27:ダンジョン防衛 五日目~七日目
新しく朽木さんを迎えた俺達パーティーは、その後ウェーブを難なく撃退し続けることに成功した。
朽木さんの影響は大きく、数十分は掛かっていた戦闘が大幅に短縮されるだけでなく、朽木さんを含めた三人グループか、いつもの俺、鬼月、陽菜の三人グループでローテーションを組むことで、誰か一人に長めの休憩を入れることもできたのだ。
俺を遥かに凌駕した機動力と、陽菜の魔法にも勝るとも劣らない殲滅力。格上の存在だとは思っていたが、想像をはるかに超える戦力となってくれた。
その上、一々家に帰らなくてもダンジョンで寝泊まりすればいいじゃない、という鶴の一声で俺達は行き来合計40分という無駄な時間を削減できた。
ダンジョンの中で寝泊まりなんて発想は俺の中にはひとかけらも無かったのだが、朽木さんはごく当たり前のようにダンジョンの中でテントを建てたり食材を持ち込んだりとあっという間に仮拠点を作ってくれた。
暇な時間には自分が持っている、店売りの便利なマジックアイテムやおすすめを教えてくれたりと、先輩らしいこともしてくれた。
ただし、しばらくの間は大変だった。
「ねえねえ、圭太~、肩揉んであげようか?」
「い、いや、いらないっす…」
「あ、ならおにぎりいる?握ってきましょうか?」
「いや、それもいらないっす…」
「ならさあ、膝枕してあげよっか?」
「遠慮するっす…」
と、宝箱の一件からこっち、ずっと手でゴマすりしながらすり寄ってくるのである。
呼び方もいつの間にか下の名前になっていて、可愛らしい笑顔で近づいてくる。
目的は明白だ。宝箱が確実にドロップするからくりがどうしても知りたいのだろう。
しかし、俺は当然教える気はないし、そもそも朽木さんは依頼を受ける際に『疑問は持たない、何も聞かない』と約束してしまった。
ダンジョンという無法地帯で働く冒険者にとって、信頼とは何よりも重要なもの。最初に大口をたたいてしまった所為で、朽木さんは俺に質問することすらできないでいるのだ。
だが、それでもどうしても知りたいと朽木さんは考えたに違いない。何せ朽木さんは会ってまだそんなに経ってない俺でも分かるほどのお金大好き少女だ。
聞けないが聞きたい。そんな摩擦が彼女の中で起こった結果、こんなあからさまな作戦に出ることになってしまったのだろう。
察するに、『取り入って教えてもらおう大作戦』と言ったところか。
しかしそんな彼女の試みも、俺が半日程度口を閉ざし続けた事でやっと終わってくれた。
「だーもう、まだるっこしいの苦手なのよね!諦めてあげるわよ!すっぱりと!ただ、その代わり報酬はたんまりと稼がせてもらうからね!」
と、切り替えが早いタイプなのか、そこからは一切妙な事はせずに、ウェーブで全力以上の働きを見せてくれるようになった。
そもそも、ここまで宝箱が出てくるのはあまりにも異常らしい。通常じゃ考えられない異常事態なのだそうだ。
ウェーブで出てくる敵全部で、やっと一箱出るか出ないか程度の確率だと。やはり俺のスキルの恩恵はかなり大きい…そして同時に、他所に漏れ出た時に起こりうるであろう被害は想像もしたくない。
朽木さんには、たっぷり口止め料を払って黙っていてもらおう。悪い人には見えないが、会って数日の関係。一応の対策だ。
さて、ウェーブへの対応でしなければいけない事と言えばもう一つある。ウェーブで一々出てくる大量の報酬についてだ。
という訳で一日に一回、綾さんに出張買取に来てもらって休みなく働いてもらうことになった。綾さんにはいつも世話になってる。いつか茶菓子でも持って行こうと俺は思った。
『な、何なのこの量~!』
綾さんもあまりのアイテムの多さに目を回していたが、最初の約束通り何も聞かずに鑑定士として仕事をしてくれた。
この連戦の日々の中で、俺達は当たり前のように成長していっていた。
まず五日目の昼には、鬼月の【防衛術】のレベルが上がり、六日目の夕方にはレベルが5に上がった。
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鬼月 (ゴブリン)
Lv.5
近接:17
防衛:30
遠距離:8
魔法:7
技巧:28
敏捷:11
《スキル》
【防衛術Lv3】
【守護方陣】
【主従転移】
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鬼月のレベルが5に上がった事でレベルスキルである【主従転移】という魔法を覚えたようだ。
【主従転移】
・空間転移魔法
・自身、もしくは主を基点に、主を呼び寄せる、もしくは主の元へと転移する
効果としてはこのようになっており、俺を自分の元へ転移させたり、自分から俺の元へ転移することができる魔法となっているようだ。
今までは俺が鬼月を召喚し直すことで疑似的に転移をしていたが、今回からは鬼月からも任意で転移を行えるようになった。そのお陰で取れる選択肢が多くなったが、練習しないと逆にその選択肢の多さに踊らされてしまいそうだ。
俺が鬼月を召喚し直す疑似転移だが、こちらはどちらかというと高速移動であり、空間転移ではない。鬼月が一瞬にして魔力に戻り、俺のスキルに還ってきてから再度召喚するのだ。故に、連発は可能である。
ただし鬼月の【主従転移】は空間転移魔法なので、一度使うと転移させた対象に靄の様なオーラがまとわりつく、《次元のズレ》と呼ばれる状態異常デバフが付いてしまう。これは特にステータスに影響を与えない代わりに、デバフが付いている状態で再度転移を行ってしまうと、転移魔法を使用した術者本人がダメージを負ってしまう。
ちなみに一番最初にゴブリンシャーマンに転移ゲート魔法を使われた際に、俺の身体にまとわりついていた謎の靄。最後まで謎だったあれだが、どうやらそれがその《次元のズレ》だったらしい。だからあの時、ゴブリンシャーマンは俺に対して連続で転移ゲート魔法を使わなかったのだ。
俺はてっきり転移魔法は連発が利かないものだと思っていたのだが、それを言うと鬼月が、
『それじゃあケイタを飛ばしてすぐにホブゴブリンを追撃に転移させた説明がつかないだろウ』
と解説されてしまった。
確かに。初歩的な勘違いだったらしい。恥ずかし。
さて、次は【防衛術】に関してだ。レベルが3に上がった。
【防衛術Lv3】
・ステータスに防衛を追加する(Lv1)
・防衛行動を行った瞬間のみ、防衛に関する思考能力が少し上がる(Lv2)
・盾を用いた『防衛術』を設定可能(Lv3)
レベル3に上がった事で、オリジナルの技を設定可能となったようだ。今鬼月が持っているスキルを組み合わせて技を設定できるはずである為、じっくりと考えて決めるらしい。
俺と陽菜も、ステータスは変わっていないが、技術方面で質のいい教師が現れた事で急成長を遂げている。
朽木さん…本人から下の名前でいいと言われたので、要さんと呼ぶが、要さんは接近攻撃も魔法も両方使う事の出来る稀有なステータスを所持している。俺は要さんと一緒に戦場に立って戦う事で、その身のこなしや状況判断の仕方を学ぶことができた。
更に魔法については、陽菜と一緒になって要さんに教えてもらっている。
「応用技を身に着けた方がいいわね」
とは要さんの言葉だ。
「私の攻撃に、衝撃波を出す奴があるでしょ?あれって、実は応用技なのよね。空を滑空する魔法を応用して、空を飛ぶ分の力を思いっきり弾いてぶっ放すことで無理やり攻撃魔法のように仕立て上げてるのよ」
「魔法を、別の用途に使う、ってことですか?」
「そうそう。魔法ってほら、本来は定められたことしかできないじゃない? でも練習をしっかりすれば、同じ魔法でもちょっと違う結果を出せたりするのよ。私の衝撃波みたいにはっきりと別の効果が出る例は少ないけど、例えば火属性魔法のファイアボールなら、炎を絞って細くして、疑似的なファイアランスに仕立て上げてる魔法使いなら見た事あるわね」
という言葉を聞いて、俺は早速【風刃】を応用してみた。
と言っても以前からやってる奴だ。【風刃】を利用した空中跳躍。これをもっと最適化させてみたのである。
風刃は三日月型の斬撃を生みだす魔法だが、これを二枚重ねて円を描くように配置すると、斬撃効果が消えて魔素と力場だけが残る。
この力場をタイミングよく踏むことで、これまでのように空中移動のたびに自分の身体に切り傷を付けたり、足を強化したりしなくても空中を飛ぶことが可能となった。
それを見た要さんは、目を輝かせた。
「やっぱアンタってセンスあるのね!レベル5の癖に、そこら辺のレベル6じゃ相手にならないくらい出来ることが多いもの!」
とはしゃぐ要さんの姿は非常に可愛らしい。
ちなみに、要さんは中学生くらいの少女にしか見えないが、この見た目で既に卒業を控えている高校3年生なのである。俺や陽菜よりも二つ年上だ。
陽菜と同じ学校らしい。つまり要さんもお嬢様学校の生徒だという事だ。それにしては中々我が強い感じだが、やはりお嬢様学校に通っているからといって全員がおしとやかになる訳ではないのだろうか。
「…なんか今、失礼な事思わなかった?」
「えっ。そ、そんなまさか…ははは」
要さん、エスパーだったのか?寒気がする。これ以上失礼な事を考えるのは止めておこう。
七日目には、俺は既に自由自在に空を跳び回れるようになっていた。カースドデーモンやシャーマンと言った厄介な敵を倒す速度が目に見えて上がってくれた。
陽菜は、火力アップを選んだらしい。ファイアボールを圧縮して、貫通力を大きく向上させたのだ。強化版ファイアボールは、敵を一度貫通してから爆発する為、モーロック相手に有効な攻撃手段となった。その上一度防御されても、その防御を貫通してから爆発する為殲滅力も大きく上がった。
当然発動にさらに時間がかかるようになった。強化版ファイアボールだと、プラス5秒程度ってところか。これが長いと感じるか短いと感じるかは、状況によりけりとなってくるのだろう。
ちなみに、陽菜は万全な状態だと、連続で放てる魔法の数はファイアボールだけで6回。チャージブラストは大体ファイアボール二回分の魔力を消費するので、3回が限度となる。
消費した魔力は、魔力の回復に集中すれば一分程度でファイアボール一回分を回復させることができる。つまりチャージブラストまでは二分かかるという事だ。
陽菜の火力アップはパーティー全体で考えても重要なので、要さんに教えてもらって本当に良かったと思う。
怒涛の一週間はあっという間に過ぎていき、そして7日目の夕方、ついに黒永さんから装備が完成したという連絡が来たのだった。
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