8:プロの冒険者
※前話で、主人公が回復魔法を受けた描写を追加しました。
「ッンぐ!」
お互いが縦横無尽に駆けまわり、そして道路のど真ん中で衝突する。
俺の肩に牙が食い込み血が噴き出るが、俺の拳もまた巨大狼の胸に突き刺さっていた。
『キャインッ!』
「らあああっ!」
怯む狼の横っ面に蹴りを入れて、牙を砕いて吹き飛ばす。しかしただ吹き飛ばされるのではなく、爪を俺の背中に突き立てて、大きな傷を付けていきやがった。
「ぜえっ、ぜえっ…クソ、強すぎだろ…!」
周囲に群れの狼は既におらず、魔石が転がっているのみ。後は群れのリーダーであるこいつを倒すだけなのだが、それがどうしても難しい。
巨大狼。アイツは中級中層で見たモンスターよりも強い。
拳じゃあ殺傷力が無さすぎる。決定打が足りなくてじり貧状態だ。
その上鬼月やリリアも、空間が魔素で地続きになってないとスキルに格納することは不可能だ。そもそも格納するという命令さえ届かない。
俺は手刀で手近にあった標識を切り落とすと、それに強化を流して構えた。そして巨大狼へ向けて一気に加速して突きを繰り出す。だが、奴はそれをまるで豆腐か何かのように食いちぎり、爪で俺を切り刻もうとしてくる。
連撃を避けて、また標識でガードする…が、当たり前のように一回で標識はボロボロになっていく。俺はソレを奴にぶん投げて、ほぼ同時に懐に入り込んだ。爪に当たらないように肉球の部分で攻撃を受け止めて、そのままアッパー。奴の顔が思いっきりのけぞる。
『グルァッ…!』
「うおっ!?」
巨大な口が迫ってきて、全力で横に転がる。俺の元居た空間ごと地面が食い破られる。凄まじい破壊力だ。俺は全力で距離を取って、そしてその辺に転がっていた車を掴んで奴にぶん投げた。
当たり前のようにそれも一瞬にして食い破られ、爪により切り刻まれる。
「これならどうだああああ!」
『グァッ!?』
牽制の一撃の隙に、俺は他の車を全力で強化して、端っこを持って跳躍。奴の顔に目掛けてバットみたいに思いっきりフルスイングする。
ガインッ、という音がして、悲鳴を上げながら巨大狼は後ろに吹き飛んだ。更に車を持ったまま一旦地面に着地し再度ジャンプ、上から車を突き立てる。
しかし大ぶり過ぎたのか、巨大狼は体勢が崩れた状態から器用にジャンプしてその場から消え去った。アスファルトの道路に車がずぶりと冗談みたいに突き刺さる。
「ぜえっ、ぜえっ…」
くそっ、しんどいな。それに傷の痛みで引きつって呼吸がしづらい。
せめて魔力を回復したい…けど、魔力の回復にはどうしても動きを止めて休息に入らなければならない。
回復量は動いている時と止まっている時では、十倍程の違いがある。
魔法使いは足を止めて固定砲台に徹するのが定番だが、何故定番なのかというと、それが一番威力が出せて魔力回復効率が高い戦法だからだ。殆どの魔法使いに機動力がない理由の一つでもある。
翻って、近接を得意とする冒険者は常に動き回る必要がある為、戦闘中に魔力を回復する手段が限られてくる。魔法使いと近接主体の冒険者の両立は非常に難しい。
ギリギリ可能と言えば、俺みたいに一発一発の魔力の消費が低い魔法を持っているか、要さんみたいに一発の魔法の威力を下げたりして、魔力消費量を調整できる魔法を持っているかのどちらかになる。
俺の魔力量は既に空っぽの状態だ。風刃一発さえためらうレベルだし、その風刃がクリティカルヒットしたとしても倒せる保証がない。
どうすっかなぁ。強化に回してる魔力さえ賄えなくなったら、その時こそ終わりだ。
久しぶりに死を感じる。まあ久しぶりって言っても、半月ほど前という割と最近の話なのだが。
「ふー…っ」
何とか呼吸を整えて少しでも魔力を回復させようとする俺だが、狼に待つ理由はない。駆け出して、凄まじい速度で俺に爪を振りかざした。俺もそれに対応しようと腰を落として手を差し出す。
こんなところで死んでたまるか。腕や足を犠牲にしたって、生き残ってやる。目をぎらつかせた、その時だった。
『ガッ…』
「おわっ!?」
狼の身体に複数の穴が開いた。そして俺の身体が誰かに抱きかかえられて宙に浮く。
着地し、俺は地面に落とされた。急に腹を掴まれて、凄まじい速度で持ち上げられたから思わずせき込む。
何とか顔を上げると、そこには槍を持った私服姿の冒険者が一人いた。何故か頭に祭りのとき売ってるみたいなお面を付けていた。
「ふー…危なかったな、坊主。いやぁ、見てたぜ、お前の雄姿! いいねえ、お前高校生だろ? 若い世代はどんどん育っていってるなぁ!」
そう言って回復薬を渡された。思わず受け取ると、にやっと笑われる。
「…あ、貴方は…?」
「俺は佐藤健吾の10番弟子! いま売り出し中の一級冒険者、ユーゴ様だ。お前、名前は?」
ユーゴ? 聞いたことがある。今俺が住んでる県において、トップレベルに名を上げている実力派冒険者だ。あの佐藤健吾の11人いる弟子の1人で、知名度も日本中に通用するレベル。
槍を使っている所からも特徴が一致している。つまり、本物のプロ冒険者だ。
公開されているレベルは21。俺よりも10以上も違う。
「…神野圭太。三級です」
「三級か…ガッツがある奴は好きだぜ! よろしくな、坊主!」
ユーゴと名乗るその人は、お面をずらして俺を見てきた。
「ぜえ、ぜえ…おーい、おいてかないでくださいよ、ユーゴさん!」
貰った回復薬でありがたく傷を回復させていると、遅れて何かを背負った店員姿の男がやってきた。後ろにはもう一人冒険者が付いてきている。
見てみると、籠を背負っているらしく、その籠には様々な武器が入っていた。
「お、悪いな。置いていったつもりはなかったんだが」
「はあ…っ、急に走り出すからびっくりしましたぜ? それで、そこの人がさっき言ってた冒険者ですかい?」
目の前に籠を下ろされる。
「急ですみません、冒険者さん。俺はこの辺で矢沢武器防具店を営んでおります、矢沢って言います。今店から使えそうな武器と防具かき集めて、冒険者たちに配り歩いてるんです。さあ、冒険者さんもこの中から一本どうぞ」
「えっ…あ、ありがとうございます」
そう言われて、俺は中から刀を一つ選んだ。
「防具は申し訳ないがかさばるんであまり持ってこれてないんです。とりあえず、頭を守るための装備は多めに持ってきたんで、これをどうぞ」
渡されたのは狐のお面だった。
「マジックアイテムで、結界が頭を守ってくれる効果があります。視界も案外邪魔をしません。うちの限定商品なんですが、売れ残りが大量にありましてね。こんなもんで悪いですが、是非活用なさってください」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、俺らは他の冒険者に会ってくるんで、ここで! ユーゴさんもここまでありがとうございました!」
「おう、気を付けてな」
冒険者を連れて別の場所へと走り去っていく矢沢さんとやらを見送る。
刀を抜いて具合を確かめる。量産品っぽいが良い刀だ。これはありがたい。このダンジョンを安全に脱出できる。
「さて、それじゃ俺らも、攻略に行くとしますか?」
「え?」
「えっ? どうした?」
俺は慌てて立ち上がった。
「あの、すみませんが俺はもう戻ります。三級の俺がいたんじゃ邪魔になりますし、マニュアルでは三級は避難と誘導が主な役割ですので」
「おいおい、準二級、二級レベルの実力持ってるんだ。そんなもったいねえ事させられねえよ。是非手伝ってくれ」
「えええ? いや、でも、レベル21のユーゴさんの手伝いなんて、俺じゃとても」
「何言ってんだ。この魔素濃度じゃあ、俺の実力もレベル10程度までしか出せねえよ。今は一人でも多くの強い冒険者が必要なんだ。出来るだけこの街を壊させず、被害を最小限に抑えてダンジョンを攻略しないといけない。戦力は少しでもあった方がいい。だろ?」
…確かにそうだ。でも俺には俺で事情がある。俺はその一瞬、物凄く悩んだ。逡巡した。何せ、話した事で『お前のせいでこうなった』なんて言われたら、たとえそれが真実でも真実でなくても、俺には否定出来るだけの材料がない。悪魔の証明に殺されかねないからだ。
だが、ここにきて言わない訳にはいかない。それに相手はプロだし、黙っててくれる…よな?
「…あの、俺…困難を引き寄せるスキルを持ってまして…ここにいるだけで迷惑が掛かると言いますか」
「ほう、レアスキルじゃねえか。…よく分からんが、それは困難を呼び寄せるだけで、困難を生んでるわけじゃねえのか?」
「えっ、た、多分…呼び寄せてるだけだとは思うんですが」
「じゃあ問題ねえ。むしろ向こうから原因がやってきてくれるなら御の字よ。坊主、やっぱりお前の力が必要だ。ついてこい!」
…そうなるのか。仕方ない、ここまで言われたら行くしかないな。
「…わかりました。手伝いますよ」
「それでいい! っしゃあ、気合入れていくぞ!」
俺は立ち上がって、駆け出したユーゴさんについていくのだった。
「目的地は?」
「当然、ボスを探し出して速攻でけりを付ける。ついてこれるか?」
「了解」
しばらく走っていると、ワイバーンが二体、空から襲い掛かってきた。口に火の粉を溜めてブレスを吐こうとしたので、その口に風の刃を叩き込んで黙らせる。そして、槍が閃いて首を落とした。
俺はその隙にもう一体の首を狙った。しかし、両断は出来ずに半分だけ切断。魔素を流してワイバーンは落ちていき、そのまま苦しそうに藻掻いて消えていった。
ワイバーンの処理が終わると、今度は魔力がこもった投石が俺達を襲った。目で見て避けて刀で弾き、犯人を目で探すと建物の上から猿のモンスターが群れを成してこちらに投石している姿が見えた。
「群れが多いな、今回のダンジョンは!」
ユーゴさんが突貫して猿の群れに槍を突き立てる。俺も遅れてユーゴさんの背後に回って囲もうとしていた猿の首を落とした。
いい機会だ。要さん以外のプロの冒険者の戦いぶり、是非じっくりと見させてもらおうじゃないか。
そう思っていると、ユーゴさんと目が合う。俺の魂胆を見透かしたのか、ユーゴさんは好戦的な笑みを浮かべて槍を巧みに操り、三体の猿を一瞬にして貫いたのだった。
8:プロの冒険者
「はろはろー! どうもこんにちは、ダンジョン配信者のメイメイだよ! 今日は私の地元で崩壊ダンジョンが出てきたので、攻略する様子を配信させていただきまーす!」
街の角で、魔法少女っぽいドレスを着た少女が浮遊するマジックアイテムに向けて笑顔を振りまいていた。
・はろはろー! って、マジで災害!?
・街の破壊跡やべえ。流石に不謹慎過ぎなのでは?
・がんばえ、メイメイー!
・災害なんて吹っ飛ばせ
・配信してないで人命救助してろマジで
「この辺の人命救助は既に終わらせてますぅ~! メイメイのスキルお忘れですかぁ? 生きてる人がいたらこの目で一発で分かるんですよ~?」
『グギギッ!』
そこまで言ったメイメイの周りにゴブリン達が現れた。メイメイは分かっていたかのように指を鳴らす。
それだけで、ゴブリン達一体一体を中心に目に見えない爆発が起き、その身体を吹き飛ばした。
「だから、分かってるんだってば~。よぉし、この調子で、メイメイが崩壊ダンジョンを攻略しちゃうぞ~! 皆、しっかり目に焼き付けておくんだぞ~!」
コメントが流れていくのを見て満足したメイメイは、不意に遠くで戦っている冒険者に気が付いた。
「およ、あのオーラは見たことが…ま、まさか、ユーゴさんでは!?」
・え?ユーゴマジ?
・本当だ、お面被ってるけど多分ユーゴだ! 槍持ってる!
・あのダサTは間違いなくユーゴだ!
・遠くからでも分かるくらいモンスター瞬殺しまくってる! やっぱ鬼TUEEEEE!
・突発コラボくるー?
「でも待って、一緒に戦ってる人がいるなぁ…何だあれ、お面付けてて顔見えない!」
カメラにボロボロになった学ランを着て戦う人物が遠くに映る。
「うーん、高校生なのかなぁ? それにしてはものっそい動けてない?」
・ユーゴさんの動きについて行けてる時点で只ものじゃない
・この辺の高校で言えば真宵手か。あそこそんな有名な冒険者いたっけ?
・冒険者部があるはずだけど、アマチュアレベルだった気がする
・え? っていうかマジで強くねえ?
・刀が光った! 手元がブレる! 敵木っ端みじん! …本当に高校生ですかあれ?
「ぐぬぬ、ユーゴさんなんかとコラボしたらメイメイが目立たなくなるし、あの高校生もなんかヤバそうだし…負けてられないぞ! ボスを攻略するのはこのメイメイだ~!」
・がんばえ~
・ユーゴさん な ん か と
・はい炎上
・腹黒さは隠そうな
・不謹慎過ぎる。そのまま〇ね
・←通報しました
・冒険者に〇ねは冗談じゃ済まされないしマジで処されるから、皆は真似しないようにしようね!
コメントが加速していく。二級冒険者メイメイは、どんどんと増えていく同時閲覧数に笑みをこぼしながらモンスターの群れへと突っ込んで行くのだった。
真宵手市を両断するように伸びている川。その河川敷は地獄と化していた。
『グラアアアアアアアアアア!』
咆哮が響き渡り、架けられていた橋に罅が入る。そこにいたのは巨大なドラゴンだった。『オールドファイアドラゴン』と呼ばれる、ボス級モンスターだった。
今は魔法の結界によって封じ込められ、身動きが取れずにいるようだ。
「はあ、はあ…何とか河川敷に押し込めたけど…どうしたものかな」
「団長! 近くの武器防具店から武器と防具の補充がきました!」
「おっと、それは助かる。流石に素手であいつを相手にはしたくないからね」
渡された大剣を手にして、妙齢の女性は声を張り上げた。
「よぉし、『鉄潔の女旅団』団長王子 玲子、参戦! ここから一気に畳みかけるぞ!」
「はい!」
「了解!」
周囲にいた女性冒険者たちの威勢のいい返事。それを聞いて自分も前に一歩踏み出そうとした玲子だったが、それを呼び止める声がした。
「あ、あの!わ、私達も何か出来ることは…!」
そこにいたのは、愛原加奈子とその仲間だった。
「ん?君たちは…【小唄】か」
玲子は少し考えて言った。
「いや、悪いけど、準二級になったばかりの子に参戦させるには危なすぎる。後ろに下がってモンスターの討伐、それから避難しそびれている人を探していてくれ。頼んだよ」
「は、はい…わかりました」
【小唄】の面々はその言葉に従って、後ろに下がっていった。
「…一番最初に同じこと命令したんだけどな。はあ、これだから、準二級に上がったばかりの子たちって危なっかしいんだ。自分たちもプロの仲間入りしたんだって、無茶ばかりしたがる…」
「団長! そろそろ結界が切れます!」
「ああ。さあ、総力戦だ。皆、気張っていこう!」
その場にいるのは『鉄潔の女旅団』だけではない。大勢のプロ冒険者たちがその時を待っていた。
玲子がその場から跳躍し、そして大剣を振りかざしてドラゴンの頭に一撃入れた。
「団長に続けええええ!」
それが合図となって、冒険者たちの総攻撃が始まったのだった。
ところ変わって、市内の駅前。
「はああ!」
両手剣を真っ白に光らせて、篠藤裕二が狼型のモンスターへと攻撃を繰り出していた。
しかし、その攻撃は狼の毛皮に当たった瞬間に散らされた。
「はあ…はあ…不味いぞ…! 僕は1人だとあまり力を出せないんだ!」
背中を向けてダッシュ。狼の攻撃を何とか避けてゴロゴロと転がる。
「くそっ、クソクソッ! なんで寄りに寄ってオフの日に!」
普段の雰囲気とは打って変わって悪態をつきながら逃げ回る。
「畜生! 『皆が僕に注目して』さえいれば、僕は勇者になれるのに!」
『グラアアアア!』
「ひいいいい!?」
巨大狼が口を開く。裕二は悲鳴を上げて、その攻撃を何とか回避し続けたのだった。
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