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38 覚悟

 ナーガの混沌の力を無力化する方法は非常に単純。

 ただドットの攻撃を当てるだけでいい。

 だがそれがドット一人でしか行動できないとなった途端に難易度は途方もなく跳ね上がる。

 攻撃を行おうとしてもされてもステータス通りの身体能力しか発揮できなくなるため、戦闘中のドットが出来る思考は何か一つを意識し続ける事が限界である。

 武器を振るう事も難しく、一人では武器を抱えたまま倒れこむのが精一杯だ。

 当然移動能力も著しく落ち、亀の歩みよりも遅くしか動く事が出来ない上に攻撃を受ければ風に吹かれる羽毛のように吹き飛ばされてしまう。


『……火薬はこれぐらいで大丈夫だろうか?』


 再び訪れたナーガのいる採掘拠点中心部。

 比較的に動けなくなった冒険者達の少ない場所から風景に溶け込めるよう白のローブを纏い、着々とドットは準備を進めていた。

 ステータス画面を開き、その中にある拳大の小袋に纏められた少量の『火薬』を数値を調整してその場に積み上げてゆき、最後にファイアスライムの素材である『炎の結晶体』を一つ手に取り、何度も深呼吸して精神を集中する。

 剣と手を布で縛り付けて固定し、火薬の小山に炎の結晶体を投げ込んで振り返り、遠くに小さく見えるナーガへ意識を集中させる。


『叩きつければ即時、柔らかい物に投げれば……三つ数えると起爆!』


 炎の結晶体が激しく炎を噴き出し、あっという間に火薬へと燃え移ると爆音と共にドットの身体はナーガ目掛けて凄まじい勢いで吹き飛んだ。

 次に意識を取り戻した時には視界は雪で埋まっており、すぐさま立ち上がって採掘拠点の方へ振り返った。


『流石にこれで倒せるような相手ではない……か』


 ナーガは尚も健在で、周囲をしっかりと警戒しているのかドットが意識を取り戻したのに気付くと嫌な笑顔を浮かべていた。

 ドットにとってこれは一か八かの賭けでもあった。

 遠距離道具は全て役に立たず、魔法道具の大半は戦闘が始まれば何処へ向けて攻撃するのかを意識し続ける事が出来ないためうまく扱えない。

 ならばと取ったのが自らを弾丸のように射出する事だった。

 だがこれは一つ最大の危険性を孕んでいる。

 攻撃を受ければあらゆるダメージが事実上無効化できるドットだが、そんなドットに唯一傷を付けられる存在がいる。

 それはドット自身。

 自分自身と戦闘する事は出来ないため、以前に自分の手をナイフで切りつけた時のように自分で自分を害する事は可能だ。

 それは同時に戦闘外であればドットは普通の人間と変わりないという事であり、不慮の事故であればドットも死の危険性がある事になる。

 自分で火を点けた火薬の爆風で吹き飛ぶのは正に自殺行為そのものだが、他の人間の手を借りずに『攻撃をしながら任意の方向に向けて吹き飛ばされる』には他の魔物の攻撃を誘導するかこの方法しかなかった。

 警戒されている相手に爆音を立てれば避けられるのは必然だったが、現状打てる手としてはこれがドットの中で最も確率が高かった。


『……時間は掛かるが後はもうこれしかない』


 ステータス画面を開いて所持品を表示し、数千種類あるアイテムを端から端まで全て効能を調べ、その中から今のドットでも戦闘を可能にする物を探し出す。

 ドットの知識で分からない物は時に人の力を借り、誰も知らない物は自ら周囲の魔物を相手に試す。

 そうして得た知識を書き纏め、一か月以上の時経て、漸くドットは目的の道具の組み合わせを導き出した。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「なんだ、また来たのか? もうそろそろ諦めたらどうだ?」


 アイテムの数々を調べ続ける間も幾度となく挑み、そして簡単にあしらわれていたが故にナーガは既にドットを前にしても慢心していた。

 否、ドットがそうさせた。

 魔物はどれほど知能が高かろうと、生物的本能の模倣を越える行動を起こす事は無い。

 それが魔物と魔族を別の存在として扱う最大の理由だ。

 目の前にいるナーガは間違いなく魔物であり、後天的に黒衣の魔導師によって魔族と同等の知識を与えられたか、そういった類の混沌の力を追加で付与されたかまでは分からないが、その新たな力こそが魔物には本来無い傲りを生み出していた。

 もしも本来の魔物のようにナーガがドットを見つけ次第攻撃に移行していたのであれば、ドットはこの作戦を実行する事すら敵わなかったかもしれない。

 無駄口を叩いて、自分の能力の正体を明かさなければ、必ず攻撃を当てられるようにする方法を数千あるアイテムの中から導き出せなかったかもしれない。

 そして何より……それを実行に移すだけの覚悟を、決めきれなかったかもしれない。

 ドットは一つ深呼吸をすると、愚直にもそのままナイフを振り抜きナーガへ向けて駆けだす。

 当然すぐに攻撃以外の何も考えられなくなり、走っていた足もすぐに歩きへと変わった。


「無駄だって言ってるだろうが。俺よりも頭が悪いらしいな」


 そう言って歩くような速度で突撃してくるドットへ向けて、ナーガは尾を揺らして周囲の敵全員へ防御不可能な音による攻撃である『蛇のさざめき』を放った。

 本来ならばそれは防ぎようはなくとも、多少のダメージと平衡感覚を奪って混乱させるための技であるため、対策さえしっかりしていれば気にする必要のない攻撃だが、このナーガの持つ攻撃を行った相手を行動不能にする混沌の力と組み合わされば、それは防御不可能の即死攻撃と化す。

 ドットにはその混沌の力は作用しないが、攻撃を受ければ羽のように軽い防御力のせいで何を喰らっても吹き飛んでしまうためそれだけで決着が付く。


「あ? なんで吹き飛んでねぇんだ?」


 さざめきがドットに当たり、ドットの肉体は大きくのけぞりはしたがその場から動く事は無かった。

 それどころか吹き飛ばされたような姿勢のまま、また一歩ナーガの方へと歩みだしたではないか。


「ど、どうなってやがる!? 吹き飛ばねぇ!?」


 何度同じ技を使っても、ドットの肉体は彼の混沌の力の餌食となった者達と同じようにその場から動かず、かといって混沌の力で身動きが出来なくなったわけでは無いためゆっくりとナーガの方へナイフの刃先を向けて進んでくる。

 慌ててナーガは距離を取って息を潜めたが、ドットは少しずつ体勢を元に戻すと緩やかに歩みを進めながら、それまで一度もしなかった方向転換をしてナーガの方へと身体を向けなおした。


「く、来るな!! 寄ってくるんじゃねぇ!!」


 長い胴を鞭のように振り抜き、ドットの身体を力の限り吹き飛ばそうとしたが、まるで足が地面に固定されているかのようにそれ以上動かず、ナーガのテールスイングを受け止めた。

 その状態でもナイフを動かす腕だけは止まらず、その胴目掛けて刃先を下ろして来たため慌てて離れると、またドットは仰け反った様な姿勢のまま動き出した。


「い、異常すぎる……!? お前本当に人間なのか!?」


 あらゆる攻撃が効かず、ナーガは永遠と逃げ続けるしかなかったが、それも決して叶う事は無い。

 文字通りドットには無限の体力があるが、一方のナーガの方はいくら魔物といえど体力には限界がある。

 その上生物ならば追ってくる敵から逃げるだけの話だが、魔物はあくまで生物を模倣してそれらしい行動を取っているだけで、自らの縄張りとしている空間から遠く離れる事が出来ないという最大の制約を抱えている。

 恐らくは魔物が煙のように発生する事に関する事象が空間に関係しているためだとは思われるが、それはつまりある程度の範囲外へ自らの意思で逃げ出す事が出来ないという事だ。

 本来ならば無数の魔物がその一帯を支配しているため、例え一体が倒されても問題は無いが、このナーガの場合はその替えが利かない。

 いくら亀の歩みといえども永遠に追い続ける敵から永遠に逃げ続ける事は誰にもできない。

 全てはドットに接近を許した時点で決着が付いていたのだ。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「……い。 ……おい! おい!! ドット!! 聞こえるか!? ドットが目を覚ましたぞ!!」


 ドットが次に目を覚ますと、そこにはライオネッタ達の姿があった。

 全員が心配そうにドットの顔を覗き込んでいたが、周囲を見回すとそこは採掘拠点ではなく、どこかの屋内のようだった。

 ナーガとの戦闘から既に二週間が過ぎており、その間ドットはずっと意識を失ったままだったという。

 戦闘状態は既に解除されていたためドットの不死性も失われているせいで暫くの間は皆がドットをつきっきりで看病していたとの事だった。


「それは……皆さんにご迷惑をお掛けしました」

「そんな事はどうでもいい!! お前身体は大丈夫なのか!?」

「え? ええ。特には……。少し疲れたぐらいですね」

「全く……無茶をしやがる……。元気そうなら来な。みんながずっとこの日を待ってたんだ」


 そう言ってドットが連れられて行ったのはノードの広場。

 そこに集まっていた大勢の冒険者や兵士達が、一様に敬礼をしていた。



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