42 決戦の時
刻一刻と近付く決戦の日を前に、ノウマッド領へ多くの兵が訪れた。
コストーラの聖騎士団と聖職者合わせて五万、ライドの騎士団と補給部隊合わせて三万、ノードの騎士団と魔導師合わせて三万。
壮観とも言える大部隊がノウマッドの地へと訪れ、混沌の魔獣討伐、及びガット奪還作戦に快く派兵してくれたのだ。
ユージンとラインハルトの指揮の下、ノウマッド領の前に築かれた野営に兵が集まり、作戦の認識合わせと各々の兵の呼吸を合わせてゆく。
「さぁて……こっからは俺達の仕事だ!」
「がんばろー!」
「まさかあたし達のここ一番での仕事が補給部隊だなんて……」
「何を言っているんですか。戦闘補助は欠かせない存在ですよ」
ライオネッタ達は口々にそう言うと、大量の食料が詰まったカバンを背負っていた。
ドットの能力によって取り出した荷運び用の大きなカバンですらパンパンになる程の食料を次々に陣内の兵士達と協力して配ってゆく。
ドットの復元能力はパーティメンバーにも影響する事を逆手に取り、皆は両手を通せるだけとした沢山のカバンを準備する事で事実上の無限の兵糧を確保し、それだけの兵士に十分な食料を常に提供できるようにしたのだ。
本来ならば動けなくなるほどの大荷物は大問題だったが、動かさないのであれば正に無限の補給所に早変わりである。
当然食料に限った話ではなく、カバン毎に薬や矢等の消耗品をはじめ、貴重な装備や戦闘で必要となるものを洗い出して全てを纏めて準備している。
それだけの物量を以てして彼等が戦うのは当然新たな混沌の魔獣と化したドラゴンではなく、ノウマッド領周辺に発生する魔物の討伐が目的だった。
魔物の復活には周辺地域一帯の魔物の総数が関わっている。
故に敵が物量で永遠に復活し続ける兵力を出したとしても、それを全て殲滅できるだけの兵力があれば失った土地を取り戻す事が出来る。
落とされたガットからノウマッドまでの領地を人間の手に取り戻し、皆に平和と安寧を齎す事で人類の士気を取り戻すのが今回の作戦の肝である。
そしてドットがガットを押さえているドラゴンを討伐した暁には無限の物量を以て魔王城を攻め落とし、黒衣の魔導師が新たに混沌の魔獣を生み出す事をできないようにすることで真に人類の平和を取り戻す、一世一代の大作戦が今正に始動していたのだ。
だがその最大の障壁は混沌の力を与えられたドラゴンである。
これまでの敵は全てドット以外の人間でも『攻撃を行う事自体』は出来ていた。
『それが一切触れられない……となると、それそのものが与えられた混沌の力である可能性が高い……。もし触れられないのならば……いや、余計な事を考えるのは止めよう。出来る限りの手を打って、ドラゴンを討伐し、長きに亘る魔王の恐怖の時代を終わらせる!』
一抹の不安はあるものの、全ての準備は整えた。
魔王城へ近付くにつれて強くなる魔物も、精鋭揃いの騎士団を相手では手も足も出ない。
ドットの人徳が、功績が呼び寄せた人々の力は僅か数時間足らずで数年掛けて手に入れた広大な土地を人類の手に取り戻した。
「ここからは私の領分です。皆さんは決して近付かないよう」
周辺の騎士達にそう告げ、ドットは一人ドラゴンの鎮座するガット城へと歩みを進める。
ナーガと戦った時と同じ状況。
だが違うのはドットはもうただ殴られるだけの脆い存在ではない。
今一度自らのステータスを確認する。
周囲の兵士達に被害が及ばぬよう、攻撃力に関するステータスは変更せず、いくらでも耐えられるようにする為に耐久面のステータスをそれ以上変化が無くなるまで上げきった。
「来たな……お前がドットか」
ドットの接近に気が付いたドラゴンはドットへそう言葉を投げかけた。
だがドットは言葉を返す代わりに一矢、そのドラゴンの眉間目掛けて放つ。
話で聞いていた通り、放たれた矢は眉間に傷を残すどころか本当に何事も無かったかのようにドラゴンの後ろへと突き抜け、そのまま崩れた城壁に弾かれて地面へと落ちた。
だがすぐにドットは剣を抜いて斬りかかるが、その刃も空を斬ったように一切の手応えがない。
「レイフォール!!」
剣が効かないと分かればすぐに距離を取り、ドラゴンのいる場所へ向けて掌を向けると魔法陣が現れ、呼応するように上空に現れた巨大な魔法陣から光が降り注いだ。
だが、ドラゴンを飲み込むほどの光の柱が消えるとそこには変わらず、何事も無かったかのようにドラゴンが立っている。
『飛び道具や剣のような物理攻撃だけが効かない霊体のような存在になる異常性である事に賭けたが……やはり魔法の類も効かないらしい』
「随分な挨拶だな。だが見ての通りだ。話で既に聞いているとは思うが、私には攻撃が効かないのではない。そもそも当たらない」
「……その口振りだとやはりお前も」
「察しの通りだ。私は黒衣の魔導師によって喚び出された。言うならばドット。お前を止めるための黒衣の魔導師の最終手段といったところだ」
ドットと相対するドラゴンはナーガの時とは違い、非常に落ち着いた言葉遣いで話した。
だが殺意や敵意は間違いなくあり、ドットが何かをしようとすればそのドラゴンも躊躇無くドット以外の人間を攻撃しに掛かるだろうという事は容易に想像ができる。
しかし油断や余裕といったドットを見下すような感情は見て取れず、間違いなくドットにとっての天敵とも呼べる混沌の力を手にしていながら、そのドラゴンはただドットを抑えるためだけに行動しているように思えた。
「最終手段……。という事は少なくともお前は黒衣の魔導師にその力を与えられた理由を知っているようだな」
「流石に聞いていた通り敏い。その通り、私は黒衣の魔導師の目的。お前にこれ以上スキルを使わせぬよう阻止するように命じられた」
心臓がドクンと一つ跳ねたのが分かる。
ドットがずっと探し求めていた正体不明のスキルの詳細を知る者がよりにもよって黒衣の魔導師であり、そしてその秘密を知らされた者が目の前にいるのだ。
「その正体はなんなのだ!? 私のスキル『デバッグ』とは!? 一体何なのだ!!」
そう叫びたかったが、その言葉を飲み込むように大きく息を吸い込み、精神を落ち着かせた。
『ハッタリだ。精神的動揺から逃げ出す隙を作ろうとしているか、他の兵士達を攻撃する隙を作りだそうとしているに過ぎない!』
自分自身に言い聞かせるように思考を巡らせているが、スキルの正体を知るという目的は考えないようにしていただけで喉から手が出るほど知りたい情報であることに変わりはない。
その上黒衣の魔導師がドットのスキルを知っているというのにも信憑性があるため、その言葉が嘘だろうと真実だろうとドットにとってのあまりにも誘惑的な罠であるという事実も揺るがない。
「黒衣の魔導師の目的が私にスキルを使わせないようにしている、というのは腑に落ちないな。それが事実ならば混沌の魔獣を次々に生み出し、嗾けるのとは完全に矛盾している。混沌の魔獣を生み出さず、世を乱さなければそれこそ私にスキルを使わせない最良の一手となるはずだ」
「当然の疑問だ。私も同じ言葉を黒衣の魔導師に投げかけた。そして知った。たとえ初めから黒衣の魔導師が何もしなかったとしてもお前はスキルを使う事になる。とな」
「答えになっていない。時間稼ぎのつもりか?」
「いいや。ちゃんと答えだ。そして時間稼ぎは私に与えられた使命そのものだ。お前をもうこれ以上、何処にも行かせず、何もさせない。いくらでも問答しよう」
「ならば問おう。私がスキルを使う事を阻止しなければならないその理由とはなんだ? 時間稼ぎ以外の目的があるとでもいうのか? 例えば……全戦力を以て魔王城を攻められるのを阻止したい。とかだろうか?」
「魔王城を攻撃されるのは避けたかった……。そう、私も黒衣の魔導師に知らされるまでは恐らくそのために行動していただろう。だが今は違う。魔王城を攻撃される事などどうでもいい。お前ならもう分かるだろう? 私も黒衣の魔導師も、固執しているのはドット、お前ただ一人だ」
そう言ってドラゴンはドットを指差した。
ドットの言う通り、ドラゴンの言うスキルを使わせないという目的と黒衣の魔導師の行動は一致していないように思えるが、ドラゴンが言うにはそれが正しいのだと理解した上で答えている。
ただの時間稼ぎでもあるが、同時に動揺を狙ってもいたのだろう。
だがどれほど警戒しようとも、あまりにも突拍子の無い言葉は人の心を放心させるには十分だ。
「ドット。貴様がスキルを使うという事は、それは即ち世界の終焉を迎えさせるという事だ」