9 本当の魔族
「あ痛たたたたっ!? ほんの出来心だったんだ!! 見逃してくれぇぇ!!」
「だったらちゃんと独房で頭を冷やす事だな。全く……透過魔法なんて高度な魔法を盗みに使うとは……」
「透過魔法!? そんなもん俺が使える訳無いだろ!?」
「馬鹿を言うな。現にこの壁を通り抜けただろう?」
そう言われて壁の方を見るとその壁は見た目こそ同じなのだが、扉一枚分程の壁だけあの黒いもやのような物が纏わりついたように見えていた。
『なんだ……? まさかこの壁も混沌の魔獣と同じだというのか?』
「な!? ここの店主が無用心なだけだろ!? 俺の事も大目に見てくれって!?」
「何がどう無用心なんだ? この壁が……!?」
盗人に言われて壁を調べようと近寄ると、途端に壁はじらじらと急に極彩色に輝きだし、その異常さを顕にした。
「戸も付けてない倉庫なんて盗ってくれって言ってるようなもんだろ?」
「戸? まさか……ワワム、君にはこの壁はどういう風に見えている?」
「え? ドットが立ってる所の前は何にもないよ?」
「え!? ドット様!? いやホントに出来心だったんです!! この通り反省していますのでどうかお許しを~!!」
とりあえず盗人の処分は衛兵に突き出す事で変更は無いが、一つ気になっていた事が確かめられる。
そのままドットが壁に手を伸ばし、黒いもやが出ていない場所から手でなぞり、そのまま寄せていくともやの出ている部分に触れた途端にバチッと稲妻が走ると黒いもやが剥がれ落ち、宙で霧散した。
『直接触れただけでももやは取り除けるのか……』
ワーウルフの時がカルトロップによる攻撃で取り除けたため、ただ触れただけでも取り除ける事に少々驚いたが、そのまま壁の方へ視線を戻すと先程まで極彩色に輝いていた壁はただの壁に戻っていた。
「ワワム。今ならこの壁はどういう風に見える?」
「え? だからただの壁でしょ?」
「……盗人の方、お前はどうやって盗みを働いたんだ?」
「どうって……だから裏手の勝手口が開きっぱなしだったんで……無用心だなぁと」
「ここから入ったのではないのか?」
「え? いや、そこはただの壁じゃないですか」
ワワムと盗人の二人にも確認したが、やはり盗みを働いた本人すらついさっきの出来事の"認識が変わっている"。
確認したい事はもう確認できたため、後の事は衛兵に任せて盗人が盗み出そうとした商品を集めて倉庫に戻したが、盗人の言った通り更に裏手側に勝手口があり、そこの鍵は空いたままになっていた。
そのまま本来の目的の買い物のために店へと入ったが、先のギルドへの登録料諸々で所持金が減っていたこともあって、先に鞄から金のアンクレットを取り出して店主に買い取ってもらい、その金で道具の追加とワワムの装備の新調を行う。
ワワムが武器の類を持っていなかった理由は単純で、武器が自らの怪力と爪と牙だったからだ。
何かしらの武器を持たせようとしたが、人の手よりも大きく、爪や毛のせいで柄を握りにくい指先では上手く扱えそうな武器が無いため見送り、鉄製の道具は動きが鈍って嫌だと言う為、武闘家などが愛用する動きやすくも防御力を上げてくれる革製のアーマーを購入した。
店主もワワムの容姿には大層驚いていたが、先に手に入れたチョーカーのお陰で使役獣と認識してもらえるようになったため多少は説明が楽になった。
ドットの方は装備の新調はせず消耗品をいくつか購入すると、そのまま商隊を探して交渉を持ち掛ける。
「何? コストーラまで乗せて欲しいだと? 駄目に決まってるだろ! ただでさえこの頃は街道でも魔物が活発になってるんだ。護衛ならまだしもタダ乗りさせてくれなんて聞く訳無いだろ!」
「タダとは言わない。これで二人分という事にしてもらえないか?」
「おっ!? ダイヤの指輪……? しゃ、しゃーねぇなぁ……。面倒が起きても恨むなよ?」
そう言ってドットが渡した指輪を受け取ると目に見えて商隊長の機嫌が良くなり、ドット達を乗せてくれる約束を取り付けた。
道中、ドットは自身のステータスを確認する。
「うおっ!? なんだこれ?」
ドットが思わず口に出してしまうほどドットのステータスは目に見えて変化していた。
といっても数値が、ではなくその全体の見た目の方がかなり様変わりしていたのだ。
予想通り黒いもやを取り除いた影響か、スキルを見るまでもなく最初に目に飛び込んでくるのは大量の謎の文字列だろう。
ドット自身のステータスの上に被さるように様々な情報が追加で表示されているが、その全てが一見してドット達には意味が理解できなかった。
『今回は分かりやすく変化があったが……やはり私のスキルはこの黒いもやと密接な関係があるようだな』
自身のスキルについて明らかになった事を再確認していた所、商隊の馬車の動きが街道の途中で止まってしまった。
何事かと周囲を確認していると、暫くもしない内に先頭の方が騒がしくなり始めた。
「急げ急げ! 引き返すぞ!」
「何かあったのですか?」
「遂にここにも出やがったんだよ! 戦闘狂の魔族、『アモン』が!」
「あの神出鬼没の魔族『アモン』がか!?」
その魔族の本名を知る者はいない。
ふらりと現れては強者との戦いを望み、戦えないと分かれば強者が現れるまで破壊の限りを尽くすという魔族がどういう者なのかを体現したような存在が『アモン』である。
当然今のドットではどうすることもできないため、反転を開始した馬車に乗ったままだったのだが、何故か動き出そうとした馬車はすぐに止まった。
「止まった? まさかもう攻撃を受けたのか!?」
「あ、いや……どうももう護衛の奴等が倒してくれたそうだ」
「は!? あのアモンを!?」
あまりにも予想外な返答にドットは慌てて馬車を降りて先頭へと駆け寄ると、確かに既に戦闘が終わったのか剣を収めようとする冒険者の姿があった。
「アモンを討伐したというのは本当か!?」
「ん? いや……なんか適当に斬り付けたらあっという間に逃げやがったんだ」
聞いていたアモンとは似ても似つかない状況に理解が追いつかなかったが、とはいえ事態が収まった事に安心したのも束の間。
ドットの目にだけは黒い雷が音を立てて鳴り響いた事に気が付いた。
「よお。待ちなお前ら」
「な!? なんでお前が!?」
冒険者達が声の方へ向き直すと、目に見えて狼狽した。
そこには人間と似た立ち姿でありながら、人間とは似ても似つかない容姿のドラゴンの姿があった。
ドラゴンと形容したが、その大きさは三メートル程しかないのに装飾の施された鎧を身に纏い、鉄板にしか見えない巨大な両刃剣を肩に担いでいる、人ともドラゴンとも似て非なる存在。
竜人とでも呼ぶべきか、アモンは余裕の表情を浮かべてこちらへ視線を向けている。
「ここ最近骨のある奴が居なくて暇してるんだ。ちょっと俺と遊んでくれや」
「な、何言ってんだ!? お前が勝手に帰ったんだろ!?」
「拒否権はねぇ。死にたくないなら本気でかかってきな」
「こいつ……! 同じ事を繰り返しやがって、完全に舐めてやがる!」
そう言うとアモンはすぐさまその大剣を振り抜いてきたが、冒険者達はその大振りな攻撃を躱すと反撃を叩き込み、そのまま流れるような連携で次々に攻撃を叩き込んでいった。
怒りも篭っていたのかもしれないが、だとしてもやはり魔物との戦いの最前線の街へ来ている冒険者パーティなだけはあり、その実力は確かだ。
「ほう……なかなかやるじゃねぇか。お前達はまだまだ強くなりそうだ。また遊ぼうや」
「二度と来るんじゃねぇ!!」
実力差は明らかだったが同時にアモンの方も本気を出してはいないらしく、余裕の表情を浮かべたまますぐさま姿を消した。
彼等護衛を引き受けた冒険者達からすれば手を抜いているのにすぐに再戦をしかけてきた事にかなり腹を立てていたようだ。
「よし、今度こそ大丈夫だろう。このままコストーラまで行こうぜ!」
冒険者のリーダーがそう言ったのも束の間、ドットの目にはまた黒い電が見えた。
『見間違いじゃない……! よりにもよってあのアモンが……』
ドットが感じ取った絶望。
その答え合わせをするように、たった今撤退したはずのアモンが今一度、目の前に姿を現し、余裕のあるにやけ面を浮かべた。
「よお。待ちなお前ら」