<< 前へ次へ >>  更新
44/60

10:魔神教徒戦

 槍が力強くしなり、ローブ男の杖から伸びた鎌とかち合い火花が散る。足場にしたのかガードレールが一瞬で歪み、アスファルトの地面、家や店の壁が割れたり吹っ飛んだりしている。


 動いているところは見えるが、攻撃の瞬間が見えない。これが格上同士の戦いか。凄まじいものだ。


 だが、やはり見るべきは俺を遥かに超えたステータスではなく、知能ある者同士の戦い…つまり騙し合い、駆け引きをし、隙を狙うその技量だろう。フェイントとかは俺もやってたけど、それを突き詰めた感じの戦い方。


 ここに入るって?それなんてムリゲー。


 でも、ただ突っ立ってるだけの地蔵に成り果てるつもりはない。俺は目を【強化】して、動体視力を底上げした。これで、多少は攻撃も見えるようになってきた。


 考えろ、今ユーゴさんが何を狙っているのか。俺は折れ曲がった刀を地面に立て掛け、ぐいぐいと踏んで真っすぐに整えて構えつつじっと観察する。


 何かを狙っているのは明白だ。その上庇っているような動きも見える。庇っているのは俺ではない。別の何かだ。


 そう言えば、この辺りは小学校が近い。そっちに行かないように調整しながら戦っているのだろうか。


 とすれば、それくらいのサポートは出来そうか。


「【風刃】」


 俺は風の刃を飛ばして、距離を取ろうと後退したローブ男に攻撃した。ローブ男はそれを寸前で察知して避けるが、ユーゴさんがその隙をついて攻撃。杖で弾かれるが、一発だけ腕に掠って血が飛び散った。


 …やっぱコイツ人間か。でも、魔神教の人間はモンスター扱いだ。躊躇は必要ない。


 奴が飛び退いて魔法のダガーを生み出してそれをユーゴさんに放とうとした。恐らく最初にユーゴさんがやられた封印魔法だ。俺はソレを全て風刃で叩き落した。更に一発、強化した風刃で首を狙う。


 奴はそれを軽業師のようにスルスルと避けるが、ユーゴさんの槍ではそうはいかない。穂先は辛うじて避けるも柄に横っ面を殴られ吹き飛ぶ。


『…邪魔だ』


 ローブ男がユーゴさん相手に移動方向でフェイントを仕掛ける。更に全体が無音になって、そのフェイントを確かなものにした。ユーゴさんは一瞬反応が遅れ、ローブ男を取り逃す。ローブ男はそのまま俺の方まですっ飛んできて、首を狙って鎌を振るった。


 でも、ユーゴさんと戦ってるところを見て、その速度にはもう慣れた。俺は強化した刀でそれを流水の如くいなし、逆にカウンターを放つ。


 避けられ蹴りが放たれるが、余裕をもって距離を取って風刃を牽制で放ってその場を後退。奴はまたもや枯れ葉のように動いて無数の風刃を避けるが、上から降ってきたユーゴさんの攻撃を見て、その動きを中断してバッと後ろにバク転回避。


 だが、槍を避けたローブ男を、ユーゴさんが蹴り飛ばした。


「らちが明かねえな。そのスキルの多さ…お前、どれだけの冒険者を経験値に変えてきた?」

『…』

「ちっ…気に食わねえ。しかしそのしぶとさは厄介だしなぁ…しゃあねえ、そろそろ本気出すとしますか?」


 そういうと、ユーゴさんは槍を振り回し、そして構えた。


 すると、穂先に青い炎が出現したではないか。


「火を当てたら俺らの勝ちだ。行くぞ!」


 ユーゴさんは声を張り上げて、ローブ男に向けて槍を上段から振り下ろした。ローブ男はそれを横に跳んで避ける。すると、槍が当たった地面にクレーターができて、炎が飛び散ったではないか。


「【風刃】」


 俺は慌てて駆け出して、立ち昇った炎を風刃で掬い取って奴へと差し向けた。


『…【カースドウェイブ】…ガァ!?』


 奴はその青い炎を、呪いの水を生み出して阻もうとした。


 だが、炎は水をすり抜け、奴の身体に届いた。一気にローブ男の身体が燃え上がり、地面に倒れ伏し縫い付けられる。


「よぉしっ!坊主ナイスアシスト!やるじゃねえか!」

「えっ、いや、そんな」

「謙遜すんな。あの一言でよく反応したな。やっぱお前有望だわ」


 俺の頭をガシガシと撫でて、踵を返す。そして、ユーゴさんは槍に着いた火を消して、ローブ男を見下ろした。


「驚いたか? ここを襲う計画を立てた時点で、どうせ俺の攻略配信なんかを下調べしておいたんだろうが、それ自体がブラフでね。隠し玉ってのは最後の最後まで取っておくもんだろう?」

『…ガッ…アアアア!』


 ローブ男が杖に鎌を作り出そうとしたが、その瞬間に炎が一気に燃え上がり、奴を地面にめり込ませた。


「魔法は使わない方が良いぜ。その炎は魔力を食らう。そんで、燃えれば燃える程熱ではなく重量が増していく。初見殺しで悪いが、潰されたくなけりゃ大人しくしとけ」


 そう言って、ユーゴさんは槍をローブ男に向けて、瞬時に四肢に槍を突き立て破壊した。


「崩壊ダンジョンがクリアされるまでそのままでいてもらう」

『…痴れ者風情が…我に試練を与えるか…』


 喋った。やはり知性がある。俺は一応刀を抜いておいて成り行きを見守る。


「試練?いいや、違うね。ここで終わりってことだ」

『終わらぬ…我が信仰は永遠だ!』


 そう言って、ローブ男は貫かれた腕を尚も動かし、ローブからごろっと丸い何かを取り出した。


 それは…手りゅう弾?


「なっ」

「ちっ!」


 凄まじい爆発が周囲を巻き込み、俺とユーゴさんに無数の破片が襲い掛かった。俺は全身を強化して身を守り、ユーゴさんは素の状態で無傷でそれを耐える。


 俺は慌てて風刃を放って、さっきまでローブ男がいた場所を攻撃、立ち昇っていた黒煙を吹き飛ばす。


 そこには誰もいなかった。俺は慌てて周囲を見渡す。


『シャハハハハッ!おお、魔神よ、絶望をご覧に入れましょう!』


 すると、屋根の上で、ローブ男が…否、ローブを脱ぎ捨て、顔中に刺青を入れた男がこちらに背を向けて走り去っていく姿があったのだった。





10:魔神教徒戦





 アイツの向かっている先は小学校だ…その事に思い至った俺は反射的に駆けだしていた。


「テメエ、待ちやがれ!」


 ユーゴさんはあっという間に前を走っていた。俺よりも先に気付いたのだろう。その顔には焦りがある。


 ヤバい、ヤバすぎる!不穏な事言ってるし、絶対碌な事にならない!


 相手との距離が離れている。ユーゴさんとローブ男改め刺青男は速度がほぼ同じだ。追いつけるか分からない。


「ユーゴさん!」

「うおっと…!悪い、助かる!」


 俺は何とかユーゴさんに追いつき、その腰に手を当てた。その一瞬でユーゴさんの足を強化する。ユーゴさんは一瞬でそれに対応し、加速していった。


 俺が小学校に辿り着くころには、既に二人は小学校のグラウンドで衝突していた。結界の一部が黒い液体を滴らせながら、ドロドロに溶けて穴が開いていた。恐らく奴が侵入した経路なのだろう。


 周囲には人がいた。どうやらキャンプを張ろうとしていたようで、かなりの人数だ。俺はグラウンドに降り立ち、パニックに陥る人々に喉を強化して声をかけた。


「校舎の方へ避難しろ!早く!」

「ひいいい!」


 尻もちをついていた人を起き上がらせ、子どもを数人抱えて校舎へと送る。そして、校舎内にいた教員に声をかける。


「今すぐ結界を校舎限定に絞れ!緊急用強化結界はあるよな!?」

「は、はい、あります!」

「じゃあ行け!早く!」

「は、はいぃぃ!」


 言葉遣いが荒くもなるというもの。何せここには既に多くの住人が避難を済ませているのだ。ここで下手をうてば多くの人が死ぬ。


『死ね死ね死ね!全て灰燼と化せ!絶望こそが真の悦び!絶望こそが人というクズから取る事の出来る、唯一の神々への貢ぎ物!貴ぶべき砂金なのだ!』

「何言ってんのか分かんねえよ―――!」


 結界内とはいえ、魔素が払われる訳ではない。外からのモンスターの侵入や、中でのモンスターの発生を防ぐ役割があるだけだ。


 つまりステータスは依然として力を発揮していて、奴はそれを住人に向けて一切の躊躇なく放っていた。


 ユーゴさんがそれを阻止するも、そうすると隙が生じる。ユーゴさんの身体に傷が増え始め、片目を失っていた。


「いい加減にしろ、テメエ!」


 俺は住人を守りつつ、刺青男に強化した風刃を放った。しかしやはり当たらない。厄介なことに、狂気に飲まれつつも生き死にの気配は完全に察知しているらしい。


 ちっ、あいつの足止めはユーゴさんに完全に任せるしかない。


 流れ弾を全部処理しつつ、避難を進ませる。他に数人の冒険者がいたが、プロレベルではない為邪魔だと声を張り上げて撤退させた。


 最後の1人、老人を無理やり校舎の中に押し入れる。そのタイミングで結界が脈動した。範囲が狭まっていき、校舎にぴったりとくっついてそのまま堅固なものへと変じる。


「ユーゴさん、避難が終わりました!」

「へっ、よくやった坊主…!」


 血まみれになったユーゴさんがそう言って、全力で槍を振るい始めた。グラウンドから砂ぼこりが舞う。


 次の瞬間には槍の穂先が閃き、刺青男の杖に阻まれ、凄まじい衝撃波を生んでいた。


 更に、一歩、二歩と数十mを移動して何度も打ち合うが、ユーゴさんの動きが何やら遅い。


 そして気づいたが、ユーゴさん程の速度となるとグラウンドがもはや地面として機能していないらしい。踏ん張る度に地面が大きくえぐれ、駆け出すとその部分がはるか後方へとズレて速度が殺されている。


 対する刺青男も似たようなものだが、ユーゴさんは動き回って相手を翻弄する戦い方を今までしてきた。恐らくそれが得意な戦法なのだろう。逆に刺青男は敵を迎え撃って致命の一撃を虎視眈々と狙うタイプで、ここでの地形の不利がどちらの方により大きく作用しているのかは明らかだった。


「…あの、冒険者いませんか?魔力回復薬とか持ってる人います!?」

「あ、ああ、これ使え!」


 結界の中から冒険者が瓶を渡してくれた。俺はソレを一も二もなく飲み干して、駆け出してユーゴさんと刺青男が戦っている近くまで来た。


 そして、足で地面を思いっきり踏みつけて叫ぶ。


「【強化】!」


 次の瞬間、グラウンドに多数の線が走って強化された。ユーゴさんが少し驚いた顔をするも、すぐに獰猛に笑って槍を構えた。


「ありがてえ!フルスロットルで行くぜえええ!」


 ユーゴさんが加速する。地面が爆発するが、全力で強化した甲斐があってアスファルトみたいに弾けるだけで済んでいる。


 槍の穂先に青い炎が巻き付いた。ここで勝負を決めるつもりだ。俺も刀を構えて駆け出した。足を強化していても追いつけないが、インパクトの瞬間だけを狙えば行けるはず。


 流星の如く駆け巡っていたユーゴさんの槍が、ついに刺青男を捉えた。


『甘い!』


 だが、奴は杖で槍の先端を抑え込み、それをガード。更に魔力を放出して青い炎の浸蝕を阻む。


 そこを、全力で加速した俺が横から刀を振るった。


 全力で魔力を振り絞り、風刃を使用した加速は、鞘からの居合切りで代用。刀の強化に全力を費やし、素早く相手を切る事を目的とした、《剣技》の応用技。


 爺ちゃん直伝の居合術を取り入れた新技…練習中だが、ここで成功させる!


「【一閃 平一文字】!」

『―――っ!貴様ああああああ!』


 俺の全力の一撃が、首を狙って放たれた。それを刺青男は杖で防ごうとするが、刀は杖に食い込み、そして紫の火花を散らして、それを一刀両断。杖は先端の装飾と柄の二つに分かれてしまった。


 俺は刀を操り、宙を舞う杖の先端部分を峰の部分に乗せて上へと弾き飛ばした。そうしている間にユーゴさんが槍を振るい刺青男に追撃を仕掛けて追い払う。


 その後ゴロゴロと慣性に従って地面を転がった。全身に虚脱感がにじみ出る。魔力を使い過ぎた…というよりも、魔力回復薬に酔った所為かもしれない。


 しかし何とか身体に鞭打って立ち上がり、刀を構える。


『オオオオォォォ!我が杖が…!信仰の証が!』

「ラァッ!」


 ユーゴさんの追撃が容赦なく刺青男に入る。男はそれを杖の残骸で防御し、仰け反って後退。そして涙を流して空を仰いだ。


『この痴れ者どもが…許さぬ、許さぬぞおおおぉぉぉ!』

「そりゃあこっちのセリフだ、このボケが!」

『あああああああ!』


 刺青男がユーゴさんに我武者羅に突進した。今までカウンターを狙っていた刺青男のパターンと離れた行動にユーゴさんは多少驚いたが、すぐさま対応して槍を合わせて突き刺そうとした。


 しかし、無音になっている事には気づけなかった。ユーゴさんは不自然に身体を固めた。見てみると、足の甲に見た事のある魔法のダガーが突き刺さっていた。


 だが、封印の力は一本だけだと弱くなるらしい。ユーゴさんは一秒もあればその封印を解くだろうが、その一秒を使って刺青男はユーゴさんの真横をすり抜け疾走、地面に落ちていた杖の先端目掛けて手を伸ばす。


「…行かせるわけねえだろうが…!」

『貴様っ、またもや…ゴッ!?』

「くっ…」


 俺は刀でそれを受け止めた。更に、動揺する奴の腹に強化した足を全力でめり込ませる。刺青男は吹き飛び、グラウンドの隅に植えられていた木に衝突して、根っこが見える程木を傾かせた。


 しかし、今の一瞬の斬り結びで、俺も反撃を受けた。ダガーを二の腕に貰ったのだ。


「はあ…はあ…」

「ちっ…!坊主!平気か!?」

「平気ですが…もう魔力は空っぽです」

「良し、気合で魔力を作れ!」

「無茶言わんでください!」


 前に出たユーゴさんの後ろで刀を構える。


『…時間だ…』


 刺青男は木に衝突し、地面にずり落ちた状態で呆然とそう呟いた。


『…これもまた、試練だというのか…』

「何ぼそぼそ言ってやがる!」

『だが、目的は果たした。さらばだ、痴れ者どもよ。次こそは必ず…殺す…』


 次の瞬間、ローブ男はどぷん、とまるで水にでも潜るかのように影に沈んで消えてしまった。


「…っだああああ!クソ、逃がした!」


 …え?こ、これで戦闘終了、なのか…?俺は目をぱちくりとさせて構えを解く。


「逃がしたって…逃げたんですか?」

「ああ…気配が完全に消えた。くそっ、原理の分からねえダンジョン間転移か…これをどうにかしないと、ダンジョンの中じゃ勝ち目ねえぞ、マジで」


 頭をがりがりと掻いていたユーゴさんだったが、俺と目が合うとすぐにニッと笑った。


「でも、今日だけは収穫がねえ訳じゃねえ。お前のお手柄だぜ、マジで!」


 そう言って、地面に落ちていた杖の先端、装飾部分に、ユーゴさんは手を伸ばそうとして…辞めた。


「触るのは辞めておこう。どんな呪いがあるか分からねえからな。ちょっと待ってろ、回収班を手配するから」

「そうですね…って、あれ?」


 なんか、目の前がぐらぐら揺れる。ダガーを刺された腕が熱い。これって、もしかして…。


「…お、おい!?大丈夫か、坊主!」


 ユーゴさんの焦った声を最後に、俺は呆気なく意識を手放したのだった。


評価、ご感想お待ちしております。

<< 前へ次へ >>目次  更新