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1:高校生冒険者たち

※胸糞表現があります。ご注意ください

「…今日から学校か…」


 俺はため息をつきそうになるのを何とかこらえた。


 9月2日。昨日始業式があり、今日から通常授業がスタートする。


 俺はというと、好きに惰眠を貪れなくなるという一点で、時の流れとは残酷なものだと痛感している所だった。おかしいな、夏休みが始まった直後は休みの日があれだけたくさんあったのに。


『朝から憂鬱な表情だナ。ダンジョンならば僕とリリアでちゃんと管理しておくゾ』

「…いや、そっちは心配してない。ただ、寝れないのがしんどいだけだ」

『全く、しっかりとするんダ。それでもダンジョン攻略者カ?』

『ケイタ、頑張れー』

「あいあい、頑張るよ」


 呆れた様子の鬼月とリリアに励まされ、俺は制服をしっかりと着て鞄を持った。


「婆ちゃん、爺ちゃん、行ってきます」

「おう、気を付けてな」

「いってらっしゃい、ケイタ」


 リビングにいた二人にも声をかけて、俺は玄関に向かった。


『ケイタいつ帰ってくるの?』

「んー…18時くらいになるかな」

『ケイタ頑張ってね。…頑張ったらすぐ帰ってこれる?』

「悪いが、学校はそういうんじゃないからなあ…」


 リリアが寂しそうだ。頭を撫でた。


「爺ちゃんと婆ちゃんの手伝いをしてやってくれ。リリアがいたら百人力だからな」

『うん』

「鬼月、頼んだぞ」

『うん、いってらっしゃい、ケイタ』

「おう、行ってきます」


 二人に手を振って玄関を開けて、外に出る。


 門をくぐると、門の外にいた少女が「あ」と声を出して俺に気が付いた。


「陽菜、おはよう」

「圭太君、おはようございます」


 陽菜だった。


 陽菜はあの後、親を説得して橘のおじさん、おばさんの家に居候することにしたらしい。パーティーメンバーとして出来るだけ近くにいたいと陽菜が言い出したのだ。


 当然通学の点で言えば実家から出た方が早いが、どうしてもと頼み込まれ、陽菜の親御さんたちも折れてしまったようだ。

 

 一度挨拶に来た際、陽菜の親御さんたちと会ったけど、凄く良い人たちだった。たまに俺の事をジロジロ見てくることがあったけど、それ以外は普通の優しい夫婦と言った感じだった。


「今日からこうして一緒に登校か。ずっと一人だったから、こういうのってなんかうれしいな」

「そうですね。私もなんだか新鮮です」


 俺達は二人で歩きだす。陽菜とは学校の方向が真逆だから、バス停でお別れだ。


 バス停の一歩手前で、陽菜が立ち止まり、俺に何かを差し出してきた。


「あ、あの…これ、良かったらどうぞ」

「これって…弁当?うわ、ありがとう」


 それは弁当だった。俺は目を丸くしながらも喜んでそれを受け取ってしまった。


「でもいいのか?食費とか、負担とか、嵩むんじゃ…」

「気にしないでください。それよりも、帰ってきたら感想を聞かせてくださいね?」


 そう言って、陽菜は手を振ってバスに乗っていった。


 女子の手作り弁当とか、初めて食べる。大切に食べなければ…朝から一生分の元気を補給し、俺は俺でバスに乗って学校を目指すのだった。





1:高校生冒険者たち





 教室までたどり着く。扉を開けるとそこからついに学校生活が始まってしまう。


 友達がいないボッチ。それが今の俺だ。しかし、どうにも悲しい気持ちとかは湧いてこない。むしろ気楽だし、しばらくこのままでもいいとも思っている。


 だから、今日も今日とてボッチとして過ごすつもりだ。新学期明けだからって夏休みデビューとか全く考えていない。


 俺は教室に入った。一気に視線が集中してきた。既に教室にいたクラスメート達が会話を辞め、俺に注目していたのだ。


 い、一体何なんだ?


 俺は自分の机まで行く。そして周囲を見渡すが、ざわざわと喧騒が戻りあからさまな視線は減ったもののまだちらちらと視線を感じる。


「俺、実は冒険者始めてみたんだけどさ!」

「実は俺も、道場に通い始めた。冬には冒険者だ!」

「私も、魔法使い目指すの!」


 そんな声が聞こえてくる。やはり、夏休みを機に冒険者を始める生徒が多かったらしく、聞こえてくるのは大体そんな話題ばかりだ。


 しかし、やっぱり視線がまとわりついてくる。どうやら注目されているようだ。


 どうしても気になって、俺は隣の席に座っていた男子に声をかけた。


「…あー…坂口、君?ちょっと聞いていい?」

「え?いや、俺坂本なんだけど…」

「…すまん、間違えた!えっと、坂本君。この教室の空気って何なんだ?」

「…別にいいけどさあ。お前知らないの?」


 坂本は困った風に周囲の友達と顔を見合わせて、最後に俺に顔を向けた。


「つっても、俺も良くは知らないんだけど…お前、なんか注目されてるみたいだぜ?」

「注目?なんでそんなことに」

「お前に心当たりがないなら俺だって知らねえよ。まあ、何か分かったら教えてやるよ。隣の席のよしみでな」


 坂本はそれ以上話すうつもりはないのか、話を切り上げた。


 なんか含みのある言い方だったな。こうなってくると更に気になってくる…のだが、これ以上アクションを起こすほど気になるってわけじゃ無いな。死ぬわけでもあるまいし。


 俺は一旦周囲の事を忘れて、いつも通り授業の準備を始めた。


「おはよう!皆久しぶり~!」


 しばらくして、綾さんが教室にやってきた。忘れかけていたけど、そう言えばクラスメートだったな。


 綾さんが来て大分空気が変わった。クラスメート達がこぞって綾さんに話しかけ始める。


 俺の所属しているクラスは、どうやらいくつかのグループに分かれているらしい。綾さんが中心の一番活気のあるグループが一つ、そしてその他大人しめのグループがいくつか。


 特に綾さんは、同じく見た目が良い金髪ギャルや、身体の小さめの小動物系ギャルと仲が良いらしい。


「あ、神野君も、おはよう!」

「おはよう、鈴野さん」


 小さな声でウィンクをしてきて、軽くやり取りをする。目立たないように上の名前で呼んでくれるというさりげない気遣いに胸が温まる。


「おはようございます、皆さん!今日も張り切っていきましょう!」


 という所で先生が教室に入ってきて、久しぶりの学校生活が本格的にスタートした。


 昼休みに入り、俺は早速陽菜の弁当を食べるために人気の少ない所を探しに行った。普段は教室で食べるのだが、これだけは集中して静かな環境で食べたかったのだ。


 という訳で人気のない裏庭までやってきて、俺は陽菜の弁当を心行くまで堪能した。俺の好きなオカズばかり入っていて、陽菜の気遣いが身に染みる。っていうか、さらっと食材アイテムまで混ざっている。これ、そんじょそこらの高級弁当よりもずっと価値が高いんだが…。


 いや、女の子の手料理に何を無粋な。俺は余計な考えをシャットアウトして、全て平らげた。


「お、来た来た」


 腹がいっぱいになって教室に戻ると、何やら空気がおかしい。


 クラスでも声がうるさいと評判の…えっと…まあ、クラスメートの一人が、俺を見てニヤニヤしていたのだ。


 彼は珍しく中央で話をしていた。彼が中心になって会話が回るのは珍しい気がする。俺はあからさまに見られている状況で流石に無視をするわけにもいかず、自分から声をかけた。


「…何か用?」

「神野~、いや、丁度お前に聞きたいことがあってよぉ。これ、お前?」


 そう言って携帯を見せられた。それを見て俺は顔をしかめる。そこには、鈴野さんの店で武器を物色する俺の後姿の写真が写っていたのだ。


「…これは、確かに俺だけど。なんでこんな写真持ってんの?」

「お前知らないの?今これが拡散されてんの」


 そう言って、彼は真っ黒なレイアウトのサイトを見せてきた。確かにそこには俺の後姿の画像が張られていて、その後で大量のコメントが付いていた。


 うわー、色々と書き込まれてる。誹謗中傷なんでもありかよ。


「はあ…今朝の視線はこれの所為か…」

「おいおい、何平気なふりしてんだよ。勘違い陰キャ君。お前、今周辺地域で恥ずかしい奴として認識されてんだぜ?何せ、今までボッチだった根暗野郎がよぉ、夏休みを機に冒険者になってデビュー目指しちゃいました!なんて、痛々しいし恥ずかしすぎるだろ!」


 …そして、俺が冒険者を始めたのって周囲の目にはそう映るのかよ。


 別にいいだろ。冒険者しても。なんでそこまで言われなきゃいけないんだ。


 それにしてもこれは流石に性格が悪いな。普通に盗撮だし、色々と対処しなければ…はあ、面倒だ。


「なるほどな。教えてくれてありがとよ。それじゃあ」

「はあ?おい、逃げんなよ!」


 に、逃げんなよ?何から逃げるっていうんだ?俺は思わず立ち止まった。


「えっと…他に何か用があるのか?」

「お前さあ、調子に乗ってんの?」


 空っ風が吹いた気がした。


「…はい?」

「だからさあ、調子に乗ってんだろ。根暗の癖に、なんだよその態度は!」

「別に普通だろ。お前こそクラスメート相手に何言ってんだ?」

「あのさあ、俺は夏休みの間にほぼ毎日冒険者としてダンジョンに潜ってんの。で、クラスでもそこそこの地位にいる訳よ。で、お前は?夏休みデビュー狙って形だけの冒険者資格取って、かまってちゃんムーブしてる痛々しいお前と俺が、どう見たら同じに見えんだよ!」


 あー、これ、俺攻撃されてんのか。今こいつは、声を荒げて俺を怯ませようとしているのだ。


 しかし、覇気がないな。前までの俺は多少は怯んでたかもしれない。アスモデウス戦での経験は、どうやら俺の中で何かを一皮むくきっかけになったらしい。


「悪いけど、本当に何を言ってるのか分からないな。俺はそんな事の為に冒険者になった訳じゃないし、かまってちゃんムーブ?もした覚えはない」

「きっしょいんだよテメエ。あー、俺こういう奴苦手だわ。なあ、皆も引くだろ、マジで」

「…」


 おい、コイツもしかしてヤバい奴なのでは?


 そして周囲もクスクスと笑ってんじゃない。


「…はあ、えっと…田口君だっけ?」

「…あ?田淵だよ!」

「田淵君。今まで一度も話したこともない赤の他人のお前が、どうしてここまで突っかかってくるのかは知らないけど、結局お前は何が言いたくて俺を引き留めてるんだ?わけのわからない事ばかり言ってないで、さっさと要件を済ませてくれないか?」


 俺がそういうと、少しだけ沈黙が流れた。


「テメエ…調子に乗ってんじゃねえぞマジで…!」

「またそれか。あのなあ、同じ学校の、同じ教室に通うクラスメート相手に『調子に乗ってる』とか言ってるお前の方が調子に乗ってるんじゃないかと俺は思うぞ」

「ぶっ殺す!」


 マジかよ。コイツ殴ってきやがった!


 …でも、どうやらかなり遅い。


 田口の右ストレートのパンチを、俺は手首を掴んで反らして足を引っかけて地面に転ばした。


(…パンチがはっきり見えた。しかも、その後の対処も全然余裕だった。食材アイテムで身体が強化されてるのと、ダンジョンで戦闘経験を積んだお陰か)


 俺はため息をついた。


「危ないな。急に殴り掛かってくるとか、お前何考えてんだ?」

「て、テメエ…神野ぉ…!」

「怖いって。田口、お前本当に大丈夫か?一旦落ち着こうぜ、な?」


 目を血走らせる田口。俺は一周回って心配になって、ゆっくりと話しかけて手を差し出した。


「…っ、だから、俺は田淵だっつってんだろ!」

「あ、それはマジでごめん…わざとじゃないんだけど…!」


 立ち上がってまた殴りかかってきた。その時だった。


 教室の扉がばんと開け放たれた。そこには目元を涙で濡らした綾さんがいた。


「…神野君、大丈夫!?」

「鈴野さん?ど、どうしたんだ?」

「待って、ごめんね…今落ち着くから…」


 綾さんは俺まで真っすぐやってきて、俺の手を取って声をかけてきた。俺の声を聴いて安堵の表情になった鈴野は、少し涙を拭いて呼吸を整えていた。


「ごめんね、神野君…!…私のお店でこんな事が起こるなんて…本当にごめん…」

「綾さん…その、俺、気にしてないから…」


 頭を下げられ、何度も謝られる。俺はなんて声をかけていいか分からなかった。


「あ、綾…」


 そして、攻撃的だった雰囲気から打って変わって、おどおどとし始める田淵。どうやら綾さんとは知り合いらしい。


「…田淵君…ねえ、今神野君に何してたの?」

「いや、その…今のはだな…」

「殴りかかろうとしてたよね?他の皆も笑ってみてるし、変な写真も出回ってるし…ねえ、なんなのこれ?今日皆どうしちゃったの?」


 綾さんの震えた声は、静まり返った教室に響き渡った。


「やめてよ、こんなの絶対おかしいよ…」


 しくしくとただ悲しそうに涙を流す綾さんに、教室の空気は変わった気がした。


「…私も、正直見ていて気分悪かったし…」

「ていうか、田淵も言い過ぎじゃね。ただ冒険者始めただけでさあ。神野にそこまで言われる謂れはねえだろ」

「これは流石にやりすぎだよな」


 ざわざわと同調の声が上がっていく。田淵と、田淵と一緒にいたグループは一気に居場所を失いどよどよとしていた。


 すると、綾さんの友達のギャルの一人が前に出てきた。綾さんと一緒に教室に入ってきていたらしい。


「はいはい、この話はここまで!皆も、これ以上変な話題は拡散しない、関わらない!分かったらいつも通りに過ごそうね!」

「そだよ~、こんな雰囲気の悪い教室、うち嫌だなぁ~」


 という訳で、いったん空気はリセット…された、のか?まあ、少し重たかった空気は軽くなり、ざわざわとクラスメート同士で会話する声が生まれ始めた。


 俺はその後、綾さんと一緒に教室を出て人気のない廊下にやってきていた。


 綾さんはまた俺に向き直って、頭を下げてきた。


「本当にごめんね、圭太君…一番最初に誰にも言わないから安心してって言ったのに…こんなことになっちゃって…」


 どうやら綾さんは、昼ご飯を食べている最中に俺の画像の件を知ってしまい、慌てて俺に会いに来てくれたらしい。


 朝はフレンドリーに挨拶してくれたのに、今では目も合わせず申し訳なさそうにしている。


 綾さんが謝る必要は絶対にないだろう。悪いのは盗撮犯であって俺達じゃない。しかし、それをどう伝えればいいか、俺は悩んだ。


「…この件は、俺の所為でもなければ、ましてや綾さんの所為でも絶対にない。悪いのは全部盗撮…犯罪を犯した奴だ。綾さん、俺達が気負う事は何一つとしてないんだよ。だから、そんな苦しそうな顔しないでくれ」

「…う”ん…」


 鼻水を垂らして顔を上げる綾さん。俺はハンカチを取り出して綾さんに貸しつつ、どうやら伝えたいことが届いてくれたようだと安堵して、話をつづけた。


「綾さん、俺達は仲間だよな?」

「…うん」

「仲間が攻撃されて黙ってる冒険者がいると思うか?今回の件、俺は徹底的に犯人を捜しだして、俺や綾さんの店に迷惑をかけたふざけた野郎に代償を支払わせるつもりだ。だから、良かったら手伝ってほしい」

「…うん。何すればいいか分かんないけど…どんな事でも手伝う。うちのお店の信頼を貶めるようなことをしたんだもん。それなりのお灸をすえてもらわなきゃ、気が済まないよ…」


 どうやら綾さんも心の中では物凄く怒りを感じていたらしい。声に剣呑とした感情が混ざる。家族経営している店でこんな問題を起こされたのだ。当然の反応だろう。


 にしても、美人が怒ると怖いのなんのって…綾さんは怒らせないようにしよう。


「じゃあ、俺達は学校でも同じ敵を倒すための仲間、協力関係ってやつだな」

「ぐすっ…うん、そうだねっ!…えへへ」


 さて、とはいってもどうしたものか。一回爺ちゃんにでも相談してみるかな…。


 教室に戻った後は普通に授業を受けて、普通に放課後になった。たまに田淵がこちらを睨んでくることはあっても、それ以上の接触は無く、俺に対する好奇な視線は少なくとも教室の中では起こらなかった。


 SHRが終わり、家に帰ろうと廊下を歩いていると、二人の生徒とすれ違った。


「…そこの1年生、止まれ」

「…は?俺の事?」


 急にそんな言葉が聞こえて振り返ると、先輩であろう男子二人が俺を見ていた。俺は思わず自分を指さして尋ねると、鼻で笑われる。


 ゴリラのような男と、カマキリのような男だった。


「お前が今話題になってる勘違い野郎か」

「なんだ、随分とチビじゃないか。お前みたいな奴がいるから、冒険者は誰でもなれるなんて幻想を抱く奴が後を絶たないんだ。ええ?何か言ったらどうだ、チビ一年」

「…あの、急に何なんですか?っていうか、誰ですか?」

「とぼけるなよ、知らないはずがないだろう。俺は冒険部部長、小笠原日昭だ」

「副部長の田尻だ。チビ一年」


 冒険部って言えば、冒険者としてのイロハを学ぶための部だった筈だ。うちの学校は冒険者を支援する校風の為、冒険者関連ではかなり寛容なのである。


「…どうも。で、何か用事ですか?」


 俺が尋ねると、二人は明らかに俺を馬鹿にした態度を取った。


「まあ忠告だ。どうせ冒険者になれたんだから冒険部に入ってみたいな、なんて思っていたのだろうが、先にいっておくぞ。お前みたいな勘違い野郎は願い下げだ。明らかに雑魚の貴様では、うちのレベルが下がるからな」

「は?いや、別に入ろうだなんて思ってないですけど…」

「はっ、残念だったな。お前は面接さえ受けられなかったんだ。この現実をしっかりと噛みしめて、これからは身の程に合った人生を送る事だ」


 二人は言い捨てるようにそう言ってどこかへといってしまった。


 いや、人の話聞けよ。何なんだ今の奴ら。


 俺はあきれ果てて、すぐに今起こったことを記憶のゴミ箱フォルダに突っ込んで歩き出した。すると、また二人組に止められる。


 なんなんだよ、今日は!そう思って顔を見上げると、


「やあ、久しぶりだね、圭太」

「今、ちょっと時間いいかしら」


 そこには、久しぶりに見た幼馴染と、中学の頃からの悪友の姿があった。


 呼び出され、またしても人目のない場所へと向かう。今度は空き教室だった。


「聞いたよ。今大変なことになってるんだってね」


 そう言ってくるのは、悪友である篠藤裕二。


「まあどうでもいいけど…こっちに迷惑だけはかけないでよね」


 と辛らつな言葉を吐いてくるのは、幼馴染である愛原加奈子だった。


「まあな。でも、俺も特に気にしてないし、好きにやってろって思うだけだ」

「だろうね。圭太の図太さは世界一だから」

「それ、どういう意味だよ」

「言葉通りの意味なんじゃない?厚顔無恥な圭太君」

「加奈子、お前はソレ言葉の意味を知って使ってるのか?」

「どういう意味よ、ソレは!」

「加奈子は昔から覚えた言葉をすぐに使いたがるからね。色々間違って覚えてるし、滑稽な女だよね」

「今回は間違ってないでしょ!?…え?間違ってないよね?」


 憤慨する加奈子とその加奈子を見て煽るような笑みを浮かべる俺は相変わらずの二人に少し安心した。


 冒険者として成長し、中々話す機会が無かったからな。まだ昔のノリでも通用するのが割と嬉しい。


「本当、久しぶりだな、二人とも」

「ああ、そうだね、圭太。久しぶりだ」

「ふんっ」


 そう言えば、言いたいことがあったんだ。俺は口を開く。


「そういえば、テレビ見たぞ。何が文化祭では自分たちが主導した、だ。殆ど俺にまかせっきりだったじゃねえか」

「あれ、そんな事言ったっけ?うーん、言ったような言ってないような」


 裕二が首をひねってとぼけた。


「私だって手伝ったじゃない、少しくらい。それに、そう言った方がいいって篠藤が…」

「僕のせいにするのかい?まあ、確かにそうした方がいいとアドバイスはしたが、最終的に同調したのは君の選択だろう」

「あんたのそういう、無責任な所が虫唾が走るのよね」

「ははは、嫌われちゃったなー、悲しいなー」


 俺はため息をついた。


「はあ…どうでもいいけど、ああいうのはもうやらない方がいいぜ。俺は別に気にしないけど、他の奴だったら絶対気分悪くするだろ、あれ」

「忠告どうも。まあ今後気を付けるさ…さて、そろそろ本題に入っていいかい?久しぶりに話に花を咲かせるのも良いが、生憎時間が無くてね」

「話って、なんだよ?」


 俺がそう尋ねると、裕二は笑顔のまま答えた。


「話って言うのはね…僕ら、縁を切らないかと言いに来たんだ」

「…はあ?」


 縁を切る?何言ってんだ、コイツ。


「今更何言ってんだか。切ろうとしても切れない縁だから、腐れ縁って言うんだろ?」

「僕らが腐れ縁って?まあ今までは確かにそうだったかもしれない。でも、これからは違う。完全に、確実に縁を切るんだ。僕らはもう、関わらない。赤の他人になるんだよ」

「…気分の悪い話だな。どうしてそんなことを言うんだ」

「それは、アンタがいつまでもウジウジと未練がましくするからでしょ?」

「はあ?」


 今度は加奈子が俺に吐き捨てるようにそう言った。


「どういう意味だ?」

「どういう意味もこうもないでしょ。私達が冒険者になって忙しそうにしてるからって、普通自分も冒険者をやる、なんて貧相な事思いつく?圭太ってさあ、そこまでして私達に寄生したいの?」

「まあ、僕らは人よりも優れた点が多い。そんな友人が二人同時で離れていく事に焦りを感じる圭太の気持ちも理解できるよ。でもね、僕らはもう同じステージに立っていない。全く別の世界を生きる赤の他人なんだよ」

「…」


 俺は二人の顔を見比べた。…どうやら本気で言っているらしい。


「自分も冒険者になれば話が出来るようになる、なんて本気で勘違いしてたのかな。夏休みの間に初心者ダンジョンに潜ってたんだろ?だったら今は大体レベル3か4ってところか?あのね、正直言ってその程度の君が、僕たちプロ予備軍の冒険者と同じステージに立とうだなんて夢物語も良い所なんだよ?」

「…今日はこういうのばかりだな。俺は別に、お前らと仲良くするために冒険者になった訳じゃないって、何度言えば分かってもらえる?」

「そんな見え透いた強がり、惨めったらありゃしないわね」


 俺は言葉も無かった。生憎、友人だと思っていた二人にそんなことを言われて傷つく…なんて殊勝な間柄ではない。いつでも辞めれる、いつでも関係を絶てるような相性の悪い三人なのに、なんだかんだ一緒にいる。俺達はそんな不思議な間柄だったのだ。


 それがここまで嘲られ、悪意を向けられるとは、俺は思っても見なかった。俺の中でこいつらは、ひねくれているだけで悪い奴らではないと認識していた。それを裏切られたことに対するショックが何よりも大きかった。


「分かるか?無駄なんだよ、無駄。冒険者なんてやめろよ。これ見よがしにぶんぶん僕らの視界の隅で飛び回らないでほしいんだ。見苦しいからね」

「諦めが悪い男はモテないわよ。まあ、アンタの場合どうあがいてもモテないだろうけど」


 二人はそう言って、踵を返した。


「じゃあそういう事だ。もう話すことはないだろう。さようなら、圭太」

「ばいばーい」


 俺は流石に声をかけられなかった。いつもなら辛らつな言葉を言われても、どれだけ心をえぐる冗談を言い合っても、俺が突っ込んでうやむやになっていた。


 でも、今回ばかりは俺も突っ込む気力を失った。朝からこっち、面倒なことに巻き込まれ続けた疲れが出たのか、それとも愛想が尽きたのか…どっちもの可能性もあるか。


 しょうがない。二人がそういうのであれば、俺はもうアイツラとは他人だ。残念だけど…ここであいつらとは終わりなんだ。


 俺は少し気が滅入ったまま、空き教室を出て下駄箱へと向かった。


「おいっ、待てよ、神野!」

「あ?」


 また呼び止められ、俺は思わず低い声で反応してしまった。そこには少し怯んだ様子の田口がいた。


「なんだ、田口か。何か用か?」

「…っ、お前、調子に乗るなよ!雑魚の癖に、陰キャのボッチ野郎の癖に、何冒険者なんて始めてんだよ!目障りなんだよ!それから、これ以上綾と何か喋ってみろ!本気でぶっ殺すからな!」

「はあ?どうしてそこで鈴野さんが出てくるんだよ」

「それこそお前には関係ねえだろ…お前はただ黙ってうなずいてりゃそれでいいんだ…!マジで殺すぞクソが…!」

「殺すねえ…」


 俺はアスモデウスと対峙した時の、肌にビリビリと感じる殺気を思い出して、思わず鼻で笑ってしまった。


「田口君、お前、疲れてるんだ。そろそろ家に帰ってゆっくり休みなよ。精神には風呂が良いらしいぞ?」

「ああ!?何言ってんのか分かんねえよ!つか、田淵だって言ってんだろうが、クソがっ!」

「はいはい。じゃあな、田口君」


 アホらしい。俺は後ろでまだ騒いでる田口を置いて、帰路に着いた。


 歩いている途中、俺は思わず想い耽ってしまう。どうして冒険者になっただけでここまで面倒に巻き込まれなければならないのか。


 そもそも学校の連中にとって、冒険者って一体どんな扱いなんだ?俺はただ単に、バイトか何かのレベルだと思っていたのだが…違うのか?


 分からん。分からんが…多分、見栄とか、格付けとか、その辺の話なのだろう。そして俺はそういう話題が苦手だ。中々理解ができない。


 はあ…なんか、今日はどっと疲れたな。これ、明日も続くんだろうか。だとしたら、もう学校行きたくないんだけど。


 俺は明日の事を考えて、夕焼け空を見上げながら、大きくため息を吐きだしたのだった。

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