2:修行
さて、大会に出場すると決めたら早速準備をしなければならない。
大会は来月の初旬にある為、少ししか時間はないがとにかく対人戦闘の訓練を自分なりにしてみることにした。
平日が終わり土曜日の朝。俺は早速過去の大会の動画を見ていた。
デザインはそれぞれ好みによって変わるが素材が同じ防具を着て、同じようなデザインの武器を持って1対1で戦っている。フィールドはかなり広めで、年ごとに内容は変わるが、岩や柱などの障害物もある。
武器は近接武器オンリーだが、中には障害物を利用した搦め手や暗殺みたいなことをしたり、剣を媒介に使える魔法を放つ選手もいた。
ただ、あまりにも近接戦から離れすぎるといけないらしい。というのも、プロの冒険者や有名人が審査員として数名呼ばれることになっており、『審査員評価』がされるのだ。ある程度の魔法の使用は黙認されるものの、魔法だけで戦ったりなど極端な事をしてしまうとマイナス点を付けられて失格になってしまうようだ。
去年の参加者は300人と少し。まず最初に選抜と呼ばれる、数十人が一斉に同じフィールドに放たれるサバイバル形式の試合が行われ、生き残った数十人のみがトーナメントに進むことができる。
一位、二位、三位までが順位にあり、それ以下は金賞、銀賞、入賞とお金のみの報酬が支払われる。
一位から三位までは主催者側が用意したマジックアイテムを1人ずつ選ぶことができる。中にはレア度2という、ルーキー冒険者にとっては絶対に手に入る事のないはずの高レアの武器防具や、超便利な冒険用マジックアイテムなど、報酬はかなり良いらしい。
しかし、報酬の内容は一切明かされない。報酬を入手した冒険者があとから明言することはあれど、主催側は一貫して秘密にしている。
まあ防犯のためだろう。大会を催して、『超高レア武器の○○!用意してます!』などと言えば何が起こるか分からない。
だが、それでもなお冒険者たちが集まるところを見るに、報酬の質への実績はちゃんと積んで来てあるらしい。
…鴻支部長がなぜ賞品にカースドアイテムが混じっているのかについては、怖いから気にしないでおこうと思う。
「圭太君!お茶です!」
「あ、ありがとう」
鬼月やリリア、それからついでにオンライン越しだが要さんと一緒に動画を見ながら、陽菜から貰ったお茶をありがたく飲む。
「にしても、皆思った以上に動きが良いな…」
『まあ、実質出てくるのはほぼ1年活動してきたプロ冒険者だもの。1年で大体最高がレベル8か9ってところでしょ?そう言った上澄み達が自分の名前を売るのと報酬の為に出てくるんだから、そりゃあ見ごたえもあるってものよね』
『これは一筋縄ではいかなそうだナ。それに、レベル9はかなり強敵だゾ』
『ああ、それはたぶん大丈夫よ。魔素濃度の関係で実質最高レベルは8で固定されてるだろうし。こういう大会って、魔素濃度によっていろいろ制限が変わってきたり、面倒なしがらみも増えたりするらしいのよね。で、そうなるかならないかのラインがレベル8相当の魔素濃度だって聞いたことあるわ。圭太にとってはレベル差もそこまで気にする必要はなくなるかもしれないわね』
俺の現在のレベルは7。大会内での最高レベルが8で固定されるなら、レベル差はあっても1程度。それでも差はかなり出るが、勝ち目が全くないという訳ではないだろう。
見た所、どの年でもレベル8並の動きをする冒険者は1人いるかいないか程度。後は俺と同じレベルくらいだ。当然油断はできないが、希望はあるかもしれない。
『ケイタ、頑張って~!』
「圭太君、私なんでもします!頑張りましょうね!」
「ありがとう、リリア、陽菜」
これは取り合えず、鬼月と戦闘訓練を繰り返すしかないな。
要さんは明日には遠征に行くらしいし。今所属しているパーティーで最後の冒険に出かけるのだ。
「…そう言えば話は変わるけど、要さん。帰りはいつになるの?」
『ぎりぎり大会に間に合う頃位にはなるかしら。まあダンジョンなんて何が起こるか分からないし、間に合わなくなる可能性もあるけど』
要さんは今日の午後から、中級ダンジョンへの攻略に行ってしまう。広大なのが特徴のバイオーム型ダンジョンらしく、遠征の言葉通り、泊りがけになるそうだ。
「そっか。俺も頑張るから、要さんも頑張ってくれよ。要さんに限って死ぬことはないと思うけど、もし何かあったら大会そっちのけで助けに行くから」
『生意気!誰が自分よりもレベルが下の奴に助けを求めるっつーのよ。アンタは大会にだけ集中すればいいの!』
要さんらしい励ましの言葉が返ってきた。陽菜が頬を膨らませてこちらを見てくる。…そういうんじゃないってば。
『…あ。そう言えばアンタ、もうタトゥーは入れてきたの?』
「へ?」
俺はその言葉で固まった。
『だから、タトゥーよ。不穏な刺青を上書きするために行くんだって言ってたじゃない。遠征なんか行ったらしばらくお預けになっちゃうし、今見せてよ』
「…一応、彫っては来たけど。見せたくないんだよな…」
俺は腕をかばいながらそう言った。
『はあ?何それ?』
『ケイタ、彫りに行ったきりずっとこの調子なんダ。僕にも見せてくれないんだヨ』
「私も、ずっと気になってるのに見せてくれないんです…」
『リリアも見てな~い…』
「くっ…」
しょぼんとする鬼月と陽菜の目が突き刺さる。リリアも無邪気に『そろそろ見せてよ~!』と俺の肩を引っ張ってくる。
ち、畜生…見せるしかないのか…?この黒歴史を…!
「…笑わない?」
俺が聞くと、全員が頷いた。俺は観念して袖をまくり上げた。
俺の右腕の二の腕あたり。肩に近い所に、そのタトゥーはあった。
不穏な刺青をかき消すように付けられたそれは『神』の文字。しかもかなり達者な筆文字で、どデカく描かれていた。
『―――ぶははははは!何それ、嘘でしょ!』
爆発したような笑い声がノートパソコンから弾けた。
『か、神!神って!ヤバい、お腹痛い!』
「わ、笑わないって言ったのに!」
『限度があるでしょ!』
「…ああそうだよ、こんなの黒歴史だよ!店員にお任せしたのが全ての間違いだったんだ…!」
そう、俺はあの日貰ったカードの店に行ってみたのだ。
床屋みたいなところで、思ったような厳つい人は全然いなかった。店員も優しいタイプで、『どんなタトゥーにしますか?』とにこやかに聞いてきた。
しかし、俺はとにかく上書きできればそれでよかったので、お任せしてもいいですか、と言ってしまったのである。
店員も困った顔をしていたが、不意に『お客さんの名前ってどう書くんですか?』と問われ、名前を教えた。
そしてタトゥーを入れてもらって、鏡を見たらこうなっていたのである。
正直、にこやかに『会心の出来です!』という店員に対して、表情に出さないで済ませられた俺の忍耐力は、我ながら同年代でもそうはいまいと思う程だった。
中学生でもあるまいし、生憎俺は筆文字の漢字にときめく歳ではない。純粋に恥ずかしい。恥部が一つ増えた気さえする。
「え?なんでですか?凄くかっこいいですよ?」
と、今度は陽菜が心底不思議そうに首をかしげて、笑顔でそう言ってきた。
「タトゥーって厳ついイメージがありましたが、一気に好きになりました!圭太君によくお似合いだと思います!」
『リリアもそう思う!』
『まあ、僕も前向きにとらえた方がいいと思うゾ…』
や、やめてくれ…そういうのが一番効く…。
後鬼月。お前は分かってて言ってるだろ。目をそらしてるし。口元が若干引くついているのに気づいていないとでも思ったか。
「私も同じの彫りたいです!」
「それはダメだ!」
『やめなさい』
『絶対にダメだゾ』
「えっ…わ、分かりました。彫りませんよぅ…」
本気で残念そうにする陽菜さん。なんか俺に対する態度が盲目的になってる気がする。
よし…やっぱり今度デートに誘おう。一度お互いの関係を再確認する必要がありそうだ。それに、単純に俺がしたいってのもあるし。
密かに決意した俺だったが、要さんがツボに入ってしまったらしく、しばらく再起不能となってしまった。
全く…まあ、遠征前に良い息抜きにはなったか?釈然としないが、そう思うことにしよう。
2:修行
要さんとの最後の連絡を終わらせてから、俺は早速修行を始めることにした。場所は畑ダンジョン。私的に利用できるダンジョンがあるのだから、それを活用しない手はない。
とりあえず中層に入ってすぐの部屋を修行場にして、俺は鬼月と一緒にダンジョンに潜っていた。
「鬼月、手伝いに来てくれてありがとうな」
『礼なんて無粋だゾ。それに、僕にはこれがあるんダ!』
そう言って鬼月が見せてきたのはチラシだった。『イレギュラー近接最強決定戦』と書かれている。
レベルごとにアマチュア部門、セミプロ部門、プロ部門と分けられていて、鬼月のレベルだとアマチュア部門で出場できるらしい。
「鬼月、お前これに出たいのか?」
『うん!他のイレギュラーがどれくらいの実力があるのか、肌で実感してみたいんダ。圭太、出てもいイ?』
おお、まさかそんな事を考えていたとは。
大会に出る手前、鬼月の言葉を拒否する理由も権利も俺にはない。
「もちろんいいよ。どれどれ…」
チラシを受け取って内容を詳しく確認する。
開催は俺の出る大会と同じ日付だ。俺の出る大会がメインで、選手たちの休憩も考えるとどうしても試合ごとに時間を空ける必要がある。空いた時間を埋めるために、こういったらあれだがおまけで開催されるのがこの大会らしい。
とはいえちゃんと賞品と賞金も出るらしく、その額も立派なものだ。
鬼月にとってはいい経験になるだろう。それに、俺もイレギュラー達がどんな活躍を見せてくれるのか気になる所だった。
「じゃ、折角だし俺と鬼月でダブル優勝でも目指すか!」
『もちろんそのつもりダ!』
鬼月はやる気一杯、といった様子で槍を取り出して素振りする。
「ちょっと待ってください!大会に出るのは鬼月君だけではないです!」
『ないですー!』
「その声は…陽菜か!?」
振り返ると、そこには陽菜とリリアがいた。
…いやまあ、後を着いてきてたからそりゃまあ後ろを振り向くと二人がいるのは当たり前の事なのだが。
「実は、こういう催しもあるみたいなんです!」
そう言って陽菜がチラシを渡してくる。受け取ってみてみると、『魔力操作自慢大会―アマチュアの部』という文字が躍っていた。
「陽菜、まさかこれに出るつもりか…!?」
「そうです!圭太君一人にだけ頑張らせることはできません。パーティーの仲間なら、苦楽は共に、です!」
「陽菜…」
俺は思わず陽菜を見つめてしまう。陽菜は顔を赤くして顔を伏せてしまった。俺も思わず顔が熱くなる。
「…と、ということは、もしかしてリリアも?」
『ううん、私は出ないよ。一応狙われてるし!』
…あ、言われてみればそうじゃん。気まずい空気を何とかしようと話題を変えたのに、ボロを出す結果になってしまった。普通に恥ずかしい。
『でも、全力で応援するよ!私もっと頑張って【流水の理】について三人に教えるね!』
目をキラキラさせながらそう言うリリア。
【流水の理】は、齧って見た限りだとかなり万能なスキルだ。防御にも攻撃にもつなげることができるし、ともすれば魔力操作や戦局の流れなんかにも応用が効きそうなのである。
これを機にもっと【流水の理】について理解を深めることが出来たら、かなりの戦力アップにつながるかもしれない。
「そりゃ助かる。頼んだぞリリア」
『うん!』
元気のいい返事だ。俺は頷いて、そして三人に向けて口を開いた。
「よし、それじゃあ折角だから、こっからしばらくは皆で大会に向けて専念することにしようか」
思えば夏休みに入ってからこっち、延々とダンジョンに潜り続けてきていたから多少の休息期間は必要だろう。
実際、プロの冒険者パーティーとなると、数週間単位でダンジョンに遠征に行き、帰ってきてから数週間は休息と準備期間に当て、また遠征に…といったサイクルを繰り返す。当然準備期間中にちょっとした出稼ぎにダンジョンに行く冒険者も多いだろうが、体力も増えるプロ冒険者にとっては適正レベル以下のダンジョンなんてそれこそ散歩みたいなものだ。
さて、そういう訳で俺達の修業がやっと始まったのだった。
まずやった事は、俺の場合は対人戦での近接戦闘と、魔法をより効率的に、素早く運用するための魔力操作の練習だった。
近接戦闘の訓練は、主に鬼月と行った。レベルも近いし鬼月自身も戦闘センスがいいお陰か、いい練習相手になる。その上お互いのスキルについて、より強力な運用方法が無いか、組み合わせはないかを話し合えるのはデカかった。
鬼月自身、こういった戦術に関わる事は興味が沸くらしく、俺にないアイデアをたくさん出してくれた。
魔力操作に関しては、リリアから習う形になった。
リリアはレベルダウンし、知能が下がったとしても精霊であることに変わりはない。精霊とは魔力の塊のような存在らしく、それはもう魔力操作に長けた種族なのだ。
という訳で陽菜も同じようにリリアに魔力操作の極意を教えてもらおうと頑張っている。リリア自身も、何とか伝えようと頭をひねってああでもないこうでもないとリリアなりに試行錯誤を重ねているらしい。
魔力操作の訓練で主に行うのは、瞑想によく似たものだった。目を閉じて自分の中にある魔力の流れを自覚し、それをゆっくりと認知し操作する。そして、操作した魔力を自由に体外に出すことができるようになれば、魔力操作は次のステージに行くことができる…かもしれないという事だった。
加えて、リリアからの【流水の理】講義は俺と鬼月と陽菜の三人で受けることになった。リリアが一生懸命考えてきた【流水の理】とは何かについての絵本や紙芝居を、俺たちなりに噛み砕く作業でもある。リリアはそれはもう辛抱強く教えようとしてくれる。…まあ、ぶっちゃけ効果は薄いが、これに関しては仕方のない事だ。粘り強く付いて行くほかない。
と、言う日常が一週間程度続いたとある日。
「ほー、ここがプライベートダンジョンか。良い所じゃねえか…よっ、やってるかい、若者達よ」
ユーゴさんが遊びに来た。どうやら俺達が修行をしているという事を察知してきたらしい。
別に知られても痛くもかゆくもないが、修行していることを一体どこから嗅ぎつけてきたんだろうと疑問に思い尋ねてみると、
「ま、支部長がちょこっとな」
と、どうやら鴻支部長からそれとなく言われたらしい。
どうやら今は準備期間中であり、暇だから来たらしいのだが…これがプロの余裕というものなのだろうか。
さらに、ユーゴさんは二人、パーティーメンバーを連れてきていた。
ユーゴさんがリーダーを務める【ワイルドファング】。
一級、槍使いのユーゴ。
準一級、魔法使いのサルサ。
準一級、刀使いのムラサメ。
そしてもう一人、一級の弓使いがいるが、姿は無かった。ユーゴさん曰く、『お前らには要らねえだろ?』とのこと。
「つー訳で紹介するぜ。まず、こっちのおっとりとしたお姉さんがサルサ。うちの魔法使いで、魔力操作に関しては右に出る者はまあ数える程しかいねえ」
「よろしくねえ、ヒヨコちゃん達~」
サルサさんはたれ目が特徴的な魔女帽子の良く似合う妙齢の女性だった。
「で、こっちの怖そうなのが俺の妹弟子でパーティーメンバーでもあるムラサメ。堅物だが根は良い奴だし、腕も確かだ」
ムラサメさんはスレンダーな女性で、切れ長の瞳に迫力がある。
「…はあ…何故私がこんな事をしなければ…」
ムラサメさんにじろりと視線をやられる。思わず小さくなると、ユーゴさんが慌ててムラサメさんの肩を叩いた。
「ムラサメ、そうトゲトゲすんなよ。こいつらはあれだ、邪神教関連で目つけられててな。ちょっと急いで強くなってもらわなきゃならねえんだ。助けると思って力貸してやってくれ。頼む」
「なんだと?…はあ、そういう事か。それならそうと先に行って言ってくれ、兄弟子。そういう事なら仕方ない…鍛えてやるとしよう」
というやり取りがあり、ムラサメさんの態度が軟化した。
「あの…良いんですか?プロの冒険者の皆さんにここまでしてもらうとか、贅沢過ぎません?」
俺の言葉に、ユーゴさんが呆れたように笑った。
「おいおい坊主、そうも言ってられんだろ。先の件で邪神教の奴らがダンジョンを好きに生み出せる可能性が出てきたんだ。自己防衛の為にも、強くなれるチャンスがあったらすぐに強くなった方が良いぜ?」
「それは確かに、そうかもしれません!ね、圭太君…!」
陽菜に同意を求められる。
陽菜は何も言わないが、崩壊ダンジョンの時に俺が寝込んでしまったのを、かなり気にしている様子だった。いつ敵が来るかもわからない不安というのは、確かに恐ろしいものだ。
その上陽菜は家族を失うという経験もしている為、かなり敏感でもあった。
…強くなって、安心させてやりたい。自然にそう考えてしまう自分に気が付いて、俺は内心自分に呆れた。多分、この考えは傲慢だ。でも実現できればそれが一番良い未来でもあるのは確かだ。
なら少しでも手を伸ばすべきだろう。
「…分かりました。あの、本当に、どうかよろしくお願いします」
「…ああ。しっかりと着いてこい。少しでも着いてこれなかったらすぐに置いていくからな」
ムラサメさんにきっぱりとそう言われる。ユーゴさんとサルサさんからも微笑まれる。
「じゃ、俺は鬼月に槍でも教えるとしようかね!」
『ユーゴに教えてもらえるなんて光栄ダ。今日からよろしく頼ム』
「じゃあ、私はこっちのかわいこちゃん達かしら。よろしくね、二人とも?」
「はい、よろしくお願いします!」
『よろしくね、お姉ちゃん!』
という事で、俺達はそれぞれ師匠を獲得することになったのだった。
まさかこんな展開が待っていたとは思わなかった。このチャンスは絶対に無駄にしてはならない。俺は覚悟を新たに先に歩き出したムラサメさんに着いていったのだった。