7:崩壊
『崩壊』…それは、ダンジョンが外に影響を及ぼす大災害のうちの一つだ。
ダンジョンを魔素払いの水晶などで完全に湧きつぶしをして放置するなど、ダンジョンの活動を一定阻害するような行為を行うと、ダンジョンは文字通り『崩壊』する。
ダンジョンの中に存在していた広大な空間は崩れ、そしてまるで袋の内と外を逆にするかのように裏返る。その結果何が起こるかというと、周辺地域の急速なダンジョン化が起こるのだ。一定範囲内に魔素が充満し、至る所からモンスターが現れるようになり、モンスターは周囲の全てを破壊し始めるのである。
『氾濫』の場合は魔素の放出もモンスターの放出も、基本はダンジョンから放たれるものになる。また、出てくる時と出てこない時が交互に出てくるウェーブも起こる為、封じ込めしやすい。ただ、モンスター達が際限なく移動し、魔素も長く定着してしまう為、被害範囲が広くなりやすいという特徴を持つ。
しかし『崩壊』の場合は一気に魔素が散乱され、周辺地域がダンジョン化し、あっという間にそこがモンスターだらけになってしまうので被害が大きくなりやすい。また、攻略するにはダンジョンボスが守護するダンジョンコアを破壊するしか手はなく、この時現れるダンジョンボスは例外なく強化種であり、攻略は困難を極める。
ちなみに《魔素払いの水晶》は崩壊ダンジョンには通じない。通じないというか、崩壊中はダンジョンが放出する魔素が特殊仕様となるらしくすぐに壊れてしまうのだ。効果が出ても数分で使えなくなってしまう。
崩壊性ダンジョンとは、出現した瞬間に『崩壊』を起こすという迷惑すぎるダンジョンの事だ。何故崩壊が起きるのか、何故そんなものが出現するのか、一つも解明されていない謎の塊のようなダンジョンだ。
日本では過去に数回だけ、世界でも非常に数の少ない稀有なダンジョンである。
さて、ダンジョンが『崩壊』して、一番最初に出てくるモンスターは『崩壊モンスター』と言って特殊な仕様となっている。簡単に言うと他のモンスターよりも強化されているのである。
要するにまああれだ。いつもの奴という事だ。
7:崩壊
『ググググ…』
蹴りを食らってのけぞったサイのモンスター。鬼月と一緒に勉強したことがある。確かこいつは下級深層レベルのモンスターだったはずだ。
でも、威圧感で言うと中級上層レベルだ。
「ぼ、冒険者だ!冒険者が来てくれたぞ!」
周囲を見渡す。思った以上に人が多い。俺は冷や汗を垂らした。
「―――、下がっててください!」
『グオオオオォォォォ!』
一般住民の人が一斉に走り出す。それを見てサイのモンスターは地団太を踏んで地面を揺らした。そして突進を仕掛けてくる。
俺は身体全身、そして地面に強化を走らせた。インパクトの直前角を俺に突き刺そうとしてきたが、避けて真横から顔に抱き着いて突進を受け止めた。
「舐めんなあああああ!」
バガンッ!と、俺が強化した足場を残してその周辺のアスファルトが思いっきり砕け散る。身体に凄まじい衝撃がぶち当たり、俺は足場もろとも後ろに押された。
まるで水の上に浮かんだ船のように、砕けたアスファルトに乗って足場が浮かび上がる。俺は足に力を入れて、それを何とかコントロール。
そして、奴の足元に風刃を走らせる。足場を壊してやると、ただでさえ砕けていたアスファルトの上にあった奴の足が滑って体勢を崩す。そのまま思いっきり顔を捻ってやれば、ソイツは横転して地面に倒れ込んだ。
俺はそのまま刀を手に持ったイメージで右手を振り下ろし、全力の風刃を奴の首に放つ。半ばまで両断され、サイは苦しそうに悶えながら消えていった。
いつつ…ろ、肋骨が痛い!それに奴の顔を挟み込んだ右腕もなんか違和感がある。なんだこれ、折れてんのか!?
それに、強化と風刃で魔力を結構消費した。休みたい所だが…俺は周囲を見渡して人に呼び掛けた。
避難所でここから一番近いのは、確か小学校の方だ。俺がいつも利用しているバス停は高校と小学校の間にあるのだが、小学校寄りに位置している。つまりここからだと小学校の方が近い。
国公立の教育機関、市の体育館などには、異常事態時に結界を張るマジックアイテムが設置されていて、いざという時の避難所として使われる。
「今から真宵手小の方まで避難します!あそこは結界があって安全な筈です!絶対に慌てないで、俺から離れずついてきてください!」
「わ、分かった!」
「ありがとう、本当にありがとう…」
「けが人はいませんか!?車は一回諦めて、ここに捨てていってください!徒歩で移動します!」
周囲を見渡すと、歩けない程のけがをした人はいなかった。子どももいたが、親が背負って移動してくれるみたいだ。
俺は移動を開始した。元来た道よりも別の道を移動した方が早い。先頭に立って走って、周囲を警戒しながら進む。
途中街路樹から急に飛び降りてきてゴブリンが襲い掛かってきたが、風刃で一掃。被害は出さなかった。
「急いで!」
驚いて立ち止まってしまった人たちに声をかけて走らせる。と、別の場所から轟音が響き渡った。
そこから、冒険者数人と避難している人達。さらに、その後を追う蛇のモンスターが現れた。アイツも崩壊モンスターだ。
冒険者らしき私服の人達が応戦しているが、かなり苦戦している。何人かは私服で戦っていて、怪我をしていた。
「絶対にここから動かないでください!」
俺はそう言って、全力で右手に魔力を溜めて、駆け出した。
そして不意打ち。そのまま溜めた魔力の分で風刃を生み出して、首を切り落とした。
「はあっ、はあっ…た、助かった…!」
「救援感謝します…!」
息も絶え絶えで声をかけてきたのは、大人の冒険者だった。
「いえ、それよりも俺も避難の護衛中なんですが、合流良いですか?」
「もちろん!貴方ほどの人がいてくれると、こちらとしても助かりますので!」
という訳で住民を合流させ、避難を再開させる…はずだったのだが、後ろの方で魔素が集中しモンスターが湧いた。
豚面の人型モンスター、オークだ。崩壊モンスターではないが、こっちは間違いなく中層レベル。
「足止めします!」
オークがずしんずしんと走ってきて、拳を繰り出してきた。それを避けて全力でボディーブローを放つ。オークは一瞬浮いて着地。自分なりにかなり綺麗に決まったと思ったが、奴は何事もないかのように顔を上げた。
やっぱ拳じゃ殺傷力が足りない。とはいえ今の調子で風刃を使いまくってたら、魔力切れで倒れかねない。
『ブォオオオオオ!』
必要最低限の風刃で、魔力消費を抑えながら倒す必要がある。俺は奴の攻撃を避ける。巨体の癖に拳が早いが、俺よりも早い訳じゃない。
隙を狙うが、突如として奴の顔にレーザービームがぶち当たった。他の冒険者の援護だ。ダメージは与えていないものの、怯ませた。
俺は一瞬の隙を突いて跳躍。オークの首を落とした。
「ふうっ…助かりました、ありがとうございます!」
「おう、こちらこそ!」
移動が再開された。どうやらこっちには遠距離魔法が使える冒険者が一人、近接が得意な冒険者が俺を含めて四人、そして、全体を見て指揮を出せる冒険者が一人いるらしい。
指揮を出せる冒険者は住民の誘導もできて回復魔法も使えるため、ある意味一番重要な役だ。俺も治してもらったし。
ただ、一番懸念なのは俺の【塞翁が馬】が発動していることだ。ステータスが発動しているということは、スキルも発動しているという事。出来るだけ早くこの場を任せて一人になるか、崩壊ダンジョンから脱出するかしないと被害を生みかねない。
どうしたもんかと考えてながら、交差点付近を通り過ぎた時、突如として後ろからエンジン音が鳴り響いた。
車が道路を逆走して猛スピードで走ってきたのだ。俺含め冒険者たちはぎょっとして避難民の前に立つ。
車は古い機種だ。過去にダンジョン氾濫があった時に、軒並み車が動かなくなり多くの被害が出た。その後に流行った、電気による制御を最低限にした車だった。
運転手が俺達に気が付くと、方向転換。電柱にがんっ、とぶつかり電柱を揺らした。そして、そのままじりじりと歩道に乗り上げて走り出した。
「君、すまないがあれどうにかできる!?」
「えっ、わ、分かりました!」
俺はジャンプし、その車の前の部分を踏み砕いた。減速していたこともあり、すぐに車が止まる。また、もう一人冒険者がやってきて中にいた20代の男を引きずり出した。
「何ふざけたことしてやがる!ダンジョン災害時は車は捨てて逃げろって、免許取る時に習うだろうが!」
「俺の車が!弁償してもらうからな!」
「弁償する必要なんざねえんだよ!俺達冒険者は、災害時はありとあらゆる危険への対処が認められてんだ!テメエ、避難してる人達をひき殺したり、避難所に車で突っ込みたかったのか!?」
怒声を上げ合うも冒険者の力に勝てるわけがなく、結局その男は避難集団に合流させられていた。
その後数分して、見慣れた建物の頭が遠くに見えてきた。
ゴール地点だ。普段なら歩いて数分なのに、本当に長い道のりだった。
が、その時だった。
『ワォォォォォォオオン』
そんな遠吠えが聞こえたのだ。振り返ると、道路、そして建物の屋上、様々な場所を狼モンスターの群れが移動して、こちらに向かってきているのが見えたのだ。
一対一ならひきつける事で何とかなるが、群れが相手だと被害を出しかねない。あれは早い所動き出さないと間に合わないな。
「後ろからモンスターの群れ!足止めに向かいます!」
「了解、武運を祈る!」
かっこいい言い回しで応援を残したリーダーにうなずいて、俺は足を全力で強化して駆け出した。
そして、全力で高速移動。縦横無尽に駆けまわって、狼たちを殺して回った。
足で蹴って、強化した腕で地面に縫い付けて、反撃してきた狼を容赦なく叩き潰す。
狼たちが魔素に還っていくのを見て後ろを見ると、どうやらうまく逃げてくれていたらしい。離れた所で避難中の住民が歓声を上げていて、冒険者たちも雄たけびを上げていた。早く行ってくれ。
俺は前を向く。狼の群れは立ち止まっていて、俺を警戒して低く唸っている。
更に、影が差した。
『グルルル…』
巨大な狼が音もなく降り立つ。俺は息を整えて、手足に強化を回した。
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