8 魔族じゃないもん!
当然ドットにそんな能力は無い。
それどころか調教師というのも昔父に珍しい職種の者も居ると教えてもらった程度の知識でしかない。
とはいえこの場を乗り切るには十分なはったりだっただろう。
少しずつだが疑いの眼差しも晴れつつある。
「ということは、その魔族がドット様の使役する獣なのですね」
「違ぅm」
「ああ。ただ私自身まだ能力について理解の及ばない点が多いのだ」
『後で旨い肉を食わせてやるから今だけは大人しく私に話を合わせてくれ!』
また余計な事を喋りそうになったワワムの口をドットはすぐに押えて言葉を重ね、そして耳元でこっそりワワムにそう告げると予想していた通り、嬉しそうな顔をして小さく首を縦に振っていた。
「本当に使役してるのか? 聞いた話だと首輪を付けているはずだが……」
「そうなのか? いや、すまない。私自身、今まで騎士としての知識しか学んでいなかったのでその辺りは疎かった」
「なら何か命令してみてくれ」
「いいだろう。ワワム、私を持ち上げろ」
「はーい!」
先に見せてもらっていたステータスで並外れた筋力である事は知っていたため、パフォーマンスとして分かりやすい指示を出すと、ワワムは片腕でドットの身体を軽々と持ち上げてみせた。
その様子を見た事で訝しんでいた町民も目を丸くして驚き、同時に大道芸でも見るようにまばらに拍手が巻き起こった。
「おお! 本当だ! ドット様、疑ってしまい申し訳ありません!」
「私の方こそ皆を不安にさせてしまいすまないと思っている。だが安心してほしい。このスキルの全容を知るために帝都へと赴き、憎き黒衣の魔導師を討ち倒し! 全てを知った暁には、今世間を騒がせている混沌の魔獣すらも討滅してみせよう!」
ドットとワワム、二人並び立ちそう町民達の前で高らかに宣言すると、沢山の笑みと拍手が二人を包み込んだ。
が、内心ドットは気が気ではなかった。
言っている事のほぼ全てがはったりであり、憶測や推測の域を出ない知識や、まだ名前しか知らない内容が情報が満載であるため、ほんの少しでも疑問を抱かれて聞かれれば一瞬で瓦解する自身すらあるほどだ。
だからこそドットはわざと堂々と胸を張り、自信満々に宣言する事で彼等に疑いの余地を残さないようにしていたのだ。
結果として人だかりは解消し、漸く大手を振って歩ける状況にはなったが、同時に自身の宣言したことが取り返しのつかない状況に陥った事も意味する。
「本当にどうしよう……」
「ねぇ~お肉~」
ドットは道端でひとしきり頭を抱えて悩んだ後、あまりにも肉肉と煩いワワムに急かされて、半ば諦めるように今一度冒険者ギルドへと足を運んだ。
「すまない。冒険者登録させてもらいたいのだが……」
「お肉~」
「もう少し我慢してくれ……」
「はいは~い! ……って、ドット様ではないですか!? というかその恰好、もしかして……」
「先程は無理を言ってすまなかった」
最早素性を隠す理由も無くなったため、今度は堂々と受付に向かうと、少々大袈裟なリアクションを取りながら受付の女性は楽しそうに会話を進めた。
「いえいえ~! それより噂は聞いてますよ! 暗黒の魔導師に衰弱の呪いを掛けられたとか、魔族すら使役できる才を授かったとか!」
「つい先程の事だというのに……随分と耳が早いな」
「人と噂の飛び交う窓口がギルドですからね! で、登録でしたよね?」
「ああ、よろしく頼む」
「ではこちらの書類に記入と、ギルドへの登録料の支払い、それとドット様は調教師として登録されるんですよね?」
「そうなるな」
「でしたら登録証付きのチョーカーを別途支給という形になりますので、魔獣の登録とその料金も上乗せになります!」
雰囲気は明るく軽いが手際の良さはやはり受付嬢。
テキパキとした説明に従いドットもさらさらと必要な情報を記入していく。
そして最終確認として内容に目を通し、登録料として必要な金額を支払う事で漸く冒険者としての登録が完了した。
そのまま書類を大型の印刷機のような機械に挟み込み、ガコンと重たい音と共にレバーを引くとタグが二人分発行された。
記載された内容がそのまま魔力として刻印される仕組みの機械で、容易に個人を証明できるその機械は様々な信用機関で愛用されている。
一つはそのままドットに、もう一つは専用のチョーカーにはめ込まれて渡された。
「因みに小隊とか受ける依頼の目途は立ってるんですか?」
「それなんだが……実を言うとただワワムのチョーカーが必要で登録を行っただけなのだ」
「あれ? 護衛がどうとか言ってませんでした?」
「それも状況が変わったからな。帝都までの護衛はワワムで十分だ」
「ね~! お肉~!」
「まあ、理由の大半はコレだ」
ドットはそう言って受付の女性に不満そうに頬を膨らましているワワムの方を指差してみせ、ただ食事をしに来たのが目的である事を伝えると納得したのか、すぐにドットを解放した。
そのままギルドのもう一つの名物である冒険者達の腹を満たす豪快な肉料理をワワムに振る舞った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「今更だが改めて自己紹介をさせてもらおう。私はドットだ」
「ワワムはルゥ・ガルー族だよ!」
「独特な自己紹介だな。ルゥ・ガルー族の挨拶はそれが普通なのか?」
「たぶん!」
食事を済ませてからドットとワワムは改めて自己紹介を行った。
ワワムはルゥ・ガルー族の少女。
本人曰く、獣人族の中では既に成人しているため、自由な行動を許された際にこっそりと森を出て人間の街を見に来たのだという。
目的は特になく、強いて言うなら世界中を旅するのが彼女の目的だが、一連の騒動があったように世間的には獣人というものは誰も知らない。
ドットと出会う前にも似たような騒動が起きていたため、ローブで姿を誤魔化して旅していたようだ。
「あと……成り行きとはいえ、私の旅に同行させてすまない」
「別にいいよ! だってドットと一緒にいれば世界中を自由に見て回れるんでしょ?」
「うん? いやまあ、確かにそうではあるんだが……。形式上は隷属のようなものだ。嫌な思いをさせていると思ったんだが……」
「なんで? 沢山撫でてくれるし、美味しいご飯も食べさせてくれるし、色んなとこに連れて行ってくれるんでしょ?」
「……お前は悩みとか無さそうでいいな」
ドットの言葉を聞いてもワワムはよく意味が分かっていないのか小首を傾げているだけだったので、誤魔化すためにドットが頭を撫でると嬉しそうにしていた。
その後場所を移して道具屋。
本来ならばそのまま商隊の荷馬車に同乗させてもらう予定だったが、ワワムが此処まで一人旅をしてきたというのにも拘らず何一つ道具を持っていないとの事だったため、補充の為に道具屋へと向かうことにしたのだ。
「ん? ワワム、少し静かにしててくれ」
「いいけどどうかしたの?」
道具屋へと入ろうとした時にドットはそう言って壁に近寄り、角の先を指差した。
その先にはそわそわと周囲を見渡す不審な男が一人。
路地裏で周囲を警戒する人間など盗人以外に他ならない。
普通ならすぐにでも事情を聞きに行くところだが、もし本当に盗人だった場合今のドットでは取り押さえようがない。
いくらワワムが大人だ旅人だと語ったとしても、現状力が強いだけの少女であることに変わりはないため、いざ戦闘になれば致命的な怪我を負わせてしまう可能性がある以上、実力を確かめて居ない今は戦闘は避けたい。
「いいか? ワワム。私が『いけ!』と言ったらあの男を捕らえるんだ」
「なんで?」
「悪い奴かどうかをまだ確かめているからだ」
「分かった!」
「静かにな!」
「……分かった!」
そうしてチラチラと様子を確認していると、盗人の方も意を決したのか建物の方へと近寄っていく。
そしてそのまま壁の中へと何事もなく消えていった。
「……は?」
何が起こったのか訳が分からず呆然としていると、数分ほど経ってからまた壁から戦利品を手に入れたのか上機嫌の男が出てくるのを確認して我に帰った。
「ワワム! いけ!」
言うが早いかワワムは風の如く駆け出し、あっという間に男に飛び掛かって動きを封じた。