31:ダンジョンの最奥で
塔の中に入ると、そこは異様な空間となっていた。
円筒形の空間。その上には大きな球体が存在した。溝が幾何学的な模様を作っており、脈打つように光っている。
地面は十字路で構成されていて、それ以外の場所は水路が張り巡らされていた。内周をぐるりと囲むように溝が走っていて、等間隔で上から水が延々と流れ落ちていた。
幻想的だ。それにどこかSF的でもある。少なくとも、普通の空間ではなさそうだ。
「これ、本当にボス戦でも始まりそうな雰囲気ね…」
要さんが喉を鳴らして杖を構える。俺達はさらに中に進入した。
すると、ぶぉん、と何かが起動したような音が響き、球体の脈打つような光がさらに光量を増した。
次の瞬間、水路を流れていた水の一部が沸き上がり、部屋の中央で人型になった。
水の塊だったそれは徐々に人に近づいていき、最終的に小学生程の体躯をした少女になって目を開けた。
『…初めまして。私は水の精霊リリアと申します。貴方達冒険者の到着を、心よりお待ちしておりました』
少女の目が俺を見る。
『…貴方とはつい先ほど言葉を交わしたばかりですね』
「…そうみたい、ですね…」
戦闘時の時の声とは違い、今は明瞭に少女の声だが、イントネーションや口調の速さなどは同じに聞こえた。
『まずは、命を救っていただき本当にありがとうございました。お陰で私は、無駄死にをせずに済みました。貴方達は命の恩人です』
そう言って深々と頭を下げる彼女。だが、俺にそのお礼に応えるだけの余裕は無かった。
「…精霊って言いましたよね。貴方は一体、どこから来たんですか?」
『ん…そう、ですね…』
俺の問いかけに、リリアさん?は少し思案した後に口を開いた。
『…実は私もよく分かっていないのです。何故ここにいるのかも、思い出せなくて』
その顔は、実に悩ましいといった表情を浮かべていた。
32:ダンジョンの最奥で
「…って言ってるけど、どう思う?」
「嘘でしょ。精霊だとか記憶喪失とか、色々と訳わからないし都合が良すぎ。何か裏があるに違いないわ」
「そ、そうなんでしょうか?あんな可愛い子が嘘を言うとは思いませんが…」
『ケイタ』
鬼月に名前を呼ばれて、俺は鬼月に耳を寄せた。
『あれは僕と同じダ』
「…同じって、どういう意味だ?」
『イレギュラーダ。恐らくだガ…』
イレギュラー。知性を持ったモンスターだって?本人は精霊と名乗っているが。いや、そもそも、精霊もモンスターに含まれているのか?
「ふーん、イレギュラー同士のテレパシーってやつね。本当に分かるんだ」
『ああ。あれは間違いなく同胞ダ…で、もう一つあル。あれの本体は上の丸いのダ』
その言葉に驚きの声を上げたのは、陽菜だった。
「そ、そうなんですか?じゃあ、下にいるあの子は…?」
『恐らくただの操り人形だろウ。見た目に騙されないように気を付けるんダ、ケイタ』
全員の言葉を聞いて、俺は少し悩んでからリリアさんに声をかけた。
「…あの、とりあえず、あの時は助言してくれてありがとうございました。でも、どうしてあんなこと知ってたんですか?」
『そう、ですね。精霊の目は人とは違ったものを見ることができるんです。具体的に言うとステータスなどですね。半月程度あの顔と付き合い続けて得た情報が、お役に立てたようで本当に良かったです』
ステータスを見ることができるスキル…【根源解析】か? 確かにそれがあれば知っていてもおかしくない情報だが、非常に希少なスキルだ。
ちなみに、支援デバイスでステータスを見ることができるのは、国家運用級のマジックアイテムで解析してもらっているからである。支援デバイスは一度魔力を登録すれば切り替えることはできず、完全にその個人だけのものになる。
故に、他人のステータスを知ることができるのは、見せてもらうか【根源解析】持ちの人間に教えてもらうしかない。邪道で冒険者協会の情報バンクで見るという方法もあるが、厳重に守られているし、こちらは地位がかなり上の存在でなければ不可能だ。
言葉の通じないモンスターが相手なら言わずもがなである。つまり、非常に有用なスキルという事だ。
そして、俺達のステータスも丸見えってことである。明らかに要さんや鬼月の警戒心が上がった。
「俺の名前は言えますか?」
『…はい。カミノケイタさん、ですよね』
「…コイツ、危険だわ」
名乗った覚えはない。やはりステータスが見えているのか。小さく要さんがそういうと、聞こえてしまったのか、リリアさんの肩が落ちた。
『あの、すみません。見たくなくても、見えてしまうのです。そういう目で生まれてきてしまったので…ごめんなさい…』
思わず要さんと顔を見合わせる。バツの悪そうな要さんの顔を見て、俺は思いっきり息を吐きだした。
「…リリアさん、試すようなことをしてしまってすみませんでした。そもそも貴女の助言が無ければ俺達は死んでました。命の恩人って言うのなら、リリアさんこそそうですよ。…と、俺はそう思うけど、三人はどうかな」
俺がそういうと、陽菜からうんうんと頷かれた。
「そうですよね。助けてもらったのはこっちも同じです!」
『…その通りだナ。疑ってばかりいてもキリがなイ。空気を悪くしてすまなかっタ』
「わ、私も…傷つけるようなこと言って、ごめん…なさい…」
要さんは謝るのに慣れてないのか、言葉尻に向かってどんどん声量小さくなっていた。
『い、いえ、そんな…』
ぽかんとした表情でリリアさんは手を振る。それを見て、この人は悪い人ではないんじゃないかと思うことが出来た。
「とりあえず、自己紹介します。俺は神野圭太です」
『鬼月ダ。よろしク』
「橘陽菜と申します。よろしくお願いします!」
「…朽木要よ。二級冒険者。よろしく」
『はい、よろしくお願いします、皆さん』
リリアさんの表情が少し明るくなったところで、俺はリリアさんに尋ねた。
「あの、リリアさん。まずは色々と聞かせてほしいのですが、まずは…何故命を狙われていたんですか?」
『…私の命を狙っていたのは、恐らく魔神と呼ばれる存在でしょう』
「…魔神、ですって!?…いえ、ごめんなさい。続けて」
「…」
その言葉を聞いて、要さんが目を見開いて驚きの声を上げた。その後すぐに我に返ってそう言ったが、どう見ても普通の様子じゃない。
それに、陽菜も顔をこわばらせていた。
…魔神、ってなんだ?陽菜と要さんは何か知っているようだが。二人の共通点と言えば…いや、これ以上は邪推だ。やめておこう。
『私は、生まれた時から魔神に命を狙われてきました。相手の目的は、私の持つ目の力にあります。全てを見通す目…だなんて言えば聞こえはいいでしょうが、私にとっては魔神を呼んでしまう災禍の源…奴はどうしても、この目が欲しいみたいなのです』
「…ちょっと待って。生まれた時からって何?あなたは、このダンジョンと一緒に生まれてきたのよね?」
『いいえ。私は、異世界で生まれたのです。異世界のとある王国の大森林、キアの森で生まれた精霊。それが私です』
その言葉は、俺達にとってあまりに衝撃的な言葉だった。
何故なら、ダンジョンは生まれた理由も、どこからやってきたのかも、何故存在しているのかも、全てが謎に包まれているからだ。
もし今の言葉を世界に公表したら、全世界から注目を集めることになるだろう。
「…嘘、って訳じゃないんですね?」
『こんな事で嘘はつきません』
「…待ちなさいよ。アンタが異世界の存在っていうのなら…ダンジョンもそういう事なの?」
『…私の世界にも、確かにダンジョンはありました。性質も似通ってはいます』
「な、なんでそんなに迂遠な言い回しなのよ」
『ごめんなさい、私はダンジョンに特別詳しいという訳ではありません。潜ったこともないですし…本当に同じものなのか確かめる術もないんです』
そこまで聞いて、俺は口を開いた。
「…リリアさんは、どうしてこの塔に封印されていたんですか?」
『私を守るために、一族の者が総出で封印をしてくれたのです。私を、魔神の眷属から守るために』
リリアさんはそう言った。
『…ですが、私がこの塔に封印される直前は、この塔は外にあったはずでした。しかも、封印されたであろう前後の記憶が全く思い出せず…何故か私が目を覚ました時には、この塔はダンジョンに取り込まれてしまっていました。その上、ダンジョンは全く知らない別の世界に繋がっていて、更に魔神の眷属が延々と封印を壊そうと躍起になっていたのです』
…何それ、ホラーかよ。
俺はリリアさんのあまりの境遇に、思わず同情を抱いてしまったのだった。
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