6 旅立ち
改めてポーチの中身を整理すると、カルトロップの残りを入れていた袋一つ、ナイフ一振、念の為に持っていた回復薬一瓶と薬草が一束。
確かに返却し忘れていた状態の中身と同様の状態になっていた。
『……確かに返したはずだが。私の勘違いか?』
念の為に今一度武器庫へと足を運び、カルトロップとナイフを取り出した場所を見ると、そこにも同様の物が鎮座している。
『これはもしや……複製魔術の類か? だが私はそんな複雑かつ戦闘向きではない術は先生に教わっていない……。そうなると考えられる可能性は一つ』
至った結論を確かめるために、ドットは今一度ポーチの中身を全て倉庫内へ返却する。
その上で定期的にポーチの中身を確認しながら一日を終え、翌朝同じようにポーチを確認すると、やはり返却したはずの道具一式がまたポーチの中に入っていた。
『なるほど。日を跨ぐとポーチの中身が元通りになるのか。それにこの現象はあのスキルの文言が増えてから……。つまり、新たに得たのは複製能力という事だろう』
念の為に数えていたカルトロップの数は完全に一致していたため、ドットは自身の推測が確信に変わっていた。
これによりドットの中にあったもう一つの推測であった、混沌の魔獣の持つ異常性を視認できる事、そしてその異常性を除去できる事が一つ目の能力なのだと確信した。
『これなら……きっと父上と母上を納得させられるはずだ』
先日とは違う、期待に満ちた力が自然と拳を握らせていた。
逸る気持ちを抑えつつ、両親共が揃う日まで自分の現状を把握する事に努めた。
そしてスキルを授かった日から丁度三週間が経った日、ドットはユージンとクレースの元へと自ら足を運んだ。
「話とはなんだ?」
「私に、帝都へと赴く許可をください」
「何と言った?」
跪き、進言したまま顔を伏せていたドットに掛けられたユージンの声は明らかに怒気を含んでおり、顔を見るまでもなく怒っているのは分かった。
だがユージンからすればこんな突拍子の無い進言など受け入れられるはずも無く、怒りを買う事はドットも十分理解していた。
「私のスキルに関する理解は僅かですが進みました。しかし、理解を深めるためにはやはり司祭様の仰っていた通り、過去の文献から推察するのが賢明であると判断しました」
「貴様は自分の状態を分かっていてその言葉を口にしているのか?」
「重々承知しております。決して戦う事など不可能ですが、決して無謀を冒そうという事では」
「ならん!!」
地面へ立てて持っていた、ユージンの剣が床を砕く鈍い金属音と同等の声量でドットの言葉を遮る。
だがドットも怯む事無く顔を上げ、父の目を見た。
「父上の想いも分かります。ですが、私も成人した身。ただ護られ、時が解決するのを待ちながら老いさらばえる気は毛頭御座いません」
「だから死に急ごうとしている息子を見殺しにしろと申すのか?」
「私も一人の騎士です! 打算無くしてこのような事は申しておりません!」
「騎士である前にお前は私の子だ!! むざむざ死なせる真似など許さぬ!!」
どちらも一歩も引かない、真っ向からの意見のぶつかり合い。
「許可します」
だが、その二人の間に割って入るように、ただ静かにクレースは一言そう言い放った。
「クレース!? 何を言い出すのだ!?」
「ユージン。この子との時間は私の方が長く過ごしたからこそ、私はドットの言葉を信頼している。貴方の背を見て育ち、私の背を見て学んだからこそ、この子は決して無謀を口にするような子ではないと知っている」
「だ、だが……」
「そうでしょう? ドット、死にゆくような無謀ではない。そう断言できる理由がある」
「はい。確かにあります」
怒りに震えるような激しい感情をぶつけていたユージンは反対に微笑むような表情を浮かべていたクレースの言葉を聞いて、膨らんでいた風船が萎むようにその怒りを失ってゆく。
「なら行きなさい。お前の言うようにもう立派な一人の騎士なのだ。自らの足で行動し、自らの頭で考えられる」
「し、しかし……」
「おや、猛将と畏れられた男が子離れが出来ぬとはな」
そう言ってクレースが笑ってみせると、漸くユージンは肩の力が抜けたのか、深く溜息を吐いた。
「分かった。クレースの言葉を信じよう。だが決して無茶だけはしてくれるな」
「ありがとうございます」
クレースに諭される形にはなったが、最終的にユージンの方が折れ、晴れてドットは帝都へ行く許可を得る事が出来た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ドット様。本当にお一人で行かれるのですか?」
「すまないラインハルト。父上にもお前を護衛に付けるよう散々言われたが、城にもしもの事があった時に頼れるのはお前だけだ。城の兵力を可能な限り削ぎたくない。それに路銀は多めに受け取っている。護衛を一人雇うぐらい訳ない。カーマと母上、そして城の事は任せた」
後日、旅支度を終えたドットは多くの者に見送られながら城を後にした。
その足でそのまま城下街へと向かう。
目的は当然先程言った通り、帝都へ向かうまでの間の護衛を雇うためであり、迷わず冒険者ギルドへと足を運んだ。
冒険者ギルドとは、傭兵達が日銭を稼ぐために薬草摘みから商隊の護衛まであらゆる仕事を斡旋してもらうための組合だったのだが、魔物の復活を期に我こそはと名乗りを上げた若者と、魔物に苦しめられる様々な地域の人々の依頼が集まるようになり、世界中を走り回るその様から『冒険者』と呼ばれるようになり、今の名へと姿を変えた場所のことである。
本来はそういった傭兵が野盗に成り下がらないようにするために国家へ身分を登録させ、管理するための組織だったが、今では最早冒険者の格付けと依頼の仲介業が主になっている。
「すまない。護衛を頼みたいのだが」
「はーい! 護衛の依頼ですね~。登録証を見せてくださ~い!」
ドットが受付に護衛の依頼を申し入れると、溌溂とした笑顔の女性がそう言葉を返した。
「登録証? それが無いと護衛を頼む事もできないのか?」
「あら? もしかして冒険者登録はまだされてない感じですか?」
「ああ、すまない。冒険者になりたいわけではなく、帝都へ向かうまでの護衛を依頼したいのだ」
「も~! 冷やかしならお断りですよ! 帝都までの道なんて街道があるんですから誰でも往来できます!」
「いや……少々込み入った事情があってな。一人で構わないのだ」
「今時護衛なんて古代遺跡の調査みたいな危険の伴うもの以外存在しないですよ?」
「そうなのか?」
どうやら聞く所によると、ドットの情報はかなり古いものらしく、父がまだ貴族の身分を得るよりも前の時代の話とのことだった。
今の冒険者ギルドは依頼する方も冒険者達の方も魔物が絡まない内容は誰も関心が無いため、そもそもそう言った依頼自体受けていないのだという。
内政に関わる事柄は座学で学んでいたが、冒険者の情報は父から聞かされていた情報から更新する機会が無かったため、すっかり勘違いしたまま来てしまったのだ。
「なんとか依頼できないか? 多少なら依頼料も増やせるが……」
「報酬が良くても魔物が出ないと成長の機会が得られないと誰も受けてくれないですね……。あ! 帝都に向かいたいだけなら冒険者登録してパーティーの一員として事情を説明するのが早いかも知れないですよ?」
受付の女性はそう言って代替案を提示したが、残念ながらその申し出は今のドットには難しい条件だった。
城下で出回っている自身に関する噂を知っているためドットは素性を隠すために質素なローブを身に付けており、フードを目深に被って顔を見せないようにしている。
登録となれば名前は偽名を通せたとしても顔を見せぬままというわけにはいかない事が容易に想像できるため、身分を明かせば要らぬトラブルを招く可能性が高い以上、仕方なくドットはそのまま冒険者ギルドを後にした。
『まさか出鼻を挫かれるとはな……。まあそれならそれで荷馬車に乗せてもらおう』
護衛を雇えないのは心許ないが、元々戦闘になってしまった場合の保険とラインハルトを城から離れさせないようにするための考えだったので、雇えないなら雇えないで問題はない。
そのため近くで荷を積んでいる商隊を探し、同乗させてもらうために移動していると、角を曲がった際に走ってきた者とぶつかったのか、バチッと衝撃が走った。
「キャウン!」
あまり聞き慣れない悲鳴に少々驚いたが、走っていたのかドットもぶつかってきた者も尻餅をつくほどの勢いだった。
「すまない。怪我は無い……か?」
ドットの前に居た者もドット同様、フードを被っていたせいで前がよく見えていなかったようだ。
だがドットが驚いたのはぶつかった衝撃で見えたフードの中身だった。
「いたた……。ごめんね! よく前見てなかったから……」
「お前……魔族か!?」
そこに居たのは人間と同じような背格好の犬のような存在だった。