39 そして…
その場に集まっていたのはナーガの混沌の力によって身動きが取れなくなっていた者達だった。
境遇は皆それぞれ別だったが、ドットの攻撃によって混沌の力を失ったナーガは彼等によって倒され、漸くノードの町にも平和が訪れたのだ。
「若干だがあんたの戦いを見る事が出来たよ。周りの音とかは聞こえてたからあいつが逃げ回ってるのは聞こえた時には心の中で応援してたんだぜ? しっかし……一体どうやってあいつを倒したんだ?」
「それなんですが……半分以上は自分との戦いでしたね」
そう言ってドットは聞いてきた冒険者に対してその時の装備を見せた。
装備はどれもこれも不思議な能力が備わったものばかりだが、一般的な装備からかなり珍しい装備まで様々だった。
武器は『修道女のナイフ』と呼ばれる聖なる力の宿ったナイフで、これは装備者のレベルを参照し、対する相手の防御力を無視したダメージを与えられるため腕力等に依存しない特殊な武器になる。
防具として『修験者の法衣』と『重力の靴』を装備しており、重力の靴は装備者が仰け反ったり吹き飛ばされる場合に魔力を消費し、その場に留まらせてくれる『重力の加護』を与える靴。
修験者の法衣は装備者が気絶や混乱等の精神への異常をきたす攻撃を受けても、法衣の加護がそれらの効果を無効化してくれる物だ。
どちらも特殊な効果を持っている分防具としての性能は低いため、普段はあまり使われない装備でもある。
それに加えてアクセサリを二つ、『用心の指輪』と『ゲイズの瞳』という首飾りを装備していた。
用心の指輪は装備品が盗まれたり破壊されたりを防ぐための装飾品で、商隊等ではほぼ必須の物。
ゲイズの瞳は装備者の攻撃が必ず当たるようになる代わりに与えられるダメージが著しく減少してしまうという魔法道具であるため、毒等の状態異常を確実に与えたい武器や魔法を使用する時ぐらいにしか使用されない。
挙げたように普段から使われたり、特定の用途であれば使われるような装備品の数々だが、これらを組み合わせる事はほとんど無いだろう。
だがゲイズの瞳によってドットの攻撃は必ず当たるようになり、修道女のナイフによってダメージの最低保証があるため傷を与えられないという事態を防いでいる。
その上でドットのデメリットである吹き飛ばされる事態を重力の靴で防ぎ、どれだけ攻撃され、意識が保てなくなったとしても修験者の法衣でそれを防ぎ、最悪ナーガがそのからくりに気が付いて装備を剥ぎ取ろうとしてきたとしても装備品を外せないようにする為に用心の指輪を装備した事で、文字通り『必ず中るまで止まる事の無い不可避の攻撃』となったわけだ。
だがそれはいくら肉体が不滅であったとしても、同時に身体が何度も砕け散るような衝撃をうっすらとでも残っている意識の中何度も体験し続けなければならないという、到底想像できないような苦痛を味わう事になる。
いつ当たるのかも分からない中、攻撃を当てるという意志だけを保ち続けなければならないというのは正気の沙汰ではないだろう。
だからこそドットは二週間も意識を取り戻さなかった事を考えると、その戦いの光景は非常に緩やかで見ていて退屈するようなものだったかもしれないが、ドットとナーガにとってはそれは正に無限にも等しい地獄の時間であり、何度も死を経験するような苦痛を耐えきるという覚悟の元実行に移したという事である。
その甲斐は十分すぎるほどあり、まだドットの意識の戻らぬ中、都市機能と世界各地への魔石の供給を少しでも早く復活させるためにドットに救出された冒険者達は皆で協力し、この短い期間の間に都市機能を回復させられるだけの魔石の採掘を完了させていた。
常春と謂われたノードの魔法道具の機能は全て復活し、豊富な食料と気候が戻ったどころか、長い積雪で壊れてしまった街道の魔石灯を作り直し、冒険者達総出で復旧作業に当たっている所だという。
この調子ならもう一か月もしない内にノードの都市機能はおろか、コストーラまで含め本来の流通状態へと回復する事だろう。
そう……世界を混沌に陥れていた『混沌の魔獣』はドットの思惑はどうであれ、遂に四体全てを討伐した事で漸く正常になったのだ。
世界の皆からすれば後はノウマッド領のその先、魔王の座する居城へ誰が辿り着き、人類に仇成す魔王を討伐せしめるのか? という問題になってくるのだが、ドットにとってはもっと大きな問題がある。
未だドットのステータス画面は煩雑なままで数値にも変化はない。
一生このままなのか、それとも黒衣の魔導師と直接戦闘し、混沌の力の元凶を討ち倒せば元に戻るのかも分からず、肝心の黒衣の魔導師の現在の状況すら分かっていない。
既に戦勝ムードに包まれ、町を挙げての祝宴を始めようとしている中、ドットは一人見えぬ先の不安に一人浮かない表情をしていた。
その晩は冒険者もノードの兵士達も肩を組んで踊るほどに羽目を外してただただ取り戻した平穏と、それを導いてくれたドットを囲んで楽しんでいた。
「ドット。楽しくないの?」
「え? いや、楽しんでいるよ。ワワムも折角の祝宴なんだからもっとご馳走を頂いてくればいい」
「分かった! 持ってくるから一緒に食べて元気になろう!」
宴の間はドットも水を差さぬように笑顔を努めていたが、やはりそういう所で勘の鋭いワワムには気取られていたらしく、要らぬ気を遣わせしまったようだ。
こうなるとワワムはドットを元気付けさせようとするために張り付くため、演技ではなく一度抱えている悩みを忘れるしかないのはワワムの良い所でもある。
そうして素直に皆で喜びを分かち合い、楽しい一夜を過ごした翌日。
「みんな!! 早く来てくれ!!」
二日酔いで潰れているライオネッタ達を叩き起こすような打って変わって元気に満ち溢れたドットの声で、すぐにノードの郊外へと向かった。
「せめてコストーラじゃ駄目か? 寒いし頭痛ぇし、敵に襲われたらまともに戦えねぇぞ?」
「だからですよ! 見てください!!」
そう言うとドットは自らのステータス画面を開き、自身の能力を表す数値に指を触れる。
そしてアイテムの所持数を調整した時のように指を下へ滑らせると……。
「す、数値が……増えていってる!?」
「という事は遂に……!」
「まだ早いんじゃない? 戦闘中にそれがちゃんと表示通りになるのか分かってないんでしょ?」
ドットのステータスの数値は指を滑らせるとみるみる上昇し、離せばその数値で止まる。
ナーガの混沌の力を取り除いた際に手に入れた新たな能力、《StatusConfig:Enable》の文字列とその能力の詳細だった。
「確かに今の状態では特に実感はないですね。ですが! それはつまり、戦闘中ならばちゃんと今までと同じく、この数値通りになるという事の証左でもあるんですよ!」
そう言いながらドットは嬉々とした表情で自らのステータスを編集し、全ての数値を一〇〇で揃えた。
「どうせダメだったとしても吹き飛ばされるだけなので今回だけは見ててください!」
そう言うとドットは新調した武器の試し斬りにでも行くように駆け出し、解析魔法を使用して周囲の敵を探った。
すると周囲にいた敵が掌の上に展開された魔法陣の上に詳細な地形と敵の位置を示す赤い点が表示され、それらがドットへ向かってきているのをドットは初めて認識できた。
最早証明するまでも無いが、遂にドットは全てのステータスが一で固定されていた呪いから解放されたのだ。
集まってきたスノーウルフやアイスドレイクを前に最早ドットの心は踊っていた。
『これで……これでやっと父上と共に戦う事が出来る……! 皆にももう危険を強いる事も無い! 私は……私はやっと……一人前の戦士に……!』
喜び勇み、片手剣を天高く振り上げ、そして襲い来る魔物目掛けて振り下ろした。
だが、ドットはあまりの喜びに忘れていたが、一は赤子同然。
元の二〇で優秀なノウマッドの兵士と同等。
では一〇〇ではどうなるか?
一太刀で魔物はおろか遠くに坐する白き山々まで両断するほどの剣圧が前方を斬り伏せ、一体に積もっていた雪が全て消し飛ぶ程の一撃と化した。
そこでドットは漸く地に足のついていない気分も抜け、冷静になって一つ思った。
『最初にライオネッタさんに模擬戦をお願いしなくてよかった』と……。
その後、ドットはそのステータスを下げてゆき、自分の実際の加減に近いステータスに変更する事にした。
単純にとっさの制御が利きやすく、意識と行動のずれが少なくなるからだ。
特に先程は剣を振るったために攻撃に関するステータスの感覚は掴めていたが、速さや知恵のようなステータスを調整しながら合わせていると分かるが、実際の能力より高くてもそれを制御できるだけの感覚を養えていないと無用の長物となるだけだ。
早すぎる足も小回りが利かず、高すぎる知能も余計な思考が増えて邪魔になる。
そうしてステータスを調整する内に辿り着いた最終的な能力値は平均して三〇程。
それは正にドットが理想としていた目標の数値。
「ドット。泣いてるの?」
「……ああ、すまない。嬉しかったんだ」
数値上では分からなかったドットの成長をしっかりと目にした時、思わず涙が溢れた。
『この旅は決して無駄ではなかった』
そう、漸く実感する事が出来たのだから。