7 遭遇
「違うもん! ルゥのワワムだもん!」
赤いフードから漏れ出た人間のそれとは全く異なる大きな耳、長い鼻、そして長い体毛。
どの特徴を取っても人間のそれとは大きく異なる容姿をしている存在を見て、ドットは目を丸くしていた。
するとその犬のような生き物も自分のフードが脱げてしまっている事に気が付いたのか、急いでフードを被りなおした。
「見ちゃった?」
「そりゃあもう……バッチリと」
「内緒にしてほしいな~なんて?」
「無茶を言うな! 何処の世界に魔族を見逃す馬鹿がいる!?」
「魔族じゃないもん! ルゥ・ガルー族だもん!」
「ルゥ・ガルー族?」
知らない単語にドットが首を傾げていると、先程思わず声を荒げてしまったのが原因で近くの人々の視線を集めてしまっていた。
「おい! そこの二人組! 今すぐフードを取れ!」
騒ぎを聞きつけた近くの衛兵が駆け付け、ドットとその魔族に向けて言い放った。
「待ってくれ! 私達は偶々出会っただけで怪しい者ではない!」
「関係無い! ユージン様の命でドット様に呪いを掛けた黒衣の魔導師を捜索している! お前がその魔導師でないならフードを外しても何ら問題は無いはずだ!」
両親には当日の朝に出会った謎の黒衣の魔導師の事を伝えていたのだが、どうやらユージンの中ではその魔導師が全ての元凶という事になっているのか、今ではお尋ね者になっているようだ。
『しまった……! フードで素性を隠したのは悪手だったか……!』
こんな事ならば兜でも被ってくればよかったと少しだけ後悔したが、戦闘を回避するために極力軽装にしたかったためフードになったのは仕方の無い判断だ。
「早くしろ!」
「分かった。フードを取る」
素性は明かしたくないが、かといってここで抵抗すればすぐにでも斬り掛かる、とでもいうような殺気を漂わせていたため、ドットは自らのフードを取った。
「ドット様!? こ、これは大変失礼致しました!」
「いや、私こそ紛らわしい恰好をして申し訳ない」
「という事はそちらの方は御付きの方でしたか」
「あー……まあそんな所だ」
横目でその魔族の方を確認したが、襲撃してきたにしてはどうにも様子がおかしいため、その場は騒ぎを起こさないように収めた。
衛兵が何処かへ行ったのを確認してからドットは改めてフードを被りなおし、その魔族を引き連れて路地へと移動した。
「一応事情を確認しておくが、お前の目的は何だ? ルゥ・ガルー族とは? 魔族とは違うのか?」
「え、えっと……その……」
先程までの様子と打って変わり、今にも泣き出してしまいそうな程小さく震えていた。
ドットとしてもそれの正体を知りたかったため問い詰めるような物言いをしてしまったが、どう見てもその魔族は怯えているような状態だったため、深呼吸をしてから一つずつ質問をしていく事にした。
「名前は?」
「ワワム……」
「魔族なのか?」
「違う……。ルゥ・ガルー族……」
ワワムと名乗ったその犬人間は自分が魔族である事は否定した。
魔族とは人間でありながら魔王に与する者達の総称である。
魔の力を与えられた結果人外の姿となった者が多く、魔物と違い理知的な行動を取る事が出来るためしばしば街や村に現れて騒ぎを起こす事がある。
しかしワワムは自身の正体がばれてしまっても逃げるでも暴れるでもなく、正体を隠してほしいとお願いしたり、聞き慣れない単語ではあるが種族の名を出したという事から騙そうとしているという線も薄いと考えたのだ。
「そのルゥ・ガルー族というのは何だ?」
「ミッドランド大森林に住んでるガルー達の事。ワワムはその中のルゥ。だからルゥ・ガルー族」
「……何かの魔法か?」
「だから、ルゥ・ガルーはガルーの中のルゥで……」
「……聞くよりもステータスを見せてもらった方が早そうだな」
「ステータス? って何?」
「子供の時に教わらなかったのか? 自分自身の事に意識を集中してだな……」
ルゥ・ガルー族の説明を聞くドットと同じ表情でワワムはステータスの事について尋ねてきた。
ステータスとは自身の様々な情報を数値的に表現したもので、自己紹介に近い。
誰もが物心付いた頃に親から教わる物であるため、出せない者の方が珍しい程だ。
特段難しい事でもないためドットが教えるとワワムもすぐに出せるようになり、早速その内容を確認させてもらうと、宣言していた通りワワムは獣に近い人間種を総称して獣人と呼び、その中の狼に当たる種であると記載されていた。
ステータスは自身の噓偽りのない情報であるため、基本的に理由がない限りは誰も率先して見せることはないが、嫌疑を晴らすにはこれ以上の情報はない。
そして例え見慣れない情報であったとしても、種族等の情報が載っているという事はワワムの言っていた事は全て真実という事になる。
「ということは……本当に君はその獣人族なのか。魔族だなどと騒ぎ立ててすまない。私の見識が狭かったようだ」
「ワワムも族長に森から出るな~って言われてたからみんな知らなくてもしょうがないかも」
「言いつけられていたのに出たのか……」
「だって……森の外、気になったんだもん……」
そう言うとワワムは少しだけ元気になっていた表情をまた曇らせてしょんぼりとしてしまった。
「はぁ……分かった分かった。要は街に憧れた家出少年って所だな」
「ワワムは女の子だよ! それにもう子供じゃないもん!」
「まだ十四なら子供だろう? それに少女でも少年でもどっちでもいいが、さっき言った通り私も獣人族を知らなかった程だ。恐らく町民も皆知らない。騒ぎになる前に仲間の元へ帰るべきだ」
「ヤダ~! まだ帰らない~!」
そう言って駄々を捏ねはじめてしまった。
「全く、まだバルトの方が利き訳が良かったぞ?」
「バルトって誰?」
「昔よく一緒に狩りに行っていた猟犬だ。とても利口で私やカーマにも従順ないい子だった」
「ワワムは犬じゃないもん! 狼だもん!!」
そう言ってワワムは更にいじけてしまったが、最早ドットの目には犬が楽しそうに転げ回っているようにしか見えていないが、かといってそのまま放置するわけにもいかない。
ドット自身が幼い頃から犬と触れ合う機会が多かった事もあって犬好きだった事も一因ではあるが、ドットの中では最早完全に犬扱いとなり、頭と顎をワシワシと撫でてやると嬉しそうに尻尾を振り、暫くそうすると見事に機嫌を取り戻していた。
「あらあら、随分大きなわんちゃんねぇ」
そうこうしている内に随分と目立ってしまったのか、いつの間にか町人が何人かドットとワワムを犬と戯れる人と勘違いして寄ってきてしまっていた。
「だからワワムは犬ぅm」
「馬っっ鹿!?」
ワワムがドットにしたのと同じ調子で反論したため慌てて口を押えたが、明らかに町人達の目の色が変わった。
「今……喋ったか?」
「まさか……魔族か……?」
「違う違う! この子はルゥ・ガルー族っていう珍しい種族で……! ワワム! ステータスをみんなに見せてくれ!」
疑惑の眼差しが濃くなってゆく中、ドットは急いでワワムにステータスを開かせ、自分が確認した時と同じようにワワムの種族が間違いなく獣人である事を指差した。
「何を言ってるんだ? 人間か魔物以外に種類なんて存在するわけないだろ!」
「まさかこいつも魔族なのか?」
「違う違う! 私もあまり詳しくは無いが、確かにここに書いてあるだろう!?」
そう言って口々に魔族だと言う町民達に種族の欄を指差してみせるが、それを見たうえで彼等は決して意見を変えない。
それどころかワワムを庇うドットにまで疑いが掛けられた。
「ああもう! 分かった! これで納得しただろう!?」
そう言って結局もう一度自分からフードを剥がして顔を晒したが、衛兵の時とは違い場の空気はあまり変わらない。
「ドット様……? 確か魔女に呪われたとか……」
「まさか魔族と共に行動してるのは……」
どよめきこそはしたものの、皆口々に噂から今の状況を憶測で語っている。
『まあそうなるだろうな……どうする……?』
魔族の疑惑は晴れるどころか、最初に想定していた通りやはり悪い噂にワワムの存在がただ拍車を掛けただけとなった。
とはいえそのままでも魔族の疑いを掛けられて衛兵を呼ばれる事態は変わらないであろう以上、最早ワワムに関わったのが運の尽きといった所だろう。
自分から姿を晒した以上、尤もらしい言い訳を考えなければただ徒に民の不安を煽るだけとなるため、ドットは必死に言葉を探す。
「魔族め……! 俺達の街から出ていけ!!」
「衛兵だ! 早く衛兵を呼べ!!」
「待て! 皆に素性を伏せていたのは謝罪しよう。だがそれには訳がある!」
最早町民の不信感は限界を迎えていたため、言葉が纏まる前に一度制止した。
その甲斐あって一度は静まり返ったが、逆に言えばこれ以上の引き延ばしはできないため、言葉を選びながら話を進める。
「皆が噂で聞いている通り、今私は呪いによって戦う力を失ってしまった。その代わりに私は調教師としての優れた才を授かったのだ!」
「調教師!? まさか……魔族を……?」
「そう! 私は魔族すら使役する事が出来る!」