43 無敵 対 無敵
その真偽よりも先に、あまりにも荒唐無稽な内容にドットの思考は一瞬止まった。
ハッタリだと言い聞かせ続けていたはずなのに、鼓動は更に加速してゆく。
「出鱈目を!!」
「事実だ。お前がこの世界を旅し、そのスキルを使う度に世界は一歩ずつ終焉へと近付く。だからこそ私は決してお前をこの場から逃さない」
「ならば今すぐ父上と連合軍が魔王城を攻め落とすまで!!」
そう言い、ドットは手を天に掲げて天へ一つの火球を打ち上げた。
宙で弾けたそれは当然攻撃の為の物ではなく、ドットからユージンへ向けた信号であり『討伐不可能』を示すサインだった。
ドットがドラゴンを討伐できない場合、ドットを残し魔物の本拠地ともいえる魔王城を攻め落とす事を強行する計画であったため、そのサインを見たユージンは一つ呼吸を整えた。
「……仕方あるまい。全軍! これより魔王城侵攻作戦を開始する! 今こそ、世に平穏を取り戻す時だ!!」
鬨の声を上げながら、ユージン率いる連合軍はライオネッタ達四人を補給拠点として引き連れ、進軍を開始した。
普通の兵糧と違う点はまさにそのコンパクトさにあるだろう。
そして同時にドットはドラゴンの動きを備に警戒したが、宣言していた通りドラゴンはその魔王城へ進軍する脅威を無視した。
「本当に止める気は無いらしいな……」
「お前の考えは読めている。私の攻撃を誘い、その攻撃をわざと受けることで受けた攻撃と同じ痛みを相手に与える呪具の類を使うつもりだろう?」
ドットが策を巡らせるように、そのドラゴンも無駄な行動を一切起こさないような用心深い相手であったため、同じようにドットの考えを読んでいた。
「黒衣の魔導師が言うにはお前に触れられる事がスキルが発動する条件だとは聞いているが、用心に越した事は無い。私は決してお前をここから動かさせん。それがこの世界を、私自身を守る最善手だからだ」
「魔王が討伐されたとしてもか?」
「そうだな。今の私にとっては魔王が倒される事よりもお前をここから動かさせない事の方が重要だ」
ドットがこの場から動けばドラゴンはノウマッド領の民を焼くだろう。
そうなれば漸く手に入れた強大なドットの能力をもってしてもドラゴンを止める事は出来ない。
『まだだ……! まだこれまでの能力の中に、何かドラゴンにダメージを与える手段が残されているかもしれない……!』
「……何をしているのだ?」
ドラゴンを前にして、ドットは自らのステータスを開いてこれまでのデバッグの能力を今一度一つずつ試した。
過去を思い出す能力や声真似の能力、アイテムの復元能力等はユージン達連合軍に影響が出るためそれ以外の能力を一通り今一度試してゆく。
そして世界中に謎の線が現れる能力を使ったその時、地面や空にさえある謎の線がそのドラゴンにだけ無い事に気が付いた。
『私自身はもちろん、草や地面、瓦礫の一片に至るまでこの謎の線が見えているのに、このドラゴンには一本たりとも伸びていない……。まさか私の攻撃はともかく、誰の攻撃もかすりすらしないのは、この線がドラゴンには存在していないからなのか?』
「レイニングスパーク!!」
「無駄だと言ったはずだ」
『間違いない……! これは世界や事象まで含む全ての存在を示す線だ!』
無数の雷が降り注ぐ神聖魔法すら一切効き目がなかったが、だが確かにドットの目には降り注ぐ魔法の効果範囲となる空間全体が赤く染まっていたように見えていた。
魔法の効果が終わればその赤い空間も消えたため、ドットはその線の正体を存在に関わる何かだと仮定し、今度はあらゆる魔法を試してゆく。
『透明になれる魔法があるんだ。存在を消す魔法があってもおかしくはない……! この能力でないと気が付く事の出来なかった魔法の効果があるかもしれない!』
もし存在を消す魔法があるのであれば、逆にそれを出現させる魔法もあるかもしれない。
その一心で既知の魔法も含め、もしかすれば攻撃となりえるかもしれないと次々に唱えてゆく。
「万策尽きて悪あがきか……。お前はもっと賢いと思っていたのだがな」
「試せる全ての手を試さずに諦める方がもっと愚かだ。こう見えて私は諦めが悪いぞ?」
攻撃魔法に織り交ぜる様にして補助魔法や妨害魔法も使ってゆき、存在を出現させる魔法が無いか? 攻撃魔法にも赤い範囲以外の物が無いか探し続ける。
「諦めろ。お前は決して私には勝てない」
「こんな所で諦めるぐらいなら私は最初から旅に出てなどいない!」
ドラゴンの言葉にドットがそう言葉を返しながら光を纏った剣を振り下ろそうとした瞬間、空から謎の火炎球がドラゴン目掛けて落ちてきた。
爆炎と共に埃を巻き上げ、その火球は立ち上がった。
「き、貴様……! 何のつもりだ!」
「ア……アモン!?」
「よお。暫く振りだが……随分と腕を上げたようだな?」
降り注いだ火球の正体はアモン。
ただでさえ厄介な状況だというのに更に面倒な相手が増えた事になるが、ドットが驚いたのはただアモンが来たからだけではなかった。
先程まで何をされても傷一つ付かなかったドラゴンが、間違いなくよろめいているのだ。
「この場を任されたのは私だ! ただの魔族風情が私の任務を邪魔するな!」
「邪魔をしてんのはてめぇだよ!!」
激昂するドラゴンに対して、アモンは今度は間違いなく右腕でドラゴンの頭を殴り飛ばし、その巨体を城の残骸ごと吹き飛ばすほどの衝撃が加えられた。
間違いなくアモンはその無敵のはずのドラゴンを攻撃しているのだ。
「一体何がどうなっているんだ!?」
「おいドット。今すぐ俺と遊びな! 今のお前となら楽しい戦いが出来そうだ」
「待て! お前との勝負は後でいくらでも付き合ってやる! 今は先にどうしてもこのドラゴンを倒さなければならない! 力を貸してくれ!」
「あぁ!? ……面倒くせぇが、要はあいつがいなくなりゃあいいんだな? だったら今だけお前に力を貸してやるよ。その代わりそれが終わったらどっちかが死ぬまで戦ってもらうぜ!」
「好きにしろ!」
アモンの介入はドットにとっても想定外の事態だったが、最早ドラゴンを倒せるのであれば手段を選んでいるような状況では無い。
「ふざけおって!!」
「ぬるいぬるい。所詮お前じゃあドットの前座にもなりゃあしねえってこった!」
怒りに任せるようにして起き上がったドラゴンがそのままアモンへ腕を叩きつけたが、余裕を見せつける様にアモンはその攻撃を受け止めて見せた。
そのまま腕を押し返しながら火炎の剣で斬りつけると、目にも留まらぬ速さの連撃を叩き込んでゆく。
如何に前回の時に手加減をしていたのかが分かるという程に、アモンはその強さを遺憾無く発揮していた。
「なめるなぁ!!」
いくら混沌の力を与えられ、無敵と化したとはいえドラゴンの方もただ一方的にやられる程に弱いわけではない。
瓦礫となった城を砕くほどの一撃がアモンへと繰り出されるが、アモンはその攻撃を全て躱さずに全て受けながら同じように斬り返す。
どれだけ強力な攻撃を受けようともアモンはその攻撃を躱さず、受けて殴るを繰り返しているため、流石にそのままでは持たないと判断したドットはアモンに回復魔法や補助魔法での支援を行う事にし、それで事実上の無敵を倒せる無敵同士の戦いの様相を呈してきた。
だがドラゴンの方はあくまで攻撃をされない事が前提であるため、次第に傷を修復できるだけの魔力が枯渇してきたのか、生傷があちこちに残り始めた。
天から降って湧いた幸運だが、それでもアモンはこのドラゴンに対する唯一の対抗手段であるため、ドットは束の間の共闘で出し惜しみせずに支援し続け、そして遂に……
「貴様……如きに……! 貴様如きにぃ!!」
「悪ぃな。俺の方が強かったってこった」
以前ワワムへ見せた時と同じ極大の炎の剣を作り出し、その刃を振り下ろしてドラゴンを真っ二つに切り伏せた。
「さぁて……次はお前の番だ。ドット。約束通り俺と戦ってもらうぜ?」
「……アモン。やはり、戦うしかないのか?」
「当たり前だ。闘争こそが俺の本能。闘争こそが俺の生き様。戦う事以外に俺の生に意味は無ぇ!!」
「やはり……お前は何処まで行っても、魔族なのだな」
出来る事ならばドットはアモンとも理解しあえる道を選びたかった。
アモンと直接戦闘となれば、今のドットに負ける要素は一つも無い。
元々戦闘中はステータスが固定化される呪いのおかげで死ぬ事は無かったが、今はその固定化されるステータスが高水準となっているため、例えどれほどの攻撃を受けてもびくともしない名実共に正に無敵の存在と化していた。
ドット自身、既に前回のステータス調整が可能になった時点で戦闘に於いて苦戦する事は無いと理解していたため、アモンがドラゴンにダメージを与えられる事を知った時点で、それが異常性の再発かそれとも別の要因が原因かまでは分からないがアモンに触れないようにしたことでドットの天敵とも呼べる存在を倒してもらうように利用していた。
だがいくらそれが人類にとっての敵である魔族であったとしても、ドットにとってはワワムとの対比があったためただ利用し、討伐するのは忍びなかった。
「アモン。いくらお前でも私に勝つ事は出来ない。手を引いてくれ」
「随分大きく出たな? 俺を倒せるってんならそれでいい。俺に生を与えてくれよ!」
「……いいだろう」
そう言うとドットは諦めたように息を吐き、自らのステータスを今一度変更する。
せめて苦しまぬように大幅に一撃の威力を高め、剣を鞘に納めて体勢を低く構えた。
それは回避不能の技『居合斬り』。
「んだよ……お前にとっちゃ俺との勝負が遊びだったってか?」
「遊びではない。真剣だ。だからこそお前に時間を割いている余裕はない。許せ」
一度だけ言葉を交わし、一瞬の静寂の後アモンが凄まじい殺気と共に天を衝かんとする炎の剣を作り出したが、その剣が振り下ろされる事は無かった。