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4 エンカウント

 一度狩りの準備をしてくるようにカーマに言い、その間にドットはラインハルトの方へと向かった。


「ラインハルト。すまないが少し耳を貸してくれ」

「どうかされましたか?」


 ラインハルトに声を掛けると、周囲に兵士がいない事を確認し、耳打ちする。


「なっ!? 狼狩りですと!? ……気は確かですか!? 今のご自分の状態はご存知でしょう!?」


 思わずラインハルトは一瞬大きな声を出してしまったが、我に返り途中から同じように小声でドットに言葉を返した。


「分かっている。とてもではないが戦闘なんてできない。だからこそ貴殿に同行を願い出ているんだ」

「そういう問題ではございません! いくら私とカーマ様が同行したとしても不測の事態が無いとは言い切れません!」

「私自身も準備はする。それに何も考えなしでカーマの申し出を受け入れたわけではない」

「誠でしょうか!?」


 少々驚いた様子のラインハルトにドットはこっそりとその理由を耳打ちすると、先程のドットと同じように何度か頷いたが、暫く考え込んだ。


「確かにそれならば可能性がありますね……とはいえやはり……」

「分かっている。無謀ではあるが司祭様の状況も分からない以上は自分で状況を打破する他ない。分かってくれ」

「……承知致しました。不肖ラインハルト、必ずドット様の御身をお守り致します」


 苦肉の策ではあったが、ラインハルトも何とか了承してくれた。

 その後はすぐにドット自身も言っていたように狼狩りのための必要な準備を整えるために武器庫へと足を運んだ。

 普段ならば自身のために作られた剣の一振で十分だが、今回に限っては恐らくお守り程度にしかならないだろう。

 故に必要な道具を手に取り、ポーチへと放り込んでからすぐにカーマと合流した。




     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇




 城から馬を駆り、近くに人の手が入っていない平原まで行くと魔物が生息する場所がある。

 魔物が普通の生物と違い、且つ最も厄介な点が煙のように現れる点だ。

 一帯の魔物を尽く掃滅しなければいつの間にか魔力からまた肉体を得て現れてしまう。

 それにも拘らず、倒した肉体はナイフで切り取っても肉や皮、骨が数個取れる程度で残りは霧のように霧散してしまうせいで研究も遅々として進まない。

 故にこのノウマッド領を手にするのにすら長い年月を掛けたほど、一度魔物の手に渡った土地を取り戻すのはそれだけで偉業だ。


「居た。およそ五〇〇メートル先に単独で行動している個体。周囲を警戒しているような様子もない」

「承知致しました。カーマ様。ご容赦を!」


 望遠鏡を使ってドットが獲物となるワーウルフを発見するとラインハルトはそう言い、自らの馬を駆って一気にワーウルフとの距離を詰め、端に重りの付いた三股の紐を投げ付け、見事ワーウルフの脚へ絡み付けて捕獲してみせた。


「あれ? ラインハルト、何か投げてる? いつもなら追い込むのに」

「あれは『ボーラ』だ。四足の魔物相手にならいい手投げの拘束道具になる。カーマも扱い方を覚えておいていいだろう」

「でも、なんで捕獲しているんですか?」

「……いずれカーマも知るだろうからな。すまない。今回は訳あっていつものような狩りというわけにはいかないのだ」

「訳?」

「ドット様! 早速試してみましょう」


 捕獲した魔物を担いでラインハルトが戻ってくると、ドットはすぐに予定通りワーウルフへの攻撃を試みる。

 人類にとっての天敵と言える存在である魔物だが、そんな魔物には一つだけ利点がある。

 より強き存在が生き残る魔物の特性か、魔物を討伐することさえできればその肉体を構成していた魔力はその討伐した者達の生命力(EXP)へと変換される。

 日々の鍛錬以外で肉体を鍛える方法はこの魔物の討伐があり、生命力を獲得し続けられれば人智を超えた力すら手に入れられる。

 故にドットはその魔物の特性に賭けた。

 持ってきたナイフを手に取り、思考が鈍る前にナイフを構え、ワーウルフ目掛けて倒れ込む。

 これならば思考や力は関係無い。

 だが体重を乗せたはずのナイフはワーウルフの肉を割くどころか刃が刺さりすらしていない。


『これで傷一つ付かないのか……。なまくらのナイフですらこうすれば突き立てられるだろうに……!』


 二度、三度と繰り返したが効果は無し。

 仕方が無いので今度は逆にドットが剣を持ったまま伏せ、刃の上にワーウルフを落としてもらったが、結果は同じ。

 最終的に刃の上でおろし金のように擦り付けて漸く薄皮を切れたのか刃に血が付いていた。


「最早ここまで行くと何者も傷付けない才能ですな」

「剣戟を受けたら砲弾になるのにか? とにかくこのままでは日が暮れてしまう。止めは頼んだ」

「兄上……これは一体何事なのですか……?」


 ワーウルフに止めを刺しているラインハルトの横で訳の分からないやり取りを見せられていたカーマは困惑しながら口を開いた。


「……お前には今まで伏せられていたと思うが、見ての通り私は成人の儀で授かったスキルが原因でまともに戦う事ができない状態になっている」

「そ、そんな……兄上に限ってそんな事が起こるはずが……」

「だが現実だ。今も少しでも現状を打破するために色々と模索しているが、もしもの時はカーマ、お前がハロルド家の家紋を背負わなければならない」


 衝撃的な一言にカーマは完全に意気消沈としていたが、その間にワーウルフに止めを刺した事で生命力がドットへと流れ込んできた。

 間違いなく自分の中に力が漲るのを感じ、ドットは少しだけ精神を落ち着かせながらステータスを開いたが、無情にも生命力の項もそれ以外の能力値の項も、そして必要な経験量の数字も変動する事は無かった。


「……一縷の望みではあったが……それすら断たれたとあっては最早お手上げだな」

「ドット様……」


 消えてゆくワーウルフの肉体が、ドットの最後の希望のように霧散していった。


「だったら……もう何体かワーウルフを狩れば! そうすればきっと兄上の力だって戻ってくるはずだ」

「カーマ様。残念ながらワーウルフ一頭を二人で狩ったのであれば、未成長(レベル1)の者であれば得られた生命力は十分すぎる量のはずです」

「そんなの試してみないと分からないよ!!」

「……不甲斐ない兄だな」


 今にも泣き出してしまいそうな表情で叫ぶカーマを見て、ドットはただ歯噛みする事しかできなかった。

 兄を想うカーマの気持ちは痛い程伝わるが、かといって長くこの場に留まり続ける事は不測の事態を発生させる確立を徒に上げてゆくだけでしかない。

 効果が無いと分かった以上すぐにでも引き上げたいが、最早意固地になっているカーマは二人の声を無視するようにワーウルフを探して回った。

 そして一頭、また一頭と瀕死にしたワーウルフを積み上げ、それらにドットは一応ナイフを突き立てていったが、やはり変化が訪れる事は無かった。


「カーマ! もうこれ以上は無駄だ! もう普段の狼狩りの数すら上回っている! 引き上げるぞ!」

「嫌だ! 僕は諦めない!」

「そういう問題ではない! もうすぐ日が暮れる! 夜は魔物共の領分だ! 危険を冒す必要はない!」


 日が暮れると魔物が活発になり、現れる魔物の数も格段に増える。

 更に言えば魔物は夜目が利くため、今では夜に移動する者は後ろ暗い者ぐらいになっている程。

 それに手こずるような相手ではないといえど、もう長時間に渡り狩り続けているため集中力も切れてくるはずだ。


「兄上! ラインハルト! 助けて! このワーウルフ、斬れないんだ!」


 そうする内にカーマがそんな悲鳴を上げながらドット達の元へと駆け戻ってきた。

 カーマの後ろには三匹のワーウルフが追いかけてきていた。

 日暮れが近い中、馬の速度のおかげで多少距離の空いた状態ですぐさまラインハルトと二人で構える。


「状況は!?」

「分からない。何匹かは斬れたんだけど、一匹だけ何度斬っても何事も無かったみたいに向かってくる奴がいたから……」

「考えている余裕は無いですな」


 慌てた様子のカーマを見て状況を把握するよりも先に手を打たねばならないと決断したラインハルトは一歩前へ出るとすぐに自らの剣を正面に構え、左手に魔力を込めて刀身を撫で下ろす。


「聖光一閃!」


 刀身が光り輝き始めると同時に両手で構えなおし、目の前を横薙ぎに剣を振るうと剣の軌跡が光の斬撃となってワーウルフの元まで真っ直ぐに飛んでいった。

 見事その斬撃はワーウルフを全て真っ二つにしてみせたが、次の瞬間、内の一匹だけはバチッと黒い雷のようなものを伴い、斬撃を受ける前の状態に戻っていた。


「何!? 仕留めそこなったか……! ならば……!」


 ラインハルトはすぐに剣を構えなおし、目にも留まらぬ斬撃の嵐を叩き込み、今度こそ間違いなく細切れにしてみせた。

 が、またしても黒い雷と共に元通りとなり、勢いそのままにラインハルトへと飛び掛かったが、間一髪の所で腕へ噛みつかせて攻撃を防いだ。


「ラインハルト! 大丈夫か!?」

「鎧を着てきたのは正解でしたな! とはいえこいつは一体どうなっているのだ!?」


 万が一ドットが襲われた時に盾となれるようラインハルトはフルプレートメイルを身に纏っていたため無傷だったが、かといって攻撃の効かない相手では対処のしようがない。


「理由は分からないが、そいつだけ"黒い雷"のような物を纏っている! それが光る度に肉体が瞬時に再生しているのが原因のようだ!」

「雷? そんなものは何処にも見当たりませんぞ!」


 ドットの言葉へ返答しながらワーウルフを蹴飛ばし、一度距離を空けたが、その際も間違いなくバチリと黒い雷が瞬き、ワーウルフは身を翻して着地する。


「今もだ! 恐らく奴は死ぬ程の攻撃を受けるとあの雷によって甦っているのだ!」

「ドット様! 彼奴は不死身ではありますが、力はただのワーウルフと同じです! 私が時間を稼ぎます故、今の内に退却を!」

「兄上! 早く!」


 二人の様子を見るに、ドットを守る為に精一杯という様子ではなく、ドットの言っている"黒い雷"が見えていないように感じた。


「もしや……! ラインハルト! 一度遠くに吹き飛ばせるか!?」

「何か策がおありで!?」

「ある! これが駄目なら一時撤退だ!」


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