5 変化
ドットの言葉を聞くとラインハルトはまた向かってきたワーウルフへ向け、剣の腹を当てて遠くへ吹き飛ばす。
「カーマ! 皆の馬を連れて少し離れてくれ!」
「分かった!」
「ドット様! 策とは!?」
「本当は生命力を得られると分かった時の効率良く狩るための策だったが……殺さずに行動力を削ぐのならこれしかあるまい!」
「これは……! カルトロップですか?」
ドットがポーチから取り出したのはカルトロップだった。
ボーラも元々はドットが使用する予定だったが、敵対行動を取ろうとすれば投げ物ですらまともに投擲できなくなる事を知っていたためラインハルトに渡していた。
逃げる獲物にならばボーラは最適だが、向かってくる敵には効果が薄いため、元々予定していた使い方とは違うが、カルトロップ本来の目的である行動抑制が可能だと判断し、ドットはカルトロップを撒きながらラインハルトと共に少し後退した。
魔物の特性の内の一つとして、基本的に人間側が逃走しない限り、その命尽きるまで攻撃の手を緩めない破滅的な攻撃性があるため、それを利用するためにラインハルトに一度距離を空けさせたのだ。
「ドット様もお逃げください!」
「少しだけ気になる事がある! 決して無理はしない! もし私の推測が正しいなら、奴がカルトロップを踏めば倒せるかもしれない」
「本当ですか!?」
「五分だ! 見当違いなら縛り上げて牢にでも幽閉するしかあるまい!」
真っ直ぐに突っ込んできたワーウルフは見込み通りカルトロップを踏み付けて悲鳴を上げた。
そしてそれと同時にドットの言っていた、黒い雷のようなもの、正確にはそれが何かは分からないが、明滅する黒い空間そのものの歪みのような物が踏んだ途端にワーウルフから剥がれ落ち、空間で霧散した。
「……今のはどっちだ? 上手くいったのか?」
「ドット様。先程からどうされたのですか?」
「確認が先だ。すまないが奴に止めを刺してみてくれ」
「……承知致しました」
ドットの言葉に半信半疑でラインハルトは魔力を溜め、光で模った弓矢を用いてワーウルフを射抜いた。
すると先程まで何度となく復活し続けたワーウルフは今度こそ地に倒れ伏し、二度と立ち上がる事は無かった。
「仕留められた……? ドット様。一体何をなされたのですか?」
「ラインハルト。今奴から黒い何かが剥がれ落ちたのは見えたか?」
「いいえ。私も気になっていたのですが、先程から何を意味の分からない事を仰っているのです」
「……やはりか。念のためにカーマにも聞いてみよう。もしかするとそれが私のスキルの持つ能力なのやもしれん」
「!! 何か分かったのですか!?」
「全部推測だ。あまり期待はしてくれるな」
ドットは自身の中にあった推測を確かめるために先に退いてもらっていたカーマを呼び戻し、同じように最初の斬撃の際にドットだけが見ていた黒い雷のようなものを訪ねたが、同じようにカーマも見えていないと返答した。
「二人にはあのワーウルフはどのように見えていた?」
「私の目には斬撃をものともせずに突き進んでくるように見えておりました」
「僕も同じでした」
「……私の目にだけは、両断される前の時点で三体いた内のあの何度も復活したあの一体だけは最初から黒い何かを纏っているように見えていた」
「それがスキルの正体。と……」
「恐らくは、だ。町民に聞いた話だと『目利きの才』のようなスキルを授けられた者は良い品が輝いて見えると聞いた事があるが、もしその類ならば私にはあの異常な何かを纏った者を見極められる才が授けられたのかもしれない」
「……だとしても全ての能力を奪われるなど聞いた事がありません」
「そうだった! もしやあれを倒せた事で何かしらの変化が現れたやもしれんな。一度確認してみよう」
ラインハルトの言葉で先の特異なワーウルフを倒した事での変化が無いかステータスを再度確認したが、数値はやはり何一つ変化していなかった。
だが
「スキルの内容が少し変わっている……?」
そこには新たに刻まれた《ItemInitialize:Enable》の文字列。
明らかに何かが変化しているのは分かるが、現状ドットは実感できるような変化は何も起きていない。
「もしや……早熟かつ、幾度も変化を遂げるようなスキルなのではないでしょうか?」
ラインハルトにそう提言された。
変化するスキルの存在はドットも知っていた。
先の例である『目利きの才』もそうだが、多くそのスキルを活用する機会が与えられると次第にスキルは成長してゆく。
宝石の鑑定が常だったのならば『鑑定眼』に、魔物素材の鑑定が常だったのならば『観察眼』に……といった次第だ。
だがそれはつまり数多くの経験をこなしたが故の変化であるため、たった一度の戦闘でそう易々と開花するような代物ではない。
「気になる事はまだ山ほどあるが、日が沈みきる前に城へ戻ろう。考えるのは明日でもいいはずだ」
僅かながらではあるが進展があった事もあり、ドット達の気分は少しだけ晴れやかなものだった。
とはいえ両手放しで喜べるような状況でもないため、すぐに帰路へ着き、ドットは自身の変化について思考を巡らせながらそのまま床へと就いた。
翌朝、晴れた頭で今一度自身の変化を調べる。
肉体的な変化は無く、数値以外のステータスの変化もスキル以外には無い。
ならば模擬戦等は可能かと調べるために中庭へ向かったが、やはり戦闘はまともに出来るような状態ではなかった。
『そういえばポーチの中に昨日の狩りの時の道具を入れたままだったな』
昨日は考える事が多く、そのまま眠っていた事を思い出し、武器庫から持ち出していたナイフやカルトロップ等の道具を返却し、狼狩りの際の出来事を振り返る。
不可解な点は幾つもあったがまず大前提として、戦闘時は表記上のステータスと同値の能力しか発揮する事が出来ず、例え鋭利なナイフを用いて相手の上に倒れ込んでも傷一つ付けられない程になってしまう事。
とはいえ目で見えるほどの決定打になっていないというだけで、きっちりとダメージは蓄積している事は剣を鋸の歯のように何度も擦り続けた事で証明されている。
また、生命力を得られたとしても自身の肉体が強化される事は無く、これは同様に鍛錬などを積んでも何一つ変化しないという事。
「ほ、本当にやるんですか……?」
「ああ、頼む。ラインハルトも私の身体、任せたぞ」
そう言って事情を知る城内の兵士の一人に布を巻いた木剣でドットの腹を軽く突かせると、ラインハルトの時ほどではないが軽く後方へと身体が飛び、それをラインハルトがしっかりと受け止めた。
「だ、大丈夫ですかドット様!! それほど強く突いてはいないはずなのですが……」
「大丈夫だ。おかげで少しあの時吹き飛んだ理由が掴めてきた」
今の突きでもう一つ分かったのが、攻撃される場合もその実際の振り抜きの加減ではなく、両者の数値が参考になっているという事。
そして、変化しないのは怪我の具合等も同様であるという事だ。
事前にドットは自分の指をナイフで切った際は普通に切れたのだが、今の身体が浮き上がる程の突きでは肌が赤くなる事すらなかった。
『戦闘においては倒す事は容易ではないが、同時に殺されるような事態に陥る可能性も低そうだ。問題があるとすれば……もしそうなった場合、相手の気が済むまで弄ばれる事になりそうだが……』
理想は遠距離武器の類を使う事だが、残念ながら戦闘に入れば弓を引く事は出来ても矢は転がり落ちるような距離しか飛ばず、当然投石などもできない。
『そしてあの黒いもやのような物……あれの正体を掴むためにはやはり、これまでのスキルと擦り合わせて似たものから推測した方がいいだろうな……』
後に様々な者に聞いた結果分かったのは、あの黒い何かを纏っているように見えた個体は現在巷を騒がせている『混沌の魔獣』と呼ばれる者達の特徴に近かった。
混沌の魔獣は一様に同一の魔物とは一線を画す異常な能力を持っており、それは不死身や不可視、石化等、本来その魔物が決して出来ない事をしてくるのだという。
観測される限りではその名で呼ばれている魔物は街だった場所に巣食っており、多くの者が故郷を取り戻すために戦いを挑み、そして散っていったと謂われている。
『もしそれが本当なのだとしたら……私のこのスキルはその魔獣達を討つ為の力なのかもしれないな……。だが、戦う事の出来ない状態というのは何とも皮肉だ……』
現状を把握した上で、魔獣により苦しめられている人々の存在を知り、そして自分がその状況を打破できるかもしれないという可能性を知ったが、同時にその無力さにただ拳を握りしめる事しかできなかった。
その後は形式上の鍛錬を行ってから床に就いたが、悶々とした思いは募るばかりだった。
だが翌朝、同じように新たな気付きを得るために準備を整えている際、一つだけ違和感があった。
空にしたはずのポーチが何故か膨らんでいた事に気が付き中を確かめると、そこには返却したはずの道具が全て揃っていた。