9:殺意
田淵たちは高校まで引き返してきていた。
高校は避難民たちでごった返していた。体育館や教室は人で一杯で、中には廊下に段ボールを敷いたり、裏庭にテントを張り始めている人々もいた。
高校はドーム型の結界で守られている。その中なら、ある程度の安全は確保されている状態だった。
避難民たちが身を寄せ合い、その中を冒険者や教師、生徒会などの役員たちが走り回る中、田淵とその仲間はテント場となった裏庭で、段差に腰掛けて暇をつぶしていた。
ただ座っているだけに見えるが、田淵にとっては、万が一を考え裏庭の警備をしているつもりだった。
田淵は内心にやにやしていた。
(災害万歳!ここでサボってるだけで、避難誘導に参加したってみなされて数万円の特別報酬が協会から貰える!そんだけあればどこにでも遊びに行けんなぁ)
他の仲間も田淵のこのアイデアに従っていた。
しかし、田淵の頭の中には一つ心残りがあった。災害が起こった瞬間に、あっという間に走り去ってしまった同級生の事だ。
(…走り回るとかだせえ。俺は違うぜ。こうしてローコストで最大の利益を得るために最大限の努力をしている。あんなやつとは違うんだよな、地頭が)
凄まじい速度だった。だが、田淵はその事を頭の片隅に追いやって、忘れたふりをして同級生の疾走をそう評価した。
(どうせ半べそかいて逃げ回ってんだろうなぁ。何せ出てくるのは中級クラスのモンスターだ。夏休みに冒険者始めた奴が敵う訳ねえのに、あんな必死になっちゃって馬鹿みたいだぜ。むしろ、もうどっかで死んでるんじゃねえの?つうか、死ね!)
「なあ、田淵」
「ん…お、おう。どうした?」
仲間の1人である金髪の男が、急に立ち上がったので田淵はそれを驚いた表情で見上げた。
「ちょっと俺、他の冒険者の手伝いしてくるわ」
「はあ?なに勝手な事言ってんだよ。俺達は万が一のためにここで見張りをするって決めただろ?」
「いや、いらねえだろ。ここ結界の中だし…つか、ここでずっと座ってるのも落ち着かねえ。なんかして気を紛らわしてえんだわ。ちょっとした手伝いでもできれば報酬も増えるし」
「あ、私も行くわ。スマホ使えなくて暇だったんだよね」
「金増えんの?なら私も良く~」
女子二人もそれに着いて行ってしまう。田淵は泡を食ってその背中に声をかけた。その顔は謎の焦りが浮かんでいた。
「おい、俺がリーダーだぞ!勝手に動いてんじゃねえ!」
「万が一のために、田淵はそこにいろよ!」
あっという間に走って消えてしまった三人を見て、田淵は座り込んだ。
「…そんなキャラじゃ無かっただろ、アイツ!急にかっこつけだしやがって、ダサいんだよ!」
田淵は悪態をついて段差に座り直した。
(俺はリーダーだぞ!その俺を無視して勝手に行きやがって、舐めてんのか俺を!)
田淵の脳裏に神野の後姿がよぎる。それを頭を振るって無理やり掻き消した。
(…クソッ、リーダーの俺に従ってりゃいいものを、勝手な事しやがって!後で結束が緩んでパーティーの連携が悪くなったらどう責任取るつもりだ!畜生、何も上手くいかねえ!周りの奴の所為で俺にばかりとばっちりが来るんだ!何もかもにイライラする…)
田淵は結局そこから動くことなく、働くことなく報酬を得ることを選択したのだった。
9:殺意
ワイバーンの群れを全滅させ、俺とユーゴさんは周囲を見渡す。俺は目を強化して遠くを見るが、ボスモンスターっぽいものは見当たらない。
「ちっ、この辺もダメか」
「…そのようですね」
さっきから大分移動してきたが、戦闘になるのは通常モンスターばかりだ。その上群れとばかり遭遇するから単純に面倒くさい。
しかし、ユーゴさんのお陰でそれでも大分短縮できてはいるのだが。一秒で何体ものモンスターをなます切りにして殲滅するその実力は、流石上位の冒険者と言わざるを得ない。
それに、格上の純粋な近接アタッカーとの共闘だから、学ぶことが多い。不謹慎かもしれないが、こんな機会はめったにないだろうから少しでも自分の糧にするつもりだ。
「よっと…」
俺は電柱に上って周囲を見て回る。すると、川の方角で炎の光が見えた気がした。遅れて爆発音が遠くから聞こえてくる。
もしかして、あそこか?だとしたらもう既に戦闘が始まってるっぽいな。俺は電柱から飛び降りてユーゴさんに話しかける。
「ユーゴさん!あっちの方角で大規模な戦闘…が…」
ユーゴさんのいた方角を見るが、そこにユーゴさんはいなかった。
なんだ?もしかして置いて行かれた?いや、流石に自分で連れてきておいてそんな事するわけ…周囲に視線を滑らせて、ふと店の壁で目が留まった。
そこには、五本の魔法のダガーで、手足、そして腹を、まるで昆虫の標本のように縫い付けられたユーゴさんの姿があった。ダガーは結界が施されているのか、柄の先端部分が線で結ばれていて、そこから伸びた魔力による糸がユーゴさんを包み込んでいた。
「…は?」
視界に影が落ちる。俺は咄嗟に刀を抜いて、視界の端に迫った攻撃を受け止めた。
音は無かった。俺は音もなく吹き飛ばされ、ガードレールを突き破り、店の中に突っ込んだ。その全てが無音で行われた。
耳がキーンとなる。遅れて、ガラガラと瓦礫が崩れる音がやっとし始めた。
「…魔法で、無音にされてたのか…!?」
瓦礫から出ると、俺は自分の左腕が完全に折れていることに気が付いた。刀も歪んでいる。受けきれなかったのだ。
そして、俺がさっきまでいた場所にソイツはいた。黒いボロボロのローブで全身を覆っている人型。しわがれた腕が一本だけローブの裾から生えていて、その手には不気味な杖を持っていた。
ぞっとする。濃厚な殺意を感じた。俺は思わず刀を握る。
…ヤバい。コイツ…格上だ…!
警戒していると、不意に耳にノイズが走った。それは機械音染みたノイズだったが、すぐに人間の言葉に変換された。
『…ジジッ…ジ…痴れ者よ。我らが神々の威光を知れ』
ソイツはどこかで聞いたことのあるような言葉を吐いて、まるで体重を感じさせない動きで音もなく跳躍した。
「ちっ!」
軽口を叩く暇さえない。俺はその場から飛びのいて、上から隕石の如く振ってきたローブ男のスタンプ攻撃を避けた。そして後ずさりながら態勢を整える。
整えようとして、目の前に既に杖の先端が迫ってきていた。
「【風じ、ぶっ」
視界が真っ暗になって、俺は吹き飛ばされた。首がそのまま取れるんじゃないかという勢いで建物へと激突し、口から下の狐面が砕けて、欠片と共に血を地面に垂れ流す。
なんなんだコイツ、急に出てきやがって!
「がああああ!」
凄まじい激痛…だが、それを上回る濃い死の匂いに反応して、俺は全力で刀を振るって、真横にいたローブ男に連続で刃を放った。
ローブ男はまるで枯れ葉のように動いてその斬撃を全て避けた。完全に見切られている。
そして、次の瞬間にはローブの下から、赤いシミが見える黒いブーツを履いた足が出てきて、俺の腹を蹴り上げていた。
気が付けば、視界がぐるぐると回って空を映し出していた。地面も見える。どうやら一瞬で30mも上空へと飛ばされたようだった。
「っ…」
血を吹きだして、俺は地面へと落ちる。落下ダメージはないが、身体が全く動かない。
ローブ男は不気味な杖の、尖った先端で俺の腹を突き刺して、そしてぶん投げた。車に激突して大きくゆがませる。
動け、動け動け動け!動かないと死ぬ!俺は痛む身体に鞭を打ち、もはや熱しか感じない腹を抑えて、その場から飛びのいた。
次の瞬間には、ローブ男が迫ってきて、歪んだ車をバラバラにしていた。杖の先端から魔法の鎌の様なものが伸びているのが見えた。
俺はゴロゴロと転がって、そして態勢を整えようとして身体が崩れた。何だと思ってみてみると、左足が無い。
どうやら切り落とされたらしい。
「いってえ…!…クソッ…」
どうする?何をすればいい?こいつに勝てるビジョンはどこだ?
…って、ある訳ねえ。そもそもレベルが違う。…なら、ここは他力本願で行くしかない。
俺は息を整えて、片足だけで立つ。冒険者の体幹じゃ片足で立つなど造作もない事だ。そして魔法を唱えた。
「『風刃』!」
強化した【風刃】を、ローブ男にバラまいた。ローブ男はそれを当たり前のように避けてこちらへと迫る。
俺は刀で最初の一撃を受け止めた。二撃目で刀ごと腕を弾き飛ばされ、そして三撃目が迫る。
「オラァ!」
その攻撃を、横合いから伸びた槍の一撃が吹き飛ばし、更に伸びてきた蹴りがローブ男を吹き飛ばした。
俺の風刃で、結界から解き放たれたユーゴさんの攻撃だった。
「…悪いな。ヘマしちまった。助かったぜ」
「ユーゴさん…」
「ほら、足。くっつけて、回復薬ぶっかけろ。そうすりゃすぐ治る」
いつの間に拾ったのか、俺の足を渡されて、更に回復薬も投げ渡された。言われた通りにすると、足があっという間に治る。ついでに左腕も治し、腹にもぶっかけた。
「すげえだろ?一級冒険者は冒険者保険で渡される即効回復薬が月に3本も渡されるからな。お前も、オフの時も何かに使えるから、出来れば常日頃から持ち歩いといたほうが良いぜ」
「…肝に銘じておきます。それよりも、アイツ、何なんですか?急に出てきたんですけど…」
「ああ。俺は出てきたところも見てたけど、本当に唐突に出てきたんだよな。こう、街路樹の影からにゅるっと」
「転移…もしかして、魔神教?」
転移はダンジョン内でのものと、ダンジョンから別のダンジョンへの転移の二通りある。そして、要さんが言うに、後者は魔神教の十八番だ。
「なんだ坊主、結構その辺のことも知ってんのか…なるほど、だから異様に覚悟決まってたんだなぁ」
「…ユーゴさんも知ってるんですか?魔神教の事」
「まあな。つか、普通に敵対してるし。アイツも俺狙いなのかと最初は思ったんだが…お前狙いとはな。坊主、お前あいつらに何かしたか?」
「敬虔な信徒を一匹、葬りました」
当然アスモデウスの事だ。それを聞いて、ユーゴさんはニヤッと笑った。
「そりゃ上々。なら、そのままアイツも葬っちまおう。戦えるよな?」
「当然…!」
俺は額に血管を浮き出させながら答えた。アイツは俺の手で首を取ってやる。それに、その前に色々聞きたいことも沢山ある。
「よう、クソ邪教徒。よくも出会い頭に封印魔法かけてくれたな」
『…』
「寡黙な奴だな。なあ、一個聞いていいか?この崩壊ダンジョン作ったのってお前?」
『…』
「はいはい、お得意のダンマリね…しゃあない。お前、ここで死んでいけ」
『…』
次の瞬間ユーゴさんの姿が消え、瓦礫から飛び出したローブ男の杖と槍が打ち合っていた。
そして一瞬で二人がブレて、凄まじい破壊音が響き渡る。俺よりも上位の冒険者とモンスターが打ち合っているのだ。
「ふー…」
俺は呼吸を整えて、その様子をじっと観察し、自分の持てるカードの使いどころを思考し始めたのだった。
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