目…つまり、優勝候補の1人である大門寺弘雷さんとの試合だ。
万全に挑まなければ。俺はとりあえず部屋の中に併設された小さなトレーニングスペースで筋トレしつつ、精神統一を図ることにしたのだった。
7:二回戦目 VS大門寺弘雷
「新しいお飲み物をどうぞ~」
「おっ、サンキュー姉ちゃん」
最も会場を見渡せる程よい高所に取り付けられた、解説兼評価員席。そこではユーゴを含めたプロ冒険者達が眼下の試合会場を眺めていた。
佐藤健吾の10番弟子、最速の槍使いユーゴ。
鬼の如き恵まれた体躯を持つ怪力乱神、一級『
少女にしか見えないが実際は30代、戦乙女の異名を持つ一級『ルーファ』。
ドラゴン討伐数一位のドラゴンスレイヤー、女冒険者、準一級の『ヴォルフ』。
二級冒険者にして、自分の持つ武器を自分で作る戦う一級鍛冶師、志島一心。
その全てが最前線で戦う者たち。錚々たる顔ぶれである。こうして同じ空間にいるだけで価値のある写真となるであろうメンバー。そのうちの一人にユーゴはいた。
(ドグも田口も、怪しい奴が一回戦で軒並み消えちまったな。これは流石に予想外だが…何が起こるか分かんねえし、警戒はしといたほうが得か)
「がははは!いやぁ、それにしても今年は豊作だな!これほどの粒ぞろいが一堂に会すなど、これまでにあったか!?」
「…ま、滅多にないだろうな」
隣の席の我覇真が呵々としながら話を振ってきたので、ユーゴは考え事を中断して肯定した。
「特に優勝候補共に外れが無い!これほどの才覚を持った冒険者が一度に現れるとは、なんとも興奮するではないか。胸が弾むな!」
「そーだな。分かったから胸筋揺らすな。気持ち悪いんだよ」
文字通り胸筋を弾ませる我覇真。Tシャツを大きく持ち上げた胸筋を見てユーゴは若干眉をひそめた。
「皆は、どの選手に注目している?そろそろ出てきたのではないか?己の興味を引く選手が!ちなみに私は当然王竜水だ!」
我覇真が全体にそう問いかけた。
「それはただ自分のクランの一員だから贔屓してるだけですよね。全く下品な…ふう。私はルインですね。彼女はとてもいい。品格があります」
ルーファがぴんと伸びた姿勢で答えた。
「篠藤ってやつだな。あれだけ刀身を長くできると、ドラゴンの首も狩りやすい。それにクランも無所属だし、唾つけとくかな?」
ヴォルフが頬杖をつきながら好戦的な笑みを浮かべる。
「私はやはり大門寺先生ですね。贔屓になるかもしれませんが、冒険者になる前に一度手合わせをして完敗したことがありまして。リベンジするまで、ずっと負けないでいてほしいという私情もあります。頑張ってほしい所ですが」
志島は穏やかに微笑んだ。
ユーゴはそこまで聞いて、鼻で笑った。
「見る目がねえなぁ、お前らは。好みがそれぞれ違うってのを差し引いても、まさか一人も名前を出さねえとは」
「むっ、それは聞き捨てならんな。どういう意味だ、ユーゴ」
「ユーゴ。あまり生意気を言うものではありませんよ」
面白そうにユーゴを見る我覇真と、責めるような視線を送るルーファ。
「面白え。アンタがそこまで言う選手とは、一体誰の事だ?」
「…カミノ」
ユーゴはその名前を口にした。
思えば初めてその少年の事を目にした時から、ユーゴはこいつには何かがあると思っていた。実際に制服姿で、更に武器も持っていない状態で中級モンスターと連戦し、大立ち回りをすることができるルーキー冒険者など世界中を探してもどれほどいるだろうか。
更に、魔神教徒戦での共闘で、ユーゴは神野圭太に惚れた。当然恋愛的な意味ではなく、コイツをもっと強くして見たい、共に戦ってみたい、むしろ手合わせしてみたい、という、酷く男臭い意味でのものだ。
それに、神野は大いなる運命に立ち向かおうとしている。普通の冒険者なら数週間ももたないような過酷な運命だ。魔神教と関わるのはそれほどの大事なのである。それが、『困難を引き寄せる』スキルもあるとなれば、更に酷い事になるだろう。
生き残ってほしい。その為にも、力を付けさせるべきだ。
(いつからこんなに余計な世話を焼くようになっちまったのかね…師匠も弟子取り始めた時はこんな感じだったのか?まあ、俺はただの世話好きな先輩ってだけだが)
ユーゴは笑みを返した。
「へへ、俺の後輩だ。とはいえ、俺の所属してるクランの後輩って訳じゃねえが、最近何かと世話してやってるのよ」
「むっ、ただの身内ではありませんか。貴方も結局贔屓してるんですね」
「でも、カミノか。ノーマークだったな。確かに選抜の時の首狩り事件はちょっと面白かったが、一回戦があれだったから、ぶっちゃけ測りかねてんだよなぁ」
「ふむ…よもや、そのカミノという選手…例の狐面の正体ではありませんか?」
「ん…まあ、どうだろうな」
「その反応、隠す気あります?」
「ははは」
ジト目を向けられる。ユーゴはそれを笑って流した。
「田淵といったか?奴が不調でさえなければもっと実力を見せてくれたのかもしれんが…なんにせよ次の試合では注目してみるとするか」
「ああ、次の試合と言えば」
志島が珍しく好戦的な笑みを浮かべた。
「戦うのは、大門寺先生と件のカミノ君でしたね」
「おっ、早速お気に入り同士の試合か…賭けるか!?」
「やめなさい。ここにはちゃんとしたお仕事で呼ばれているのですよ。仕事中に賭け事をする馬鹿がいますか」
「お堅い事言うなって。今は休憩中だぜ?ちょっと賭けてもバレないって」
「ダメです」
「…ちぇー」
そんなやり取りの中、志島がユーゴに視線をやった。
「どちらが勝っても恨みっこ無しですよ」
「そりゃこっちのセリフだ」
火花を飛ばし合う二人だった。
(勝てよ、坊主。勝って糧にしろ。そうじゃなきゃ呑まれるぜ。運命ってのは、時に非情なもんなんだからな…)
舞台に上がると、凄まじい歓声が響き渡った。
俺…ではない。優勝候補である相手に対して、もしくは優勝候補に挑む高校生冒険者に対して、期待と応援を浴びせているのだ。
…いや、何か所か、俺を応援してくれている人たちもいた。関係者席に座った陽菜たちと、爺ちゃん婆ちゃん。
それから、真宵手高校の生徒達が俺の名前を叫んでいる。手のひら返しが凄い。あの中に俺に誹謗中傷した奴が何人いるのだろうか。
それから、何故か冒険者部の面々が俺の名前の横断幕を作って応援団みたいなことをしていた。何やってんだあれ。
さて、対面に出てきたのは当然大門寺さんその人だった。なみなみと蓄えた白いひげを揺らしながら、威風堂々たる面持ちで真っすぐ歩いてくる。筋骨隆々な上半身をはだけさせて晒しており、その様はまさしく侍といった風情だ。
「首狩り…いやさ、狐面。お前と戦うのを楽しみにしていたぞ」
「…首狩りはやめてください。狐面もできれば。好きであの動画に出てたわけじゃないですから」
「くくく、恥ずかしがるな。
「いや、俺が刀を選んだのは、一番安かったからですが」
「むう、一本ぶら下げてここに立っている時点でワシと同じだというに…つれんのう。まあいい。ここから先は言葉ではなく、こちらで語るとしようか」
口角を上げて、楽しそうに刀を構える。そして、すぐさま特大な闘気がぶつけられた。俺もまた腰を落として刀を構えた。
フィールドはほぼ平らだが、遺跡群が所どころから生えている。障害物有だ。
『半世紀を費やし、刀と共に生きた男!優勝候補の1人、『格上殺し』大門寺弘雷選手!』
『対するは、一回戦目を無傷で突破!ここに来るまで全ての敵の首を刈ってきた首狩り!カミノ選手!』
『若きダークホースと老練の剣士!一体どちらが勝ち残るのか、目が離せません!それでは―――試合開始!』
実況の声が鳴り響き、俺と大門寺は刀を構えたままお互いの間合いを計った。
「―――行くぞ!」
じゃり、と足が地面を擦った音が微かになった瞬間だった。大門寺が凄まじい勢いで踏み込み、上から刀を振り下ろしてきたのだ。
俺はソレを流れるような動作で反らし、斬撃を連続で繰り出す。だが、奴は笑みを浮かべながらソレにすぐさま反応した。顔だけ動かして斬撃を避け、余裕をもってステップして斬撃を受け止め、斬撃に斬撃を打ち当て、更に隙間を縫って攻撃を仕掛けてくる。
「シッ…!」
「ハアッ!」
鋭い呼気を繰り返して、足の踏み込みで地面を割る。もしくは食い込ませる。一歩、また一歩と繰り返し、斬撃の嵐が遺跡に凄まじい傷跡を残した。
俺は苦虫を噛みつぶした表情をしているだろう。
ローブ男との戦闘が無ければ、最初の一撃で切り伏せられていた。
師匠との修行が無ければ、フェイントにあっという間に呑まれて首を落とされていただろう。
リリアから教導スキルを受けていなければ、連撃の時点で手数と火力を上回られ死んでいた。
今は何とか手数と、流れるように斬撃を反らすことで火力を削いで拮抗できているが、奴は純粋なステータスと技術で持ってそれに対抗し続けている。
マジで強い。さっきから冷や汗が止まらない。っていうか、実は拮抗できてないんじゃないかとも思える。薄皮一枚分の傷をちょくちょく負ってしまうのである。相手にはかすりもしていないのに!
「ヌウウウウウオオオオオオ!」
次の瞬間、大門寺の筋肉が爆発し、上段から凄まじい剣気を伴った一撃が見舞われた。俺はソレを受け止めて後ろへと弾き飛ばされる。砲弾のような勢いで遺跡にぶつかり、遺跡が大きく崩れた。
更に一気に距離を縮めた大門寺の、力を溜めに溜めて放たれた連撃を、俺は何とか転がってその範囲から逃れた。
俺の後ろにあった遺跡がバラバラになる。更に奴は止まらず、横に出た俺に対して当たり前のように刀を突き出してきた。弾いて距離を取る。
「フゥン…強いな小僧!やはりステータスの学習機能向上効果とは良いものだ。これだけの若者が、ワシ並みの熟練度を得ている。技を競い合えるツワモノが大量にいる。良い時代になったものよ」
「過去話なら後で聞きますよ、お爺ちゃん」
「カカッ!まだまだワシは現役だ!」
鋭い斬撃を見舞われ、俺はソレに刀を合わせてカウンターを繰り出す。当たり前のように見切られて一閃。避けて刀を振るおうとし、すぐさまそれがフェイントの一撃だと気が付いた。
大門寺は刀を器用に翻し、攻撃を放とうとしていた俺の軸足へ向けて低い斬撃を繰り出したのだ。
(避けれない――!?)
「っ、オラァ!」
「ヌゥッ!?」
考えるよりも先に足が出ていた。俺はもう片方の足をわずかに持ち上げ、放たれた斬撃を上から踏みつぶしていた。刀が地面にめり込み、大門寺の上半身が下へと持って行かれる。
ここで決める!俺は刀を返して最速の一撃を叩き込もうとした。
「フンッ!」
大門寺が刀から手を離して、刀の間合いを抜けてほぼ密着してきた。そして俺の顎にアッパーカットを入れ、さらに回し蹴りを二連撃、腹と足に衝撃が走る。最後に右ストレートが顔にめり込んで、俺は後ろへと思いっきり吹き飛ばされた。
「ぶふっ…」
何とか地面に着地して衝撃を殺す。鼻に違和感を感じて思わず片手で覆った。
その間、大門寺は俺に向かって駆け出していた。地面に落ちていた刀の微かに浮いた部分をまるでサッカーのボールのように足に引っ掛け背中へと蹴り上げる。刀の重心を巧みに利用し、肩から回って突き出された柄を左手でつかみ、更に刀を曲芸師のように回して右手に持ち替え、トップスピードのまま俺の首へ向けて斬撃を放っていた。
なんじゃそりゃ。なんてツッコミを入れる余裕もなく、俺はソレを何とか防ぐ。更に後ろへと押し出された。
「全く、斬撃を踏みつぶして掻き消すとは。冒険者は、本来人間にできない事を当たり前のようにするから肝が冷える!ククク、小僧…いや、カミノ!お前という好敵手に出会えたこと、感謝しよう!」
「ああそうかい…!」
俺は自分のこめかみから血管が浮き出る音を聞いた。
「そう怒るな!さて、付き合ってもらって悪かったな。ここからは冒険者らしく戦うことにしよう。つまりは…スキルの解禁だ!」
にやりと笑って、大門寺は刀を横に倒し、腕を突き出した。
「行くぞ!第一秘剣【明鏡止水】…」
奴の身体がブレる。そして、大門寺の横に同じほどの大きさの人影が現れた。それは影で出来た大門寺だった。
…見間違いかな?なんか、大門寺が二人に増えた。
「これぞ我が秘剣!さあ、この連撃、さばききれるか!」
二人になった大門寺が駆け出すと同時に、俺は全力で後退して魔法を放っていた。
「【風刃】!」
「むっ!」
見えないはずの刃を、大門寺は二人とも寸前のところで避けて、トップスピードを一切錆びつかせず俺の所までたどり着いた。目が微かに光っている。恐らくスキルだ。
「行くぞ!」
連撃が襲った。俺は手数を無理やり増やす為、風刃を使用しながらなんとか対応する。
(だあああ、無茶苦茶だこの爺さん!流れを読み取れ!それだけに全神経集中させろ!)
足狙いの刃を跳んで避けて、ステップで真上からの斬り下ろしを避ける。更に同時に放たれた連撃を風刃を利用して半分を反らし、さらに半分を避けたり刀で弾いたりして処理する。
首の真横で刀を受け止めた。俺は足を地面から離し、その一撃の勢いを利用して後方へと飛ぶ。
つぶさにもう一人の大門寺に攻撃を入れられた。
これは…不味い…!反撃ができない!
(仕方ない…!本当は使いたくなかったけど…!)
俺は手足を強化して、無理やり自分の速度を上げた。だが奴はそれを受けてにやりと笑い、さらに手数を増やしてきた。
このままじわじわとすりつぶす気だ。どうする…どうする…!?
「っ…あああああ!風刃んっ!」
焦りのまま、全力で強化した風刃で周囲を薙ぎ払った。大門寺はそれをひらりと避け、そしてXの形の斬撃を繰り出す。
俺は小葉のように吹き飛ばされた。
「はあ…はあ…」
汗が滝のように流れ、乱れた呼吸で肺が焼けるように痛い。
全身から魔素が噴き出ている。実戦だったら失血死コースだったろう。
もう終わりなのか…?
いや、まだ終わらせない。俺は刀を鞘に納めて、息を吐き出しながら居合の形を取った。
「何のつもりだ、カミノ」
「なぁに…次の一撃で、お前の首を取ろうと思ってな…!」
前を見据えてそう宣言する。
「この土壇場で、奇跡にでも頼るか?」
「逆に聞くけど、怖気付くの、お爺ちゃん?」
深い笑みが俺を見据えた。
「…ククク…クハハハハ…!やってみろ…!カミノ!」
二人の大門寺が、独特な構えを取る。その姿はまるで、金剛力士像のような威圧に満ちていた。
「―――大門寺流奥義…金剛落とし!」
乗ってきた…!俺は笑みを浮かべ、目の前に瞬く間に広がった即死の斬撃を二つ、つぶさに観測した。
時の流れ。それを意識する。そして発動するのは埃をかぶっていたスキル、【予知】だった。ごっそりと魔力が抜け出ていくのが分かる。でも、前よりかは大分マシだ。
リリアのスキルで、ほんの少し、その力の一端に触れた【流水の理】。それは概念的なものだ。水の如く流れていくもの、その全てにこのスキルは効果を発揮する。
なら、時に大きな川にも例えられる、いわば『時の流れ』についても、【流水の理】を通じれば多少理解することが可能な筈。
流れを読み取れば、魔力は節約しつつ、より正確な未来を予知することが可能になるのだ。
「…そこ―――!」
俺は迫ってきていた連撃をすり抜け、刀を振り抜いていた。
時が止まったかのような錯覚。俺は刀を鞘に入れ、大門寺は動きを止めて地面に着地した。
「見事」
次の瞬間、大門寺の首から魔素が噴き出し、俺の勝利を告げる声が会場を響き渡ったのだった。
『なんと、なんと…!優勝候補の大門寺弘雷選手を退け、その異名通り、首を切っての決着!この男、我々の予想を常に裏切り、さらに先の光景を見せてくれる!何故これまで無名だったのか、何故これまで噂の一つも立っていなかったのか!一体どこから現れた!とにもかくにも、勝利したのはこの男!間違いなく今大会一のダークホース!カミノ選手だ~!』
そして、凄まじい程の歓声が響き渡った。
俺は魔力切れでふらふらとする身体を何とか抑え込んだ。
【予知】…多少マシになったとはいえ、あまりにも燃費が悪すぎる。実戦で使うには特殊な条件が重ならない限りしばらくは使えないだろう。
あの時、大門寺が乗ってきてくれて本当に良かった。様子を見られたり、連撃を続けてきたりされていたら多分負けていたのは俺だっただろう。
賭けに勝った、ってやつだ。
陽菜たちに向けて手を挙げた。陽菜、鬼月、リリアが笑顔で俺に手を振ってくれている。爺ちゃんがテンション爆上がりしていて、婆ちゃんが泣いているのが見えた。
師匠は満足した表情で頷いていた。
さらに、解説席に座るユーゴさんに親指を立てられた。俺も小さく親指を立てる。
「ふうっ…」
熱い吐息が流れ出た。
これがあと何回もあるのか。
…つ、疲れた…。
『おおっと!真宵手高の冒険者部、凄まじい歓声を上げている!やはり、真宵手高出身ということは、冒険者部には所属しているのでしょうか!?』
「…はい?」
会場のカメラが冒険者部の面々の顔を映し出した。
『神野!よくやった!冒険者部部長として、鼻が高いぞ~!』
「…何やってんだか、あの人達…」
このクソしんどい時に、余計な事しやがって。
『カミノ選手、この声援に、どうぞ応えてください!』
気が付けば、試合の会場にマイクを持った女性が上がってきていた。マイクを手渡される。
最初はあんだけこき下ろされたって言うのに、ここにきてこれか。手のひら返しっていうのも限度がある。
丁度いい機会だし、釘を刺しておこう。
『…あー…俺は冒険者部には所属していません。そもそも最初から入る気は無かったのですが、部長に急に話しかけられ、一方的に『入部はさせない。明らかに雑魚の貴様では、うちのレベルが下がるからな』と断言されました。そんな失礼な人の応援に応える気は一切無いです。以上です』
会場が死んだ。冒険者部の部長が唖然とした表情を浮かべていた。
俺はマイクを女性に渡してそそくさと会場を去ったのだった。
控室に辿り着き、俺は床に倒れ込んだ。
「…あ~…しんど…」
魔力不足による疲労感に苛まれつつ、俺はしばらく火照った身体を床の冷たさで冷やしたのだった。